憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

納得の為に

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魔国に足を運ぶ前に、オユキがトモエに話した事でもある。
そもそも、王太子が本来足を運ぶ予定だった。そこには明確な理由があるからと。先代アルゼオ公爵の同行を確かにオユキから願ったとしたのだが、それが無くとも同行はしただろう。魔国の王都までかは分からないが、最低限辺境伯家、そして、今こうして話しているフォンタナ公爵家と話し合うために。相応にかじ取りは難しい、それは事実だ。これまで積み上げたもののいくつかを両方に対して使い、そして、そこで得た互いの譲歩を新たな成果として今後の為に。本来あったはずの、そういった交渉手段がなくなった。だからこそ、現アルゼオ公爵が、つまらぬ振る舞いを演じて見せたという事もある。
ただ、それを理解するオユキとしては、他の解決策を用意できるなら、用意する。

「さて、私としてもここであまり体調を崩すわけにはいきません。」
「まぁ、想像通りである。橋を架ける、その負担は巫女達が最も被る事となる故な。」

戦と武技の神が、そう苦々しげに言えば、トモエが最も覿面に表情を変える。

「何、先の物と同程度、そこまでだ。傷も塞がっておる故、直ちに生命に危機を覚えるものではない。」

そして、この度同席が叶った柱は、やはり多い。

「さて、我を奉じる者達が暮らす地、そこを治める者よ。過日は我の言葉が不足しており、幾分要らぬ悲観を得る日があったようである。確かに戦巫女が語るように、我の言葉の差異がある。門を使える物も、我の神殿の影響に良くする地で暮らす者達の中にいる。」

それは事実であり、オユキの言葉が正しかったとしたうえで、知識と魔の神が続ける。

「しかし、その数は少ない。何処まで行っても、我と異空と流離の相性が悪い。」

知識を持って、塔を築き上げよとする神。果てから果てまでを、ただ流れ抜ける神。それだけでなく、象徴的な物が書籍と炎なのだ。相性が悪いと、そう言われてみれば確かにと、そう納得のいくものだ。

「私の力は、何処まで行っても焼き尽くす焔が根源だもの。黴臭い紙束を奉じる相手では、耐えられないわよ。」
「石板や石碑、そこまで確かな研鑽を積んだ、その程度の自負は。」
「あら。高々石くれ如き、蒸発させられない私だとそう思うのかしら。」

フォンタナ公爵が、吹けば飛ぶ紙ばかりではないと口にするものだが、それに対しては一句と流離からにべもない言葉で返される。

「しかし、そうであるなら。」
「何も神殿があるからと、その墓守を信じる者達ばかりでは無いでしょう。」

この世界は、一神教を基礎としていない。異空と流離の神の言葉は、確かにもっともである。

「ええ。そちらの国にも、やはり私を祀ってくれる人たちも多いですから。」

要は、人、若しくは種族として異空と流離の神が根源として持つ炎に耐えられぬ者達は、その炎から身を守る形の加護が無ければならぬという事であるらしい。そして、最も分かりやすい対策を持つ水と癒しを持つ神が、何やらオユキは見覚えがあると、どうにも度々感じる気配だと、そのような物を示したうえでため息を。

「己の力を抑える、それも少しは覚えて欲しいのですけれど。」
「抑える必要があると、そう思う事があれば、考えるわ。」
「全く。この子は、本当に。」

つまるところ、この異空と流離の神というのは、確かにオユキとトモエの世界に名前の伝わる柱、その神性を宿してもいる。そちらの想念の影響を受けてもいる。しかし、実態としては、独立した世界を構築し得るだけの、単独で宇宙観を創造し得る柱なのだ。この世界においても。だからこそ、そこには、オユキではいよいよどうにもならない、トモエにしても齟齬を覚える物を持っている。

「それこそ、単純な話でもある故な。」
「ええ、お父様の言う通りよ。」

そして、この席には何やらより一層力を継承したと言えばいいのか。端々に、実にわかりやすい影響備えている相手の隣には、ちゃっかりと座っている者がいる。会食の席だ。当然、そこには置かれているものがあり、何やらアイリスにしても苦渋をそのまま人としたかのような表情で、未だに手を付けていない物を差し出したりもしている。
この場には、先にあげた神々を始め、未だに口を開かず、さも当然とオユキの前に置かれていた酒杯を取り上げた月と安息、ヴィルヘルミナが食卓の彩にと奏でる歌に耳をただ傾ける美と芸術、そして何やら楽し気な創造神と、実に愉快な量がこの場に顔をそろえている。
先代アルゼオ公爵に至っては、可能な限り目に入れないようにと、そのような様子を隠すこともない。フォンタナ公爵にしても、己の奉じる神、それにだけ視線を向けている。

「ナザレア。」

そして、主がそのような様子を呈しているからこそ、当然ゲラルドのように慣れや経験があるわけでもない使用人が多い場であり、慣れたものは主人に習う為、どうにもならない場だとしてオユキが名前を呼べば、それぞれの前が当然のように整えられ始める。つまるところ、王家としては、こういった事もあると、そう考えているからこその人選だと実にわかりやすい振る舞いが、そこで繰り広げられるわけだ。

「オユキさんと、トモエさんとはお久しぶり、というのも違うのですが。」
「ええ。想像は付きますから。恐らく、何度となく繰り返しているのでしょうが、私どもの主観としては、お久しぶりです。」

これまで、さて。トモエとオユキの時間。特に大事としているその時間を、土足で踏みにじられている事は理解している。そして、それに対する補填が、別の形で与えられているのだというのも実にわかりやすい。明らかに、こちらで暮らす人々、何となればこちらに来てほとんど変わらぬ時間を過ごしていた少年たちに比べて、加護の余剰を示す功績を鑑みれば、そこでどれだけの事があったかなど想像するなというほうが難しいのだ。

「この度は、私の願いに応じてご多忙の折にも関わらず。」
「その、確かに忙しいのですけど。」
「あなた達も分かっているでしょう。遠いのよ、声を聴くには。今身を置かなければならない場所が。」

そう、それにしても既に想像は付いている。アイリスの祖霊は、完全に枠の外にいるのだと分かりやすい。戦と武技を父と呼び、それを隠しもしていないのだから。そして、こちらの世界の創造神。かつての世界で存在が定かではなく、一般的な理論として存在が否定されていた存在を母と呼ぶ相手は、そんな祖霊に苦笑いを浮かべるだけ。実際とは違う力関係というのが、改めてそこに存在するのだと、そう示してくれるものだ。
創造神、恐らく見た目通り、振る舞い通りの経験しか持たぬ存在を相手に、随分と配慮をしてくれるものだと思えば、何やらアイリスの耳が祖霊に向けられる事もある。祟る存在であるからこそ、十分にまつれば恩恵は疑いようのない物が、そう言う事であるらしい。

「さて、聊か急な場であることは重々承知。明日には、過激な手段もとりますが。」
「明日ですか。」

そこについては、オユキは既にトモエに言い含めている。これまでの交渉、そこに持ち込まれたあれこれで、先方から、先代アルゼオ公爵もどうにかならないかと考えているのも分かる。しかし、マリーア公爵の麾下だからという事に限らず。見ず知らずの相手と、多少言葉を交わした相手。どちらをオユキとトモエが優先するのかという選択がそこにはある。
神国に対して、無理を通した。勿論、そこでは事前にいくらか言葉を交わしたり、そこにある理靴を説明したりと、そうした時間を使いもした。しかし、魔国に対してはいよいよオユキもそういった手段を取るつもりが無い。観光という行為、トモエが好む見た事のないあれこれに触れる機会というのは、既に神国によって保障がされている。姿を変える、そう言った手段にしても、既に神国で試しが終わっている。そして、移動に使うのがオユキとトモエが運んだもんである以上、既に訪れた地であれば、そこには移動を簡単にする手段というのが存在している。門が起こられる場所は神殿だ。オユキが、トモエが配慮を求めれば、それについては神職の者達だけでなく、それ以外の存在によっても叶えられる。その程度の事は、確かにオユキとトモエは既に成し遂げているのだ。

「どうぞ、最高責任者、疑いようもない方々です。思うところ、述べると良いでしょう。フォンタナ公爵のこれまでが間違いなかったからこそ、こうしてご臨席賜っているのだと、そう言う事ではありますから。」

そして、それが叶わぬ相手であれば、そもそも言葉を交わす事すら、認識する事すら許されぬ。

「その、ファンタズマ子爵。我としては、明日の事、それを歌劇と評されるのであれば。」
「気にかけたところで、どうなる物でもあるとは思えませんが。」
「ふむ。そうであろうな。なに、我と娘が道を切り開くだけの事。」

そう。フォンタナ公爵は、既に先代アルゼオ公爵との間で散々に手紙のやり取りで状況を飲み込んでいるのだ。ここで機会があったとして、では行うのは何かといわれれば、少しでも得る物を大きく、それでしかない。そして、この機会をどうしようもない事で逸するというのであれば、オユキがとり合う事は無いと、それをただ示す。

「公言してもよろしいのでしょうか。」
「何、聞こえる者には聞こえる、そのような物だ。」
「成程。アイリスさんも、己の在り様を定められたようですし。」
「これについては、正直私にしても初めてで上手くいくか分からなかったのよね。」

そして、今は毛先に輝きを持つアイリスに視線を送りながら、そのような話題を選べばあまりにあまりな祖霊の言葉にアイリスが目を見開いたりもしている。

「上手くいったのだから、構わないでしょう。本来であれば、それこそ武具を下賜して、そういった流れなのよ。私はあなた達の知る相手ともまた違うから、装飾品という訳にもいかないもの。」
「武具ですか。」
「流石に、我から下賜するには、不足が多すぎる。」
「私も、こちらでは遅れて装飾くらいかしら。父様由来の物を送るとなると、それこそ眷属向けになるもの。」

そして、すっかりとそちらはそちらで話してくれと、巫女と伝道者は同席してはいるものの別として話を進める。この場で行われるのは、何処まで行っても神々に理非曲直を問う事だ。この国で暮らす物でもない、来歴を知らぬ、積み上げた過去のない物たちにとっては、何処まで行っても余所事でしかないのだから。

「あなた達には、私からも言いたいことがあるのよ。」
「その、己の末を経由して頂けると。」
「あの子は水と癒しに既に傾いているもの。」
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