憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

子供のような

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トモエの苦言が覿面に聞いたかと言えば、そうでは無い。それについては、当然のことながら少々きつめに話したトモエも理解しての事ではある。少なくとも侍女としてオユキの側を任せられるほどのシェリアは、すっかりとこちら側の思考に傾いている。行うべき行動の指針が与えられ、それが実現可能であれば一も二もなくという事だろう。

「あー、なんかオユキ珍しく浮かれてんな。」
「そうか。」
「オユキちゃん、そう言うの基本的に分かりにくくない。」

しかしあまりに好き勝手を許してしまえば、当然事故に対する備えも難しくなる。だからこそ、分かりやすい制限が付けられている。そして、差異たる制限である少年たちも、楽しげであるから構いはしない。

「オユキ、あれで分かりやすいだろ。」
「うん。オユキちゃんでよくわからなくても、トモエさんがもっと分かりやすいし。」

そう子供に評されるくらいには、オユキも分かりやすく楽し気だ。勿論、少々浮かれているとはいえ、子供たちに再三にわたって注意しているように生命を懸けての事。きちんと足を狩猟者ギルドにまずはと向けている。

「そういやダンジョンも、オユキなら魔石用意すればってメイのねーちゃんが言ってたぞ。」
「おや。資材はいくらあっても足りないと、それくらいは分かりますが。」
「なんつったっけ。壁は譲れないけど住居なら構わないとか。」
「もう。人が済む場所なら、木造の割合を増やせばいいって、そう言う話だったでしょ。」

石材に比べれば、確かに加工は容易だ。輸送に際しても、重量という面では軽い。何よりダンジョンに頼らずとも、採取が可能。

「これまで、そう言った案は無かったのですか。この町は、相応に木造の建屋も多いわけですが。」
「ケレスのねーちゃんがそっちは何か言ってたな。」
「だとすれば、住居や施設の増築が行う必要が無かった、加えて採取の問題でしょうね。」

シェリアとラズリアから揃って色々と言われていたオユキが、ようやく解放されたのか話に混ざってくる。こと、このあたりに関してはトモエでは流石に理解が及ぶ箇所が少ない。

「切り倒すのも手間ですし、それを行う道具も消耗品だというのに高価です。そして魔物がいる中、確実に量手が塞がる木材を持って帰ろうというのは。」
「えっと、手間に対して安価すぎるって。」
「買取の価格を領主として決めていたという事ですか。確かに魔道具が無ければ、燃料として使うでしょう。となると、これまでは騎士を動員していたのでしょうか。」

リース伯の紋章が入った馬車にしても、頻繁に町を出入りしていた。ならば、これまで気にも留めず目に入っていなかっただけで、色々と行っていたという事であるらしい。道理で、練習に使うからとオユキ達が木材をもって変えれば喜ばれるはずだ。そして、折れて使い物に習くなった木材を一所に纏めておけば、何時の間にやら片づけられていた理由にしても。

「そんなもんか。騎士様、やっぱ本で読むのとはいろいろ違うよなぁ。」
「ね。書類仕事もそうだし、荷運びなんかも。」

そうして話していれば、元々トモエとオユキに与えられた屋敷がほど近い事もあり、狩猟者ギルドに到着する。そして狩猟者が普段使わぬ資材の搬出口からは、魔石が入ったのだろう樽を担ぐ騎士が。

「大切な仕事ですよ。」

民の憧れを一心に受ける騎士、当然耳に入る位置にその最たる存在もいるのでトモエがそれとなく窘める。騎士達にしても必要性は理解している事だろう。誇りも持っているだろう。しかし、憧れから逸れているという理解は、こちらも等しく有る事だろう。

「ま、そうだよな。あれ、今度新しく作る壁に埋めていくわけだし。」
「拡張の方向は決まりましたか。川を引き込んでいるところを、水門として扱うかどうかの話の最中に抜ける事となりましたから。」
「アマギさんから、色々と活用法とか設計図とかが届いたみたいで。」

聞いてくれと言わんばかりに、トモエとオユキの不在時に起こったあれこれを少年たちが口々に話始めようとするのだが、狩猟者ギルドの中に踏み込めばそれも中断となる。見た目については始まりの町では今更。装備にしても動きやすさ優先。しかし、シグルドについてきた狩猟者志望の子供もいれば、荷運び役を買って出てくれる相手もいる。単純にそこそこ人数の多い一団で移動しているのだ。当然周囲の目は引く。

「おや、なかなか盛況ですね」
「あんま遠くいく必要がなくなったからな。」
「ええと、ラルフさん、でしたか。近場で強化された、それと武器の問題も解消傾向にという事でしょう。」

トラノスケと共に歩いてきた相手に、何となく見覚えがあるとオユキが声をかければ、少し驚いたような顔で、オユキの言葉に頷く。

「よく覚えてたな。何度か顔を合わせただけだってのに。」
「色々と、得難い経験の中での事でしたから。それから、トラノスケさんもご無沙汰しています。」
「ああ。久しぶりだな。色々と話だけは聞こえてきたがな。」
「今となってはトラノスケさんも望めば、相応に忙しくなることもできますよ。」
「勘弁してくれ。仕事を嫌う訳じゃないが、忙しいのは苦手なんだ。」

得意な人間の方が、まぁ少ない事ではある。

「で、その恰好って事は、まずは情報か。」
「はい。ただ、どうしてなかなか。」

これまでであれば、狩猟者ギルドの忙しい時間というのは狩りから戻る者達が増えて来る時間帯であった。それにしても持ち帰られた品の鑑定という作業があるため、暇という訳ではない。しかし、先日はいよいよ先触れを送っての事であったし仕事としてであったため見る事も無かったし、先に喧騒は遠ざけられていたが今はずいぶんと賑やかだ。

「数が増えたのと、ま、先例がお行儀のいい事もあってな。」
「名前を憶えて貰える機会、それを見逃さぬ子たちも多いようで何よりですね。」

ファルコが連れてきた人間というのは、ゆくゆくは一角の位置を得る人物達だ。では、そう言った存在が身近にいて何も事を起こさない、そうしている人間ばかりかと言えば当然そんな事は無い。やはり、お抱えの戦力というのは、分かりやすい魅力がある。それ以外にも、資材のやり取りが近隣で活発になっている。要は商人たちも当然忙しくなる。町の拡張のために石材を運ぶ。そして、その道行は騎士が守る。ならばそこで顰蹙を買わない程度に他の品を運ぼうと考えるものも多いだろう。そうして品を求める物が増え、いくらでも必要だと言われる肉や毛皮を求めて、ちょっとしたお小遣いを門前で稼ごうと考えるものが生まれ。結果として、町でも食料の消費が増える。他に運ぶばかりでなく、今度は商人ギルドにも、日々の品を用意するための素材を求める者達が列をなしている事だろう。

「で、ほれ。」
「おや、有難う御座います。」

さて、そうした列に近寄り声をかければ子爵家当主と巫女、それから近衛の威光をもって、速やかに行うべきことを片付けられるだろうが、それを望まぬ身としてはどうした物かと。そう、オユキが考えていると、領都よりは薄い、しかしこれまで始まりの町に置かれていたものとは比べ物にならない厚みの冊子と呼んで差し支えのない物が渡される。

「シグルド達も、協力してたからな。」
「ま、言われるままに狩りにでてただけだけどな。」

目的の物も手に入った。流石に、大人数で人の出入りがこれからも増えていくだろう施設を占拠するのも気が引ける。

「では、一先ず移動をしましょうか。歩きながらというのも、聊か気は引けますので移動先で改めて腰を落ち着けましょう。」
「そういや、今日はどっち行くんだ。」
「久しぶりですし、川沿いですね。流石に冷蔵設備もないのでは、保存もままなりませんでしたから。」

さて、トモエが作った流れに乗っただけのオユキとしては、特に目的らしい目的もなく体を動かせればそれで良しと、その程度でしか無かったのだが。トモエの方で、きちんとオユキが楽しめるだけの言い訳は用意してくれているらしい。勿論、本音も含まれているには違いないのだが。

「まだ、門は一か所だけでしたか。」
「あー、アーサーのおっさんが新しく門を作るなら、次は西だっつっててな。」
「ね。なんだか、そう決まってるみたい。それに門番の数も足りないって。」

それに関しては、どんな理屈があるか分かるはずもない。

「成程。ではいつもの所から、まずは外に向かいましょうか。」
「ああ。」
「でも、オユキちゃん、大丈夫。」
「ええと、何がでしょうか。」

さて、水辺で狩りをするとしてアナに心配されるような事など、特にないはずではある。逆であればともかく。

「あの、河沿いの町みたいに小石とかないから、泥が跳ねるよ。」

アナが何処か心配そうにそんな事を口にするが、地形を考えれば当然の話でしかない。流石に川を引き込んだからと言って、そこから石があふれ出すほどに都合は良くないのだから。今後護岸工事を行うかどうかは、今頃都市計画用の人員に数えられている者達の間で、実に紛糾する議題であろうが。

「その程度。」
「申し訳ございません。直ぐに用意をしてまいります。」

これまでも、森に入ればぬかるみとまでは呼ばない物もあり、木の枝や葉にしてもすべて躱せたわけでもない。今もトモエの手によって日々括り方は違うが、今日は腰のあたりで折り返す形で纏められている。衣服にしても、そもそも汚れる事が前提の様な軽装だから問題ないと。オユキが口に出す前に、すぐさまシェリアが屋敷へと足を向ける。

「オユキさん。食事も外ですから。」
「確かに、最低限汚れは落とさねばなりませんか。」

既に昼もほど近い時間。一度腰を下ろしたところで、そのまま食事の準備を始めるという事もないが、せっかく久しぶりの機会でもある。手に入れた物のいくらかは早速とばかりに、その場で楽しむことも考えている。ならば、そこで泥にまみれたままというのは流石に具合も良くないだろう。

「そう言う事じゃないんだけど。」
「ね。オユキちゃん相変わらずだし、トモエさん大変そうだね。」

どうやら、美味しい話がありそうだからとガルフとトラノスケも足並みをそろえて、町の外へ。
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