憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

次なるは

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商人たちが、渋々とと言う程でも無く。オユキが明確に次の約束をしたことを良しとして、引き上げていった。カレンが少し気にしていたこともあり、そちらには簡単に声を掛けて置いたうえで、オユキは変わらずベッドの上に寝かされる。
以前の事を思えば、此処まででは無かった。
勿論、魔国から戻って暫くはオユキに自覚は無くともしっかりと寝込んでいたのだが、意識が無い分今ほど何処か鬱屈としたものを抱えずにはすんでいた。己の晩年を思い返してみても、やはり此処までの事になったのはそれこそ生を全うする一週程前。歩けなくなったのだから、そこで諦めようとは考えた物の、約束があるからとどうにか思いとどまって。

「私が、早々にとなったのは」

寝台に寝かしつけられて、隣に腰かけながら果物の用意などを始めているトモエに。

「いよいよ、気力が無かったからなのでしょう」
「確かに、そうした話もよく聞きますし、当流派でも重要視してはいますが」

小皿に切り分けた果物、スペインを舞台としている為実にらしいものが多く手に入っている、を並べながら。

「人の生き死に、己の尊厳、難しい問題ですから」
「トモエさんも」
「ええ。やはり私のかつての生は、今もですが、この子と共に在りましたから」

商人を迎える時にも、今も寝室だというのに。トモエの腰には一振りの大太刀。

「持てず、振れず。そうなったときに、己の生をもはやとそう私も考えた物です」

オユキとは違い、いよいよ己が終わるのだと感じた時、その前日ではあったのだがそれまでは確かにトモエとしても常と変わらぬように振舞っていた。しかしその日は、己の命の灯が消えるのだという日は、やはりどうにもならなかった。難しい問題でもあるし、今になったからこそ言える言葉もある。だが、当時の己はどうした心持でいただろうかと考えて。

「ただ、やはり心配は、心残りがありましたから」

勿論、己の係累に対する不安もあった。だが最たるものは、今もこうして陰鬱とした様子を隠そうとして、隠せていない相手。

「少し、オユキさんも考えを改めると言えばいいのでしょうか」
「改める、ですか」
「はい」

トモエは、どうした所で弁が立つわけでは無い。オユキであれば、そんなトモエの言葉を余すことなく汲んでくれると信頼はしている。ただ、それに甘えてばかりも良くはないと、何度も己を戒めて。

「今の、その体にしてもです」
「トモエさんが」
「はい。私が願った形として、過去の心残りを形にしてはいますが、今はやはりオユキさんの体です」

どうにも、自分の事、そういった実感がオユキには薄いように見えるからと。己が連なる何か、それがこの世界では重要なのだと身の回りの出来事が、ただそう示し続けている。トモエは、確かに今の己を、生憎根源など思い至りもしないのだが、受け入れている。実感としても、認識としても。生前に何度も願った事でもあり、それがついには叶ったというのもある。他方、オユキの方はどうなのだろうか。常々今の己に対して不満を口にし、過去と比べてはやはり落ち込むことが多い。正直、トモエとしても反省はある。見込みが甘かったと言えばいいのだろうか。
こちらに来てから、相応に時間が経っているのだがオユキの成長と言うのは本当に僅かなものでしかない。体に合わせて作られた衣装が、少し不足が出た。洗った結果として繊維の縮みではないかとそんな事も僅かに考えはするのだが、少なくともそれ以上には成長している様子でもある。靴の、ブーツのサイズ。身に着ける簡素な革鎧のサイズ。それらが、確かにオユキの成長を示している。

「不満は、あるでしょう。ですが、受け入れる事も恐らく大事ですから」
「受け入れる、ですか」
「私の責任と、勿論そうして頂いてもいいんですよ」

今更どうにもならない事として。オユキは確かに話し合いの結果として、認めた。そこには、確かな目論見があったには違いない。かつてのゲームであればまだしも、現実となったのであれば少しくらいは、数年もあればまた少し変わるだろうと。実際、トモエにしてもそうしたことを願っての上ではある。

「いいえ、選んだのはやはり私ですから。」

頑なに、オユキがトモエに責任は無いのだと。

「そうですか。いえ、やはり自覚はあるのです。」

そして、オユキの地人と言うのはやはりかつての己。そして、何よりも難しい事に過去に散々異なる己と認識してきた姿がいつも目の前にある。

「トモエさんに、その姿をとしたのも良くなかったのでしょう」

ベッドの傍らで、皮を小刀で向いている途中のオレンジを置くトモエを改めてオユキは視界に納めて。
見覚えのある、かつての時分は何を考えてこの姿を作ったのかも今一つ思い出せなくなっている姿を。
燃える様な赤い髪。同じ色の瞳。鍛え上げたと分かる均整の取れた肉体は、良く日に焼けた赤銅色。背丈は、かつての己よりもいくらか高く。技術の限界があり、許される限界を設定した身長。容姿に関しては、今となってはよく覚えてないが軽く触ったくらいだっただろう。

「見る度に、若いころの自分を思い返してしまうのです」
「確かに、この顔はあの頃のオユキさんとよく似ていますね」

オユキの、何処か諦める様な、少し悲し気な呟きにトモエは今の己では無く、過去の己によく似た容貌のオユキの顔をなでる。互いに、よくよくつまらぬことを行ったものだ。異邦人たち、今身の回りにいる者達は、つくづくそのままの己に自身があった者達だ。ヴィルヘルミナ、カリン、アルノー。この三人は、何処まで行ってもかつての彼らとそっくりそのまま同じ。ミズキリと言う人物は、流石に姿をかなり大きく変えている。しかしケレスにしても何やら思うところがあったのか、少し色味を変えている程度。

「もう少し、違う形であれば、きっと今程では無かったのでしょうね」
「ええ、間違いなく」

少し、オユキも話を聞いたのだ。
身の回りの異邦人たちに。

「よもや、名前に関する作用を言われたのが私達だけだとは」
「それこそ数は多いのでしょう。ならば、今私たちの周りにいないだけとそう考える事も」
「さて、難しい所ですね」

総体に対する割合、それを考えれば確かにとオユキも思うところはある。

「私たちの周りにだけ、こうも集めて。それはあまりにも都合が良い物でしょう」

都合がよすぎる話だと、それを行う存在が今回は明確にいる以上はと、そうした考えが思考にある。自認が追い付かない、そこで起きるだろう問題があるとして、他の者達は何もトモエとオユキ程では無い。
オユキにしても、こちらに来てから今に至るまで散々に注意されたことはあるのだが、それでもあまりにもとそう言われたことは少ない。所作が丁寧だというのは、散々にトモエに、義父に仕込まれた成果ではあるのだが。

「自認の難しさ、ですね」
「はい」

そして、トモエがついにはこうして話すだけの理由に、オユキも当然思い至るものがある。
勿論、こうして度々体調を崩すオユキを心配してと、精神的に不安定になる場面がここ暫く増えている事を心配してと。そうした部分も、勿論理解している。
ただ、トモエの考えの根底にあるのは。

「トモエさんは、やはり今のままではと、そう考えているわけですね」
「はい」

今回は、トモエがオユキが扱うべきと考える武器を用意した。オユキのこれまでの研鑽を鑑みた上で、現状の武器では、オユキがトモエを打倒しようと考えて拵えた武器では届かないと、残された時間では足りないのだと既に判断を下した。
確かに、長足の進歩は見て取れる。
鍛錬も少ない時間をどうにかこうにかとやりくりして。
甲斐甲斐しい事だと、トモエも確かにオユキを評価している。
ただ、師としての評価はやはり何処までも異なる。

「私に対しても、確かな流派として脈々と繋げてきた先人たちに対して、非礼が過ぎます」

オユキの才は、確かにトモエを超える。既に半年以上は前、こちらに来てから一年もたたない頃に。そんな極短い時間でしかないというのに、トモエに対してこれまでに見せなかった技を使わせるという判断までをさせた。思い知らせようと、そうした考えも確かにあった。過去に選択できなかった手段が、トモエには当然あるのだとそれを。だが、そこまで届かなければ、当然見せる予定も無かった技だ。

「重々承知の上、そう言えば」
「ですが、本気でとそう望んでいるのでしょう」

負けたくないと、己の方が強いのだと示して見せたいのだと。
そう考えていたのは、トモエもオユキも。

「であれば、まずは」

本気で、そう考えるのであればと。

「年齢も年齢ですから、もう少し背丈も伸びるとそう期待していたのですが」
「期待をするのは構いません、ですが、本当に今から背が伸びてしまえば」
「ええ、あの子たちと同じように」

そう、背が伸びてしまえば、バランスが崩れる。此処までに身につけた物が、先に進んだはずの道が後ろに戻る。その度に、また調整を行わなければならない。鍛錬を続ければ、日毎に力が付き、そうでは無くなったころからも、日々の衰えに合わせてとしなければならない。しかし、背が伸びる、身体のバランスが変わるというのはそうした最低限の事だけで終わるようなものではない。

「ですが」
「オユキさん」

しかし、オユキとしては現状は、今の己の姿は望んだものでは無いのだと。
だからこそ、そこでオユキにとっての難しさが存在する。トモエは、今となっては、それ以前からも現状を好んでいる。オユキは、己の体躯に不満を抱えている。
何処までも対照的な、二人の形。
此処までは隠し遂せた、歪な形。
だから、トモエは繰り返す。

「恨んでくれても、構いませんと、そう伝えました」
「それは、望みません」

観客の居る二人の寝室で、もはや隠すことなく二人での話し合いを。そう考えての事ではあったのだが。

「選んだのは、やはり私です。ですから、その責をトモエさんに押し付けようとは思いませんとも」
「そうして、自分に言い聞かせるように言うのであれば」
「ええ、何度でも繰り返しましょう。何度でも、己に言い聞かせましょう」

二人での話し合い、その意識が強いせいだろうか。外野と、その判断は容赦なく働いている。既に、周囲の風景からは色が失せるどころでは無い。空間そのものが、雪原に変わっている。月も無い、ただ暗い空。降り注ぐ雪が、ひらひらと舞う雪がほのかに明りを放ち。何処までも、視界の果てまでを埋め尽くす雪だけが明りを放つ空間に。
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