憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

一先ず王都に

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「あー、つか、やっぱ鈍ってんだな」
「然もありなん」

王都のファンタズマ子爵低の庭、そこで今は少年たちが並んでオユキの前。彼らの背後をトモエが動きながらも、順に動きを細かく修正して。要はいつも通りの鍛錬を行っている。月と安息の神殿で、数日休んでもいいかとそんなことを考えていたのだが、生憎とそれが許されるような場所でもなく。客室など、あるにはあるのだが今回はトモエとオユキの移動にかこつけて、なかなか愉快な人数が動いていることもあり、まとめて止まるとなれば持ち込んだ以上の食糧が消費されることになる。周囲に町もない、日も差さない地でいったいどうやって日々の糧を得ているのか、それこそこの地を領として抱えるマリーア公爵の手によって常に問題なくとそうされているのだろう。老巫女と大司教、そちらとも簡単なあいさつを終えれば、目的だけは果たした以上、そもそも持ち帰らねばならない品物がある以上は取って返さねばならぬとそう言った話にもなり。常夜の地から、早々に立ち去ることとなった。
観光は、またも次回ですねとトモエとそんな話をしながらも馬車に詰め込まれて。どうやらローレンツと少年たち、ここに門を繰り届けることを頼んだ一向にしてもともに戻るのだとあわただしく準備が終われば、揃って水と癒しの神殿に。流石に当に日も沈んでおり、預けるものもあるからと一泊程することになるかと思えば、それもことなり。ただただ、持ち帰った神像のうち、雷と輝きの神を象ったものが一つ行き場所が定まって。

「妙なものを切ったのか、皆さん揃って腕だけで振る癖がついていますね」
「あー、見えなかったけど、なんかこのあたりにいるから振ってみろって言われてさ」
「ね。手ごたえ全くなかったけど」

目に見えぬものを切れとは、これまた酷な話を。オユキとしては、そんな感想。

「結局、魔石が落ちたりもしなかったしな」
「えっと、確か、一応は当たってるはず、なんだっけ」
「そんな話だったな」

こうして話しながらも、問題なくそれぞれの武器を振り続けることはできている。やはりひと月ほどしか目を話していないというのに、こちらの世界は随分と成長が早いものだと、そんなことをオユキは考えながらも一定間隔でただ武器を振り続ける。一つ、二つと数えて武器を振る。そして、そのたびに簪からこぼれる雪の結晶がぶつかり音を立てる。どうにも、その音が己の未熟を責め立てる音に聞こえもするのだが、トモエに言わせれば型としての振り方は当然体を崩すものだから、それが自然と言われてはいるのだが。身に着けぬもの、これまでは無かった音というのはやはり慣れるまでは気になるものだ。素早く動けば、今は首から下げているこちらは大きな雪の結晶。それを模したペンダントトップにしても、己の胸を打ち気になってくることだろう。隠してしまってもいい、服の下にしまい込んでも構わないとは思うのだが、形状の問題でそれなりに鋭利な部分もあり難色を示された結果として今こうして、服の外にと言う事もある。
鋭利な部分があるというのならば、外に出しても特に変わらぬのではないかとそんなオユキの疑念は黙殺された結果として。

「でも、オユキちゃん、元気になってよかったね」
「ええ、よもや半日でここまでとは思いもしませんでした」

そして、軽く運動しただけで息を切らしていたオユキが、今はこうして子供たちの前で武器をふるっていられる。それほどまでに回復した理由が、この冬と眠りから与えられた功績に依るものであるには違いなく。だからこそ、きちんと身に着けているのか確認しておきたい、常に目に見えるようにしておいてほしいとそう周囲が願うのも、まぁ理解ができる。

「全くね。ここ暫くは、動けないことも併せて随分ふさぎ込んでいたものね」

そして、そんなオユキを揶揄う様に遅れてやってきたカリンが軽口を。

「ええ、流石にああも繰り返し、それもそこそこの期間ともなれば」

ただ、やはり快復したこともあり、それに対しては特別何を思うでもない。特に気負うことなく、ただ己の思う儘を返すだけ。ヴィルヘルミナのほうは、昨日の月と安息の神殿で何やら色々と得るものがあったようで戻ってからという物しばらく部屋にこもって創作に励んでいるらしい。どうにも、それこそこうして少し遅れて出てきたカリンのように昨日戻ってからしっかりと体を動かしてとしてもよかったのかもしれないとは思う物の。子供たちにせがまれて、なんだかんだとトモエと揃って同じ部屋で。互いに離れていた間にこう言ったことがったとそんな話をすれば、気が付けば一人二人と眠りに落ちていき。トモエとオユキもここ暫くの疲れがあったためそのまま一緒に。

「本当に、見た目相応と言えばいいのかしら」
「確かに、己自身、そのように評されるべきとは考えますが」
「まぁ、思いつめるようなものでは無し。魂は魄と陰陽とありますし、互いに影響を受けるものでしょう」
「また、随分と含蓄のあるお言葉ですね」

陽中の陰、陰中の陽。互いに互いを孕んで円を描く、太極図。成程、人のありようをよく表すものだと。

「あれ、なんの話してんだ」
「えっと、正直よく分かんないかも」
「皆さんも、哲学に興味を持つことがあれば学べばよいのですが、今はまだ」
「あれ」

オユキとカリンの会話に何やら興味を示してはいるのだが、よく分からぬと首をかしげる子供たち。そんな様子に、気もそぞろになったところにトモエが容赦なく体に手を当てて体をずらす。そうすれば、それが当然とばかりに振りが乱れ、覿面に揃わなくなる。

「鍛錬中に、それ以外を考えるにはまだまだ早いですよ」
「えっと、オユキちゃんは」
「カリンさんもですが、ああして話していても」

太極図、ひいてはそれを一つの象徴として掲げる思想体系、それについてあれこれと話がはずんでいるカリンとオユキ。そちらに向かって、それぞれに対してトモエが笹針を打てば、それが当然とばかりにそれぞれに躱して見せる。そして、そこから何かの合図と感じたのだろう。オユキの体調も戻り、少年たちの素振りにしてももう回数は十分であることは確か。今度は、そちらの二人で遊び始める。

「あのように」
「あー、こう、周囲への警戒ってやつか、あれが」
「どう、でしょうか。私たちにとっては、至極当然の事ではありますから、殊更警戒というわけでもないのですよね」

事実として、町の外。安息の結界を超えるときには、またはっきりと意識を変える。

「外に出るときには、なるべく早く魔物に気が付けるようにとこう、今のように己の周囲、二足一刀の間合いだけではありませんし」
「えっと」
「前にも話したことはあるかと思いますが、間合いというのは色々とありまして」
「あー、あんちゃん、あれだ、一応間が開いたからさ。久しぶりに」

さて、そう言った要望があるのならばトモエにしても否やは無い。素振りも終えて、これで疲れ切って等と言う事も当然ない。朝食の前に、カリンは既に朝食後なのだろうが、軽い運動としてまたそれぞれに転がすのもよいだろう。どのみち、既に相応に気温も上がり始めている季節。こちらに来てから、夏になるのは二度目だろうか。来たばかりの頃が、晩春であったことを思えば、もう二年目に差し掛かろうと言う所。こちらに来て、もはや間もないなどとはとても言えはしまいと改めて己に戒めて。

「良いでしょう。では、そうですね、食事の時間もありますから、皆さんでどうぞ」

それは流石に馬鹿にしすぎではないかと、もはやそのような言葉は当然少年たちから上がらない。それだけの差があると、既に散々に示し続けたものだ。一応は練習用の得物をそれぞれに持ち、トモエにしても用意を頼んでいた町の外でも使うものと全く同じ造り。違うのは、せいぜい刃引きしてあることくらい。

「じゃ、パウ正面は」
「ああ、頼まれた」

そうして、前回までとは、こうしてひと月ほど間を空ける前までとは違い、それぞれがきちんと口に出しながら、トモエを取り囲むようにきちんと動く。正面にはパウ。その背後には、なぎなたを構えるセシリア。両手剣と太刀を構えるシグルドとアドリアーナがそれぞれにトモエの横合いに回って、小太刀のアナがトモエの背後に。成程、成程と。トモエとしては、こうして実に賢しらに動く子供たちに対して、容赦なく評価を下す。全く、こうしてトモエが待っていなければ、その連携にしても早々に破綻するのだぞと。ただ、今は向こうとしてもトモエとオユキから離れている間の成果を披露したいのだろうと、ただトモエはそれを待つ。
そんなトモエと子供たちの様子に、オユキとカリンも、一先ずはオユキがきちんと勝ちを拾ったうえで、せっかくだからと観戦するらしい。

「さて、用意は良さそうですね」
「ああ」

そして、答えが返ってくるのはやはりシグルドから。だが。

「はじめと、そう声をかけてもよいのですが、皆さんの良いと思うときにどうぞ」
「良いのか、本当に」
「ええ、構いませんとも」

そして、パウからその返事があったかと思えば、最初にトモエの背後から動くかと考えていたアナではなくやはりこの少年たちの牽引役という自覚があるからだろうか。シグルドが真っ先に動き、それに合わせる形でパウとアナがそれぞれに動く。残る二人は、トモエの動きを見たうえで、退路を塞ぐなり、痛打を与えるなりとそんなことを考えているのだろうが。

「さて、随分と間が開いたから忘れてしまいましたか」

以前は、こうした状況に対応するにはどうするのか。それを示したのは、それこそ始まりの町、イマノルとクララがいたころだ。

「な」
「囲まれた際に脱出する方法、それは何も逃げるばかりではありませんよ」

容赦なく、真っ先に動いたシグルドに向かって体を動かす。トモエのいた場所を狙う、パウとアナに関してはそれでもはや届かない。セシリアが、何やら慌てたようにトモエを狙おうとするのだが、位置が悪い。それをするのであれば、アドリアーナの側ではなく、シグルドの側に立っておくべきだった。

「くそ」
「遅い」

トモエの太刀を己の両手剣で防ごうと、シグルドが慌てて振り下ろした後から柄を己の体に引き付けるように動き出す。だが、それにしてももはや手遅れ。そのまま、足を払って体勢を崩して。アナのほうに向けてシグルドを転がせば、そのまま次はとばかりに立て直そうとしているパウの後ろ、セシリアを狙う。
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