憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

眺めるだけの

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オユキの胸に去来する感情は、実に複雑な物だ。
群れて襲い掛かるでも無く、こつ然と現れるなかなかに愉快な大きさを持つ蛇、グレートボアかティタノボアか、流石に名前まではオユキも覚えていないのだが、確かそのようなこじんまりとした一軒家程度であれば一巻きにしてそのまま潰してしまえるような蛇を相手に離れた位置から馬上で刃を振るえば、見事に両断される。加えて、トモエの一振りに合わせて周囲にはトモエの威を示せと言わんばかりに霹靂が走る。
真勇壮なその姿を見て、楽しむトモエの姿に喜ばしい事だと思い、自在にあろうと心に決めたのだと嬉しく思い、しかし何故己が隣にいないのか、同じく乗馬を駆って共に魔物を屠れないのかと悔しく思い、並ぶアイリスを恨めしく思う。

「確かに、なんと勇壮なとそうため息の一つも漏れるものでしょう」
「ええ、実に見事。魔術とはまた違うようですけど」

知らず知らずのうちに、内心に渦巻く種々の感情がオユキの口からため息として漏れたようで、公爵夫人があれほどの事が出来る伴侶がいるのかと、そうオユキを褒めそやす。

「自慢の伴侶ですとも」

言われる言葉に、オユキもそれが当然とばかりに返す。トモエがあそこまで周囲を挑発し、威圧をしようと考えているのはオユキの懸念を文字通り刃で払拭しようと考えての事だと、それがよくわかっている。
この程度の、オユキとトモエ程度の武威に気圧されるような相手に、どうして己が半死半生という居間の有様になってまで得た物を頼めるというのか。

「さて、貴方方は何をしているのです。異邦の者と、他国の者。その二人が確かに己の能力を示して見せているというのに、我が国の騎士達が陛下と私が剣を受けた者達は、何をそのように気圧されているのですか」

この場は見極めを兼ねている。それを話した記憶はオユキに無いが、やはりこのような場を用意した意図と言うのは正しく伝わっている物であるらしい。幾人かの、年嵩で練達と分かる騎士達はトモエにアイリスに負けじと周囲にそれが当然とばかりに現れる魔物を着実に屠っている。この場の責任者として、少なくとも今戦う事が出来ない者達を守るためにと配置されている者達にしてもカナリアが張った月と安息の結界の外側に容赦なく湧き出る魔物をこれまた実に静かに切り捨て続けている。

「受けた誓いが、貴方方の誓いはこの程度の状況で折れる物だったと、そうなのですか」

王妃の、言葉こそ少しは飾っているが、若年の騎士達を詰る言葉に監督役として付いて来ていた騎士の一人が。

「何を呆けている」

大音声をもって、叱咤する。言葉だけでは足りぬと、手近にいて誓いを込めたはずの剣すら落とした覚悟の足りぬ一人を捕まえて殴りつけ、そのまま大地に転がす。

「我らこそが先陣を切るのだと、我らの背に民を置くのだと何度我らが言葉を重ねてきたと心得る」

訓練を施したからだろうか。言葉に一切の加減は無く、実際にそうして叱責する彼は遅滞なく、今ここにいる一応は非戦闘員を守り切っていた人物だからこそ、地面に倒れ込んだ騎士を掴んで無理やりに引き起こして。
思い返してみれば、イマノルの言葉で散々に訓練期間中はこっぴどくやられたのだとそうわかる言葉が端々に見えていたのだが、成程これが騎士の訓示かと、物語の中に見る物とは全く違うのだなとそんな場違いな感想をオユキとしては思い浮かべるほかない。よくよく考えてみれば、軍の先駆けとなったような組織なのだ。体育会系とでもいえばよいのか、寧ろ総本山と言えばいいのか。ようはそうした組織体制であるには違いない。
お行儀がいいのは、そう仕込まれて表に出て来るからとは、本当に良く言ったものだと妙な納得を得るオユキの前ではあちらこちらで容赦のない指導が行われている。

「申し訳ございません。御見苦しいものをお見せいたしました」
「ええ」

何やら発破を掛けたはずの王妃が、若干の気後れをしているのが分かるのだが、それに関しては是非とも自分の中で処理をしてくれとオユキからはそんな感情しか湧かない。

「巫女様も、御身が我らを試すというのであれば、神国の誇る我ら騎士確かにそれをお受けしましょう」

そして、王妃が今一つ反応が良くないと見るや矛先がオユキに向かう。

「一部の方々は、確かに見るべきところがあったのですが」
「御身のご不満、至極もっとも。我らが責任を持ってあの惰弱な者どもを今一度訓練しなおします」
「よしなに」

再訓練が決まった者達の顔色が若干悪くなるのだが、それについてはオユキの関与するところではないしより精強な者達になるというのであれば寧ろ歓迎すべきことだと。

「しかし、此度の事は、恐らく理解もあるのでしょうが」
「見極めたい事柄があるのだと、我らが真御身の御眼鏡にかなうだけの者なのかと、そのように」
「先だって、私が得た物があります」

どのみち、置いておくことが出来る様な物ではない。屋敷に置いておけば、警護のための人員を置かなければならず隣国に向かってしまってはなかなか連絡を細かくとることも難しい。少し間を置けば、一応は壁の中に汚染を受けた者達がはいるこむことは少し難しくなっているとはいえ良からぬ事を考えるものたちなどいくらでも現れるだろう。
だからこそ、得たのであれば、早々に次に、置くべき場に向かわなければならない。風翼の門として完成さえしてしまえば、その核たる存在の持つ力によって余計な手出しは欲深き者達を焼き払う焔によって咎められる。

「新たな風翼の門となる物が、ええ二つほど」
「既に、月と安息へと届けるにあたり御身から確かに信を得た者達がと、そのように」
「はい。此度は他国よりの使者様方も居られます」

そして、その物たちの程度は如何程か、今も何をすることも出来ず寧ろ怯えを瞳に浮かべている者達を一瞥すらせずに。

「私は、私が得た物を無為にされるのは好みません」
「至極もっとも。御身が斯様な様子になりながらも得た、神々からの確かな恩寵でしょう」
「はい。先日得たばかりの物で、聞かされてもいない事ではあるでしょう。ですが、それらを運ばなければならないのです」

運ぶ先は、今の状況を見れば実にわかりやすいだろう。少し考える様子を見せたのだが、直ぐに頷いて見せる。目的地は二カ所。間違いなく、道中としては武国に先に向かい、そこからテトラポダへと向かう事になるだろう。何も二つに分けて行軍をとそうなるわけでは無く戦力を分散させる必要もない。要は、こうしてこの場に同行している者達が、百を超える数のこの騎士達が、外交の随員として用意されている騎士達の一部と共に向かう事になる。
オユキの方では、流石にこうして同行している者達が騎士団として何処に所属しているか迄は分からないのだが。

「御身のご懸念は、いよいよ至極もっとも。我らの教練が足りず、御身に僅かたりとも不安を抱かせたのは間違いなく我らの落ち度」

そうして、改めて、片膝を付き頭を下げていた姿勢から、領膝をついて深々と頭を下げる。一応、聞いた話ではそのような姿勢は罪人が行う者だとそのような説明を受けた気もするのだが、流石に定かでは無い為特に言及はせずに。

「はい。貴君に責は無く、確かに私達を守る者達がいたとはいえ」
「いいえ。こうして後進の育成が足りなかったのは、教練に際して訓示の行き届かなかった我等全ての責でありましょう。謝罪は、この一件に関する追求はどうぞ加減など為されぬよう」
「しかし、今もまだ場は続いています」

汚名返上の機会は、今ここにこそあるのだからと。トモエにしても、アイリスにしても。既に加減なく動き回ってそれなりに時間が経過しており、息も上がり始めているし先ほどまでに見せていた威も既に陰りが出始めている。今もそれが当然とばかりに魔物をケチらい続けているのは変わりないのだが、一刀で切り伏せたはずの魔物に対して二の太刀を振るう事になり、仕留めきれぬ相手に対して追撃として雷光が空から落ちてと。アイリスの方も徐々に周囲に浮かべていた狐火の数が減り始め、獣のしなやかさで果敢に飛び掛かっては唐竹割にしていたはずが、今ではあまり飛び上がったりはせず地に足をついたまま野太刀を振り回すことが増えてきている。体力が削れているのは事実だろうが、それ以上に得物が血と脂で汚れ始めている事もあるのだろう。
トモエは離れて斬っているのだが、その結果として当然武器に負担がかかっている。刃毀れも出てきているだろう、太刀も僅かに曲がり始めている可能性とてある。

「今一度、機会を頂けるというのであれば、我らが御身の与える奇跡を受けるに足る者だと」
「名は」
「エセキエル」

老練と言うには、まだ若い。見た目に関しては、アベルとほぼ同じ年代。壮年の騎士は、名をエセキエルと名乗った。その後に家名を続けぬのは、それこそがこの場にいる騎士の矜持だとそう言わんばかりに。現状、彼に関しては特に問題は無いのだ。王妃を、両国の王妃を良く守り、忽然と現れる魔物を次々に陸に姿勢も変えず切り捨てていたのだ。ならば、この人物が確かに神国の誇る輝ける剣と盾であると言われれば誰もが頷くには違いないのだ。

「第一騎士団、エセキエル。改めて、私がこの場で正式に命を下しましょう」

そして、それなりにオユキが疲労を感じ始めていると見たのか、王妃がそこから先を引き取る。それ以外にも、オユキがこの場で騎士達に頼みごとをするよりはその方が自然な流れではある。

「我が国の騎士達が、確かな誓いが疑われたというのならば、その誓いが込められた剣と盾を持って払拭せよ」
「ご下命、確かに承りました」

そこから先は、まさに輝ける剣として。まずは、エセキエルが己の同僚たちに向けて発破を掛ける。

「何をしている。既に我らの主君から命は下った。戦と武技の神より確かにその任を与えられた巫女様の、我らの誓いに疑念を差し挟む余地など無くなるようにと、憂いを払えと」

苛立ちを隠さず、今に至ってどうすればとそのように迷っている者達に向けて、オユキよりも王妃よりもさらに苛烈に惰弱を責める。

「ここで、それに応えらぬというのであれば、騎士など辞職せよ。我らの誇りを、この刃に託した誓いを疑う者達がいてそれを晴らせぬというのであれば、騎士などと名乗るのも烏滸がましい」
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