憧れの世界でもう一度

五味

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20章 かつてのように

トモエも交えて

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未だに日が遠いというのに。じゃれ合い半分で牽制をしあっていれば、詳細までは頭に残っていない手配が実行に移されたとの報告もあり、何やらおかしな空気に身を固めた相手の様子でいい加減に互いに剣呑な気配を鞘に納める。

「いいですか、くれぐれも。」
「ええ。勿論場を乱すような真似は致しませんとも。」

そしてしっかりとメイから言い含められていれば、そこに身支度を整えたトモエが。

「何やら、楽しい話をしていたようですね。」
「トモエ、貴方からもオユキにくれぐれも言っておきなさい。」
「詳細は分かりませんが、そうですね。」

そして、既に残滓でしかない、それぞれに一応納めたとはいえ未だに見逃せない物がトモエからは見える。

「かなり相性は悪いでしょうね。正直、私も戦いたくはありません。」
「本気でとなれば、そうでしょう。」
「アイリスさん相手も、手段を択ばない状況となれば勝ち目はありませんから。」

トモエやオユキがアイリスを手玉にとれているのは、アイリスが己に対して大幅な制限を掛けているからだ。これまでの彼女の戦いぶり、剣の腕という意味では勿論それが出来るだけの相手。ただ、それに拘らない状況でとなれば言った通り。以前の舞台にしてもそうだ。あの場でもやはり明確に上限というのが存在していた。オユキの方でも、別の舞台で機会があったと話していたが、そちらにしても間違いなく。

「それは、そうよ。一切の加減なくとなれば、貴方達じゃ私に近寄れないもの。」
「それは、少し以外と言えば失礼になるのかしら。」
「見せていないから、それが当然よ。」

そして、アイリスも己が本気でとなればどうなるのか、その片鱗を僅かに覗かせる。
フスカが扱う物ともまた違う、苛烈な貫くような輝きを持つ焔ではなく、何処か頼りなさげに誘うように揺らめく炎がいくつか。

「触れれば、まぁ、灰になるでしょうね。」

アイリスに意識を傾けよう、それが難しくなる妖しい炎。魔物の乱獲であったり、オユキやトモエは基本的に参加できない中型以上の狩猟を行う際にこれまで見たものよりも何やら。
近頃では、それこそ祖に直接言われたこともあり、そちらもきちんと励んでいるらしい。

「ヒトは魔術に適性が無いと聞いてはいますが。」
「物質寄りだものね。とはいっても、純粋なヒト種は少ないわよ。」
「まぁ、こちらの事を考えれば、そうなるでしょうか。」

恐らく、という訳でもないが。
貴族として間違いなく血統を遡るだけの記録を持っているだろう相手に、そのまま視線が。

「リース伯爵家、いえ、当然遡ればマリーア公爵家ですから。」

言ってしまえば、この少女にしても王家の血筋。遠縁どころでは無い話になるため、継承権を持っているかどうかはいよいよ分からないが、王家の来歴を考えれば濃度は今となってはともかく、純粋なヒト種という訳でもない。

「そう、ですわね。王祖様から連なる血には、水と癒しの女神様が。」
「神々の血を引いたうえで、いえ、実際にそのままという訳でも無いでしょうが、それでも。」
「そう言えば、その辺りは知らないのですね。」

それこそ、学び舎で聞かされるのですが。そうメイが前置きをした上で、まずは結論から。

「最も重要なのは発現形質、です。」
「何度か聞いた言葉ですが、そう言えば流していましたね。」
「知らない物にとっては、ええ、正直気にする必要の無い事ですもの。種族としての特徴、それは一つしか現れません。」

さて、そう言われたところで、人の姿に獣の特徴。そういった手合いが多いではないかと、トモエとしてもオユキとしてもなかなか納得がいかぬ。

「分からないといった顔ですが、これがこの世界の現実ですのよ。」
「セシリアさんなど、種族由来の魔術も手ほどき頂いていましたが。」
「ああ、その事ですか。種族としての特性ではなく、魔術になったのでしょう。ならばヒトとして生まれています。」
「言われてみれば、成程。」

そもそも、そうした種族であれば魔術という形をとることもないだろう。確かに、納得のいく理屈ではある。

「オユキもトモエも、発現形質はヒト、なのかしら。」
「トモエは、そうね。」

近しい形を持つアイリスが、トモエについては断言する。

「オユキは、どうなのかしら。」

創世の頃から間違いなく生きているであろう相手に、アイリスの視線も。

「おや、今の知識ではそうなっているのですか。」

そして、知恵者からは食い違いがあるとそれを隠さぬ言葉がただ返ってくる。ただ、生憎とこの場にそこからフスカが語ったであろう種族の形、それを聞くことが叶うものなどいはしない。

「辛うじて理解が出来たのは、どの程度繋がりを保っているか、ですか。」
「私もその程度ですわね。」
「あら、そうなの。」

アイリスはヒトとして暮らす者達に比べれ、いくらかの事は聞く事が出来たらしいが特別目新しい事は無かったとその様子。

「しかし、繋がりと言われましても、それらはマナを経由した物になるのでしょうから。」
「いえ、そちらはもう一つ上の位相です。」
「ああ、そうなりますか。」

トモエにしてみれば、グノーシズムが根底にあると、そういった形の理解が先行していた。しかしそれを確かに当てはめてしまえば、この世界を求めた者達というのは確かにそういった気質はあったにせよこうして実在してしまえば、この場は違うと見ざるを得ない。

「色々と納得のいく仕組みですね。」
「トモエさん。」
「ええ、思い当たることが色々と。」

トモエとしては、そうした思想というものの背景を考えれば、現状とて確かに色々納得がいくのだと。オユキは己が知らぬ知識を元にしたのだろうと、トモエに説明を求めるが何もこの場で話す事ではないと、トモエから。

「そう、ですわね。知識を求めても聞く事すら叶わぬというのであれば、この場には相応しくない物でしょう。」
「それは、招かれた物として失礼を。」
「いえ、話を進めたのは私です。」

そして、何よりも軌道修正を計らなかったのはオユキ。メイからは軽く目を伏せて、非礼を詫びるとした仕草を取られるが、その目は確かにそう語っている。

「さて、ではそろそろ用意が整った物もあるでしょうから。」

ただ、生憎とこうした作法は未だに勉強中。トモエの方が上手くやるのだが、そのトモエが話しを聞いてみたいとそうした様子を隠していなかったこともあり、オユキも乗るのが正解なのかと考えたのだ。
ただ、トモエの方はオユキの体調を安定させる手掛かりを常々求めている。

「おや、これはまた可愛らしい。」

知識の必要性など、過去の世界で生きている頃に散々に思い知らされた者達ではあるが、そこはそれ。聞いて分からないのであれば、やはりそれは今行うべきではない。話として記憶がわずかでもできるというのならば、今後機会があれば、必要な前提が揃った折に思い返してという事も出来るが、こちらはそれすら許さない。
ならば、今はまぁ、こうして仕事を終えた者達が次迄の間を過ごす時。
そこには、アルノーと彼に習う者達が色々と趣向を凝らした品が運ばれてくる。夏の盛りはまだ遠く、今は春に咲いた花の実りが結実するころ。レッドカラント、パイナップル、梅。体を動かした者達への配慮だろうか、甘さや水分を多く含んだものではなく、酸味を強く感じるだろう果物を使ったタルトレット。一人用として、簡単に切り分けながら口に運ぶものよりもさらに小ぶりで、色取り取りに、クッキーよりも少し小さいものを、並べてそれぞれの前に。

「あら、本当ね。」
「相変わらず、こちらの料理人の腕は素晴らしいですのね。」

華やかな見た目の菓子は、この席にいる多くの者を実に喜ばせる。そして、動けばお腹がすくのだろう。それとも、やはり翼を持つ以上はそうした獣性も備えているのか。実に分かりやすい視線がオユキに向けられるため、何を言う事もなくとりあえず口をつけて見せる。

「オユキは、あまり好まないのですか。」
「いえ、以前に比べれば、やはり忌避感は無くなっていますが。」

そして、梅が使われている以上は疲労に合わせてと予想がついた。そうなると、今度はそれに合わせるための下地に求められる事にも、当然思考が傾く。いざ口にしてみれば、まぁ、その通り。

「やはり、甘すぎる物は、そこまでですね。」

タルト生地、中に詰められたクリーム。そのどちらにしても、少々甘さが強すぎる様に思えてしまう。

「氷菓の類は、いくらでもといった様子だったじゃない。」
「それもそうなのですが。」

正直、あちらに関しては甘さが気に入っているのかと言われれば、オユキは当然首を横に振る。その辺り、アルノーは気が付いているようで今となっては用意される物はソルベが主体となっている。勿論、他の客人たちには、それぞれの好みに合わせて用意されているが。
一人づつにそれでは、面倒ではないのかとオユキも聞いてみた事はあるのだが、実際に作る量を教えられて直ぐにその考えは消えうせた。それこそ生前に比べれば、オユキとトモエの場合は、道場もあったのでかなり広い家に住んでいたものだが、それに比べて引けを取らないどころか超えるほどの土地。そして、こちらでは自動化された道具などそこまで豊富でも無い為、維持には人手がいる。そうなれば、ほとんど顔を合わせていないため、どうにも咄嗟に数える時に抜け落ちるが、かなりの人数が暮らしているのだ。

「とは言いましても、やはり甘いものは、そこまでですね。程々が良いと、やはりそう感じてしまいます。」

それこそ今用意されているものは、こうして用意されているお茶が無ければ直ぐに手を付けるのを止めただろうと思う程に。

「オユキさんは、以前ほどではないにせよ甘さが強いものは苦手ですからね。」
「そうなんですの。」
「ええ。以前は甘みを強く感じる果物も。」
「それなら、今は確かにかなり変わったのかしら。」

そう、かつてであれば、糖度の高い果物ですら甘すぎると感じていたものだ。最も変わらず好む物はこうした甘さよりも酸味を先に感じる類であるのは変わらない。

「今も昔も、本当にオユキさんの偏食には頭を悩ませたものです。」
「その、出された物はよほどのことが無ければ食べますよ。」
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