憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

みなでの時間の後には

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トモエが骨をおった会ではあったのだが、何とも言えない終わりを迎える事になった。
威勢よく、何処まで行っても一線を退いた過去を持ち、そこから新しい姿を得たというのに変わらぬ、まさしく過去の残滓たちに向けて啖呵を切ったのだが。やはり過ぎた酒ではあったらしい。何やら目を回したようなと思えば、そのままメイが眠りだしたため、アベルにしても、正面から浴びたワインをどうにかしなければならないこともあり、お開きとなった。
しかし、まぁ、同じくその場にいた未だに心が若い者達、三人しかいなかったが、そちらの心中には確かにその啖呵は響いた物であるらしい。

「ようやく、オユキさんにも楽しみが出来そうですね。」

そして、いつものように二人で頭を揃えるそこは、やはり既にいつもと違う。これまで、明らかにそこにあったオユキとトモエを警戒する気配というのが、無くなっている。二人に完全に分けた空間を与えた時、何を話しているかがこちらに居るものでは分からないのだ。そして、此処での会話は日々の色々を整理して、互いに行動を決めるためのとても大事な会話だ。だからこそ、聞こえぬ、分からぬそこで謀があり、翌日の行動に繋がるのだとその疑念が。
確かに、オユキには企みがあった。場を整える、生活の質を上げるために、高位の者に食い込むためにはと、この世界に来て短い間に、大いに権力というものに組み込み、それを求めた。少年達への、何処まで行っても人口の制限もあり、身内を優先し、そうでなければ己で立たねばならぬ世界で、庇護者がいない少年たちに見本として。そう言った意味合いもあった。ロザリアの言葉、それは親のいない子供を軽んじるからなどと、最初は考えていたものだが、こちらでは教会が力を持ちすぎている。そして、いよいよ世俗と切り離された存在だ。教会の庇護を求めるなら、そのまま教会に勤めるしか道がない。それ以外を求めるというのなら、神々の代弁者でもある教会は口を出せない。だからこそ、いくつかの選択肢を用意しようと地ならしを行った。
それを外から見たときに。疑いたくなるものなどいくらでもいるというのに。

「どう、でしょうか。」

そして、いつぞや評されたように。この世界においての意思決定はトモエによるものだ。オユキ自身、こちらに来る前に確かにもう一度と、そう言った気持ちがあり。トモエが居無くともと、その選択を行った。

「オユキさんが、もしも一人でこちらに来ていたら。」
「恐らく、喜べない結末を迎えていたでしょうね。」
「本当に、仕方のない人ですね。」

オユキが一人であれば、かつての世界を見て。ああこのような物であったと喜び。そこにどうしようもなく欠けているものを見て、己の方でもあまりにも大きな欠けを見て。どこかで疲れ、気もそぞろになり。半年もするころには、魔物に食い殺されていた事であろう。
オユキの自己評価というのは、正しくトモエに伝わっているようで並んだ頭を軽く当てられる。

「今度は、約束もありませんから。そして、私から翻したわけですし。」
「私はオユキさんが来ると、そう考えて待っていましたし。それと、かつての世界のあの方ですね。オユキさんの選択に際して、一言だけ残しても良いと。」
「都合の良い幻聴と、そう考えていたのですが。」
「実は私も興味がありました。私たちとしては難しかったわけですし。」

トモエとオユキ、どうした所で二人で共にいれば得意の違いもあり、分担というものが生まれるのだ。それは、今も昔も。

「やはり、我慢を敷いた悪い人でしたね、私は。」
「だからこそ、今多くの事をとしてくれているのでしょう。」
「それだけでもありませんが。」
「勿論、分かっていますよ。」

こちらに来てからというもの、オユキの持つ目標というのはどうした所で過去に向いた物しかない。そんな物はとうにトモエは理解していた。その原因にしても。オユキは疑問を持っていたが、トモエは創造神の言葉を正しいと、そう考えている。10年あれば、恐らく結末はオユキの予想通りであっただろう。そこにあるのは文字通りただの選択肢だ。しかしその期間が半分となったことで、その前提は崩れる。
オユキがトモエに。ならば、逆が無いわけがない。

「ただ、まぁ、メイさんの宣言もありました。そうであれば間違いなく、あの子たちも巻き込むでしょう。」

トモエとしては、これからの事。それが実に楽しみではあるのだ。どうした所で過去子供の成長、弟子の成長、そう言った物を間近に見続けてきたのはトモエだ。オユキの方は職場でそれもあったのだろうが、どこか遠い。何処まで行ってもオユキの向ける物は、広く浅い。トモエ程情の深い相手を側に多く置かない。今、この世界にいる相手では、オユキが特別とみるのはそれこそミズキリとトモエだけなのだ。他は、顔ぶれが入れ替わったところで、オユキにとって何ら痛痒を与える物では無い。

「あまり、あの子たちの為にはならないでしょう。」
「父が、オユキさんに何度も言ったでしょう。」

自分の好きな物に、トモエにしてもオユキにしても一途なのだ。その示し方に差があれ。オユキは、やはりこの世界を好んでいる。だからこそ、自分が出来る事をと、そう決めているに過ぎない。他の者達にしても、それぞれの好むもの、それに対して、それぞれの形で。そちらの解決までトモエは手伝う気はさらさらないが。

「手に負えぬ事であれば、巻き込むのだと。」
「手に負えない、訳ではありませんから。」
「こうして、無理をしているという事は、そう言う事ですよ。」

だから面倒を見なければと、何処まで行っても手のかかる、子供のようなところがあるのだと。
言われたオユキとしては、納得がいかぬと不満げであるのが、トモエとしてもまた楽しいのだ。随分と久しぶりに、己を漂白するかのような試しの時間を経て、その中でも待った相手が、縁としたままの在り様をこうして持っていることが。

「楽しみ、ですか。」
「はい。たとえ終わりを決めたとして、持つなというよなものでもありません。」
「正直、思いつきません。いえ。」
「私のこと以外で、ですよ。」

トモエにとっても、オユキと並んで。それが最たる楽しみであることは違いない。オユキにしても。ただ、トモエはそれ以外を持っているのに対して、オユキには無い。結局のところ、オユキの楽しみと口にしたものは、過去を、長く離れざるを得なかった世界を、記憶の中薄れたそれを確かめるための物だ。新しいものに向けてはいない。
それ以外に、オユキが為そうとすることにしても。

「ですから、楽しみにしていましょう。探しに行かず、待つというのも、それはそれで楽しいものです。」
「慣れないものですね。」

与える事に慣れて、与えられることに慣れていない。

「今も、こうして気を遣って頂いています。」
「そうですね。正直、今回の事程度では、そのようにも考えていたのですが。いえ、寧ろ悪化もあり得るかなと。」
「それは、自分に対しても、他に対しても評価が厳しすぎますよ。」

初めて領都に足を延ばしてから。これで二度目ではあるだろうか。オユキがここまではっきりと疲れを表に出し、トモエに足して甘えを見せるのは。普段はそれこそ逆だ。場を整える、トモエではどうしてもできぬそれを、オユキならやってくれるであろうと、完全に甘えて任せてしまっている。そして、そう言った場面というのは、どうした所で表になる。そこでオユキは、こういった振る舞いをすることは無い。それこそ、今日のように徹底的に囲い、ある程度以上馴染んだ顔だけを揃えた上で、トモエが背中を押さなければ。
それでも足りない部分は多く、まだまだ抱え込んでいることもある。だが、その中にある軽いものだけかと思えば、しっかりと根深いものの一つを口に出した事を考えれば、同席を願った相手からしっかりと作用を受けたのだろう。

「ですが、アベルさんもいますから。」
「今回の事で、あちらも相応に考えを変えていただけると思いますよ。」

今の生活における最たる危険、アベル。そちらについても、直ぐにでも必要な相手に報告をすることだろう。そして、それに合わせて振る舞いを一気に変えるだろう。

「そうでしょうか。アベルさん自身で、選んだことでもあるようですから。」
「ええ。案外、私の勘は当たりますよ。」
「人を見るという意味では、確かに私よりもトモエさんの方が得意ですからね。」

そうして、二人であれこれと話していれば、ようやくオユキの気分というものが上向いてくる。どれだけ年を経ても、人であれば変わらないものなど、いくらでもあるというものだ。オユキも、トモエも。

「ですから、一先ず期待はしておきましょう。大丈夫ですよ。」

そして、オユキが理解の及んでいないだろうこと、トモエがここまで楽観している理由は大きく二つ。
トモエとしても、正直結果がどう転んだところで構わないという、非常に後ろ向きな物が一つ。
もう一つは、この世界にどれだけの思いをオユキが示したのかを知っているから。
ここまで案内された場所にしても、素晴らしい場所が多くあったのだ。オユキの目から見て、そこまで人の手がと、進めるべき道が少なかったのではないかと、そう言った反省があるようだが。そもそもかつては存在しなかったはずの、聞いたこともない巨大な都市がそこにはあり、王都の壁、広さにしても聞いていた以上となっていたのだ。過去に比べて、確かに長足の歩みとは呼べないのかもしれないのだが、それこそこの世界の誕生で生まれた混乱というものも存在している。
どうにも話を聞くに、そうなってから具体的にどれほどの歳月かというのもあやふやであるようなのだ。それだけ、想像するしかないが、突然に起こったことであり、愉快な混乱があったことだろう。大いにそこで付けこまれた事だろう。だが、それでもと。子供たちが口にしたように、進んできた者達がきちんと残したものを、トモエは評価している。
その中で、トモエの大事を軽視してきたこと、それだけは今後もこちらの世界に対して、存部に知らしめることにはなるだろうが。

「では、そうですね。トモエさんが期待を持つのなら。」
「はい。いつも通り。オユキさんがそうすることに、私がしているように。」

そうなるだろう、そう言った事をオユキが描けずとも、期待できずとも。トモエがそうするなら、オユキもそうするのだ。逆も当然であるように。
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