憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

久しぶりに

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「いいですか。くれぐれも、くれぐれも。」

神々の言う負担は無い。その言葉の意味が後遺症は残らない、その程度の意味合いだと思い知るとともに覚醒して数時間。トモエと長くベッドの住人となっていたため、なまった体を動かそうと話、楽しい時間を少し過ごせば、久しぶりに見る顔も合流した。そして、結果としてオユキは早々に屋敷の客間にメイに連れ込まれて、こうして淑女としての嗜みを繰り返し聞かされている。

「しかし、一応は祭事ですから。」
「ええ、言い分は分かります。だからと言って、全てをトモエに任せる等。」

空には、これまでに影も形もなかったはずの岩塊が。町に落ちる、これまでには無かった影、用水路を流れる水の音、その傍らで賑やかに話す声、そして遠くから聞こえる訓練に追われる新人たちの悲鳴にも似た楽しげな声。そして、その生活を支えるための人々による、生活音。長閑さは失われていない。そういった音にしてもどこか遠い。扉一枚で、意識しなければ聞こえもしないが、少し外に出て耳をすませば確かに聞こえる熱を孕んだ息遣いが確かに響いている。そうした実感を得ながら、ここまでの行動、その結果は悪くなかったのだと思えば、そこで生まれる膨大な仕事量を抱え込む相手と簡単に挨拶を交わして今後の予定に言及すれば、このありさまだ。

「シェリア、あなたからも。」
「そうですね。改めてとなりますが、ユリアからオユキ様、トモエ様の警護を行うにあたって、忠告を頂きました。」

そして、オユキがほとんど拉致と言っても良い手際で連れ込まれれば、オユキにつくシェリアも同行するというものだ。有難い事に、防衛のかなめとしてタルヤも変わらずトモエに貸し出されてもいる。王都はまだこれまでの積み重ねがあること、あくまで余剰が与えられただけでありそこまで意識を惹いていない事、何より始まりの町という存在を神国は抱えている事。実に色々重なった結果として花精への対応は、王都よりも今まさに色々な事の渦中となっている町にという事であるらしい。何処かシグルドがもの言いたげな様子であった所から、メイでは判断が出来ぬ事、オユキとトモエとの関係性、そういった物を踏まえて簡単な交渉のような物を頼まれているのだろう。そうした予想がついているため、早々に面倒ごとを片付けてしまいたいオユキの返答は、やはりメイを満足させるものではない。

「なまじ戦闘力があり、人相手の心が目を持っているからこそ生まれる危険、それを常に意識するようにと。」
「金言ですね。確かに、私もトモエさんも過信を己に戒めていますが、裏を返せば戒める必要があるという事ですから。」
「貴女方は、ほんとうに。」

そしてオユキが今何をしているかと言われれば、控えている女性だけの参加する催し、それに向けた衣装の準備だ。勿論ヴィルヘルミナとカリンも参加する。勿論そちらの二人は舞台慣れしている過去を持っており、概要を聞いただけでメイが満足するだけの方向性をもって既に布地を用意する商人とそれを仕立てる針子と話し合いが進んでいる。問題視されているのは、補佐であるシェリアも含めたオユキだけ。ナザレアに意見を求めてはという話もあったのだが、生憎と祭りを齎した人物でもあるため、どうにも制限が多いらしく言葉を濁す場面があまりにも多いという事で助言を求めなければいけない場からは外すこととなった。隠し事にしてもそこまでうまいわけでもない。こうした話し合いを重ねる場に呼べば、少しでも情報が欲しい者達は、細かく話を振って反応を観察してしまい、結果として種族として加護を得る事で、一帯に影響を及ぼす彼女に瑕疵を与えるからと。

「私からは、先ほども申し上げたように思いつく事など。」
「薄手である以上、仕込みは難しいですから、当日はより一層注意を払わねばと。」
「それでも、己で考えるのが嗜みだと先ほどから言っているではありませんか。」

オユキは、以前、それこそメイと縁を得るきっかけになった出来事。そこで覚えのある薄手の布。水を吸えば簡単に透けると言われた布地で、適当に作ればよいではないかと。
シェリアにしても、護衛対象が最低限の防具を着こまない事に難色を示して。
そんな二人の素振りに、こちらで正しく教育を受け、感性を磨いてきたメイから苦言が呈されているのがこの場だ。
最初に屋敷についこまれた理由の最たるものとしては、準備の進捗を尋ねられ、トモエに全て任せるつもりだとそう話した結果がこの有様ではあるのだが。

「オユキも、概要は理解しているのでしょう。なのに、そのような衣装を未だ正式に宣言も済ませていない相手に任せる等。」

言ってしまえば、肌が見える様な薄絹を纏う祭事だ。
そのような衣装を、過去の関係があるとはいえ、異性に任せる等正気かと、それを大分取り繕った言い方でメイが滾々とオユキに言い聞かせている場だ。そして、常の衣服を簡単に改めようとした際に、懐から、裾から、袖口から。あれやこれやと取りだしたものが、メイの頭を抱えさせている。

「予想として告げたのは私ですから、勿論理解はありますが。祭事の衣装となると、何分。」

言われることに、オユキとしても勿論言い分はある。こちらの世界における様式は知らないのだと。

「だからと言って、オユキ、貴女、祭事の場でもそれを身に着けるつもりだったのだでしょう。」
「舞もありますし。」

然も当然と、それこそオユキとトモエにとっては字面の通りなのだが、そう応えれば、ただメイが頭を抱える。

「そう言えば、ユリア様に尋ねる機会がありませんでしたが。」
「そちらは近衛の正式装備ですね。お気に召されたのであれば、改めて私から手配を行いますが。」
「トモエさんに習っていますし、質が良いとの評価もありましたから。」

表で習っているわけでは無く、それこそ部屋の中加護を使って二人の時間が保証される場でとなるが、そこで暗器の使い方を色々と習っているのだ。トモエがオユキの体力をきちんと見極めたうえで削り切っているのは、当然その場も含めての事だ。

「シェリア、貴女も貴女です。」

そして、シェリアがこの場に同席させられている理由は、何とも分かりやすい。

「ですが、シェリア様は以前領都で助言を求めた折に、十分と思えるものを頂きましたが。」
「懐かしい事ですね。」
「それが出来るなら今回も行うのが貴女の職務でしょうに。」

年に合わぬ随分と重たいため息とともにメイが告げる言葉に、シェリアが何やら数度瞬きを。

「確かに、そうでしたね。」

そして、オユキが追従すれば。

「私は、今回に関してはお休みいただく期間、それを確かなものとするのが職務ですが。」
「近衛の職務に追加してという事ではないのですか。」
「言われてみれば、そうとも取れますね。」

ただ、シェリアとしては近衛を辞することを既に考えている身の上でもあるのだ。

「いえ、シェリアさんは川沿いの町、あちらでダンジョンの差配を取ることをお望みでしょうから、それを前提とするならこれまであまり触れていなかった文官仕事、そう言った物を私の周囲で学ぶ事を期待されているものかと。」

そして、そう言った前提を踏まえたオユキからは去就について思うところもある。

「やはり、ご想像頂けていますか。」
「はい。クララさんの選択もあります。ならばと考えるのは、若人の特権でしょう。」

これまで培ってきた者の全てを捨てたくないと、そう考えた相手がいる。

「私が背を押した事でもあります。それを受けてというのなら、その選択を言祝ぎますが、今は全く違う話です。」

そして、他の道に傾倒しているからこそ、価値観というのが大いにメイの期待するもの、他の招待客も間違いなく来るだろう場を主宰する人間からはただただ苦言が呈される。

「いいですか、要は女性のみが参加する夜会です。格式に合わせた衣装が必要になるのは当然です。そして、殿方の参加を認めぬというのなら、準備に手も借りられぬ、そう考えが及ばないのは何故なのですか。」
「いえ。」

メイの言葉に、理屈が通らぬと、そうオユキは返しそうになるが、直ぐに他に思い当たり言葉を止める。つまるところ、この少女はこの少女なりに、オユキやシェリアが納得しやすい理屈をどうにか口にしたという事だ。そこにトモエとオユキその二人の関係に対する理解が、尊重があると分かるのなら、確かに年長として己が引くべきだとオユキは考える。ただ。

「それにつけても、私は祭りの詳細を知りませんので衣装に行うべき装飾であったりが。」

だから、何故トモエに任せようと考えたのか、己の不足を素直に吐露する。建前ではなく。

「それは、教会にあの子たちに頼めば。」
「と、なると、あの子たちも参加するのですか。」
「いえ、そう言えば、その話をしていませんでしたね。司教様から依頼され、持祭以上の位を持つ女性は、当日参加するという話になっています。勿論、任意ではありますが、あの子たちは神々に纏わる事であるなら参加すると。」
「であれば、いよいよ衣装の手配は、監修でしょうか、教会の職分では。」

そういった流れがあるのなら、いよいよそういった知識を一切持たないだろう少女達の衣装の手配も行うというのであれば、オユキ用の者にしても、そちらに合わせて頼めばいいのではとオユキとしては疑問を覚える。

「先達として、オユキは範を示さないのですか。」

そして、返しの言葉にこの短い期間で、この少女にしても随分とケレスやミズキリを相手に鍛えられた物らしいと理解が及ぶ。

「分かりました。舞とはいう物の、私の可能な物というのはカリンさんを相手と頼むことになるでしょう。ならば、カリンと揃いと分かる物を誂えるのが良いでしょう。装飾の類は、そうですね戦と武技を主体としたうえで、豊饒祭に相応しいものをシェリア。」
「畏まりました。」

一応は、オユキを主としてシェリアは振舞ってくれる。以前と同じく決定事項として伝えれば、彼女の知識に照らし合わせて遜色のない物が間違いなく用意されるだろう。そして、早々に決断を下したオユキにメイからはもの言いたげな視線が寄せられるのだが、オユキとしてはそもそもこの姿にしてもトモエが決めた物。トモエが喜ぶかどうか、可能であるならそれを最優先にするのは当然なのだと、それ以上の言葉もない。
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