憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

屋敷へ戻る前に

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どうにか、と言えばいいのだろうか。
王太子妃に対してどうにか空手形を切った上で、その場を辞去する事の許しは得られた。単にかけられていた圧が減っただけなのだが、それで十分な事もある。トモエの納得に関しては、それこそ戻った後にまた色々と話さなければならないだろう。そんな事をオユキが考えていれば、此処までオユキの補助に徹していたはずの公爵夫人が口を開く。

「確か、どの程度話が纏まっていたかは聞いた覚えがありますが。」
「どの話でしょう。」
「次の闘技場を使った催し、その日程です。」

公爵夫人は、それこそ公爵その人と多くを話しているのだろう。既にそれに関してある程度の案が固まっていたはずだと、そんな事を王太子妃に確認している。ただ、王太子妃の反応というのが、やはり芳しくない。

「正直な所、一度白紙に戻そうとそうした話が上がっています。」
「それは、何処からでしょう。」
「文官衆の相違であればまだ良かったのですが、戦と武技の教会からもです。」

ただし、言われた言葉としては、オユキも非常に気にかかる物である。

「トモエさんは、先ほど戦と武技の教会を訪っていましたが。」
「さて、マルタ司祭とはお会いしましたが、その折には次の話があるとそれだけを聞いただけですね。」
「次がある、ですか。」

司祭として、それを聞かされているのかもしれない。
オユキの考えとしては、そうなる。それこそ、神々の良き奉仕者でもあり、何となればオユキ等よりも実際は遥かに神々の声を聞ける立場だ。実際に、神職で無い物たちに対して神々の奇跡を分かりやすく降ろすためには、オユキであったりアイリスであったりという依り代、目印が必要になるには違いないのだが、そうでも無ければこちらで暮らしている者達の中でも特に神々の為にと暮らしている者に声を届けることは出来るだろう。

「その辺りは、私は何も聞いてはいませんが、確かに戦と武技の神であれば隣国、この場合は武国ですね。そちらに対して配慮をせよというかもしれません。」
「オユキ、それは。」

巫女としての直感かと、そう探るような目で見られるものだが。

「いえ、生憎と単純な理屈としての物です。恐らく、計画を一度考え直すべき、そう考えている方々と変わる物ではありません。」

武国から、この国の王兄が向かって来ているという話だ。既にそれが届いている以上は、ほど近い場所にいるであろうしそちらはそちらで神から、教会を経由して何かを言われている事だろう。そちらから齎される物を待ちたいと、そう考えての物が一つ。既に参加したいと、そうした話を聞いているらしいので今後の関係も踏まえて何某かの交渉の手札としたいと考えて譲歩をしても良いのではないかとそうした話もあるだろうと。己の考えとして、この国が見せるだろう判断として分かりやすい部分を口にすれば、王太子妃からも頷きが返ってくる。

「付け加えるのであれば、アベルの存在と王妃様の意思もあるのでしょうね。」
「ええ。どうにも、王妃様はこれまでの経緯と言いますか、それを踏まえた上で武国に対しての配慮を行うべきと考えているようです。」
「ああ、そちらの流れもありますか。確か、アベルさんとアイリスさんが、私達よりも先にこちらに来ているはずですが。」

テトラポダからの使者が、想定よりも早くたどり着いている。そちらへの対応もあり、アイリスが実に渋っていたものだがアベルが無理やりに連れて行った。新しい馬車をカナリアが用意したこともあり、それを整えるのだとそうした話をアベルがすれば、アイリスにしても、オユキよりも遥かに、比べる対象が悪いだけだが、飾りに拘る性分でもあり渋々ながらもついて行った物だ。

「そちらは、一応報告は上がってくるのですが。」
「難航しているのでしょうね。」

その辺りは、オユキの想像した通りになっている事だろう。アベルを経由せずに、アイリスの前で散々に相手を如何に混乱させるのか、如何に時間を作るのか、そうした振る舞いを繰り返していたこともある。余計な事と相手としてはそう考えるものだろうが、身内としてそうした姿が見られるのなら用意される時間というのは嬉しいものだ。アベルとしても、さぞ頼もしいと感じてくれているだろう。まぁ、実際には決まらぬ話に、進まぬ話に彼はやきもきしている事だろうが。

「となると、これまでに起こったのでしょうか。」
「オユキ。なにか。」
「いえ、一つの国に、他の国からの使者と言いますか、相応の権限を持った方が集まってというのは、こちらではこれまでにあったのだろうかと。」

オユキの懸念としては、これまでに経験があったのかどうか。
万が一、そうした経験が無ければこれから起きる事というのは実に面倒を引き起こす。どちらも、これまでにない事態に直面し、そこでかじ取りをしなければならないとなれば逐一互いに互いをけん制してとそれはそれは実に厄介なパワーゲームが巻き起こる事だろう。
こちらで暮らす者達として、協力して当たるべきことが確かにあるのだがそれはいよいよ今は関係ないとばかりに。

「しかし、オユキ。我らには神から与えられた使命が。」
「いえ、それは為政者にとっては基本的に無関係の事です。達成が必ず求められてはいますが、それにしても案外とどうにでもなります。創造神様から頂いている言葉、それは既にリース伯爵子女が伝えているでしょう。」

汚染の元凶は、創造神が、神々が対応する。それが既に決まっている。

「しかし、他国には。」
「いえ、それも怪しいでしょう。こちらではリース伯子女がその役割を担いましたが、では他国ではそれがなされぬのかと言えば。」

この国では、メイに白羽の矢が立った。だが他国にそれが無いのかと言えば、そんな筈も無いだろうというのが、オユキの考えだ。

「魔国でも、恐らくはあったのではないかと、そう考えています。少なくとも、両陛下を始め、幾人かは私の運ぶものに対して理解はあったようですから。」
「その辺り、報告が無かったのは。」
「私の感想、それを超える物ではありませんから。所感を纏めた物として、マリーア公には報告させて頂きました。」

感想は感想として。勿論、何に対してもという訳ではないが、疑念を覚える事であったり、意外を覚える事というのは当然報告したほうがいい場合というのが存在している。それは、生前に散々に言われた事でもあり、もはや習い性になっている物でもある。

「王太子妃様こそ、隣国の王妃様にお伺いしていそうなものですが。」

随分と、驚くことが無かったではないかと、そうした言葉をきちんと含んだうえで。

「想像は付いているのでしょう。」
「想像は、想像でしかありませんから。」

そちらも、同様に想像の範疇であれば問い詰めて確証を得ようとそう考えるでしょうと。

「では、その想像は間違っていませんと、そう応えましょう。確かに、わが国だけではなく、他の国に対しても先々起こる事、神々が行う処罰が伝えられています。」
「付随する情報は、ありませんか。」
「オユキ、その勘違いを正しておきますが、やはり神国、この国は特別とされているのです。神々からも。」

言われる言葉に、思い当たることがある。だが、それはダンジョンの事では無かったのか。

「オユキ。何もダンジョンばかりではありません。他の国は、頂く神の冠の一部を。しかし我が国は、神国なのです。」
「そこに特別があると、そう言う事ですか。」
「そうです。具体的に言えば、先のダンジョンが一つ。そして、人口の上限が無くなったのも、わが国だけです。現状は。」
「それは、また、何とも。」

公爵夫人が口にしたもの、その後ろ半分がとにかくまずい。

「他国も、気が付けば間違いなく求めそうなものですね。」
「ええ。気が付かれぬように、そうしてしまえば歪が多く出ます。勿論、付け入る隙も。」
「その、侮っているわけでは無いのですが。」

そこで、トモエが改めて。しかし、トモエが口にするよりも、王太子妃が簡単に予想がつくトモエの質問に対して明確に回答を行うほうが早い。

「私は、この国に王太子妃、今後は王妃になることが決まっています。」
「そう、ですか。」

既に、立場が決まっている。それを改めてはっきりと。勿論、そうでない場もあるだろう、だが彼女は、王太子をして強いと評し、側仕えでさえ信用が出来ぬ期間をどうにか生き抜いた者は、既に決めているだろう。さもなくば、耐え抜く事等できはしなかっただろうから。

「トモエさん。」
「いえ、栓無い事です。」
「トモエの言いたいことも、理解は出来ます。勿論、許される範囲で行う事はあるでしょう。ですが、それ以上でもそれ以下でもありません。私は、この国に嫁いできた。必要な対価は、既に得た。」

それが、辛うじての延命にしかなっていなかったのだとして、それでも、確かに間に合ったのだと。
ミズキリが最初に立てていた計画では、この人物にしても失われると、そうした話ではあったのだ。その結果がどう転んだかと言われれば、結局のところこの件を推したであろうフォンタナ公爵に責任の追及が向き、そこである程度以上の自浄作用が働く結果にはなっただろう。結局は、オユキがミズキリの計画に乗るとして、乗らざるを得ない物として既に仕込まれていたものが、向こうにも間違いなくある。後は、誰が引き金を引くのか、そこまで準備が進んだものが、間違いなく向こうにも。
そうしたことを考えずとも、トモエとオユキは、大いにこちらの人々の生命を奪った。

「そうですね。先ごろの反乱、そこで私達を始め切り捨てた相手が多くいます。」
「ふむ。」
「確かに、そちらもいっそ話してしまえばとなりますか。」
「事の軽重、それは流石に私では分かりませんが、人の口にとは立てられぬ物、どちらがより納得がいく理屈かと言えば。」

そして、オユキのその言葉が示すものは単純だ。
かつての世界であれば、それこそ批判も出るだろう。誰が選別するのかと、そうした話も出てくることだろう。しかし、こちらでは明確な選別を神々が行う。印のつく者、そうでない者。既に区別がなされており、汚染が拡大する見込みさえなければ。

「ただ、そうなると、如何にしてとその話にもなりますが。」
「その辺りは、それこそありのままを賭して頂くのが良いでしょう。」

少なくとも、オユキとトモエの休日に関しては神々から以前言葉を貰っている。ならば、それが違えられる事も自主的にとしなければないはずだと。
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