憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

春伏せる

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一先ず、最低限は伝えただろうと。

「では、ここまでとしましょうか。」
「ああ。」
「どうしましょうか。」

アベルに声を掛けてみれば、彼の方でもいい加減にという事ではあるらしい。それこそ、一から十まで徹底的にとなれば、彼もかなり疲労しているらしい。基本的には、自尊心から来るものだろうがそれ以外はやはりトモエが使う魔術ないし奇跡によるもの。それをいい加減に止めて、アベルに試すのかと。

「まぁ、それも一つではあるな。」
「では、どうぞ。」
「どうぞって、お前。」

アベルがその選択をするというのであれば、トモエに否は無い。
タルヤの方も、受けて立つと言わんばかりに何やら剣呑な笑みを浮かべている。確かに表面上はこれまでと変わらない様子ではあるのだが、凄みを感じる表情なのだ。なにやら。

「タルヤ様も、構わないようですし。」
「まぁ、そこまで言うなら、やって見せるが。」

そして、トモエとしても正直興味がある。
タルヤがアベル程度の能力に劣るところは無いと、そう考えてはいるのだがアベルの自信の根拠というのも確かに気にはなるのだ。それこそトモエのように武技としてただ斬る事に特化した能力を持っているのか、はたまた別の何かか。少なくとも、彼が己こそがと信じる物が何かあるのだろうと。

「私が見ても構わないのですか。」
「ま、構わん。正直お前が俺を侮っているというのは、見てりゃ分かる。」

アベルがそう言うのだが、加護を含めてとなれば、トモエにしてもアベルを評価はしているのだ。勝てるかと問われれば、難しいだろうとそう考えるほどに。

「なら、まぁ見せておくか。」

アベルがそう呟き、何やら此処までの疲労が無いかのように。

「一応、これでもこの国じゃ一番強い。加護を入れりゃな。」

そう呟いたのは、彼の自尊心によるものか、それとも。しかし、結果はやはり歴然としている。アベルがトモエでも死人が出来ないほどの速度で振った剣は、明らかに異常と思える速度で、破壊力で、振って見せた剣はしっかりと蔦に受け止められる。そこから何かが起こるのかと、トモエとしても多少の興味と言えばいいのか、まだ何かがあるのかと僅かな期待と共に見守っていたのだが。

「嘘だろ。」
「やはり、そうなりますか。」

蔦で作られた檻は、小動もしない。

「アベル・ブーランジュ・ユニエス。人の身で、私に適うなどと随分な言い様ですね。」

そして、タルヤが言葉で容赦なく追撃を。

「私こそが神国の守りの要、そう呼ばれて一体どれだけの月日が流れたか。」

彼女は、間違いなくこの世界の成立、それ以前からこちらに存在している。加護というのが日々生きる中で得られるものであるならば、やはり生存している歳月というのは無視できない。人同士の間であれば、同じ時間の尺度で生きる者達の間で見れば、確かにそこには時間に対して効率というものが存在する余地がある。しかし、寿命が無い相手に対しては、それこそ数十、数百倍を生きる相手であれば。

「侮られて困るのは、私も同じなのですが。」

そうして、タルヤもため息を一つ。
それを契機に、アベルが蔦に打ち込んだ剣と共にずるずると体をそのまま地面に。どうやら、なけなしのとでも言えばいいのか、彼がこれまで己の支えとして来た物が見事に打ち砕かれたらしい。
トモエとしても、何もここまでとは思ってしまうのだがまぁ慢心が無くなったようで何よりだと、そう己を納得させておく。側にオユキでもいれば、やりすぎですよとそう苦言を呈したであろうし、こうして落ち込むアベルに声を掛けたりして見せたのだろうが。トモエとしては、もはやタルヤに合図だけ送って現状の檻を解いてもらう他ない。

「アベル様、檻を解きますので。」
「ああ。分かっている。」

タルヤに少々どころでは無い呆れを含んだ声で促されれば、アベルもようやく己を取り戻して立ち上がって見せる。見た目という点では、トモエが少々無理をしたため、彼の方が色々と草臥れているのだが、そればかりは。
どうにか取り繕って外に、一体先ほどまで伸びていた蔦が何処に消えたのかという疑問も浮かんだりはするのだが、タルヤに聞いても分かるような物でも無いだろう。動きを見れば、どうやら地面に潜っていったらしいのだが。

「おー。」
「そうか。トモエさんが勝ったか。」
「ええ。どうにかという程でもありませんが。」

そこでは、ローレンツもそうなのだがしっかりと両手に食べ物を持った少年たちが待ち受けていた。
アベルの様子、彼自身が隠そうとしているため、周囲にばれるような事は無いのだが、それでも付き合いの長いこの少年たちにまで隠し遂せる物ではないのだろう。他にも幾人か、それこそ狩猟者ギルドの長であったり、よくよく顔を合わせる総合受付に居座っている人物の目にははっきりと勝敗が分かる物であるらしい。つまりは、隠された場で、隠さなければならない場で何が起こったのかも同様。

「でも、よく勝てたな。おっさんの方が、大分上だろ。」
「ええ。そうですよ。ですがこの場では、あまり話すべきことではありませんから。」
「あー、そうなのか。それもそっか。」
「そうか。悪かった。」
「いや、別に構わないって程でもないが、あまり吹聴はしてくれるなよ。シグルド、パウも。」

そうアベルが話して、少年たちの肩を軽く手で叩く。彼もまた、鎧を着こんでいるし、長大な両手剣は既に背にしまわれている。先ほどまでの落ち込み用が少し顔を覗かせるが、それでも今はまっすぐに。年長者の、先達の矜持が確かに彼の胸にもあるのだろう。彼がこれまで培ってきた物、それをトモエも慮る。双肩に乗っているものは、今となっては風来坊の異邦人たちとは意味が違う。まさに物が違う。その重荷を、少しは降ろせるようにと、何処かそうした配慮もトモエは持っているし彼にしてもきちんと受け取ってくれたらしい。
何とも、その名にふさわしいだけの人物であるらしい。
確かに、いつぞやにはオユキが少々行き過ぎた形でファルコを諫めようと語気を強めたのをトモエが止めたのだが、しかし彼はオユキが正しいと言い切って見せた。上手く納めたのも、やはり彼。イマノルが好奇心に負けて、そうした状況下で出てきたのも彼であったという事は、成程。

「アベルさんも、オユキさんと同じくどうにも貧乏くじを進んで引くようですね。」
「オユキにもそれを言われたが、まぁ、色々どうにもならん事ばかりでなぁ。」
「おっさんは、まぁ大変そうだよな。」
「ああ。」

各々が手に持つ物をそっと差し出しているあたり、何とも哀愁を誘う光景ではあるのだが。アベルにしても、それなりに空腹であったのかはたまた民から捧げられた物は口を付けなければという考えか。

「そういや、俺がって言ったら。」
「ええ、勿論。ただ、その場合は流石に武器を取っておいでなさい。」
「あー、祭りだからつって、置いて来てんな、そういや。」

何処かワクワクと言えばいいのか、期待に満ちた目でトモエを見るのは良いのだが流石に徒手でというのは、互いに難しい。鍛錬であればまだしも、試合となれば如実に体格差が出る物でもある。何より背丈が、間合いが違う。これがオユキ相手であれば、相手の間合いの内に飛び込んでとすることもできるのだが、少年達にはやはりまだ早い。パウが何処か考えている様子ではあるのだが、トモエからかいつまんでそうしたことを話してしまえば彼にしても納得のいくところがあるらしい。
周囲の者達も、何やら開けられていた場所は、そういった用途で使うと分かったのだろう。血の気の多い者達も、当然この場には多くいるし、さも興味があると我も我もと言いたげな様子を見せているのがまた色々と。
使用許可をトモエに求める様な視線を送っては来ているのだが、トモエの方でもこれから使う予定もあるためなかなかそちらに回すのも難しいのだが。

「では、次はそろそろこの老骨となりますか。」
「急かす様で申し訳ありませんが。」
「何、他の者達もどうにも気が逸っているようですからな。」

そうして、ローレンツが笑いながらトモエの側に。
アベルと同じく、彼にしても分厚い金属で造られた鎧を着こんでいる。しかし、武器はと言えば一般的なと言えばいいのだろうか、こちらは長剣を腰に佩いている。どうにも、このローレンツという人物は馬上戦闘を基本とはしているようで、屋敷の庭で定期的に槍を構えたりついたりとそうした様子はよく見ている。しかし、剣というのはこれまでに一度も見ていない。

「それにしても、やりだけかと思いましたが。」
「何、こう見えて重ねた弱い程度には手札も多くてな。生憎と、トモエ卿程、あれもこれもという訳にはいかぬのだが。」
「謙遜ですよ。」

こうして、軽口を交わしながらも、互いに様子を見ていると言えばいいのだろうか。最もローレンツの方は庭先でオユキと一緒に鍛錬をしている場面をよく見ているからだろう。今この場でトモエに向ける視線というのは、先ほどアベルに対して行った物、その正体を探るためとトモエに疲労が残っていないのか。対するトモエは、剣の位置と簡単な動きから相手がどのようにそれを使うのかを。

「まぁ、流石にユニエスのと同じ時間という訳にはいかぬのでしょうが。」
「ええ。お互いにあまり疲労を残すわけにもいかないでしょうから。」

こうして話しながらも、二人並んで、一定の距離を開けた上で未だに空いている舞台へと向かう。

「正直な所、蔦の檻はどうにも。」
「おや。」
「昔の話だが、それはもう手酷くやられたことがあってな。」
「それは、伺っても良いものでしょうか。」

思えば、以前にもタルヤがローレンツを蔦で軽く縛り上げていたのだが、それを実に飄々と受け流していたものだ。そこから、過去に何かあったのだろうとそれくらいには考えていたのだが、どうやらこうした檻に放り込まれることが過去にもあったらしいのだが。

「ふむ、構いませんが、まぁ、そればかりは中に入ってからとしましょう。」
「それもそうですか。」
「タルヤも、話して構わぬのか。」
「ええ。私からトモエ様に語っても良いのですが。」
「やめてくれ。流石にその方では、我の立つ瀬がない。」
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