憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

複雑怪奇

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つまるところ、オユキにとっての現実と言うのはよく悪くも過去からの地続き。こちらで新しく生を得たのだから、過去にばかり目を向けるのでは無く、こちらならではの物を追い求めようと考えていない。ただ、己の定めた終わりに向けて粛々と歩みを進めている。トモエの方は、トモエの方が、こちらで暮らすことを楽しもうと考えている。
その辺りには、随分と明確な差がある。
トモエの罪悪感の最たるものとして、オユキがこちらを楽しめない、こちらに馴染みにくい要因と言うのがトモエの願いに起因しているのではないかとそう考えていた。互いに姿を変えようとそんな話をしたときに、後悔しないのかと言われて、それでも押し通したというのに。
オユキが内心気にしていたのは、トモエがそうした考えを抱いてしまっている事。そうした、オユキを見る度に憐憫ともまた違う、己を責める様な色が確かに乗っているのだと感じていたから。だからこそ、そこに不満を覚えさせる己のふがいなさに、こちらにしても忸怩たる物を抱えていた。
互いに互いを思うからこそ、既に過ぎた選択の時をどうにもならぬと嘆くからこそ。

「いよいよ、私にしても本当に」

過ぎた物を、もはや戻らぬものを悔いるばかりではない。そう確かに、考えていたはずではある。しかし、実際に動いて比べてみれば今の体のなんと便りの無い事かと。認識の齟齬、己を己と認識できぬからこそ生まれる独特な違和感。そうした物は、確かにこうした考えが根底にあったからなのだろう。
今のこの体は、トモエの願いによってつくられた物である。大切にしているのは、基本的にその理由が第一だ。トモエの手によって傷をつけられるのは構わない。互いに尋常の場として認識しているそこで、トモエがそう選択した結果として、選択させた結果であれば、問題はない。こちらに来たばかりの頃、それからつい最近にも。ついつい無理をして怪我をして。その度に随分とトモエの表情が曇るのを見ている。そこに関しては、また無理をしてと、そうした物だと理解は出来ているのだが。

「本当に。なんと酷い、思い違いだったのでしょう」
「オユキさん、そこまで思いつめずとも」
「いえ、思い詰めているというよりも」

本当に、オユキとしては恥ずかしい以外のなんでも無いのだ。

「もう少し、待ってもいいとは思うのだけれど」
「まぁ、あまりこの世界を長く維持するのも我らでは大変でな」

色々と、話をしなければならない事が新しく生まれ、それについて互いにとしたくはあるのだが。ただ、こちらではまだまだ力の弱い神として、とてもでは無いのだが維持は出来ぬと言われるのであれば。

「あら、またこちらの言葉で少し考えているようだけれど」
「我から言えるのは、まぁ一つだ。あまり、知識と魔や法と裁きの定めに触れるようなところまでは考えぬようにな」

言葉尻を捉えて、オユキの思考が進んだ。それにしても、本来であれば容赦なく止められているには違いない。だが、今この場はどうしてだかここまでの間オユキが意識から外していたことを改めて気が付くようにとされている場だ。当然、他の色々にも思考は及ぶ。

「その、改めてこうして伺うのもどうかとは思うのですが」
「先ほども言ったでしょう、自分に連なる子たちには、会っておきたいとそれくらいは考えるのよ」

こうして世界を作るという、その言葉の意味が実際にどうなっているのかは分からないのだが、属性を示す色として存在している柱でも難しいものであるらしい。であれば、それを気軽に行える存在と言うのが、要は座を持つ存在だという事なのだろう。各教会に置かれた、明らかに位相の違う不可思議な空間。それを用意できるだけの存在と考えれば、何とも力の差がある物だ。それを是正したいと考えているのか、他に理由があるというのか。どうにも、その辺りの仕組みまでは見当がつかない。

「そこまでにしておくといい、それ以上は我等ではどうにもならぬ」
「畏まりました」
「そうね。それ以上考えを進める時間を与えないように、私からも少し話しておこうかしら」

オユキの思考は、やはり早々止まるようなものではない。考えるという事、思考を続けるという事。それをただ一つの武器として研ぎ澄ませてきたのだから。

「オユキ、貴女の能力は基本的に私に連なるものよ」
「そう、ですね。先ほども、確かにそのようにお伺いしましたが」
「いえね、そうしたことばかりでは無く。傷を、体調を回復させるための助言を少し、そう考えているのよ」
「それは、はい、そうですね。非常にありがたい事ではあるのですが」

それに関しては、やはり色々と難しい所を抱えている。ここで、確かにどういった由来なのか、どうすれば回復が早くなるのか。そうした情報だけでも得られるのであれば、やはり有難い。元より今後も同様の事が起きると、そんな覚悟は既にトモエもオユキも済んでいる。後は、決断の時にまで、必ずやり遂げなければならない事を行った上で、他にどれだけ手が回るのか、それだけだ。

「色々と、試してはいるようなのだけれど、そのどれも貴女に有っている物では無いのよ」
「その、回復は見込みよりも早くはなりましたが」
「見込みよりも早くなっただけでしょう」

言われた言葉は、まさにその通り。オユキとしては、心当たりがある事。

「成長にしても、まぁ、そちらは今はまだ難しいのだけれど」
「オユキさんは、まだ成長の余地があるのですか」
「あるわよ。あなたがそう願って、姿を為したのでしょう。成長するわよ、準備が整えば」
「こちらに残ると、本気でそう決めたのであれば、な」

雷と輝きの神から、容赦のない一言が加えられる。

「あら、言ってしまうのね」
「言わねばはじまるまい。私に連なるものも、確認する予定の事ではあったのだから」

そう、この機会に。トモエが確認するつもりでいた事の一つ。互いに前提が違っていれば、大いに議論にもならずにそのまま決まったこととして進んだだろう一つ。

「トモエさんは、気が付いていたようですから」
「ええ。元より何処かでと考えていました。そして、今日がその機会なのだと」

トモエの言葉に、羞恥に襲われトモエの腕の中に己の姿を押し込めようとしていたオユキの肩が震える。気が付かれていたと、そんな事はオユキも分かっている。ただ、それをトモエが口に出すことはあるまいと、そう考えていただけ。しかし、トモエとしては、いよいよ看過できぬ事として。繰り返し口にする、期限という言葉。それまでの間に、そこまでの間だからと無理を重ねる振る舞い。その全てが、どうにもこの世界に残らないとそうした前提に成り立っているように感じられてならない。

「責任を、感じる必要などないのですよ」
「ですが」

オユキが、かつて語った世界。
まさに夢のような世界が、少しの違和感はあっても現実と感じられる機会を通じて。
かつては、それこそ己の冒険譚を、現実ではとてもではないが経験できないような事柄を。どれだけ喜び勇んでトモエに語って聞かせた事だろう。だが、現実になった世界には、やはり現実だと地続きだと分かる煩わしさがあまりにも多い。そして、こちらに来た異邦人として、かつて姿を消した、死んだはずと考え、諦めていた両親の残滓をこちらに感じて。そして、そこからもまた色々と。

「そうですね。オユキさんから聞いた話は、本当に楽し気な物でした」
「ですが」

そう、トモエは確かにオユキから色々な話を聞いた。だが、どうだろうか。

「そうですね。ですが、オユキさんが話してくださったことのほとんどは、景色、風景で」

オユキは、己の話した事がもっと違うものだとそう考えている節がある。
確かに、トモエにしても多少のオユキの交友関係は聞いたりもしたのだが、その大部分はやはり同じ会社で働いている者達の話ばかり。現実でも、ゲームの中でも。一体、どうしてそんなに長い時間を共に過ごせるのかとトモエとしては甚だ疑問ではあったし、今はこの王都にいるらしいユーフォリアにも尋ねて見はしたものだ。
だが、その返答にしても、実際に遊ばぬかつてのトモエにとっては、やはりどうにも要領を得ない話ばかり。
トモエの、ちょっとした告白に、何やら顔を上げてトモエの顔を見ようとしているオユキに改めて目線を合わせて。

「だから、最初に私は言ったでしょう」

話に聞いた、かつての世界では望めなかった風景を見て回りたいのだと。どうにも、オユキの言葉が足りないところもあり、トモエが説明を求めてもそれに十分な物が返ってこなかったりと。オユキはやはり、己の興味関心を主体として動く。特に、遊びの時間として行っていた物なのだ。仕事であればあれこれと気を回した事だろう。他の何かが無いかと、気を回したに違いない。

「そう言えば、そうでしたね」

そして、一先ずは神殿をと、確かにトモエがそう語っていたのだとオユキも記憶をたどればそれに気が付く。

「つまりは」
「はい」

そう、オユキが考えているような、こうした煩わしさが無い世界だなどと言う考えは、最初からトモエに存在していない。

「オユキさんがそう考えるようになったのは」

そう、オユキが此処まで意固地になっていたのは。

「かつて、私が言いだしたことをオユキさんが否定してから、でしょう」

町で、道場を構えて。
そこで、己の身に着けた技の有用を示し、門下生と協力したうえで権勢を。
そう話した時に、オユキはそんな事をトモエにさせたくないのだと言い切った。そして、そこからは基本的にトモエに面倒が降りかからぬようにと、かなり無理をし始めた。

「随分と」
「ええ、気が付かせないように、そうしてくださっている事は分かっていました」

それこそ、かつてと同じように。
であれば、知らぬと振舞うのも良くはあったのだ。

「ですが、それもここまででしょう」

これ以上は、互いに無理をすることになる。譲れることでは無くなる。

「オユキさんは、既にこちらに残る気が無い、それが解っていて無理を言うつもりもありません」
「それは」
「剣を置く、その選択も良いでしょう」

基本的に、今のオユキは習慣として剣を振るっている。新しい技にしても、以前ほどの熱量を持って取り組んでいるようには見えない。
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