憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

水辺で遊ぶは

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トモエは改めて己の体躯、過去には存在しなかった確かな利点というのをまざまざと思い知らされる。
オユキが直ぐに感じたように。過去、己より背の高い相手、膂力にどうにもならぬ差を抱えていた相手を下した時にも感じたように。
だからこそ、今一度己を徹底的に戒める。己の体も道具。使う事があっても使われることはならぬ。命を預ける覚悟は持つ、しかし甘えてはならぬ。未だトモエにしても答えが見えぬものではある。しかし、歩く先、方向性は見出して久しい。

「シグルド君。」
「なんかあったか。」
「いえ、改めてですが、良くなっていますよ。確かな成長が見えます。」

過去の世界と同じ。やはり後進の成長を見るのは楽しい。そして、こちらでは生活の一部と出来る者達のなんと多い事か。結果として、トモエが抱えた不満にオユキが道を作れば、何とも目覚ましい成果が見て取れる。オユキではまだ気が付くのは難しいだろうが、護衛達の、遠くで魔物の数を調整する護衛の傭兵と騎士にしても、かつての彼らと動きがまるで違う。緊張感が違う。以前であれば、所詮彼らにしてみれば身一つであったとして、護衛対象を抱えて結界まで戻る事など、何一つ不安に思う事が無い仕事でしかなかった。ルイスが退屈だから人気が無いと、そう言い切るほどの、己の向上になんら寄与するところのない、仕事だから受ける、それ以上の何もない時間であった。

「そっか。でも、なぁ。」
「うん。まだまだ、だよね。」
「そればかりは、仕方ありません。まだ一年を超えて少し。何度も言っていますが、その程度の期間です。」

なんとなれば、その程度で準備運動を卒業できたと判断できる、それほどを身に着けたこちらの世界というのは、なんと恵まれている事か。往々にして過去に存在したとされる秘伝。それが現代まで繋げなかった原因として、口にすればおぞましいとされることがある。人を殺すための技、生き物を殺すための道具を手に持ち、十全に振うとなれば、必要とされる練習とは何か。考えるまでもない。
だからこそ、廃れたのだ。精神性、己の制御という共通する部分に焦点を当てた物が、正統とされて行ったのだ。
とうに納得していた。トモエだけでなく、その現実を目の当たりにした幾代も前から、どうにもならぬ諦観があった。そして、泥のようにたまったそこから、煮詰まった感情を原動力に更なる術理を求めた。
再現できぬと、夢物語と謳われた物を、現実とした。

「ただ、そうですね、改めて先に有る物として目標を示しましょう。」

シグルドは、ただ一途に勝つことを求めてがむしゃらに。少々勝気が強すぎ、気持ちが先に立ちすぎるきらいがある。しかし、こちらには加護という仕組みがあり、道に邁進するその姿勢を推す神がいる。基礎までを含めればパウに及ぶ事は無いが、それでもファルコにそろそろ並ぼうかというほどの能力を覗かせている。そして、明らかに才覚で抜けているセシリアは、見本がこれまでいなかったからぶれたのだと、慣れぬ相手にどうすればいいのか分からなかっただけなのだと言わんばかりに、トモエとオユキの姿を見た後、より良い見本としてトモエを選び、如何に動くべきかを己に改めて叩き込んでいる。

「目標、ですか。」

粘性を持つ体液が、武器を滑らせる。少年たちに教えていた事、どうした所で入門でしかないそれでは、あまりに不足が多い相手。では、それを成すには、為すための鋭さを如何に生み出すのか。いま、実際に準備運動程度に抑えているトモエの動きをしっかりと目で追いながら長刀にどうにか落とし込んで真似をするセシリアは、やはり才覚という意味で頭抜けている。それこそ、方向性は違うが上達に寄与するものとしてオユキに並び得るほどの。
細かな足さばき、相手が動けばやはり難易度が上がる。それを叶える事は、やはり工夫も何もない相手ではトモエにとっては造作も無い事。これが出来ねば先に進めぬ大前提。

「ええ。己の制御、これが出来ねばまだ早いので直ぐにはお伝えしませんが。」
「あー、こう、構えで誘導とか。」
「ええ。それも含めた全体での事ですね。」

だが、その前提をどうにか身に着けようとしている相手であれば、その先を改めて。
以前、演舞として一端を見せたのだが、こうした乱戦の中でも、改めて。
地を這うサンショウウオ、のそのそと、見た目としてはそう呼んでも良い相手。しかしその大きさが持つ速度や威力は疑いようもない。如何に加護があるとはいえ、今になっても試す気にすらならない。勿論、動くたびに、通った後に何やら独特の照り返しを持つ粘性の液体が残っているというのもあるが。

「己の制御を十全に。ええ、勿論それを叶えるには相手を誘導する必要があります。」

勘違いをされていることが一つある。こちらの世界で考えてしまえば、トモエですら下級の狩猟者。戦闘能力という意味では、その域をとてもではないが出る事が無い。端的に言えば、弱い相手に強い。それ以上でもそれ以下でもない。こちらの世界で、ただ魔物と向かい合い続けただけの相手と、そこに明確に差があるのは継戦能力。己より明確に強い。受け止めてしまえば、装備が痛む。ならばはなからそのような相手と四つに組まない。体を入れかえ、己の有利な位置を常に取り続ける。そして、理屈を知らぬ相手にはまさに覿面。オユキの方でも試しているが、相手はただ愚直に獲物を囲むことしか考えぬ獣だ。その行動原理が分かっているのなら、逆手に取ることがなんと容易い事か。

「は。」
「え。」

流石に、トモエも気が引ける事はある。だからこそ、オユキが無理に叶えた移動技術、それをトモエはより無駄のない形で叶えることができるのだと、まずはそれを示す。
技術としての縮地。外から見れば、正直普段通りに動いているように見えるものがほとんどだ。そして、その実態も流派によっては様々。しかし、共通するものは一つ。外からではない、対戦している物からしてみれば、相手が突然距離を詰めたように見える。そういった技術。トモエの修めているものは、人体の制約につけ込んだもの。人間の視界というのは、正面前後の速度は捕らえやすい。しかし、平行に動かれてしまえば、途端に難しくなる。そして、集中が深まれば、訓練を正しく積まねばその傾向が悪化する。
ただ、此処で使うのは、文字通り魔法の如く語られるそれと同じ。足元に溜まれと、足場になれと念じたそれを発射台のように。ごく短距離でしかないが、群れの隙間を愉快な速度で抜ける。そして、より障害物として扱いやすい蟹を使って、場を作る。蹴り飛ばし、流石に狙い通りなどとはいかぬ為、調整は他の手で行わねばならぬが、一刀で打ち滅ぼすばかりが、戦いではない。人間相手であっても。

「相手も、制御するのです。当流派の至上理念は戦場の支配、制御です。」

最も、軍略であったり、集団戦という意味では門外漢。あくまで、個人としていかに振舞うかだ。見ておけと言いながら、既に側についてこれぬ動きをしているあたりが、何とも分かりやすい。指導者として、さて如何なる評価を己にするべきかとはトモエも思うのだが、なに、この場が良くない。
オユキが冗談めかして話したが、そこには二人の確かな共通認識がある。
存分に己を懸けた技術、それが振るえるこの時間がなんと楽しい事か。

「イマノルさんとクララさん、そのお二人にも手伝って頂きましたが。」

即ち、次に己に向かってこれる相手、それを制限する。しかし、前回はあくまで安全な場所を探し、如何に己をそこに移すのか。それを少し見せ、魔物相手に少年達でどうやって安全な場所を作るのかを示したに過ぎない。そして、技術の足りぬ子供たちでは、無理をして叶える事を選択肢に入れた。今回は、それを是正しようと、そうした考えもあっての事ではある。

「つまるところ、攻撃が出来ぬ場所を作るのです。」

蟹を転がしてしまえば、突進してきたサンショウウオでは抜けない。攻略するための攻撃力を、備えていない。そして、乗り越えようにもそれが叶う体の構造をしていない。結果として、蟹事押し込めばいいものを、回り込もうと無駄な行動をとる。下がればいいものを、得物しか目に入れず、愚かとしか評することができない動きを見せる。そして、回り込もうと動いた先では、遠距離攻撃を行える相手が、同種にあたるからと動きを止める。

「付け入る隙のなんと多い事か。相手の動きを想定せぬ愚策がどれほどある事か。」

周囲を囲む騎士は、今はどこか違う。しかし、初めて見た頃は、彼らこそ今のこの魔物と同じ程度の動きをしばしば行ったものだ。

「姿が見えぬ相手、それがどうして最後に視認した場所に立ったまま等と考えられるのか。」

一応小手先の仕掛けとして、土塊を少々蹴り上げて、蟹の影から飛び出す物を演出してみたりなどしているが。

「しかし、此処で後ろから襲うのも芸がありませんからね。」

そして相手の動きを、蟹が動かす足の隙間から見える相手の姿形から予測したうえで、相手の進行方向の逆から回り込む。そして、その途中で改めてそこそこに大きな蟹を弾いてサンショウウオにぶつけておく。そして、同じく見失った相手が目の前に出てきたからと、狭い空間、体躯に見合わぬ空間に纏めて突っ込もうとして互いの体躯が邪魔をし始めているカニとサンショウウオを纏めて切り捨てる。そして、障害物が増えたからと高く飛んでそれをすべて超えようなどとする蛙も、振り向きざまに離れた位置だろうが両断する。

「空を自由に動く手段を持たぬというのに飛ぶなど、愚策甚だしい。」

地を這う者達は、空を切る技を持っている。

「そして、鎧があるからなど甘えでしかありません。」

魔物に説教など意味は無いだろうが、どうにか、トモエの側に近づこうと奮戦するシグルドとセシリアには確かに届いている事だろう。
そして、縫うように、常に己が有利となる位置に。敵そのものを他に対する障害物として。そして、時にはわざと触れて動きを支配しながら進めば、そこには今日早々に目を付けていた魔物がいる。

「滋養に良いとは聞きますが、さて。甲羅割は、また別の機会にしましょうか。」

魔物を他の魔物に対する目隠しに。トモエが己の間合いに納めたときに、ようやく防御態勢を取ろうとしている大きな亀。その首を手早く切り落とす。
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