憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

懐かしき

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泥が跳ねる。
攻撃ではない。しかし、視界をふさぐ要因ではある。ずんぐりむっくりとした両生類が、斬られた足を残してその体躯を滑らせれば、湿り気を帯びた土を反動で巻き上げる。大地を覆う草と共に。
身長があれば脅威となるものは少ない。トモエはその利点を大いに生かせている。しかし、オユキはどうした所でそうは行かない。やはりこうして真剣に遊ぶ場が用意されれば、遠いはずの記憶が首をもたげて、足を引く。実際の所それはトモエも変わらないが、己の身体を如何に制御するのか、ただその一事に費やした重さが差を如実な物とする。

「楽しいものです。本当に。」

舗装された大地、ビルの一室で一日を過ごす日々をさてどれだけ過ごしたのか。だからこそ、旅行を、遠景を望むことをオユキは好んだ。本の読み聞かせを望む子供たちよりも、外で体を動かす係累を。苦手を意識するからこそ定期的に行った事でも、躍動感を覗かせる物に熱が籠った。

「パウ君。」
「何が。いや、そうか。」

しかし、己の遊びに没頭しているのは事実だとしても、そこには思考に余裕というのが確かに存在する。
オユキが顔を拭う時間など、シェリアがトモエがいくらでも用意する。己に対して制限を設けているが、それこそそれを無くせばこの場程度如何様にでもなる。能力に余裕がある。だからこそ、周囲に気を配るだけの心のゆとりも当然持ち合わせている。

「はい。一度、下がって武器の手入を。」
「ああ。」

基本的にオユキもトモエも、鋭さを使って敵を裂く。だからこそ、武器の損耗が少ない。それを忠実に模倣する心構えを持つシグルドとセシリアも同じく。しかし、武器をたたきつけ、打撃とするパウはそうもいかない。

「利点は後程。」
「いや、分かるさ。だが、後で聞かせては欲しい。」
「褒める事です。トモエさんもそうでしょうとも。」

粘性のある体液を纏い、体にしても表皮なのだろうか、弾力を持つ相手にはしかしその手段がとにかく相性が悪い。それを解決し得るだけの能力は確かにパウも身に着けているのだが、だからこそその負荷を武器が受け止める事になる。また、相手が四足歩行であり体制が低い事もパウにとっては不利に働く。実際に、サラマンドラやトリトンに紛れるように飛び掛かってくる黒い体毛を持つ狼、ブラックウルフであったり、すっかり食欲と共に熱い視線を注がれる鹿、シエルヴォなどはその手で振るう長大な両手剣で力任せに引きちぎり、それが叶わぬまでも深手を負わせて弾き飛ばしている。
ピッケルや打撃武器に心奪われていたが、やはり指導者が不在の期間、人数も減り殲滅能力が低下したことで彼らなりに工夫を凝らした結果だろう。立木打ちに合わせて八双を教えた事もあり、性に合うとみなおしたこともあるのだろう。
さて、そうして一帯の安全を、空白地帯を力任せにもぎ取る事を叶えるパウが退がれば、当然一度に負担が増える。

「アナさん、前に出すぎですよ。」

そして、急に密度の上がる敵を前に、どうにか活路を見出そうとアナが無理な動きをする前にオユキが掣肘しながらも、場所を作る。少し待てば後方から弓を構えて毒液かもしれぬ体液を吐き出していたイモリをけん制していたアドリアーナが、太刀を構えて場の引継ぎにやってくることだろう。

「でも。」
「ええ。パウ君はいなくなりました。ですがそれだけです。」

オユキから言える事など、至極単純な物だけだ。所詮は半人前以下、オユキにしてもトモエにしても同様。周囲を守るのは、比較するのもおこがましい戦力を備えた者達だ。何となればシェリアが構えた剣を一振りすれば、視界に収まっている魔物の一切など、霞となる。

「今は、皆さんだけではありません。」
「えっと、でも、それは。」
「前にも言いましたね。頼れる部分は、頼っても良いのです。それに、本当に頼らぬというのなら、魔物の調整もしていただけませんよ。」

少々賑やかに狩猟をしているのだ。始まりの町の周囲、こちらも相応に魔物が増えている。以前のように魔物を求めてあちらこちら。それこそ南にある唯一の門、そこを出て直ぐであれば変わらぬが、少し方角を変えればそんな事は無いのだ。
ダンジョンを作るには魔石を使う。魔道具と同じ理屈がそこにあり、淀みを生む。魔物として姿を変えるそれを。

「はい。」
「アナ。本当なら、私たちだけだとこっち側は結界から離れちゃダメって言われてるじゃない。」

そうして話しながらも、アナの成長を感じていれば、アドリアーナが太刀を構えてパウの抜けた穴を埋めに来る。

「そう言えば、そうだったかも。」
「もう。ジークを言えない位、アナも抜けてるんだから。」
「私たちが側にいるから気を抜ける、そうであるなら、ええ、喜ばしい事です。」

余力はある、知らぬ中でもない。ならば甘えられるというのは、悪い気がするはずもない。

「えっと、うん。でも、私たちだって。」
「ええ、先日トモエさんからもお伝えさせて頂きましたが、皆さんの確かな成長は喜ばしいものですよ。」

それは、こうしてのんびりと話ながら魔物を討伐している現状にはっきりと表れている。鹿を狩るのに一人では身を固くし、多少の怪我を負ってとしていたのはついこの前の事のように思い出せるというものだ。それが、今となっては当然のように近寄る鹿をそれぞれに一振りとは言わないが、数度の機会を見つけてそれで仕留めきっている。

「パウ。すごいよね。」
「ええ。正直体格という意味では、そこから作れる力という意味では、皆さんでは及ばないでしょう。」
「そっか。でも、パウよりオユキちゃんの方が。」
「ええ。力を十全に生かすのも技術です。そして、力だけでは勿論ありません。」

どうした所で、頭二つほど背が高く、体格も良いパウ。それが振るう間合いの広い武器というものが無くなれば、より魔物を近づける事にはなる。そして、見た目には圧力が増して見えるが、そうでは無いという事を理解できないのは経験不足であるが故。間合いにいる魔物の数は変わっていないのだ。それを厳密に管理できる相手が周囲に立っている以上。

「さて、あちらの魔物の相手を私はしてきましょうか。」

周囲に追い込まれる魔物を、これまでの鬱憤を晴らすのだと言わんばかりに少々派手に斬り捨てていたこともある。乱獲を前提として、武技に逃げるような真似はオユキも、無論トモエとてしてはいないが、常に働く加護が強化する身体能力だけでも十分すぎる。何やら、ここまでの事で相応に余剰はたまるたびに無くなるのが常ではあったが、あくまで余剰。直ぐに身につくものは確かにあったという事だ。
ならば、これまでは気軽に食料として狙う事が出来なかった魔物にしても既に圏内。

「観光に向かうためには、魔石も集めねばなりませんからね。」

領都まではやむなし。急げば一週もかからずたどり着ける。しかし王都となれば門があるなら使いたいというものだ。それが隣国になれば、前提とする以外に選択肢はない。
また乱獲をするというのなら、それ相応の用意はいるが、少量とはいえ町に納めておくに越した事は無い。

「えっと、オユキちゃん。」
「いいんじゃないかな。私たちも少し下がってよ、アナ。」

そんな声も聞こえはするが、今オユキが視線を向ける先には、追い込まれ突っ込んでくる野の獣たち。
ワイルドボアにしても、それなりに肉が手に入ればトモエが角煮などを作って楽しむことだろう。王都と魔国、そこでアルノーとサキの手により、かなり調味料や香辛料も整ったと報告だけは聞いている。食料の保存に向いた魔道具にしても、魔国で手に入れたいものとして計上していた以上、問題は無いだろう。それを設置するには、詳しい相手、カナリアであったり他の魔術師ギルドの職員の手が必要になるだろうが、あるにはある。そして、早々に肉を集めてしまえば、それを優先する言い訳にもなる。屋敷に勤める少ない、少なすぎる使用人たちにとっては少々申し訳ない流れも生まれるが、寧ろ王都や隣国から人を受け入れる口実にもなるので、喜ばれはするだろう。

「少し、変わりましたか。」

そして、オユキは突っ込んでくる野犬を従える狼の群れを手早く切り捨て、その奥から駆けて来る猪に向かう。
その様子がどうにもこれまで群れを形成する性質を持っていた獣を模した魔物だけではない、少なくともそのように見える。
追い込まれているが故の結果論ともとれる程度の違和感でしかないが。

「試しておきますか。」

戦闘の最中に、好奇心。ただ、これについてはトモエもとやかくいう物ではない。仕留められるのであれば、早々に。そういった論もあるにはあるが、基本的には出方を伺うのも流派としての振る舞いではある。
オユキの動きに合わせてより強力と言っても良い、姿形で明確に生き物としての強さというのが判断できるこの場だからこそオユキに沸いた好奇心でもある。少々周囲から、特に護衛からもの言いたげな視線も飛んでくるが手早く連携らしきものを見せる手前に陣取る数匹の鹿と猪を抜け、その奥から出方を伺うようなそぶりを見せる獅子の群れにちょっかいを出す。要は、連携を取っているのなら、分かりやすい結果が生まれるはずだ。オユキが前に出た、二人の少女が下がった。そして、基本的に魔物は距離が近い相手を、次に弱いものを狙う。であれば、オユキが横を抜けた相手はそのまま余勢をかって進むはず。

「成程。難易度、これは確かに色々方法がありますね。」

普段使いの長大な二刀でもなく、考えるよりも早く動く太刀でもない。慣れない刀では、少々細かい制御に難はあるが常よりも余分に振り、近づいたオユキにまずは飛びついた獅子の一匹を両断したうえで体と首を少し回して確認してみれば。

「さて、囲むような動きを取られてしまえば。」

旧制動をかけて、オユキに向かって振り向くそぶりを見せた相手。吠えた獅子から何かが伝わったとでも言うかのような魔物は、シェリアが全て霧のように吹き散らす。

「練習にはちょうど良い、そう言った塩梅はこちらでも見極めていますが。」

そして、そんな言葉を口に出せば、思い出す物もあって視線が森に向かう。季節だけで考えれば、良い時期でもあるのだ。
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