憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

まつり

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王都の外。これまで散々トモエとオユキが慣れた方角とはまた違う場所。水と癒しからの要望もあるため、河が近い、とはいっても見えるという訳でも無いが、その一角は既にかなり賑やかな事になっている。
本来であれば、安全を保障する壁、それを超える事を許されぬ者達も、始まりの町と同じく相応の数顔を出している。壁沿いであれば、沿ってというにはかなり離れた場所まで安息の加護が届くこともある。この先を超えてはならぬ、それを示す簡易の柵も用意されているし魔術ギルド総出で短杖を加工し、出入りできる場所を制限もしているらしい。

「その後は、いかがお過ごしでしょうか。」
「どちらとも、とは言えぬが健勝ではある。十分休めてもいる。今の所不安はないとも。」
「そうであれば、私も少しばかりはお力添えできたのだと誇らしいものです。」

そうして、流石に国王の座る席からは一段低い場所に、オユキは王太子と共に。
側にはやはりシェリアは居らず、今は王太子が連れる近侍と、王太子妃からだろう。ユリアが側に控えてとなっている。

「オユキ様は、相変わらず忙しない日々を過ごされていたとか。」
「ええ。どうにも、もう少しゆっくりと時間を使うつもりではあったのですが。」

そして、戦と武技の教会からマルタもこの場に顔を出している。いつもであれば、このような席ですっかりセットとして扱われるアイリスは、木々と狩猟の神を祀る教会から供出されている人員と、獣の特徴をその身に持つ者達を引き連れ、別の場所で用意に勤しんでいる。用意と言っても、そのほとんどの労力は開会の宣言が行われる前に暴発することを避ける、それにばかり費やされている。その様子は、騎士の数人が盾を構えて壁を背にしていない事からも、実によくわかるというものだ。

「そればかりは、我も何とも言えぬ事ではあるが。」
「神々の良き奉仕者として、オユキ様もお勤めくださる。私共はそれを喜ぶばかりです。」
「己に由縁がある、それは理解していますから。流石に次ばかりは少し長めに休もうとは考えていますが。」

療養を理由に、一週間は無理やり勝ち取ったのだ。
当然、周囲の理解は得られた。しかし、隠して進めていることがやはり多く、その間も、オユキが居らずとも国は動く。だからこそ、休み明けにしっかりとしわ寄せが来た訳でもある。竿を指せば流されるとはいえ、ではそれをしなければ流れに身を任せるしかなくなる。どうにも、生前からの関係というものもあり、ミズキリという人間が作っている予定に対して、オユキからそれをというのは難しい。散々、前倒しになったと言われているが、延期というのはこれまで数えるほどしか無い。それこそ、目録に手を伸ばしたときに、うっかりと大けがを負ってその結果。まぁ、その程度だ。

「ただ、流石に疲労も方々で溜まっています。これからの陛下の言葉を思えば。」
「相も変わらず聡い事だな。今年、これからの一年。その間は、それぞれ自由に計画を思い描くことができるだろう。」
「魔国との関係ばかりは、どうにもならないでしょうが。」
「そちらにしても、どうした所で用意がいる事ばかりではあるからな。」

隣国との距離をほとんどない物にする門、これはコストがあまりにも重い。協力があるとはいえ、ミズキリから聞いた話に比べればまし、その程度には抑えられているに過ぎない。低減される量は2割程度。少年たちの持つ、今はメイが預かっている証があれば半分程度まで抑えられるとは言え、尋常な費用ではない。
だからこそ、両国を結ぶ橋というものが別で用意もされる。

「他の国との間もだが、そちらはマリーア公にある程度頼むことになる。」
「仮に作るとしても、補助が得られれば大きいでしょうし。」

それに、ミズキリは領主としての権能を得る方法を教会でのクエストととも言っていた。それこそ、オユキも運んだ神域の種の様な、そんな物を使ってまずは場所をとするのか、他の方法なのか。流石にそちらに迄オユキは手を出す気はないが、他国との安全な道、その維持管理を考えればいったいどれほどのものが必要になるのか。その計画にカナリアと幾人かの協力的な、よく言えば対価に価値を大いに見出している、悪く言えば食欲に忠実な翼人達が大いにその能力を発揮していると、それくらいは聞いている物だが。

「魔術師、魔国で正式に与えられるくらいの最終試験、それをああも気軽に行われるとな。」
「それこそ、種族の差というものでしょう。」
「うむ。散々に言われたな。そもそも人という種族は保有マナが少なすぎて、魔術を扱うに向いていないと。」

そうして益体も無い事をのんびりと話していれば、いよいよ時間が訪れる。
新しい祭り。木々と狩猟に向けて感謝を捧げ、糧を分かち合う事で、人が起こす祭り。神を祀り、それに喜びを得るからこそ、確かな加護として場が作られる祭りが。
まずはそうしたことが訥々と語られる。その辺りの由来については、始まりの町で少年たちを経由してロザリアから。当然こちらに居る、今は国王陛下、王妃と並んで座る水と癒しの神殿を預かる大司教も、当然知っている物だろう。こちらにしても、元が少女のような見た目という訳でも無い為、僅かな差異は見て取れるがその程度。大きな違いなど、精々髪の色と瞳の色くらい。隠す気があるのかなどとオユキは考えてしまうが、それこそ水を司る相手だ。見る相手に対して己をどう映すか等、好きにできるだろうことは想像に容易い相手。いよいよ、この国王族が神の血を引く者達であるというのも、正しい歴史でありそうなものだ。
アベルとマリーア公爵、その両名から改めてこちらで伝えられている物を、そのように話していたのだが結局いつも通り時間が取れないと、そうなっている。それこそ、団欒の時間というものを削れば行えたのだろうが、オユキもトモエもそれを望むはずもなく。

「新しい祭り。それだけではない。あまりに新しい事が多くあった。」

そして、国王の話はいよいよ佳境に至る。

「そう。建国から、あまりに長い時が立ち、今になってこうしてあまりに多くの出来事が起こっている。」

それこそ、オユキとトモエばかりではなく、他からも何やら色々持ち込まれ始めているというのは聞いている。いよいよ身近なもので言えば、魔国から流れてきているはずのジェラート、そのような物を道端で売るための魔道具であったり。ミズキリが既に各地に放り出している相手、そちらも当然ミズキリの持つ計画、予定、それらを助けている事だろう。それぞれにアクの強い者達でもあるため、どうした所で己の目的を先に置き、それを組み込む形でとなっているだろうが。オユキがそうであるように。何処まで行っても、ミズキリの予定の外にいるのは現状トモエだけではあるだろうから。

「そこで、我はどうしても考える事を止められなかったのだ。一度考えだせば、余にも応えの出せぬ疑問として。しかし、相談ができる様な物でもない。余が決めねばならぬ事である問題が。」

変革期。既にその名称は対応に奔走する者達の間で、当然のように使われだしている。
その最中にあって、建国から、かつての作られたままの物としてあるこの国が、その制度が。

「故に、余は神々に伺いを立てた。そして確かに追認を得た。」

他の領主たちが、不満を貯める仕組みがそこには存在している。かつてはそれこそ人の版図が何処まで狭く、独自として行くにはやはり限界が。そして、それを助けるために中央というものが求められた。それぞれが独自に、それだけではやはり簡単に上下が生まれ、優先すべきは自領であると、その理屈もあるからと。言ってしまえば、これもよくある歴史の流れでしかない。だからこそ、ミズキリもオユキも、独自と出来るのであれば、独立を求めると言い切る。中央集権型から、ある程度を地方に。そうでは無いにしても、権力、力が集中できなければ、いくらでも国など端から順に変わっていく。かつての世界よりもあまりに広大で、地図に空白も多いこの世界では猶の事。必要な戦力が十分にあれば、少なくとも、己に付き従う者達に対して十分な物が与えられるのであれば。寧ろ、何処までも移動に時間がかかり、見た事もない王都などというものに向けるよりも、より現実的な統治として。

「この世界で暮らす誰もが、神々より確かに己の足で歩く自由を与えられている。かつては、この国、王都が、王都から道を作ったが、今となってはそうでは無いのだ。今となっては、この広大な王都、それを支えるためにと道を先に延ばすことを遅らせている事であろう。」

ただ、早々に離脱を決め込んだ領は、何を考えているのか。最低限の情報収集をしているそぶりすら見えなかったため、早々に失敗するとオユキとミズキリは判断したのだが。ミズキリとケレス、それからメイのお抱えの文官。そして度々オユキもそこに巻き込まれながらリヒャルトとファルコ達も時には顔を出すそこで話を詰めた。結果として、如何にダンジョンが有ろうとも、一つの拠点。それ以上は賄える物では無いと結論を見た。あくまで、単独の拠点、それで十分な運用を叶えるための奇跡でしかないのだと。その試算を超えるだけの物を集めていると、その報告は受けていない。独立する領で、ダンジョンの生成が行われたのは二回だけだとその話も聞いている。その程度の試行回数で足りる訳が無いのだ。

「故に、皆、改めて選択するがよい。良い形を探そうではないか。変わる時代、それに合わせた物を。我らは確かに頑なに守ってきた。歴史を、伝統を。しかし、それは人々を苦しめて迄叶える物では無いのだ。」

国王は、改めて宣言をする。
これまでの体制の一切を、一度白紙に戻すと。税として考えるのは、あくまでも王領、そこで生まれる物だけであり、各々の領はそこで得られるものを好きにせよと。そして、神国の助けを求めるというのであれば、そこで対価は求めるだろうが、それを改めて検討しようと。王都から、王領から離れた場所を見捨てるのではない。王に忠誠をというのであれば、どうにかそれに応えて見せようと矜持を新たに。ここまでで散々調べてきた情報、それをアベルが王家に回したこともあるだろう。実際の背景として、今後は現状を維持するのが難しく、いっそ独自として歩んでくれた方が嬉しいということもあるだろう。ただ、それでも一つの国として、これまで数千年維持したそれを、割っても良いとその宣言は大きい。

「そして、この愚かな決断を行う余は、既に国王の器ではない。しかし、直ぐにというのも難しい。故に翌年。余は玉座を次代に譲る。そして新たな王と、新しい関係をどう作るのか。時間は十分とは言えぬだろうが、各々考えよ。愚王として歴史に名を残す余からの、最後の王命である。」
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