憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

魔物について

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「どうにか、と言う所ですね」
「シェリア様も、お疲れさまでした」

魔国に与えられた屋敷、主人は誰かというのも今のところ決まってはいない、あくまで神国に向けて貸与された屋敷でしかない場を、それはもう侍女たちが右往左往しながらどうにか整えて見せた。アベルが連れ来ていた者たちもいれば、もはや隠す気はないとばかりにミリアムが連れてきた者たち。実に多くの侍女や侍従が入り乱れて、挙句こうして呼ばれた者たちにしてもこの場を誰が優先して整えるのかとそれすらも決まっていないありさま。
初めて会うだろうに、それぞれがどうにか連携を取り、誰が最も良い部屋を、安全であり奥まった部屋を使うのかとそうした話を一先ずとして決着をつけて。

「できれば、ではあるのですが」
「指示系統は早々に決めねばならないと、それはわかっていますから」

一体だれがこの場を纏めるのか、それは早々に決めなければいけない。

「ただ、私たちを含めて、今こちらに来ている者たちは」
「それは、はい、私たちも理解はしているのですが」

しかしながら、今こうしてこの場にやってきた者たちは誰もかれも一定期間が過ぎれば戻るのだと、それが決まっている。なんとなればオユキにしてもアベルにしても、アベルの伴侶と認識が進み始めているアイリスにしても。直近の予定として、神国のほうで準備が整えばテトラポダと武国に風翼の門を作るための箱を送り出すために戻らなければならない。あくまで一時的なものではあるのだが、そうして戻った後にしても逐一報告であったり、不足するものを運んだりと細かく移動をしなければならないと、実際には定期的な出張でしかないとそれが公然の事実となっている。
そんな状況で、主たちの立ち居振る舞いにしてもどこか決まり切っていない状況で働かなければならない使用人達が非常に難しい状況だというのに。

「オユキさんは、壮行式、でしたか」
「ええ、そこでローレンツ様やタルヤ様も合流してこちらにと、そうなるでしょう」
「叶うなら、あの二人にはもう少し時間がとも思いますが」
「新婚旅行というわけではありませんが、こちらでゆっくりとしていただくしかありませんね。ローレンツ様にしても、今回の事で新たな功績を月と安息から得ていたようですし」

そう、少年たちは身に着けていなかったが、今回風翼の門を頼んだ者たちはそろいの首飾りを身に着けていた。間違いなく、今回オユキが頼んだこと、安全に、間違いなく運んでくれと頼んだことを果たしたからと得られたものがそれぞれに。見たところ、確かに脱落者はおらず、不安でもあった少年たちも僅かな怪我はあったらしいのだが、それ以上に今回の達成で自信と、確かに色々な知識を身に着けていた。所詮は小手先と、そうした評価をトモエもオユキも容赦なく下すことにはなったのだがそれにしても知らなければならないことではある。試して、無理だった。ならば次にと、改善するにはどうすればいいのか、そうしたことを考えるのも大事な事なのだから。

「確かに、そろいの見覚えのないペンダントを皆様お持ちでしたか」
「あの子たちが得ていなかったのは、私の為にとそう言う事なのでしょう」

アナが代表したには違いない。だが、ただ守られて移動をしたものとして、その中の一人としてでは神々がその予定を変えるのには、特にとするには一切足りない。正直、あの程度の期間で用意ができる物に対してトモエとオユキに与えられたものは釣り合いが取れない。明らかに、過剰だとわかる物。未だにトモエが身に着ける翡翠のはめ込まれた腕輪についてはその機能が解ってはいないのだが。

「本当に、有難い事です」
「あの子たちも、しばらくすれば、と言いますか」
「ええ、祭りの準備が終われば物見遊山にという話でしたね」

ここ暫くの忙しさと言えばいいのか、目まぐるしく変わる状況と言えばいいのだろうか。侍女たちにしてみれば、今がまさに忙しいのだろうが、トモエとオユキに関してはここから暫くは本当に以前の通り。特別、しなければならないと言う事もなければ神国にいる間のように常に仕事に追いかけられる事も無い。オユキに、ファンタズマ子爵家宛に、公爵が大部分を止めてくれていたとはいえそれでもなかなかに愉快な量の書簡が毎日届いていたのだから。茶会への招待状をはじめ、トモエへの武術指南の依頼。巫女として、洗礼を与えてくれとそうした依頼。一部変わったものでは、子供の教導を、魔物の討伐に同行させてはくれまいかとそうした話まで。その全てを断ることにはなるのだが、それにしてもオユキが、トモエが直接断りの文言をと言う事で回されているものばかり。

「あの子たちが来るまでには、もう少し整えておきたくはありますが」
「それをするためにも、基盤をとしなければなりません」
「イマノルとクララさんは」
「ウニル、でしたか、河沿いの町、あちらを見なければなりませんから。魔国が神国に、神国が魔国にとするのであれば、こちらに滞在する方の選定は必須なのですが」

今も、間違いなく王太子が頭を悩ませているには違いなく。

「アベルさんが遍歴とするために、そうした役職を得るためにまずは必要な事として」
「アベルさんの初仕事がそれですか」
「初仕事と言いますか、その前段階のようなものですね」
「有用性を示す、そこが目的ですか。いえ、話がそれていますが」

そう、今決めなければいけない事は、話していることというのはもっと違う事。

「セグレ子爵夫人は、オユキさん」
「エステール様は、その、間違いなく私の不足を指導するためにと」
「流石に、そうなりますか。公爵様のほうも、そう考えているようでしたし」

オユキが望まぬとあれば、他の選択肢があるのではないのかとトモエの疑問は最もではあるのだが。

「その、今後の事もありますし、どうにも私が手習いを少し始めたと言う事が広まったようでして」
「ああ」

オユキが、今回冬と眠りの神に対して納めた刺繍、それに類似する何かを月と安息、水と癒しからそれぞれ求められたのだとうっかりとというわけでもなく報告した結果として。ナザレアに任せるのかと、そういった話も確かにあるにはあるのだが、それでも家を持たぬ一介の侍女。長く神国で、それこそタルヤと比較ができるほどに長くある者ではあるのだがやはり不安があるとそうした話にもなっているらしい。らしいというのは、流石にオユキ本人に伝えられたわけではなく、何処か強硬であったマリーア公爵、それを良しとしていた公爵夫人の様子を見たうえでの判断になるのだが。
実際に、ナザレアが特別技量に優れているのかと言われれば、そういうわけでもない。本人も、多少の手直し、オユキが刺繍として縫い付けたものが流石によろしくないとしたときには直接手を出すこともあるにはあったのだが比べてしまえば、やはり異邦人二人よりも少し上と言ったところ。王妃にも、王太子妃にも、それこそ公爵夫人にも及ぶところではない。他に手ごろな教師役がいればいいのだがと、そうしたことを考えた結果としてローレンツの事もあり口約束ではあるがオユキが公爵にも身元を引き受けると、その用意があると書を認めていたのが功を奏したといえばいいのか。

「私は、お会いしたことがありませんが」
「ローレンツさんよりも大分お若い方ではありますよ」
「とすれば、確かに次の子供をというのも難しい年齢と言う事ですか」
「流石に。いえ、こちらではどういった形になるのかはわかりませんが」

生物である以上は、やはり適齢期という物が存在する。低すぎても母体が持たず、やはり高くても難しい。跡取りが居ないとそれがわかっていて、これまではいよいよ難しかったのだろうが、既に解消されたとわかった今になって求められぬのはそうした概念が存在しているからなのだろう。

「オユキさんは、ローレンツ様たちは、いつ頃にと」
「壮行式が、四日後でしたか。それが終わり次第、後の幾人かも連れてとなるでしょう」
「だとすると、浮いているといえばいいのでしょうか」

そう、一人、適任はいるのだ。
傭兵たちを纏めることもできる、狩猟者の振る舞いに対しても明るい人物が、今回確かに同行している。ただ、問題としては。

「ミリアム様であればよかったのですが、ルイスさんですとやはり」
「その、今回の事にあたってとは」
「願えば叶えられそうなものですし、アベルさんがユニエスの家督を、間違いなく公爵家なのですが、そちらの家に残っているであろう家督をルイスさんにとなれば」

王兄が神国で持っていた家督、それを今アベルが持っているという話だ。ニーナという近衛にしても、仕える先はアベルというよりもユニエス家にあることには違いない。プチクレールというのが流石にどの家格かまではわからないのだが、低いと言う事などまずあるまい。

「アベルさんが、公爵家の当主、ですか」
「ご本人は、再三自分を難しい立場と評していましたから、残された者たちに任せてはいるもののと言う所なのでしょう」
「であれば、アイリスさんの事はもろ手を挙げて喜ばれそう、いえ、そうとも限りませんか」
「獣の特徴を持つのであれば、多産かとは思うのですが」

身も蓋もないオユキの言葉に、トモエがそっとオユキの頬に手を。

「そうですね、少々過ぎた発言でした」
「ええ、そのあたりは人として、それを超えないように気を付けましょう」

シェリアからしても、オユキの発言は当然のこととそれ以上の物ではない。貴族などというのは、得た権利、確かに存在する明確な権益に対して義務がとかく多い。それらの一切を無視して、ただ利益だけをとする者たちとてかつての歴史にはいくらでもいたのだが、こちらでは神々の保証があればこそ。

「オユキ様、トモエ様、結論としてはやはり」
「現状、ルイスさんに押し付けるのが誰にとっても無理が無い事となります」
「本人は、嫌がりそうなものですが」

そう、本人が拒否をしたときに、それを強制するような方法というのが現状存在しないのだ。あとは、こちらに来ている侍女たちが、仕える者たちが納得できるのかという話なのだが、それに関してはそれぞれの主人が良しとすれば否と言い出す者たちなど初めからついてきていない。

「手札として、切れそうなものはありますが」
「オユキさん、ですが期限を勝手に決めるのは」
「そう、なんですよね」
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