憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

トモエ

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「良かったのか。」
「ええ。私は私が良いと思う事しかしませんよ。」

オユキがいよいよ目を開けていられぬといった様子を見せたため、揃って部屋を追い出されたアベルと共に、離宮に用意された客室の一つでトモエはのんびりとお茶に口を付けながら聞かれたことに端的に応える。

「オユキさんはオユキさんで、意外と言葉が足りないでしょうから。」

ミズキリに対して、前提を置きすぎると語るオユキではある。そのオユキにしても、相手の振る舞いを観察したうえで分かっていそうだと、そう考えた事は基本的に省略する。必要を感じれば言葉を重ねはする、理解を求めるために力を尽くす。しかし、そうでないと見えれば、一切の事を行わない。

「言葉が足りないどころじゃないがな。こっちからしたら。」
「オユキさんですから、聞けばきちんと答えはするでしょう。ですが。」

だが、オユキに色々と尋ねたい相手というのは、実際の所それに時間を費やすことができない。アベルはいよいよこの道中、機会をうかがっているそぶりもあったのだが、日々変わる予定に振り回されている間に、気が付けば目的地だ。そして、他の者達は、正直アベルほど気を回したりなどしていない。生まれた巣から離れるのが当たり前、生まれた風は、必ずそこではない何処かへ。そういった由来を持つ相手に連なる者達だ。ともすれば言い含められているだろうファルコに至っては、初めての長旅で這う這うの体を晒す彼の友人たちの面倒で手が塞がった。王命を受けて、その前提があるのだから、少なくとも魔国で暮らす人々が作る拠点、魔国の人々の目が多い場所、そこで無様を晒してよいわけもない。最も、そう言った事が苦手であるため、短い時間ではどうにもならないという実態もあるのだが。

「これでもっと余裕のある日程なら、そう思わずにはおれん。」
「それについては、そうでしょうね。」
「にしても、お前はいよいよ期限通りと考えていたんだがな。」
「正直な所、私としては残っても良い、そちらの方が望ましいとは考えています。」

そう。選択する機会がある。その場に於いて、トモエは残る事が出来るならよいと、そう考えている。

「ただ、その選択を行うには、いくつかの前提がいるというだけです。」

しかし、トモエが残る事で、オユキを付き合わせて、その結果望まぬ事が起きるならその選択肢にいまさら未練はない、それだけだ。

「オユキに負担が過ぎるなら、か。」
「ええ。最たるものですね。」
「それ以外にもあるといった口ぶりだが。」
「それは、ええ、勿論。私とオユキさんはやはり違う価値観を持つそれぞれですから。」

オユキに対しては、何を考えているのか。それを問えば時間を相応にかけねばならないが、言葉でもって返ってくるだろう。
トモエに対しては、何を求めているのか。それを尋ねようと思うのならば、武器でもって問いかけるしかない。そしてそこにしか得られぬものがあると、ただそれを示すだろう。

「ただ、判断は、お前が基本、そうだな。」
「はい。」

一応、約束事。トモエとオユキの間で随分と昔に交わし、未だに破られぬ約束事というのがある。互いに譲れぬ事があり、どうしようもなく折り合いがつかないのであれば、基本的に順番に行おうという約束が。そして、それにたいして既に大きな譲歩をオユキは行った。だからこそ、オユキとトモエは、結末は現状変わらないと考えている。

「私とオユキさんの決まり事、それに係る何かが起きるか、若しくは、オユキさんが迷うだけの事があるか、意志を翻すだけの事があるか。」
「それは、なんだ。正直、そう聞いてしまいたいのだがな。」

流石に、それをトモエが、オユキ本人が口にせぬというのに、口にする事は無い。

「さて、先の言葉通りです。私は私。オユキさんはオユキさんです。」

ただトモエからは、そう笑いながら返すしかない。オユキと異なり、トモエはそもそも今現在のオユキ、それを残そうと考えて動く者達へはかなり評価を下げているのだから。
ここ暫くのオユキの振る舞い、オユキとトモエを通してこの世界が確かに得られる利益。それを喜ぶ者達が、更に長くと望むという事はつまり、文字通りオユキを対価に更なるものを得ようとする、そういった思考でしかない。己の伴侶を食い物にしようと、そう考えるものたち相手に、トモエが出来る譲歩など限度があるというものだ。

「私は、オユキさんにかかる過度な負担、これを良しとすることはありません。」
「ああ、そうだろうとも。例え本人が構わぬと言っても、そうだな。」
「ええ。そもそも、そうですね。度を超えると判断すれば、恐らく私が出来る選択というのもあるでしょうから。」

二人で交わした約束事、その順番。次はオユキであることはトモエから見て間違いない。ただ、オユキはそう考えていない。すでに失われた、そう考えていた相手を。かつての景色を見て回る、それがままならぬほどの出来事。その二つをオユキは己の我儘と考えている。だから、オユキに聞けば、次はトモエの番だとそう応える事であろう。そして、トモエもそれが分かっている。だから、以前の責で、トモエが選択肢を持っていると、そう匂わせるような発言をして、オユキは何も言う事が無かった。

「それは、置いておきましょうか。ただ、どうにも抱え込みすぎです。オユキさんは。」

それを熟すことができるから、人を使う事に慣れてしまっているから、現状でもどうにか出来ているに過ぎない。オユキ本人もその自覚があり、改善の必要は感じていることに違いはない。しかし、どうせ後四年未満、その考えが根底にある限り本当の意味で解決を見る事は無い。

「お前が許容できる負担は、何処までだ。」
「何処までというのも、また難しいですね。」

そんな物無ければ、良いに越した事は無い。ただ、人の世で暮らしている以上、当然全くなしなどという事が叶わないのは、重々承知もしている。

「正直、かつての世界、それに基準を置くことになりますが。」

しかし、こちらの世界でそれが難しいのはトモエとて理解している。
だからこそ、簡単に告げた言葉、週に一日、少なくとも一切の仕事が無い日が欲しい。安息日という概念の話をすれば、アベルはただ頭を抱える。

「こちらの世界で、現状無理だと、それは理解しているので、他の形を私も探さねばならないのですが。」

そして、それこそがこの話を厄介な物としている要因だ。
トモエの判断を行うとして、それをこの世界に落とし込んだ時に許容できる位置は何処か。それをトモエすら見いだせていない。事、これに関してはオユキに相談した所で、判断を最終的に行うのはトモエだ。二人の今後に関わる事、それをただ相手に任せる事を良しとしないこれまでが有る。そして、それがこれまでを確かに培ってきたという自負がある。

「少なくとも、それに近い事を成すにしても。」
「今は、人を多くというのは受け入れられません。正直、信頼できる相手が少ないですし、それを行うとなれば、どうしても取り上げる形になりますから。」

そして、それを行えばこれまで関係を積み上げてきた相手にこそ負担を強いる事になる。それを行えば、オユキは猶の事自責の念というのを持つ。

「それ以外となると、簡単な物もありますが、認められないでしょう。」
「ああ。正直、な。」

それとは別の手段。文字通り、気心の知れた相手だけで周りを固めるという選択肢。かつての世界の顔見知り、それを頼んで場を整える。それを行えば、オユキにかかる負担というのは目に見えて減る事だろう。まず矢面に立つのが、オユキではなくなる。そして、トモエにしてもオユキにしても、これまでも、これからも。散々に面倒を共有してきた相手に対しては、遠慮というものが無い。
ただ、異邦人たちが好きに集まり、そして、こちらの世界で既にある程度以上の権勢を手に入れたオユキが今更ミズキリの下について、それをただ認める事が出来る相手衣ばかりではないというのは、トモエでも分かる事だ。マリーア公爵から、あまりに明確に釘を刺されたこともある。オユキの側で働くことに慣れており、こちらでも変わらずそれを選んだ相手を、まずは教育がいるとして取り上げられているように。

「ですので、それ以外ですと、やはり休める時期というのがいる訳ですが。」
「それは、正直俺らだけでどうにもならないというのがな。」

そして、人の都合の内で休みを与えたところで、神々はそうとは限らないのだからまた難しい。

「ええ、ですから、決めかねています。なんにせよ、こちらにいると定めている期間、その間は改善される事は無いでしょう。ですので、今後、そう、今後残ると決めても良いと思える形、そういった物が用意できるのなら。」

土台、現状では無理な話だ。
トモエが負担があるだろうと言った所で、オユキは限られた期間だと言い返すことが現状できる。そして、それを行うだけの動機は、神々からオユキに与えられた。トモエもそれを肯定した。だから、それは既に終わったことだ。

「ただ、今後はそうですね、私かオユキさんにもう少し考えを口にするように促しましょうか。」
「それは、正直ありがたいな。今回にしても、正直あいつの行動を考えて、そうだろうと考えただけだからな。」
「割と、オユキさんは分かりやすいと思いますが。」
「そりゃ、お前にとってはそうかもしれんがな。」

どうにも、今度の事。魔国というのが、いよいよ神国よりもどうにもならない事情を抱えていると判断し、それを助長するフォンタナ公爵は頼る相手としても、交渉相手としても不適当だと判断した結果の行動。同じ判断を行ったと考えていたのだが、どうやらオユキの行動の結果として、そう考えていたものであるらしい。

「フォンタナ公爵、同席していたでしょう。」
「ああ。それもあって、評価が高いのだとな。」
「逆です。わざわざ与えられた手札を使わずとも、見どころがある相手であれば、神々から。それを私たちはすでに知っています。」

かつての王都での事、始まりの町での事。神々とて目をかける相手がいるのであれば、何もオユキやトモエが頼まずとも、そうなるのはすでに知っている。そして、フォンタナ公爵の前では、それが無かった。

「つまり、その程度の相手だと、そこで見切りをつけました。」
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