憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

夏告げる

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「今頃は、オユキさんもやっている頃でしょうか。」

トモエが色々と料理を作り、それを屋敷から連れ出された使用人たち加えてタルヤが大いにこの場に集まった者達に振舞って暫く。すっかりと日も弱くなり始め、夜の気配を感じる頃。水と癒しに感謝を捧げようと、各々があれやこれやと用水路にそっと沈めたり、料理を担当する者達の中から頼まれたのだろう、代わりにと言わんばかりにそっと流している者達も。
不思議な事と言えばいいのだろうか、それとも当然と言えばいいのだろうか。
捧げられる物によっては、やはり水に何をせずとも浮いて流れていくのだ。

「オユキ様は、色々と抱えられているようですが。」
「そうですね。やはり、オユキさんは出来る事が多いわけですし。」
「トモエ様は、随分とオユキ様に信頼を置かれるのですね。」
「それは、まぁ。」

タルヤにそう話されて、トモエとしても前から変わらぬ関係性とでも言えばいいのか、そうした物がこうして続いているのだと改めて。しかし、直そうと思うかと問われればまた難しい所もある。やはり、トモエの得意とオユキの得意は違う。今後も共にある事を考えれば、ではそれを互いにと考えたときに今後も一緒にいるのだからと。
ただ、ようやく場が落ち着いてきたと言えばいいのか、料理が間に合ったとも材料を使い切ったのでこれから先作る予定が無いと言えばいいのか。少なくとも、いよいよトモエの手が空いた。

「その辺りは、今後改めて話す機会もあるのでしょうが。」
「そうなのですか。」
「ええ。」

今は、互いにこちらに残る事は無いだろうと、そう考えている。後は四年と少し。その間にお互いがどうというのはやはり難しい。そうした言い訳を、お互いに置いている以上は、今後も今の形を守り続けるだろうか、維持と呼ぶべきなのだろうか。どちらにせよ、やはり関係というのは一朝一夕に変わるようなものではない。
なんにせよ、では、トモエが今から何をするのかと言えば、そうした気配を感じ取ったタルヤが並んでいる者達に料理を配るのをやめているところからも分かりやすい。
いよいよ、こちらも準備が整ったという事らしい。
いや、それこそトモエが料理を早々に止めて、この場を用意したタルヤに声を掛ければそれで。しかし、トモエとしても祭りの本番は夜に近い時間帯にと。

「どうにも、言い訳がましい思考を作ってしまいますね。」
「どうかされましたか。」
「いえ、時間帯を選んでと。」
「成程。トモエ様がそれが必要だと判断されるのでしたら、確かに必要なのでしょう。」
「正直、生前の慣習を引きずっていますので。」

こちらで時間がどういった意味合いを持つのか、それはトモエに分かる事ではない。空に浮かぶいくつもの恒星らしきもの。徐々に光量を減らしているそれの代わりに、いつぞやにはもっと数が見えていたはずの月が顔を出し始める。教会で連れられた先では、7つ程が存在していたのだが、やはり今となってはトモエの目に映るのは五つ。

「アベルさんは、どちらでしょうか。」
「先ほど呼ばれて、今は整理とそれから一部酔いが回ったものへの対応に。」
「何とも、祭りらしいことですね。」

いくつも合い樽がそこいらに転がっている。
トモエとしても、流石に飲みすぎではないかとそう見えるのだが、やはり既に出来上がってしまった者達がそこかしこにいるらしい。まぁ、今日くらいは構わないだろうと。うるさく言う相手が、それぞれの家庭には、独り身でも仲の良い相手がいれば。ただ、管を撒いてというよりも酔いつぶれて一塊になっている連中は、まぁ、互いに苦笑いでも明日目を覚ましてすれば良いのではないかと。オユキが生前そのような様子を見せる事は、本当に二度だけであったし友人たちにしても、そのような事もなかった。ただ、やはり門下生には相応にいたし、トモエの父にしても今こうして転がっている者達と同類と言えばいいのだろうか。

「トモエ様が不快だというのであれば。」
「確かに、多少の不快感は覚えますが、まぁ良いでしょう。」

これが常とならないのであれば。
思えば、こちらに来た時にトラノスケというオユキの過去の友人だと思われる相手に勧められて止まった宿、あそこは本当に質が良かったのだろうと。酒宴を開いても、誰も彼もがきちんと己の足で戻ることができる程度には、節度を聞かせていた当たりこちらで出会った相手に恵まれていたと改めて実感する。

「では、まずはアベルさんを呼んで来ていただきましょうか。」
「畏まりました。」

そうして歩き出すタルヤを見送って、トモエは先に舞台へと。
タルヤが用意した、地面に枠を、正方形を描くように生えそろった蔦を超えて。
腰に下げた刀を、改める。
周囲からは、用意された舞台に主役らしきものが立ったからだろう、散々に耳目を集めているのだがそれは最早気にならない。オユキも、今頃はどうにか叩き込んだと言えばいいのか、型だけは教えた舞をカリンと披露している頃だろうか。若しくは、それ以前にアナが名乗りを上げてそれを受けて見せたのだろうか。
トモエにみせる気が無い、そのような技とて舞の場では、フスカを相手に使って見せるのだろう。本人は隠す気があるし、トモエが気が付いていると分かっている様子はあるのだが、それ以上の手札とて間違いなく持っている。いじらしいと、そう感じるのはトモエの傲慢か。

「待たせたか。」
「いいえ。こちらこそ。」

そうして考えながら、手に持つ太刀に意識を傾けて集中を深めていれば、何やらくたびれた様子のアベルがやってくる。

「なにやら、随分と。」
「ああ。」

酔いは見られない。しかし、髪も濡れているし、身に着けている鎧も何やら。

「と言いますか、お酒を掛けられましたね。」
「ああ。」

どうやら見事に酒を浴びる程。飲んだわけでは無く、酔っ払いたちの手によるものか、それとも多少の抵抗の結果か。

「その、着替えなどは。」
「一張羅だからな。」
「ご愁傷様です。」
「こうなると分かってりゃ、流石に着込んできたりはしなかったんだがなぁ。」

この後の手入が、実にめんどくさいとそういった様子。確かに、太刀にしても酒を掛けてしまえば、色々と手間がかかる。刀身に油を塗るし、打ち粉などを用いて峰をたたいたりもする。トモエ自身、最低限とまではいわないが日常的な手入れは行っている。酒に濡れた刃を思うと、確かにアベルが渋い顔をしている理由にも共感は出来る。

「その、なんと言いますか。」
「いや、お前のせいという訳でもない。どうにも、普段は自制をしている奴らにしても。」
「月と安息、そちらの影響でしょうか。」
「ああ、お前の方はそうか、気が付いてんのか。」

月が司るのは、何も夜ばかりではない。魔性、狂騒、そうした物とて当然含まれている。元より昼日中が生あるものの時間だとすれば、夜というのは死者の時間。

「こちらでは、どうも満月ばかりのようですが。」
「そっちだと、満ち欠けがあるんだったか。」
「代わりに、一つだけだったのですが。」

さて、こちらに置ける月。そこにはどんな秘密があるというのか。昼は見えず、こうして夜が近づいてくれば、顔を出す。天動説も地動説も意味をなさない宇宙観に置いて、他に恒星が存在しないこの世界で。

「そう言えば、アベルさんは、いくつ月が見えているのでしょう。」
「三つだな。」
「こちらで暮らす方々でも、差がありますか。」
「というか、あれだ。基本的に加護を持たない人間に見えるもんでも無い。最低限というか、基本は一つだしな。」

アベルの回答は、トモエにとっては意外を感じる物で。ただ、アベルが改めて剣を構えるのを見て、いい加減に考え事に思考を割くのを止める。
これより始まるは、どうした所で血生臭い舞台。
此処では怪我が直ぐに治るという事もない、舞台の外に出れば、最低限が治る以前王都で行われた闘技大会ともまた話が違う。
両者がいよいよ向かい合い、間に緊張感が高まってきたからだろう。タルヤが能力を振るい、蔦を絡ませ壁を作る。内部が暗くなるかと思えば、上だけは空いており、月明かりと消えかけた陽光が照らす。ついでとばかりにタルヤも内部にいる為、蔦のそこかしこに光を放つ花が飾られたりもしているため暗闇でという事は無いだろう。

「いよいよ、大概だな。」
「以前にも、タルヤさんに頼んで用意をして頂きましたが。」
「あの時は、まぁ、確かにお前等じゃわからんか。」
「一応、前回と強度が違うのだということくらいは理解していますが。」

以前と比べても、蔦が太い。しっかりと絡み合った壁は、以前のように木をはやしてそこに絡めるような、柵として用意されたところに蔦を絡めたようなものではない。蔦だけで、しっかりと。
それでも、アベルに余裕があるのは、簡単に抜けだすことが出来ると考えているからだろうか。その様子にどこかタルヤも挑戦的な笑顔を浮かべたりもしているのだが。

「タルヤ殿も、何やら。」
「後で試されるのも良いのではないでしょうか。」
「ま、それも良いか。」

恐らく、彼では現状のタルヤの檻を超える事は出来ないだろう。トモエの感想は、やはりそこに至る。
アベルは間違いなく強い。得ている加護は尋常の物ではなく、加えて己の鍛錬にも余念が無い事は理解している。
だが、どうだろう。

「で、これからやり合う訳だが。」

加減はいるかと、そう口に出すことなく。

「その、随分と余裕がありますね。」
「そりゃそうだろ。」
「では、私からはただこう答えましょう。」

手加減など、果たしてどれだけの間されていなかっただろうか。己が相手にしてきたのだろうか。
そう考える理由も分かる。トモエとて同じ気持ちをもって、これまでも散々にそれを行ってきた。
ただ。

「我が刻を見よ。」

脳裏に浮かぶ魔術文字。戦と武技は魔術を使わないと聞いたのだが、しかしてそこには明確な魔術が、奇跡が存在する。
即ち、一切の加護を抑えるという、王都の闘技場に用意されている奇跡が。

「まさか。」
「私が、これを使えないと何故そうお考えに。」

トモエが使えるのは、あくまで限定的な物。恐らくという訳でも無いのだが、己の加護に合わせて相手に制限を掛ける、上限が明確に存在する力。アベルが驚き、構えが僅かに下がる程度には急に負荷がやってきたのだと分かる反面、やはりタルヤは平然としている。

「さて、始めましょうか。」
「ったく。まさかこうなるとはな。」
「そう言えば。」

トモエは、アベルに対して散々に不満がある。

「オユキさんに、随分と無体を行っていましたね。」
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