憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

舞い踊る

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まずはとばかりに飛び込んだオユキを、カリンが左手に持つ武器をまっすぐ突き込んできて。それを側面に回り込んで回避をしようとしたオユキを、更に追って来るのが分かる。突き込んだのだから、当然そこから振りぬくことが出来るというものだ。軽く踏み込んで、体を回し。追って来る剣に対しては、オユキも片手に持つ剣を立ててカリンがそれ以上をできないように。彼女の腕が、肉が避ける位置にと、己が手に持つ剣を置く。

「これで。」
「甘いですね。」

しかして、オユキの策というのはカリンが後ろに下がる事で無為に帰す。
二人の間では、ただ金属の塊がぶつかり、その音を響かせるという結果を残して。
互いに示し合わせたように、そう感じる者達が多いだろう。そのように見える事だろう。実際に、それに近しいものがあるのは確かなのだが、やはりそれで決まってしまっても構わないと考えての事でもあるのだ。お互いに。
そして、はじけた剣、オユキが回り込むのに失敗すると見るや否や、今度はカリンが動き出す。
オユキに向けて、彼女が歩を進め振りぬいた剣はそのままにもう片方の手に持つ剣を、身を低くしながら今度はオユキの足に向けて。何とも器用な事だ、相手の動きを縛るための選択肢として、確かに正しいのだろう。そう考えながらも、オユキはただ己の動きを続ける。恐らく、ではなく間違いなく。その先にカリンがオユキに対して何某かの策を用意しているだろうと考えながら。

「ああ。」

そして、オユキを迎える様にカリンが持つ剣が。
ただ、オユキに向かってきた剣に対しては、身を一度沈めその反動でもって足を振り上げる。振り上げた足は、狙い通りに向かってきた剣を持つ手を蹴り上げて、そのままオユキがさらに前に進む為の、カリンの側面なり背後に回るための空間を開ける。ただし、カリンもさることながら、蹴られると分かった時点で狙われた手に持っている剣を軽く上に投げ、己の制御下から離れないようにと対策を討つ。一方でオユキの方でも足を振り上げる前に残しておいた剣、いつぞやに槍で行ったように床に突き立て、それを支点にとしていた剣を使って、追いつかれぬようにさらに先へと。

「本当に、久しぶりですね。」

そうカリンが呟いた事かと思えば、それを吐息に変えてオユキに向けて今度はカリンの方から近づいてくる。
それこそ、それなりに体格差はあるのだが、ここまでに一度剣を交えている。彼女の手を蹴り上げている。その感触から捕まってもどうとでもなるとそうした考えもオユキの脳裏をよぎったりもするのだが、これは舞。神に捧げる剣舞。ならばその作法とでも言えばいいのか、相手がいる事だからと言えばいいのか。

「では、このように。」

今度はオユキが接近を嫌って、距離を取る。支店としていた剣を傾けて、更には残した足で軽く跳ね。

「お見事。」

そして、最初の立ち位置とはまた異なる位置で、互いに向かい合う。

「楽しいものですね。」
「ええ。やはり体が動かせるというのは、楽しい事です。」
「十全に、既にそうなっているようですが。」

カリンはトモエとオユキが悩んでいる事、互いに体の制御が上手くいかない、そうした部分にしても既に克服しているように見える。こちらに来て半年も経たない頃など、ようやくつかみかけてきたばかりの頃だったというのに。
その辺り、何とも羨ましいと言えばいいのか、嫉妬を感じると言えばいいのか。
さて、次なる舞はどうするか。周囲はここまでのやり取りを、十分に楽しんでいるのだろう。何やらため息が聞こえたかと思えば、ヴィルヘルミナの歌声がかすかに聞こえる。未だ彼女にしても、本格的に声を上げるには足りない、しかし、思うところはあるのだとそうさせられてはいるのだろう。ならばとばかりに、今度は近づくわけでは無く、ただ互いの間に向けて剣を振るう。当然、カリンもそれに応え両者の間で白人が交わり、甲高い音を立てる。武器が痛むからやめた方がいい。そんな事は当然此処にいる舞手は理解しているのだが、ただそれも一興。

「加護の分も含めれば、こうした応酬は私に分がありますか。」
「ええ。そうなのでしょう。」

互いに足を止めて剣を振るう。交わされる剣撃が互いの剣を削り両者の間に軽い火花を散らす。鉄が削れ、酸化をする際に生まれる反応だと、しみ込んだ脂が燃えているのだと。繰り返し、二人の間に結ばれる剣撃が一定のリズムを奏でる。これから先、互いにどういったリズムで、拍で動くのかとそうした約束事をこの場で取り決めを行いながら。

「ああ、なんと楽しい事でしょうか。」
「さて、そろそろ次に。」
「勿論です。では、私が先を。」

そう楽し気にしているカリンが、やはり次は主導権を。どうした所で、この場は舞を披露する場であり、何も互いに技を比べるための場ではない。そうしてもいいのだが、オユキにそのつもりが無いというのは、どうやら理解してもらえたものであるらしい。そもそも、トモエを見れば分かるのだろうが、オユキが勝負を終わらせる形というのは、とにかく相手から選択肢を奪う。無駄を排して、相手の行動を徹底的に制限して。そうして積み上げていくものになるのだから、今のように対等なと言えばいいのだろうか、お互いに協力して作り上げる場と言えばいいのか。そうした場には向いているものではない。己の都合を一方的に押し付ける。相手のやりたいことを封じる。トモエはそうした術理を己の物として、至上として掲げているのだがオユキとしてはやはり場に合わせてとしても良いのではないか。そう考えたりもするのだ。
続けて振られる剣。それが流れを変える。これまで互いに足を止めて振るっていたのだが、今度はカリンが体を揺らし始める。ああ、次には何処かに跳ぶのだろう。それを見ているオユキとしては、当然そうした頭はある。しかしやはり止める気が無い。何せ、虚を多分に混ぜる動きだというのに、こうして相手であるオユキに対して、次にどう動くのか、どのタイミングで動くのか、それを確かに剣越しに伝えてきている。どうやら、舞としての動きに関しては彼女が満足するほどの物ではないのだろう。

「では、どうにかついて行きましょうか。」
「そのように。」

誘われるままに、カリンが動くのとは常に逆に。足を動かし、体を動かし。それでも剣を振ることを止めはしない。
互いの間で、ただ繰り返され、同じリズムでただただ金属音だけが響き続ける。それでも、互いに体を動かす結果として、身に着けた衣装が裾を躍らせ、時には跳ね上がり。傍から見ればそれこそまた一風変わったと言えばいいのだろうか、先ほどまでと趣が異なる舞を。

「わ。」

そんな誰かからの声を、反応を確かに互いに聞きながら。
次なる動きはどうするのかと思えば、カリンがオユキの脇を抜けようとそうした素振りを見せる。それに対してオユキはただ成程と、そうしてそのままするりと互いに。
身に着けた衣装の裾が、交差する。オユキが来ているものは、東南アジアの踊り子がそれこそ自然に住む精霊たちの巫女役が身に着ける様な装束。流石に体にトライバルタトゥーなどを入れたりはしていないが、それでも代わりと言わんばかりに散々に装飾品は身に着けている。薄手の布の下には、当然体の一部を隠すための布を身に着け、それが透けて見えている事だろう。身に着けている金属製の装飾は、剣がぶつかり合う音とはまた異なる音を舞に混ぜる。
他方カリンの方は大陸の踊り子が身に着ける衣装。しかして伝統的な物とは当然違い、こちらも薄手。生前の舞でも身に着けていた意匠なのだろう。やはりオユキが身に着けているものと、何処か共通する部分も多くしかし使われている意匠が尽く違う。オユキの方は戦と武技の神。カリンの方は華と芸術の神。互いにそれぞれが、異なる神に対して捧げるために、こうして衣装を身に着けている。

「もう少し、リズムを変えても。」
「いえ、流石にそれはどうなのでしょうか。」

互いに動いているとはいえ、何も全力で速度を行使しているわけでもない。何処か加減をした上で、他から見ても目で追えるように。そう制限された範囲で動いている。

「行うにしても、舞の終幕その頃でしょうね。」
「確かに。」

これが真剣勝負。試合としての事であれば、確かにカリンの誘いにしても受け入れると言えばいいのか、こんな事をわざわざ行いはせずに、それこそもっと早くに決まっていたのだろう。それはお互いに考えている事でもあるし、ではどちらがと言われればそこで意見は分かれるだろう。
まさにそうだと、自分の方が舞という意味では、この場の支配者は己だとそう言わんばかりにカリンが次に向けて動きを作る。互いに互いを食い合うように。互いの背中を追いかけるように。そうして互いの脇を抜けながら、くるくると回り円の動きを作っていた場から、今度は上下の運動も含めて。
カリンが身を沈めながらオユキの脇を抜けるかと思えば、そこには片手に持った剣が残っており同じように動くには回避をしながら、それを飛び越えながらとしなければならない。しかし、余裕のある動きを当然相手は作っているのだ。オユキが気楽に、何も考えずに飛び上がれば今はカリンの脇を、オユキの足に向けて抜けて来る剣というのは、間違いなく跳ねあがりオユキを捉える事だろう。だからこそ、オユキはそれに対して対策を取る。どうせ上からも、カリンの影に隠れた剣が残っているのだからそちらを使って、飛びあがったオユキを上下から挟み込むつもりなのだろうと。ならば、対策はやはりそこまで選択肢がない。両足を地面から話すのは、生前であればかなり抵抗があった。しかし、此方であればそうとは限らない。オユキは跳ねて、体をそのまま横に。間を素早く抜けられるようにと気を付けながら。ただし、量手に持つ剣は、しっかりと上下から襲い掛かってくるだろう剣に対応するために己の側面にしっかりと。
カリンがそうしたオユキの動きを見たところで、次にとる動きというのはやはり分かりやすい。これまでの鍛錬の成果だろう。それが当然と言わんばかりにすぐさま切り返し。低くしていた体を跳ね上げるように起こし、体を回しオユキを捉えようと見えていなかった剣が、オユキに向かって振り下ろされる。しかし、オユキはオユキで軽く宙をけって体勢を立て直して、そのまま真っ向から迎え撃つ。
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