憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
658 / 1,235
19章 久しぶりの日々

子供のような

しおりを挟む
トモエの苦言が覿面に聞いたかと言えば、そうでは無い。それについては、当然のことながら少々きつめに話したトモエも理解しての事ではある。少なくとも侍女としてオユキの側を任せられるほどのシェリアは、すっかりとこちら側の思考に傾いている。行うべき行動の指針が与えられ、それが実現可能であれば一も二もなくという事だろう。

「あー、なんかオユキ珍しく浮かれてんな。」
「そうか。」
「オユキちゃん、そう言うの基本的に分かりにくくない。」

しかしあまりに好き勝手を許してしまえば、当然事故に対する備えも難しくなる。だからこそ、分かりやすい制限が付けられている。そして、差異たる制限である少年たちも、楽しげであるから構いはしない。

「オユキ、あれで分かりやすいだろ。」
「うん。オユキちゃんでよくわからなくても、トモエさんがもっと分かりやすいし。」

そう子供に評されるくらいには、オユキも分かりやすく楽し気だ。勿論、少々浮かれているとはいえ、子供たちに再三にわたって注意しているように生命を懸けての事。きちんと足を狩猟者ギルドにまずはと向けている。

「そういやダンジョンも、オユキなら魔石用意すればってメイのねーちゃんが言ってたぞ。」
「おや。資材はいくらあっても足りないと、それくらいは分かりますが。」
「なんつったっけ。壁は譲れないけど住居なら構わないとか。」
「もう。人が済む場所なら、木造の割合を増やせばいいって、そう言う話だったでしょ。」

石材に比べれば、確かに加工は容易だ。輸送に際しても、重量という面では軽い。何よりダンジョンに頼らずとも、採取が可能。

「これまで、そう言った案は無かったのですか。この町は、相応に木造の建屋も多いわけですが。」
「ケレスのねーちゃんがそっちは何か言ってたな。」
「だとすれば、住居や施設の増築が行う必要が無かった、加えて採取の問題でしょうね。」

シェリアとラズリアから揃って色々と言われていたオユキが、ようやく解放されたのか話に混ざってくる。こと、このあたりに関してはトモエでは流石に理解が及ぶ箇所が少ない。

「切り倒すのも手間ですし、それを行う道具も消耗品だというのに高価です。そして魔物がいる中、確実に量手が塞がる木材を持って帰ろうというのは。」
「えっと、手間に対して安価すぎるって。」
「買取の価格を領主として決めていたという事ですか。確かに魔道具が無ければ、燃料として使うでしょう。となると、これまでは騎士を動員していたのでしょうか。」

リース伯の紋章が入った馬車にしても、頻繁に町を出入りしていた。ならば、これまで気にも留めず目に入っていなかっただけで、色々と行っていたという事であるらしい。道理で、練習に使うからとオユキ達が木材をもって変えれば喜ばれるはずだ。そして、折れて使い物に習くなった木材を一所に纏めておけば、何時の間にやら片づけられていた理由にしても。

「そんなもんか。騎士様、やっぱ本で読むのとはいろいろ違うよなぁ。」
「ね。書類仕事もそうだし、荷運びなんかも。」

そうして話していれば、元々トモエとオユキに与えられた屋敷がほど近い事もあり、狩猟者ギルドに到着する。そして狩猟者が普段使わぬ資材の搬出口からは、魔石が入ったのだろう樽を担ぐ騎士が。

「大切な仕事ですよ。」

民の憧れを一心に受ける騎士、当然耳に入る位置にその最たる存在もいるのでトモエがそれとなく窘める。騎士達にしても必要性は理解している事だろう。誇りも持っているだろう。しかし、憧れから逸れているという理解は、こちらも等しく有る事だろう。

「ま、そうだよな。あれ、今度新しく作る壁に埋めていくわけだし。」
「拡張の方向は決まりましたか。川を引き込んでいるところを、水門として扱うかどうかの話の最中に抜ける事となりましたから。」
「アマギさんから、色々と活用法とか設計図とかが届いたみたいで。」

聞いてくれと言わんばかりに、トモエとオユキの不在時に起こったあれこれを少年たちが口々に話始めようとするのだが、狩猟者ギルドの中に踏み込めばそれも中断となる。見た目については始まりの町では今更。装備にしても動きやすさ優先。しかし、シグルドについてきた狩猟者志望の子供もいれば、荷運び役を買って出てくれる相手もいる。単純にそこそこ人数の多い一団で移動しているのだ。当然周囲の目は引く。

「おや、なかなか盛況ですね」
「あんま遠くいく必要がなくなったからな。」
「ええと、ラルフさん、でしたか。近場で強化された、それと武器の問題も解消傾向にという事でしょう。」

トラノスケと共に歩いてきた相手に、何となく見覚えがあるとオユキが声をかければ、少し驚いたような顔で、オユキの言葉に頷く。

「よく覚えてたな。何度か顔を合わせただけだってのに。」
「色々と、得難い経験の中での事でしたから。それから、トラノスケさんもご無沙汰しています。」
「ああ。久しぶりだな。色々と話だけは聞こえてきたがな。」
「今となってはトラノスケさんも望めば、相応に忙しくなることもできますよ。」
「勘弁してくれ。仕事を嫌う訳じゃないが、忙しいのは苦手なんだ。」

得意な人間の方が、まぁ少ない事ではある。

「で、その恰好って事は、まずは情報か。」
「はい。ただ、どうしてなかなか。」

これまでであれば、狩猟者ギルドの忙しい時間というのは狩りから戻る者達が増えて来る時間帯であった。それにしても持ち帰られた品の鑑定という作業があるため、暇という訳ではない。しかし、先日はいよいよ先触れを送っての事であったし仕事としてであったため見る事も無かったし、先に喧騒は遠ざけられていたが今はずいぶんと賑やかだ。

「数が増えたのと、ま、先例がお行儀のいい事もあってな。」
「名前を憶えて貰える機会、それを見逃さぬ子たちも多いようで何よりですね。」

ファルコが連れてきた人間というのは、ゆくゆくは一角の位置を得る人物達だ。では、そう言った存在が身近にいて何も事を起こさない、そうしている人間ばかりかと言えば当然そんな事は無い。やはり、お抱えの戦力というのは、分かりやすい魅力がある。それ以外にも、資材のやり取りが近隣で活発になっている。要は商人たちも当然忙しくなる。町の拡張のために石材を運ぶ。そして、その道行は騎士が守る。ならばそこで顰蹙を買わない程度に他の品を運ぼうと考えるものも多いだろう。そうして品を求める物が増え、いくらでも必要だと言われる肉や毛皮を求めて、ちょっとしたお小遣いを門前で稼ごうと考えるものが生まれ。結果として、町でも食料の消費が増える。他に運ぶばかりでなく、今度は商人ギルドにも、日々の品を用意するための素材を求める者達が列をなしている事だろう。

「で、ほれ。」
「おや、有難う御座います。」

さて、そうした列に近寄り声をかければ子爵家当主と巫女、それから近衛の威光をもって、速やかに行うべきことを片付けられるだろうが、それを望まぬ身としてはどうした物かと。そう、オユキが考えていると、領都よりは薄い、しかしこれまで始まりの町に置かれていたものとは比べ物にならない厚みの冊子と呼んで差し支えのない物が渡される。

「シグルド達も、協力してたからな。」
「ま、言われるままに狩りにでてただけだけどな。」

目的の物も手に入った。流石に、大人数で人の出入りがこれからも増えていくだろう施設を占拠するのも気が引ける。

「では、一先ず移動をしましょうか。歩きながらというのも、聊か気は引けますので移動先で改めて腰を落ち着けましょう。」
「そういや、今日はどっち行くんだ。」
「久しぶりですし、川沿いですね。流石に冷蔵設備もないのでは、保存もままなりませんでしたから。」

さて、トモエが作った流れに乗っただけのオユキとしては、特に目的らしい目的もなく体を動かせればそれで良しと、その程度でしか無かったのだが。トモエの方で、きちんとオユキが楽しめるだけの言い訳は用意してくれているらしい。勿論、本音も含まれているには違いないのだが。

「まだ、門は一か所だけでしたか。」
「あー、アーサーのおっさんが新しく門を作るなら、次は西だっつっててな。」
「ね。なんだか、そう決まってるみたい。それに門番の数も足りないって。」

それに関しては、どんな理屈があるか分かるはずもない。

「成程。ではいつもの所から、まずは外に向かいましょうか。」
「ああ。」
「でも、オユキちゃん、大丈夫。」
「ええと、何がでしょうか。」

さて、水辺で狩りをするとしてアナに心配されるような事など、特にないはずではある。逆であればともかく。

「あの、河沿いの町みたいに小石とかないから、泥が跳ねるよ。」

アナが何処か心配そうにそんな事を口にするが、地形を考えれば当然の話でしかない。流石に川を引き込んだからと言って、そこから石があふれ出すほどに都合は良くないのだから。今後護岸工事を行うかどうかは、今頃都市計画用の人員に数えられている者達の間で、実に紛糾する議題であろうが。

「その程度。」
「申し訳ございません。直ぐに用意をしてまいります。」

これまでも、森に入ればぬかるみとまでは呼ばない物もあり、木の枝や葉にしてもすべて躱せたわけでもない。今もトモエの手によって日々括り方は違うが、今日は腰のあたりで折り返す形で纏められている。衣服にしても、そもそも汚れる事が前提の様な軽装だから問題ないと。オユキが口に出す前に、すぐさまシェリアが屋敷へと足を向ける。

「オユキさん。食事も外ですから。」
「確かに、最低限汚れは落とさねばなりませんか。」

既に昼もほど近い時間。一度腰を下ろしたところで、そのまま食事の準備を始めるという事もないが、せっかく久しぶりの機会でもある。手に入れた物のいくらかは早速とばかりに、その場で楽しむことも考えている。ならば、そこで泥にまみれたままというのは流石に具合も良くないだろう。

「そう言う事じゃないんだけど。」
「ね。オユキちゃん相変わらずだし、トモエさん大変そうだね。」

どうやら、美味しい話がありそうだからとガルフとトラノスケも足並みをそろえて、町の外へ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

ラフィリアード家の恐るべき子供たち

秋吉美寿
ファンタジー
英雄と女神と呼ばれるラフィリアード家の子として生まれたジーンとリミアの双子たちと彼らと関わる人間たちとの物語。 「転生」「生まれ変わり」「誓い」「魔法」「精霊の宿りし”月の石”」 類い稀なる美貌と知性!そして膨大な魔力を身に秘めた双子たちの憧れ、『普通の学園生活』を過ごさんと自分達のことを知る人もいないような異国へ留学を決意する。 二人は身分もその姿さへ偽り学園生活を始めるのだった。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...