憧れの世界でもう一度

五味

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17章 次なる旅は

魔国でも

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王都から離れる度に、当然周囲の魔物というのも強くなっていく。
町の規模以外、それについては未だに大いに議論の余地があると、そう聞いている。辺境伯の領地からは既に半月ほど。合間に当然のように多くの町に寄りながら、旅路を進めていた。そして、その間も辺境伯家の領地で実にわかりやすい振る舞いをアイリスが取ったこともあり、話し合いの主体はそちらに流れている。オユキに助言を求める事もあるにはあるが、所詮はその程度。かつてトモエが差した釘というのが、此処でしっかり生きているものだとオユキとしては有難さを覚える。だからこそ、オユキよりも経験ではなく、観に頼ったトモエの判断が功を奏しているのだと。

「やはり、生物相が違うという事なのでしょうか。」

そして、今は魔国の公爵領に入って少し。ここまでの話し合いで、先代アルゼオ公爵とも縁の深い、魔国において、王家の子女を隣国に嫁がせるという事に対して大いに働いた公爵の領地の端。そこで、トモエとオユキも武器を片手にファルコと少年2人、ニーナを始め他の者達を引き連れて魔物を狩りに町の外にふらりと足を運んでいる。

「神々によって直接という事を考えると、生物相という概念が相応しいかというのも。」
「ああ、それもそうですね。そこにある連鎖ではなく、という訳ですから。」

アイリスは生憎と公爵とのやり取りもあるため、本日は不参加となっている。
先代アルゼオ公爵と辺境伯立っての願いもあり、こちらの公爵領へ、まずは豊饒の加護を与えようという話になっている。そして、王都での騒ぎと、始まりの町での事。そう言った諸々を説明すれば、公爵側で用意もいるという話になり、詳細を詰めようという事になった。幸い、周囲の魔物にしても既にオユキ達でも対応が可能な程度。ならば、休憩がてら、気晴らしがてら。これまで通りというのもいいだろうと、オユキが押し通したこともある。幸い、分かりやすい建前もあるのだ。神国の者達が暴れた時、一体どの程度の魔石が得られるのかと。魔術師はカナリアだけ。魔術師ギルドに所属しているものの、実態として魔国で得られるその称号を正式に得ているのは始まりの町ではカナリアだけ。一応、魔国に準じた基準は設けているらしいが。そして、そんな二人も今度は同行している。

「そう言えば、せっかくだからと用意を頼んだものもありましたか。」
「成程。今回は、こちらで一週程時間を頂くのでしたか。」

始まりの町では試す時間は無かったが、何かと牧場にも顔を出したため、家畜の肉が礼品として送られることもあった。それを見たオユキが、せっかくだからと大型のフードも頼んだのだ。オユキ本人も、長時間グリルで蒸し焼きにし、脂を落とした肉なら食べられるのではないかと、そう言った目算もあったのだが。

「アイリスさんへ、少しはとも思いますからね。」
「だとすると、狙う相手は少し離れていますね。」

町のすぐそばでは、相も変わらずトモエが苦い顔をするような魔物が。始まりの町や、領都周辺であれば、色味や大きさが違うにしても、毛玉の如き魔物がいはしたが、魔国ではなかなかに形容したい相手が存在している。巨大なアメーバ状の魔物であるスライム。燐光を放つ光の珠、ウィスプ。そう言った魔物たちが周囲になかなか愉快な数存在しており、その少し先には、猪と呼ぶべきか野生の豚と呼ぶべきかといったワイルドボアが。そして、合間には操り人形としか言いようのない、それにしても誰が持っているわけでもないのに、糸が張り、糸受けが当然とばかりに宙に浮いている魔物などがいる。

「おや、鶏でしょうか。」
「かつてこちらの方面に足を向けた時に、見た覚えはありませんが。成程、暮らす人々へという事なのでしょう。」

そして、オユキが視線を向けている方向とはまた違う先、そちらでは鶏というには少々愉快な大きさを持った白い羽毛に包まれた丸々とした鳥が、赤い鶏冠を振りながら下草をちぎっている。

「この様子でしたら、確かに喜ばれそうですね。」

そして、五穀豊穣とはいう物の、実態はもう少し大雑把なアイリスの加護が喜ばれるだろう理由というのが、実にわかりやすい。神国は、草原地帯であった。豊かな森も、基本的にあちらこちらにあったものだ。しかし、こちらは砂地が目立つ。森も遠い。下生えにしても、スライムが溶かし吸収している。ウィスプがマナを吸い上げるのか、光球が集まった場所、その下にあるものは色を失う。そして、そこかしこにいる大きな白色レグホンが、根毎掘り返し被害を広げていく。

「私も初めて目にしますが。」
「神国は豊かです。魔物を細かく討伐する、それが上手く行っている例ですね。」
「確か、戦闘が可能となるまでの間隔が長いのでしたか。いえ、オユキさんの様子を見ていましたので、よくわかりますが。」
「それに魔術による攻撃というのが広範な物でして。」
「ああ、成程。」

魔物が町の外の自然を荒らす。それをどうにかしようと魔術で一掃などという選択肢を選べば、そこにあるものも纏めてという事になる。守るために行う行動で、守るべきものを諸共に滅ぼすというのは、確かにというものではある。

「改善は、いえ、国が名を戴いていることを考えれば、難しいですか。」
「勿論、魔国でも魔術を苦手とする方々はいますが、やはりそういった方々は街中での仕事に忙しく。」
「細かな加減というのは。」
「研鑽の方向性と言いますか。結局のところ、強力な魔物、溢れはありますから。」

どうにも、こちらの国にしても分業という概念が欠落している物であるらしい。

「内政干渉は好みませんが。」
「オユキ殿、そちらについては陛下と御爺様から価値を示せと。」
「成程、ならば、遠慮せずとしましょうか。」
「ええ、ですがあちらのスライムですが。」
「皆さんだと、あの核らしきもの、それを狙ってはじき出すのが良いでしょうね。」
「あの、物理には強いと言われているのですが。」

そう、このゲームにおけるスライムは、古式ゆかしいそれだ。物理に強く、取り込んだものを問答無用で溶かす、そう言った生態を持っている。武器で切れば、ただ痛む。そして、魔術にめっぽう弱いために得られる物も非常に少ない。この魔物は、魔石しか落とさない。そして、その価値も丸兎以下。そばを漂うウィスプにしても同様なのだ。
かつてはオユキにしても、魔術を使える物が少ないからこそ、範囲に対して作用するものが多いからこそ、そのように考えていたが、こちらに来て話を色々と聞いてみれば他の理屈もあるのだと理解ができる。
ここは魔国。魔術だけでなく、魔道具の生産にしても並ぶ者の無い国だ。日々の研究であったり、生活であったり。そう言った些細な場面でさえも、それが前提となっている事は想像に難くない。神国であれば、高額な道具であっても、こちらでは日用品でしかない。そして、人が、魔物でも神でもない者達がマナを使えば、淀みとして一定の割合が残る。魔物を生む原因となるそれが。

「釣り合いは、考えれば取れているようにも思えますが。」
「どう、なのでしょうか。討伐の前提が魔術にあるとすれば。」
「ああ、それもありますか。ですが。」

そして、オユキは何とはなしに足元に転がる小石を拾って、そこらを漂うウィスプ、色はそれぞれの属性の寄って異なるが、個別の名前が無いそれに向かって投げつける。そして、数体を纏めて魔石に変える。

「狂った地精でしたか。」
「はい。あちらと同じですね。」
「あの、そんな簡単な物では。」
「斬る、討つ、そう言った意志をどの程度持っているか、それ次第という事でしょう。」

今は懐かしい廃鉱山、そこにいた魔物にしてもそうだ。

「スライムは、どうしましょうか。武器が痛むのは流石に現状問題があるわけですが。」
「武技を使ってというのは。」
「何もそこまで、そのように考えてしまいますから。」
「では、練習用の木製としましょうか。」

そして、トモエが少年たちに木剣を使うように言いつけ、ニーナにも同様の物を渡す。
オユキが事前にそう言えば、このあたりの魔物はと、そう言った話をしたときに、念のためにと馬車に積んでいたものではある。

「魔物を相手に、練習用の武器、ですか。」
「正直、常の物と比べて結果に差がありません。勿論、あちらの鶏や、猪などは話も変わりますが。」
「あの二人では、流石にあちらは。」
「ええ。ですから、そのように。」

ニーナは言うまでもなく、ファルコも複数の武器を持って歩くことに問題は無い。トモエもオユキも、常にそうしている。しかし、新たに加わった二人は、数度機会はあったと言え、外交用にと選ばれた人員だ。戦闘訓練など、義務以上の物を熟してもいない。

「さて、ここまでの間は、色々とむずかしったのですが。そちらのお二人も、最低限は仕込んでおきましょうか。」
「有難い事ですが。その、程々に。」
「ええ。加減は見誤りませんとも。」

さて、トモエの圧にあてられて、数歩下がっている少年2人は置いておき、オユキの方でも少し気になる事はある。

「鶏肉であれば淡白ですし、少しは食べられるかとも思うのですが。」
「オユキ様も、トモエ様も、実に頼もしい事ですね。」

既に魔物を食料として見ているオユキに、ニーナからはそのように。

「神々が人に与えた便利な資源です。勿論、侮り、軽んじる事はありませんが。」
「成程。確かに木々と狩猟の神の配剤、ならば感謝をもって、それが正しい在り方ですか。」
「ええ。そして、それが叶わぬ者達に。いつかは手が届くまでの時間を。」
「安息を確かに。ええ、我が剣と、盾に誓って。」
「一応、猪の数体は私どもで試します。トロフィーとして得られれば、そう考えてもいますから。」

これまでの野外用の調理器具に、更にそれ全体を覆うようなフードも存在している。これまでは、そこまで時間をかける事も出来なかったため出番は無かったものだが、この町で休む時間を考えれば、アルノーとトモエで色々とアイリスが喜ぶものを用意してくれることだろう。

「そう言えば、出がけにアルノー殿も随分と楽しみにして居られましたが。」
「ええ。こちらにも、町が無く有るでしょう。丸焼き、それで通じるでしょうか。」
「コチニージョとするには、聊か大きすぎる様にも思えますが。」
「そこは、料理人の腕に期待、でしょうか。」

生憎と、オユキはニーナの言うものが子豚ということくらいはわかるのだが、そこらを闊歩する猪と調理の際にどの程度の差があるか分からないのだ。ただ、当然この町にはいる前、少し門の外で待機をしているときに周辺の食材は各々確認が終わっている。そして、それを基に話したアルノーが、是非共とそう言っていたこともあるのだ。ならば、持って帰れば、その先は問題が無いことくらいは分かる。
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