憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

趣味嗜好

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「率直な感想を申し上げれば、心許ない、それだけでしょうか。」

今後についてのあれこれを、砂糖をまぶして焙煎するという技法を使ったコーヒーと共に過ごした後。オユキ達の持ち込んだものも含めて、始まりの町から運んだ多くの荷物の差配が終わったのだろう。公爵夫人が顔を出したかと思えば、オユキとカナリアの格好を見て直ぐに部屋から連れ出された。
声を荒げる事は無かったが、実に迫力のある笑顔で公爵その人に何を言わせることもなく。
そして、連れられた先で着せ替え人形の役目を全うしたオユキが、出来上がりの己に対して何か思うところはと言われれば、出て来る言葉などそのような物でしかない。

「オユキ、それはあまりにも。」
「帯剣をとまでは言いませんが。」

二の腕の半ばまでしかない袖。服の袷にしても、前ではなく後ろ。質が良いのはわかるが、なめらかすぎる手袋。オユキが評価する項目に照らし合わせれば、全てが減点対象になる。そんな衣服を着せられてしまえば、どれだけ言葉を繕ったところで出てくるのはそれだけだ。

「せめてこの靴に仕込めるのであれば。」

踵だけが高い、そう言った靴ではなく。それこそ生前にも見たぽっくりに似たものではある。ただ、そちらは体重の移動がしやすいように、体を前に崩すことが出来る様につま先が削られていたが、こちらの物はそうでは無い。足を乗せる場は、そうなっているのだが、慣れるまでは随分とかかりそうな代物だ。そして、そこまでそこを上げるのなら、その無駄に何か少しは用意があればというのがオユキの心持だ。

「それに、裾も広がっていますから、この中の空間を使えば。」

洋装の特徴として、という訳でも無いが。今オユキが着せられている物については、剣の一つや二つを隠すに十分な空間がある。そこに何もしないというのは、如何なものかと。そのような事を言えば、公爵夫人が天を仰ぎ、シェリアが実に複雑な表情を浮かべる。
そうされたところで、オユキにしてみれば日常で着る服に求めるのは十全に体を動かせるか否か、それが前提でしかないため、分かり合えるものではないのだが。仕事、職務としての服装であれば、それが必要と理解はするが。
そんな事を考えながら、あれこれと着せられた物の確認を行っていれば、公爵夫人から盛大なため息とともに注意される。

「オユキ、私的な場とは言え、裾を持ち上げるのは。」
「失礼。御見苦しい真似を。」

着替えるようにと言われ、いつもの長袖長ズボン。楽なその服装を解くときに並べた、隠し持っていたあれこれを、改めてこの衣装にしまうならどこが良いだろうか、そんな事を考えながら確認していたオユキの姿がこちらの価値観にはそぐわなかったらしい。
そもそも、それらをあれこれと並べている間に、公爵夫人は何処か遠くを眺めていたのだが。

「裏地に縫い付けて、それが無難でしょうか。」
「確かに、私たちもそのようにはしますが、オユキ様には必要のない物かと。」
「シェリア、貴女も侍女としてつくのなら主人を諫めるのも仕事のうちです。良いですか、貴方方。」

シェリアにしても、侍女として振る舞いはするがその実態は、あくまで近衛だ。貴人の護衛を役職とし、その中で必要であるからそういった振る舞いもしているというだけに過ぎない。そんな人間二人を揃って立たせ、暫くの間公爵夫人があれこれと言い聞かせる。ただ、それを言われたところで、オユキから返せることというのは、実に明快に存在しても利うのだ。

「御言葉に返す事恐縮ではありますが、公の場に立つとして、その折には私の位もありますから。」
「今は、私的な場の話をしているのです。全く。街歩きの衣装を、トモエにしても送りもしないどころか、オユキからねだってもいない等と。シェリア、貴女も貴女です。先にも言ったように、主人の不足を補うのも職務の内です。予算として預けた物もあるでしょうに。」

どうやら、公爵夫人から、少しは身なりを整えよとばかりに用意されていた枠があったらしい。

「領都で用意した物がありましたので、そちらの扱いが決まってからと。」
「だからと言って、それまでの間何もないというのが許されるわけではありません。」

本来の己は、戦うものである。その前提を持って生きる二人に、公爵夫人から口答えをすればそれに倍する理屈でもって返される。言われることはつくづくもっともであるため、反論が難しいのがまた厄介でもある。そもそも、それを語るのはこの国でもほぼ最高位。それをこれまで守り続けた相手でもあるため、説得力は十分以上に存在している。王妃の仕事として、文化の保護といった話もされた以上、当然この公爵夫人にしても、それを助ける立場の相手でもあるため、看過できないという内情迄考えが及んでしまえば、いちいちもっともな話ではあるのだ。

そして、オユキとシェリアが揃って淑女とは何たるかを解かれている頃。

「豆自体は同じなのか。」
「私は、いよいよ詳しくありませんが、焙煎するときに砂糖を足すのだとか。」
「成程な。」

仕事の話を主体として進める者が連れ出されたため、のんびりとお茶会の続きに興じている。もっとも、公爵にしてみれば招いた客相手でもあるため、仕事という区分であるには違いないが。

「その割に、甘過ぎぬ味わいであったが。」
「実際には、通常の物と混ぜているのではないかと。」

オユキが早速とばかりに簡単に炒ったうえで挽いた物は、トモエは生前から好んでいなかったし、やはりこちらでも。オユキの方でも味覚が変わったこともあり、気に入るものではなくなっていた。酪農を行っている者達もいる為、そちらから牛に限らず乳の類を求めて、かなり割合を整えれば飲めはしたのだが、今度は物足りなさを覚えてという事になった。

「にしても、オユキも少しは知ってるんだな。」
「知識としては、ともすれば私よりも詳しいものもあると思いますよ。」

実際に料理をしてとなれば、話になりはしないが。

「その辺りは、お前の方が分かりやすいんだがな。」
「まぁ、アイリスさんからも、そちらの血を引いていると言われていますし。」

オユキだけでなく、トモエの方でも生前と比べれば食事の好みというのは変わっている。
肉は今ほど好きではなかったし、そもそも量を食べる事を望むような事も少なかった。しかし、今となっては生前から質にこだわったこともあり、種族の特性だとでも言うように量までとなっている。

「その辺りは、テトラポダに行けば、またなにか厄介が有りそうなもんだが。」
「まぁ、そちらから出て自由にされている方も多いわけですから。」

例えそうだとしても、明らかにやんごとなき立場のアイリスが自由にしているのだ。いよいよもって異邦からの身の上であるトモエならば、問題など何もないだろうと。

「というか、それについては何処まで予想がついてんだ。」
「氏族があり、その集合としてなのだろうと。取りまとめ役の決め方までは、絞り切れていませんが。アイリスさんは氏族の長、その系譜であり、と言った所でしょうか。家格としては侯爵家の子女、それに相当するものかと。」
「生憎だが、公爵家相当だな。」
「とすれば、位は色で決まりますか。」

遇する側の気構えであり、実態はそれこそ折に触れてアイリスが零すように国の代表。部族の代表。それ以外は横並びと言った物なのだろうが。

「なかなか、アベルさんも大変ですね。」
「本当にな。」

そして、神国とテトラポダ。その間に一部とはいえ挟まる武国の公爵家、その人物が実に苦々し気に。

「そればかりは、どうにもなるまい。それを言い出せば、王都の傭兵ギルド、そこで登録を受け付けた物に責を問わねばならん。」
「狐人の部族は祭祀を預かるから、表に出てこないのが常でな。知らなかったからと、責任も追及できん。それこそ、似た特徴の種族なんていくらでもいる。」

実際の動物ほどに、特徴が出ているわけでもない。思えば、トモエにしても、当然とばかりに狐を由来とすると判断したものだが、町中ですれ違う犬や猫の特徴を身に宿す相手と、そこまで劇的な違いがあるわけでもない。髪の量や耳、覗く尾等の毛量は多かったと言え、夏場に出会った時には冬毛の今ほどでもなかったのだ。

「シグルド君も、狐とみていましたが。」
「シグルドにしろ他にしろ。あいつら、見る目だけは頭抜けてるからな。教会で暮らしたからかとも思うが。」
「まぁ、それは置いておくしか無かろう。なんにせよあちらから返事を持って帰ってこねば、何が動くわけでもない。」

紅茶と違って、一杯づつ淹れる物であるため、カップが空く頃を見計らって入れ替えに来る。そして、公爵が話しを切ったそのタイミングでノックの音。許可を公爵が出せば、アルノーの手によるものだろう。リンゴをふんだんに使ったパイも、飲み物のお代わりに合わせて運ばれてくる。それとは別に、領都に入る前にトモエが身につけた物ともまた違う鎧と、衣装も。

「生憎と、主役が一人おらぬが。」
「まぁ、オユキさんは、時間がかかるでしょう。」

カナリアだけならまだしも、オユキはそもそも頓着しないのだ。その辺りも含めて、今頃散々に色々と言われているだろう。侍女として付けられているシェリアも、そう言った感覚は持ち合わせているが、ここしばらくの事で、すっかりと近衛の側に意識が傾いている。ローレンツにトモエから一度話はしたが、ただただ苦い顔をして、頭を抱えたその様子に、どうやらそれが生来なのだと納得した。跳ねっ返り、そう呼ばれた下地が出やすい環境に配置されたことで出てきてしまっているらしい。タルヤに至っては、そもそも人の決まりに対してそこまで重きを置かないのか、その様子を楽しそうに見守る始末。

「此度の事、という訳でも無く、色々と含めてではあるが。」
「少し、確認しても。」
「うむ。構わぬ。その方らが贔屓にしていた職人は、生憎と居を移したのでな。3代公爵様の治世の頃、魔国にほど近い山、そこに現れた金属よりも硬い鱗を持つネロ・ティタノボア、その鱗を鋳溶かして仕立てた鎧を手直しさせた。」
「ネロ、というには白いものですが、塗装でしょうか。」
「生憎と、その辺りの理屈は我にもわからぬ。鱗として残ってもいるのだが、そちらは確かに黒々としているのだ。しかし、加工をするとこのようにな。」

そこから暫く、アベルも含めて色々と鎧の検分をする時間となった。軽く持ち上げようとしたところ、冗談じみた重量であるため身に着ける事は無いのだが、トモエはそれを飾ることを喜ぶ類の人間でもある。
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