憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

疲労は重く

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トモエが存分にアイリスと並んで暴れまわった後、トモエからしてみれば今更かと思う時期にようやく騎士達が散々に荒れた戦場になだれ込んできた。そこから先は、いつもの如く。新人と、そう実にわかりやすい若年の者達を容赦なく壮年の騎士達が追い回し発破を掛け、時には魔物の前に蹴りだして。容赦のない教導ではあるのだが、それを何故これまでやってこなかったのかとトモエとしては考えたりもするものだ。そもそも、トモエは己の監督下であり、何があったところで怪我をさせないとその自信が持てる範囲で、容赦なく武器の振り方もままならぬ者達を魔物の前に連れ出しているのだ。
オユキが言うには、そうした振る舞いすらイマノルが優しいと評していたらしいのだが、イマノルとアベル、その二人が抜けた事で変わったのか、それとも単に所属が違えばまた訓練の質が違うのか。

「確かに、対価としては十分でしょうね。いえ、貰いすぎかとも思いますが」

武国からの使者、テトラポダからの使者、それらを護衛するはずの人員が結局腰が引けたまま魔物の狩猟に参加しなかった結果、トモエが己の内から確かに何かが削られる感覚に耐えきれなくなった結果、短い時間ではあったが引き上げる事となった。トモエが蹴散らした魔物の大半はそのまま姿を残していたのだが、アイリスの放つ炎で焼き尽くされて数を減らし、どうにか残っていた物を人足たちが荷台に積み込んで戻ってみれば、民衆からは盛大な歓声をもって迎えられるというものだ。往復に二時間ほどをかけたとはいえ、狩猟にしても高々一時間ほど。見送った者達はさて外で何が行われるのかとあれこれと噂をしていた矢先に、早々見られぬ大量の大きな魔物の死骸を運んで戻ってきた者達の姿を見れば、そうもなろうというものだ。

「確かに火を残したのは、私の未熟でもありますし」

そして、今回の狩猟の発端共なった翼人種の長、フスカにアルノーが料理を拵えて供すればそれでどうやら約束通りオユキの先の振る舞いは許されたらしい。
こうして、すっかりと日も落ち月の輝く中で、庭先に集まった者達がそれぞれに料理を楽しむ場。トモエとオユキは、外出で散々に汚れているためにまずは汗を流して、それぞれにシェリアとナザレアの手によって改めて衣服を整えられ、もはやどちらも疲労を隠せない状態でそこに参加している。

「いえ、その、私もトモエに対してとむきになりすぎました」
「そこに理解があるのならば良いのですが、今後もその気性は治る事は無さそうですね」
「ええ。そればかりは、私としてもなかなか難しく」

フスカに軽く窘められるのだが、生前から変わらぬ執心は確かにオユキの中にある。それがオユキと言う存在を支えるための柱であり、今のオユキはそれに立脚する存在だからこそはっきりと難しいと、言外に変える心算も無いとそう応える。正しい在り方など、既に自問は超えている。己の中にトモエの居場所がある。それは非常に大きなもので、他でそれを埋める事等できもしない。

「そんな事では、解脱など叶わぬというのに」
「世事に構わぬ事がそうであるなら、残念ですが」

そんな事をオユキが望むはずもない。オユキと同じく、珍しく疲れ切った様子のトモエも同感だとばかりにただ頷いて見せる。

「度し難い者達ですね、本当に」

そう言いながらも、食欲に忠実な貴女は一体欲をどの程度捨てられたのかと心底疑問に思うものだが、確かに仏とは異なり神としての存在であれば酒食を好まぬはずもないかと、かつての世界の想念に影響を受けているというのならばそうしたこともあるだろうとオユキは無理に納得する。

「それから、あの者達ですか。我が祖からの加護を得ようというには、随分と」
「運ぶのは、この国の誇る方々にお願いすることになるでしょう」
「であれば、まだ良しとしましょうか」

そして、一応は同席している者達。狩猟に参加する事すらできなかった獅子の部族から、他国への使者を任せるに足るとされている者達、武国から訪れてきた一応は神国の王族であり現公爵が頼んだはずの者達。それの難と情けない事かと、トモエはその視線を隠しもしない。オユキとしては、想像できたことでしかないため落胆も何もない。ただ、使者本人が己の護衛に対する不信を抱えた様子と、何やら考え込んでいる様子のアダムの様子が気にかかる程度。

「良いですか、くれぐれも」
「ええ、私からも確かにとお願いしておきましょうとも」
「ああ、それと貴方たちが既に任せた一つですが、それもあと四日もあれば月と安息の神殿へ届けられる事でしょう」
「お分かりに、なるのですか」

一体、今はどのあたりをとそんな事を考えていた物が、フスカの口から告げられる。予定よりもいくらか日数が掛かってはいるようなのだが、その辺りは恐らく試練として何かが用意されたと理解は及ぶ。少年たちと、それこそ始まりの町で雇える者達にだけ頼まなかったのはそうしたこともあるだろうとオユキが考えた結果として。多少の遅れに関しても、当然予定に組み込んではある。それにしても、一週程だと踏んではいたのだがそれよりもさらに数日かかっているようだ。老巫女の事もある、ローレンツがその辺りはよく差配しているのだろう。

「ええ、祖の力が色濃く込められているのです。世界のどのあたりか、その程度は分かりますよ」
「あ、オユキさん誤解しないでください。流石にそんな事が出来るのは私たちの中でも極一部です」

同じ翼人種のカナリアからそのような話を聞いた覚えが無いと、そちらをちらりと見たオユキにしっかりと釘をさす。どうやら、風がどうと言った話は確かであるらしいのだが、そこもまた同じ種族内で色々と差があるらしい。

「と、言いますか、族長様の保有する力は私達とは比べ物になりませんから」
「力、ですか」
「ええ。かつての世界が滅ぶ時に、世界の残滓を私たちも一部与えられています」

曰く、大部分はかつての創造神が保持しているらしいのだが、世界を渡る衝撃を和らげようとそうした理由もあっての事らしい。そうしてトモエとオユキが揃って柔らかいクッションに乗せられて翼人種の長の語る昔語りを聞きながら少しづつ、オユキとしては正直辟易とする匂いが周囲から漂っているのだが、それでも客人は放置できないためカナリアが定期的に肉の焼ける匂いを定期的に散らしてくれている場に、アイリスが近づいてくる。先ほどまでは、今日散々に使った力を取り戻せとばかりに、大量の肉をわしづかみにして胃の腑に納めていたのだが、それもいよいよ大丈夫と言う事なのだろう。ただ、まぁ、片手にやたらと大きな骨付き肉を抱えているあたりまだまだ足りないとそう言う事でもあるのだろうが。

「少し、いいかしら」
「ええ、構いませんよ」

拒否など許さぬと、そうした色を視線に乗せて。

「さて、一体どのようなと聞くのは、事ここに至っては野暮な事ですか」
「ええ。あの愚か者達は、まだ納得が出来ないとそういった様子だもの。あの戦場で駆け出す事すらできなかった、魔物に向かう矜持さえ見せられなかったというのに」
「部族の中で、特にその威を示せる立場の方々が国許にいるのだとそう言い出したのでしょう」

オユキとしては、それにしても予測の範疇でしかない。
この場に部族の代表として、それが正しくできる者がいればまだ良かったのだろうが、今は所詮はアイリスの手紙に対して真偽を確かめるためにと派遣された者達でしかない。随分と早く来たと、オユキとしてもそのように思う以上は敵から逃げ、早く、長く駆け抜けられる事を求められたものたちなのだろうと。そのような者達が獅子の部族の中でも相応の地位を得ている事に関しては、トモエの方が言いたいことがあるとそのような様子ではあるが、種族の中でも差などいくらでもあって当然だと考えるオユキにとっては、やはりそうかと納得できる程度の事でしかない。

「トモエさん」
「オユキさんは、本当に大丈夫ですか」
「今度の事は、アイリスさんが負担してくれると信じていますとも」

一応は、そうした都合の良い者としての仕事を行うだけだろうが、相応に負担を得るには違いないからと。既にマナの枯渇とそのような話はされている。カナリアにしても随分と不安そうな様子ではあるのだが、それでもオユキは良しとする。アイリスがそれを求めた以上は、今後の事を彼女が引き取るのだとそうした意思表示でもある。それだけの負担をオユキに対して望む以上は、今回は間違いなく納得させたうえで送り返すだけの自信があると、その眼が確かに語っている。

「ええ。勿論、とは言い切れないのもあれだけれど。少なくとも、狩猟に出て私も相応に加護を貯めたのよ、今日」
「では、お呼びいたしましょうか。何やら随分と見当違いの事を考えるあちらの方々に、祖から一体どのような評価を与えられるのか、直接問い質すのが良いでしょうから」

トモエの武では納得が出来ぬというのであれば、仕方が無い。己の今日の行状を振り返って反省すら出来ぬというのであればやむを得ない。元よりテトラポダからの使者にしても、アイリスの言葉が正しいのだとそれが解るだけの証を求めてここまで来たのだとそう語っていたのだ。ならば、それを示せる相手を呼んでしまえば良い。
再びアイリスの髪が金の輝きを放ったかと思えば、オユキの視界が揺れトモエに身を預ける形になる。トモエとて、今日の事でかなり疲労をしているため申し訳が無いとそう感じながらも、体から抜ける力にどうしても抗い様も無い。

「オユキさん」
「大丈夫、とはいえませんね」

アイリスが、高く獣の鳴き声を上げる。そして、裔の声に応じる様に、彼方から此方へとひかれる道がある。加えて、これまでは夜空に浮かぶことのなかった輝きが一つ。古い呼び名では、アル・マリキと呼ぶ星だろうか。裔が部族連合の頂点に立つことを是とするだけの由来を持つのであれば、そうした呼び名が確かに相応しいだろう。空に瞬く輝きが、そのまま地上に落ちて来る。金に輝く毛並みを持つ、今となってはすっかりと見慣れたアイリスの祖。初めて見る、こちらも金色に輝く毛皮を誇る正しく王者の威光を存分に示す百獣の長。そして、此処に都合の良い相手がいるからだろう。ついでとばかりに戦と武技をその名に関する、少なくともトモエにとってはオユキが現状を得る原因となった相手。

「何たる惰弱、何たる怯懦」

そして、獅子は容赦なく己の裔に向けて牙をむく。
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