憧れの世界でもう一度

五味

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20章 かつてのように

電撃戦

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作戦は実のところ二転三転した。この町に限らず、戦力として計上しても良い相手が言葉は悪いが汚染されたところでどうとでもなる相手に限られていた。要は、ヒトと比べる事すら叶わぬ能力を持つ隣人というのが計上できなかった。要は、花精や木精といった森の中であまりにも有益な能力を持つ者達は参加が叶わなかったのだ。そして安息の加護の外で敵を討てば、容赦なく汚染が広がる。討ち手が、次に討たれるべき存在になり替わる。教会での除染が間に合えば良い、叶う程度で済めばよい。しかし、現実はそうでは無い。故に多くの者がしり込みした。現在も脱却できない者達がいる。

「相も変わらず、あの者は。」
「可愛らしいでしょう。」
「貴方にとっては、どうやらその様子。」

しかし、前提が変わった。

「では、道を開きます。」

この作戦には、花精と翼人種という協力者がいる。
森迄の道を如何に用意するのか、それをこの両種族で叶えることになった。最低限人が走り抜けられるだけの道を、一直線に。保護した者達がいれば難しいが、そう言った相手を運ぶ時に、では必要なだけ切り拓けばよいのではないかと。それが可能ならば、実に話が早いとそれこそ直前に決まった。

「お願いします。先陣は、流石に私は控えましょうか。」

オユキの刀として立っているトモエではあるが、それでも譲らなければと考える相手が二人。

「宜しいのですかな。」
「私に合わせてしまえば、不要に遅くなるでしょう。」

理由もある。刀が盾よりも遅いのだ。ならば譲らねばならぬと、そうトモエは己を戒める。守りが早いのならば、腰を据えて隙を見出すかはたまた盾諸共に切り捨てる隙を探すのか。その辺りが選択肢になる。

「戦場です。ならば、より良いものを思いつく範囲で。当流派はそれを掲げています。」
「然らば。」
「どうぞ我らにお任せを。」

そして、先頭に二人、続いてトモエ。そして背後にはアベルとファルコが並んだかと思えば、その後ろには更なる戦力が。

「少々熱いので、ええ、お気を付けて。」

そうフスカが声を掛ければ、高熱をはらんだ風が吹く。陽光が齎すようなものではない。刺すような刺激ではなく、容赦なく受ける者を炙る熱風が。そして、目の前ではそれを嫌うかのように森が別れる。トモエがそれを認識した次の瞬間には、目の前に見えていた背中が靄の向こうに、そうかと思えば背中から強い衝撃がある。そして、離れたはずの背中がすぐに追いつく。

「お早いですね。」
「これでも元騎士団長だからな。老兵と近衛とはいえ一介の騎士に引けを取るはずもない。」
「頼もしい事です。手配は。」
「目的地に着けば、いや、もう着くか。後ろからついてきた人間が周囲に短杖を。」

そうアベルが叫ぶように声を上げる。
急制動に、トモエの口からも少々情けない声が漏れるが、ファルコよりもましだと慰めにならぬ事を考える。しかし、前を走っていた二人はそれを当然と熟し、後ろからの者達にしてもアベルの号令にそれが当然と次の動きを取っているものが一部。それ以外にしても、当たり前のように動きを止めている。

「成程。成程。このように、見える訳ですか。さぞオユキ様の心を煩わせたことでしょう。神国に千年来あだ名したというのに、ただの不快な染みでしかないというのが実に皮肉。」

たどり着いた場所は、原始的な集落と呼んでもいいだけの手入がなされている。この者達を手伝う、それを良しとする者達がいるというのは知っている。最低限の文明レベルがある。雨の降らぬこの地域で、水を得るだけの道具、神の加護によるマナを扱う術、魔術も使えぬ者達が森の中で煮炊きを叶えるに必要な道具。火を熾せば煙が上がる。それさえあれば、如何に距離を取れば光の散乱かまた別の理屈か、靄の中に消えるだろうものが森の中を日々狩猟者たちが動き回っても見つからぬ理由。翼人種の長たるフスカが乱暴に、花精の協力なくば見つからなかった理由もある。

「あ、なんだ、お前等。」

実に暢気にそのような事を零した者、中型の一歩手前と呼んでもいいだろう二つの首を持つ黒い光沢を湛えた狼の魔物に腰を掛けていた男の首が飛ぶ。

「もはや言葉もない。」

そして、長大な両手剣を片手で振りぬいたローレンツが、返す刃で魔物ですらも両断した所でようやく周囲に動きが起こる。

「いいか。くれぐれも印が無い者には手出しをするな。」

討つべき敵が誰なのか。最早印が無くとも見間違えるはずもない。
目の前で、餌としてあわや差し出されそうになっていた少女が、忽然と姿を消す魔物をただ茫洋と眺めている。

「伯父さま。少々配慮に欠けています。私たちは巫女様が守るべきものを守る盾ですのよ。」
「相済まぬ。老いてもこらえ性の無い愚か。申し開きは、後程巫女様にさせて頂こう。」

往々にしてそうであるように、魔物が消えるまでには時間がかかる。既に討てば魔石を残す、神々が魔物だと定めたヒトにしても変わらぬ。つまりは、側にいた少女に、返り血があわやかかるところであったが、それはシェリアが手に持つ盾で吹き散らす。その余波で近くに存在していた粗末な住居が倒壊しているのはさて、その言葉にどれほどの説得力を齎す物だろうか。

「ファルコ、何をしている。」

まぁ、確かに刺激は強いだろう。幸いにも今目の前にいた相手は助ける事が出来たが、周囲には間に合わなかったと分かる残りとて転がっている。未だに理解が追い付かず、握った鎖を未だに話さぬ愚か者もいる。この原始的な集落を支えるための労働力というのは、汚染が進んだ者達ではない。それ以外の物たちだ。そうして神への不信や嘆きを募らせる、全く、実にらしい方法ではないか。つまらぬ欲を満たせるからと、望んでこういった場に堕ちるものもいるだろう。そうした現実を目の当たりにして、顔色を変え、口元に手を当て下を向いているものがそれなりにいる。

「目を逸らすな。これが敵だ。我らが許さぬものだ。他の者は良い、お前も良く心に刻め。上に立つものは、容易くこうなるぞ。」

仕事を割り振る人間が、己の手に余ることを別けるのではなく、ただ貪るためにと振舞い始めれば、こうなるのだと。間違いなく覚悟が足りぬだろう人間を連れ出したのは、成程、アベルなりに目論見があったのだなとトモエは得心しながらも、少々理解の早い相手の腕を切り落としておく。近寄りたくもない、技を使おうとすら思う事のない相手。武技を身に着けていてよかったと、トモエはそんな事を考える。それと、やはり手練れである事は違いないのだが、やはりこうした機先を制するための鍛錬が足りていないとも。

「相も変わらず耳障りな。」

そうして、呟くついでに、これまでにない程色濃く見える汚濁と呼ぶしかない色合いを見据える。脈動し、輪郭を収縮させる空間に広がった染み。どういえばこれを言葉に置き換えられるのだろうかと、トモエとしては内心で首をかしげてしまう、そう言った存在。
風景が書割であり、そこにバケツ一杯に土留色の溶液を貯めて置き、そこにくすんだ原色などがまだらに混ざっている、そういった物を叩きつければ似たようなものになるかもしれない。ただ、結論としてはあまりに無粋であり、これを見た者達はただ塵だと、片づけるべきものとそう認識するだけの、そうした存在だ。そして、元あるものに思い入れがあるものたちは、ただ怒りを覚えるだろう。それを塗りたくった相手に対して。事故であれば、悲しみを飲み込んで、やり直しを選択するだろう。直すことを考えるだろう。オユキがそうであるように。

「退けとは言わぬ。ここで消えうせよ。」
「守るという事は、ええ、私はただ迎え撃つだけではないのだと、そう考えを改めました。」

そして、オユキから特にと頼まれた二人にしても、正しく敵を見据えているらしい。
成程、以前は遭遇戦であったため、急に近づいたからと問答無用で切り伏せたが、そうでない時にはこうして己の色をじわりじわりと伸ばして絡めとろうと、己の色に染め上げようとそうした存在であるらしい。トモエにとっては耳障りでしかない音も、どうやら幾人かには効果があるようで、何やら動きを止めているものとている。

「時間を与えるのも良くない相手のようですね。」
「では。」

周囲では、今更状況に理解が及び始めた者達が出始めている。トモエが特に早い者達の腕を切り落とし、何もさせはしなかったが、他もただただひき潰される己の同胞の姿に、正面からの戦いではなく、己のあまりに愚劣な欲を満たすための道具とした相手を盾にしようとそういった動きを見せている。そうした道具を、彼らの生活を支えさせるための相手を手に入れるために、汚染を広げるために与えられたはずの力さえ使う事に思い至らないらしい。互いに加護が無い状況でさえ、その程度では不足があるのだ。何が起こっているのか、理解が及んだかのようにトモエたちを一度見て夢だと諦めたのか、一度は戻った目の輝きが直ぐに失せた少女を首を抱え込む様にして己の盾とするために引き起こそうとするが、それをするには己より小柄な相手ではなく、大柄な相手でなければ不足。そして、それを行えるだけの研鑽など、当然行っているはずもない。他の者達でも、トモエから見て一廉の者であると判断できるものたちは何一つ問題なく助けるべきものを助けるだろう。

「ああ、何たる愚か。」

しかし、個々にはそれすら及ばぬものがいる。

「煩悩をというだけであれば、己の昇華を、解脱を望まぬのならば試しの焔も与えぬというのに。」

毒蛇を、それが象徴するものを踏みつけた姿で描かれる神性、それに連なるものが、長として、滅びゆく世界から連れてこられるだけの者がいるのだ。

「しかして、その煩悩が悪徳となり救済を求める者達を踏みにじるというのなら、我が連なる祖に懸けて。」

さて、ここでフスカが全てを薙ぎ払ってしまえば、またオユキが頭を抱える事になるのだが、そればかりはもはや手遅れというもの。巣食うべき者達を、打つべきものを最大限。そう決めたのは、オユキでもある。
周囲にはアイリスが浮かべる、何処か朧気で誘うような揺らめきを持つ炎とは全く質の異なる炎が、嵐に踊る花びらのように千々に乱れて舞っている。金に輝き、見る物の目を焼く炎が。

「我が前に立つ、それを避けられぬ愚かを呪うと良い。」
「一応、あちらの大本はシェリア様とローレンツ様で。」

ただ、まぁ、オユキの代わりとしてトモエがここまで足を延ばしたこともある。そうした存在であるからこそ、危険があるのだろう、そうした口上を力の発露をトモエの傍らで行っていることもある。

「締まりませんわね。」
「所詮はその程度の相手、そう考えるしか無かろう。」
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