憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

死を想ふ

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「オユキ、貴女まさか。」

これまであまりに先の事、それを避けてきた理由がオユキからはようやく伝えられたことになる。最も、その前提は間違いであったと、そう言われたにも等しくはあるが。

「はい。元より期限付き。改めて創造神様の神殿を訪れた折には。」

短い期間、そう言っても良いものであるかもしれないが。元よりすでに失われた時間だ。それを善意で与えられているに過ぎない。ならば、そこに常の生命より短い時間があったとして。

「既に生前、それを持つ身です。」
「だからか、其の方は。トモエ殿もだな。」
「オユキさんがそのように考えていましたし。天寿は既に全うしていますから。」

では、残りの三人はと言えば、そちらにしてもどこか似たような心持でいたらしい。
不足というのは言及されているのだと、それをすでに確認した以上。そういった事にも当然思考が及んでいたという事だ。
だからこそ、トモエにしても、オユキにしても。長期的な目標というのを、何処までも定めていなかった。選択の結果として、どういった形にするか、それはまだ残ってはいるようだが。今身の回りにいる相手、例外は、既に大きな選択をして、まったく違う立場を手に入れているミズキリと、始まりが違うトラノスケ。その二人と側にいたから、どうにも混乱を呼んだものであるらしい。

「最後が、創造神と、そう言っていたか。」
「はい。最期の旅行です。」

だからこそ、オユキは可能な限りトモエに面倒を与える者達を許さない。旅行、観光、それに伴うのならば、それも楽しい煩雑ではある。しかし、そうでない物に対しては、寄せ付ける気もない。許す気も。ただ、その中で目にすることが増えてきた、こちらの歪。それに対して残った時間で、やはりそれくらいは考える。
トモエにしても、ことさら子供たちに時間を使うのは、短い時間で、ではトモエが繋いだものを、僅かとは言え残せるのならと、そう考えての事だ。本来の形として既にそれは終わっている。だから、トモエは折に触れて、トモエから全てを伝えられたとする証を持つもののに触れる。

「オユキ、それはあまりにも悲しい道行きでは無くて。」
「楽しい道行きですよ。既に一度は終えた物が、こうして改めて時間を得ています。」

水と癒しの神に、その流れを評されはするが、それは見方によるとオユキからは。

「そうですね。今度は自分たちでいつ終えるかを、決めようと思えば決められてしまう訳です。何処までも自由な物であるわけですから。」
「その、そうは行かなくなったことについては、申し訳なく。」
「オユキさんだけ、という訳でもありませんから。あの子たちがいなければ、他のやり方を選んだでしょう。」

そして、何処までも大事になってしまった原因は、まぁ、オユキではなくトモエにあるのだ。
年長者として、範を示そうなどとオユキが考えなければ、もっと簡単な方法はいくらでもあった。特に、こうなった結果。最も大きな領都で散々に目立つ振る舞いを行う意思決定はトモエによるものだ。

「私のためにと働いたあなた達が、それであまりに悲しい思いをする。流れ、巡らず、ただそこに沈んだままはあまりに悲しいわ。」
「それこそ、水底にいるのが、両親ですし。そこから得た知識も使っていますから。」

オユキがこの世界でかじ取りがある程度できる理由。元々プレイヤーとしてある程度以上の名を得た理由。招かれた理由として、それは間違いなくあるのだから。

「そういう訳でして。短い期間、それである程度は今後にもとなると、急いでいるように見えるでしょう。」
「だからこそ、あまり世俗の事に関わる気が無いという事だな。」

アベルの理解は、非常に正しいものだ。そして、オユキはそれに只頷いて答える。話し始めて、月を見るほどの意気を持てずに、黒い液体に映り揺れる月を暫く楽しんでいたが、抱えていた中でどうした所で最も重い物を吐き出してしまったため、改めて顔を上げる。祭りの来歴を楽しく聞いていたはずの者達も、既にそれを止めてすっかりとオユキの話を聞いていた物であるらしい。確かにあった、何処か柔らかな物が既に無くなってしまっている。そして、オユキにとってはやはりこれが悲しい事である。限られた時間、回数、だというのに。こんな場を作りたいわけでは無いし、寧ろ避けたいと願ってはいるのだから。

「その、そこまで重くとらえないでください。元々予想があり、その上でこちらに来た訳でもありますから。」

トモエが殊更そう明るく話すものだが。

「だが、五年と、短くなり急ぐといったな。それもあってなのだろう。」
「そうですね。最初は、お互いに何とはなしに、一年に一つとそれくらいには。」
「それを当たり前として、急ぐというのは。」

どうしても、周囲としてはそれが気になるものであるらしい。勿論、これまで口にしなかったということもある。どう解釈するのか、それによっては実に悪辣な条件を与えられているとも見えはするだろう。ただ、何処まで行っても本人は納得しての事であるし、選択肢も十分に示されている。

「ええ、そうよ。私たちは常に選択の自由を与えるもの。」

オユキが己の死で、不足する魂の補填を願うのも、一つの選択だ。それを行うまでに、己を磨くために、神職というのがよほど普通に暮らす者達よりも高位であるらしいと、それを見出してからそちらに己を寄せているのも、その一環。
トモエが、己に出来る事として、慣れた事の延長を行い、更に新しい道を模索するだけでなく己の得意をさらにとするのにしても。
それぞれに道を求め、鍛え、そして、ありえないはずの時間を得られた事、その感謝と、オユキからは贖いの一つとして。本来あるはずもない時間があり、それを楽しむことが出来た。既に、分かれたはずの相手と今一度ということですら叶っている。不足は言えば際限なく。ただ、それがあるのも楽しいのだとして。訪れない次の約束など、こうして幸運が重なればより嬉しいからと。

「そうですね。最も大きな隠し事、伏せていたのはこれです。」

勿論他にも多くあるが、いよいよ明かす気は無い事であるし、トモエとオユキの間にだけあるものというのも、実に多くある。そして、こうした話をしながらも、これが起こすであろうこと、そう言った流れに予想を立て、それで得られる利益であったりを、オユキとしては嫌でも考える。トモエとしても、そんなオユキの様子を仕方がない人と、そう言った、昔と変わらぬ目で向ける。

「オユキはともかく、トモエまで。」
「オユキさんが過剰な負担を得ると、その時までにそれが残ったままであり、今後も変わらぬと判断すれば。」

アイリスが、トモエはこちらでさらに道の先を求めるのではないかと問えば、答えは実に単純だ。

「私は私の終わりまで、道を歩くでしょう。その終わりが何処で何時であるか、それは些事です。」
「本当に、極まってるわね。」

トモエが笑いながら言葉を足せば、アイリスからは、ただただため息が漏れるというものだ。
トモエは、既にオユキにもその前提を置いて話している。こちらで迄、流派の名を残そうとは思わないと。そうでなくとも構わないと。だから、トモエとオユキの間で、既に一つの共通認識はある。かつて創造神に、期限が短くなったところで、選択の形はともかく、結果は変わらないだろうといったそれが。

「トモエは、オユキの負担がなくなる見込みがあればと、そう言いますのね。」
「オユキさんに比べても、こちらで暮らす方々にとっても、やはり楽しい場所です。生前は叶わなかった試しも存分に行えます。長く有れるというのなら、それもまた一興でしょう。」
「オユキ、成程その方らの言う言葉、生前というものがようやく我も理解できた。」

トモエに対しては、メイが。オユキに対してはブルーノから。

「一度終えた生を繋ぎ、得難い奇跡に感謝を覚えるからこそ。その心の在り方を、我はこの世界に生きる生として、ただ感謝をまずは述べよう。しかし、誰かの犠牲を求めぬのだと、我らはそう何度も声を上げてきたのだ。」

かつての人の人生、その程度の長さなどものともしない人物が、何処までも静かな色を瞳に乗せて。

「我らが新しい道を無理に探さなくなった、その根底にあったのがそれである。だからこそ、それがたとえどのような物であれ、我らの為に失っていいと思うものなどありはしないのだ。」
「有難いお言葉です。」

だが、どうだろうか。
それを言う相手にしても、この世界にとって害ありと、そう判断すればそれにふさわしい処断を行った相手の言葉だ。その前提をどうしても考えるオユキには。

「区別の形はあるのでしょう。そして、私たちをそうする理由も十分でしょう。」

烙印を押された者達、ただただ、こちらの世界の資源を奪う悪辣な存在。それに対するものとしてという建前。神々にそれを望まれている、そもそもの歪を作った原因に、どうして向かぬと考えられるものか。
かつての世界よりも、死が身近な世界。そして既にそれに向き合い結末をそれぞれに得た者達だ。

「そうですね。後進を育て、レシピを残せば、後はその者達が十分に発展させていくでしょう。私たちのこれまでがそうであったように。」
「すでに崩れた城です。季節が廻れば、その上には新しい草木が芽吹く事でしょう。」
「長く愛された歌も素晴らしいけれど、それを受けて生まれる新しい歌、その素晴らしさは疑うべくも無いわ。」

類は友を呼ぶ、それにしてもこちらに似た経験則があると以前メイも口にした。そして、こちらでは神々がその采配を行う事が出来る。始まりの町、今暫くは居を構えようと、期限の決まった物であるから良しとした場所で、折に触れてきたはずの他の異邦人たちは出会う事もなく、こうして顔を揃えトモエとオユキと一まとめにされた者達は、何処まで行っても根底が似ているのだ。
まだ年若い相手からは、理解が及ばぬと。あまりにも長い時をいた者からは、ただ静謐な眼差しで。その間で既に一時代を終えた者達からは、確かにその間にある感情を。

「それを前提として頂ければ、私たちがあまり己の去就、財をため込む意識を持たない事、惜しみなくとそうある事。良く理解頂けるでしょう。」

後には何も残らぬから、一時の物だからと。
この難しい世界の中で、意地でもその名を繋いできた者達と、何処まで行っても相反する理念を、この異邦人たちは抱えている。
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