憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

公爵邸

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手紙だけで済ませるのもどうか、そんな話をカレンからされたこともあり。ではとばかりに先ぶれを頼んでみれば、寧ろ来ないつもりなのかと、そんな言葉が返ってきた。では早速とばかりに、少年たちも向かって連れてきてみれば。少し間が開いて会う公爵その人は、何やらくたびれきっている。公爵夫人にしても、いつもより少々厚めに化粧をしているあたり、要はそれほどをしなければ隠せないだけの疲労があるとそう言う事であるらしい。まぁ、凡そそれらの原因と言えばいいのか、遠因があることはオユキも理解が及ぶのだが。

「一先ず、昨夜のことで得たものをお納めいたしますので」
「うむ」

よく活用してくれと、オユキからはそれ以上の事がない。申し訳ないとは思う物の、そこはお互い様。オユキがこうして少し元気になっているのは、それこそ警告を受けたばかりの功績のおかげ。なるべく早いうちに、いかにして使うのか。あくまで補助とするには、どうすればいいのかも確かめなければとそんなことを考えているのだが。

「オユキ、貴女もかなり回復しているようですけれど」
「ええ、先の事で冬と眠りの神からこうして頂いた功績がありますので」
「飾りをようやくと思えば、成程、そういう事ですか」

基本的に身に着けておきなさいと、そう言われていることもある。今日も朝から、トモエの手によって簪にしても差されている。神はどうまとめるのかと思えば、今日の装い、仕事着でも狩猟に行くための姿でもない以前にメイの手を借りて、公爵からの品として誂たドレス姿に合わせて。どうにもなれない首筋を常になでる、ひんやりとした鎖の感覚。身動きのたびに軽やかに音を立てる簪。そのあたりは、流石に今後慣れていくしかないのだろうなとそうは考えるものの。

「オユキ、あまりそうして、人前で首元に手を持っていくものではありません」
「重々承知ではあるのですが、やはりどうにも」

むず痒さと言えばいいのだろうか、やはりそうした感覚があるからこそどうにもならぬのだとオユキから。トモエからは、何やらそうした様子をほほえましげに見るような、そんな視線は寄せられているものだが。

「慣れよと、そうとしか言えませんね、これに関しては」
「せめて、首回りも覆っているものであればと」

季節に合わせていることもあるのだが、完全に盛装を常々着こんでいる公爵夫人とは違って、オユキのほうは首周りから肩にかけてが少々開いている。

「そうした装いのほうが可愛らしいとそうは思いますが、確かになれぬ感触にそうしてとなるのであれば」

さて、どうやら今のオユキの振る舞い。こうして話している最中に、己の首元周りに度々手を持っていくというのはこちらの世界でもやはり早々褒められたものではないらしい。確かに、かつての世界でもそうした振る舞いを行う物がいれば、ああ慣れていないのだと、そうした評価はされるものだろう。そして、そこからこの場限りの特別なのだとそうした認識も持たれることだろう。だが、何やら難し気な顔を公爵夫人が隠さないあたり、何やらそれだけではないと言う事らしいのだが。

「そういえば、時代と場所によっては、そうした振る舞いでもありますか」
「では、トモエから説明しておくように」

オユキにはわかっていないようだが、トモエのほうは確かそのような話もあったかと過去の話から類推ができる範囲。一応は年頃の子女でもあるため、そうして誘うような真似はと言いたいものであるらしい。トモエとしても、流石にここで話すことでもないとその理解はある。オユキとしては、一体何事だとそうした風ではあるのだが。

「まぁ、そのあたりは一度おいておくとして、ここ暫くの話を一度まとめるとしよう」
「とは申されましても、私どもの知っていることと言えば」
「うむ。まずはそちらを聞こう」

確かに、オユキとて渦中にいたのは事実。だからこそ、今外でどういったことが動いているかはわからない。確定している、もしくは実際にオユキの目の届く範囲で起きた事、それらをとにかく時系列に沿って羅列していく。結果として、オユキのほうも改めて頭痛を覚えるような内容であるし、公爵のほうも理解はしているのだが心底どうにもならぬと苦虫をまとめてかみつぶしたような顔。

「成程、そちらでは、そのようになったか」
「だとすると、公爵様のほうでは」
「生憎と、今は決まっていることがとにかく少ない。いや、その方らが隣国に向かうまでは決まるものもきまらぬだろう。」
「その、かなりご迷惑をおかけしているかとは思いますが」

そも、こうして王都に滞在していると散々に周囲に知られているには違いないのだが、今のところオユキの手元にまで、ファンタズマ子爵家あてに他の貴族から最低限以上の手紙が届くことがない。その事実だけでも、十二分以上に公爵の庇護という実利を感じるものだ。

「迷惑というほどの事もない。正直、先ほどの事に関しては他国からの者たちばかりであまり約束したことは果たせておらぬ」
「そうは言いましても、正直神国の他の貴族、そちらからの横やりがないだけでかなりご助力いただいていますし」
「まぁ、流石にその程度はな。我としても、最低限はせねば何のための公爵家かとそうした話にもなる。あとは、その方の知らぬとしている部分であるな」

オユキのほうで、想像としてあるのだろうがとそうした前置きを作りながら。
今のところ、政治面ではっきりと決まっていることというのはやはりすくない。特に、今は譲位というそれはそれは国としてあまりにも大きな出来事を抱えている。そんな状況では、やはり決まるものも決まらない。次として確実ではあるものの、やはり不安視するものも多くとそう言う事であるらしい。そんな内情も聞きながら、今は決まっていることとして、戦と武技の巫女をはじめとして、寧ろそれを旗頭にして、知識と魔の国に神国からいくらかのまとまった戦力と、組織を作れるだけの人間を派遣すること。王太子が正式に譲位を受ける日程、今後の祭りであったりを屁時と変わらず行う、国の中で散々に起こった人員の移動、それに対しての諸々。とかく、そうした緊急の事ばかりが決まっているとのことであるらしい。

「正直、あまり実感はありませんが、魔国に私たちが向かったとして、それだけで劇的に改善するのかと言われれば」
「まぁ、そうであろうな。だからこそ、我らのほうでも色々と話が紛糾しておる」
「先ほども申し上げましたが、一先ずルイスさん、始まりの町で、アベルさんの後任を務めておられる方でもあり、私たちも実力は十分以上とそう考えている方も来ると、そういった話ではありますが」

ただ、それだけでは色々と不足があるだろうと。

「先方としては、こちらで少し形の変わり始めている狩猟者ギルド、それを向こうでもと考えているようですし」

そう、隣国として、欲しい物は傭兵ギルドではない。勿論、そちらを運用して既存の魔術師たちの護衛にとそれも一つではある。だが、結局それを行ってしまえば待っているのは現状の加速。魔術に頼ってばかりでは、周囲の魔物が増え続けるのだと、魔術の利用の結果としてよどみが生まれるのだとそうした話を聞いた身としては納得しかねるものもある。

「故に、初代様にも、ご足労頂くと決めた」
「まぁ、そうせざるを得ないでしょう。ミリアム様には、既に話を」

そのあたりは、つい先日に王城でオユキの予想としても話したものだ。初代公爵その人であれば、魔国で何をするにつけても問題がない。いや、問題がそれこそ起こるといえば起こるのだが、そちらについてはいよいよオユキのほうに降りかかってくるようなものではなくなる。マリーア公爵が、何やらため息交じりに頷いているあたり、そちらからはまた色々と言われてはいるのだろう。強かな相手だと、その認識はオユキにしても確かに持ち合わせている。年齢という意味では、もはや口にするのもというほど。シグルドが、さて何と呼んでいたかと思わず考えてしまう程度には、年齢を重ねていることだろう。

「と、言いますか、何故初代マリーア公が始まりの町で総合受付などに」
「ご本人の希望でな」

マリーア公爵が、本当にどうにかしてくれとばかりに重たい溜息を。

「となると、マリーア公爵家には花精いえ、木精ですか。そちらの血が流れていると、そうしたことに」
「ふむ、話しておらなんだか。我らマリーア公爵家、その開祖たるミリアム様だがこちらが当家の紋章にも刻まれるベンホイン、そこから生まれ落ちた精霊でな。」

どうにも、他とは随分と紋章の趣が違うと思えば、そうした理屈かと。

「ええと、だとすると」
「流石に我に関しては、もはやかなり血も薄い。それでも純粋な人に比べればと、そうした部分はあるにはあるが」
「あの、まさかとは思いますが」

そして、初代公爵にそうした流れから木精の血が流れているというのならば。身内と呼んでもよい少女、そちらの素性にかかわりがあるのではないかと。花精に関しては、近くの集落から族長が己の一党を引き連れて始まりの町に来たことはあるのだが、では木精というのがどこに住んでいるのかそれを聞いた覚えがない。

「初代様が言うには、森の少し奥まったところ、そこに木精達が暮らす場があると、そういう話ではあるのだが」
「流石に、それだけではと言う所ですか」
「いや、それについてはまた少し違う話だな、確かあの少女はセシリアだったか」
「とすると、やはり何かあるわけですか」

さて、いよいよ困ったことだとオユキとしても眉をしかめてしまう。

「どうにも、子供のおらぬ家であるらしくてな、問い合わせが何度か来ておる」
「何度か、ですか」

つまりは、セシリアという少女をどこかで、最も可能性が高いのはあの少女が闘技大会に参加した折にと言う事なのだろうが。

「家は」
「当家の寄子でもあってな、どうしたものかと悩んで居る」
「本人に確認してみても構いませんが」
「いや、当の本人にしても全く心当たりがないのだが、いやに似ているとその程度であるらしくてな」
「となると、マルコさんに確認を頼まねばなりませんが」
「確か、両親と言えばいいのか、血縁についてもわかる神の眼を与えられているのだったか」

さて、随分とまた厄介な話になりそうだと。
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