憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

罪ありき

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東西を問わず、多くの神話の根底に。人、その祖先、若しくはそれ以前。そこに罪があったのだと、そのような話が存在する。この世界において、オユキはそれを強く感じるものだ。だからこそ、その僅かな裏側が見えてから、振る舞いが、特に表層に見せる物が変わった。元々、こちらに来てから猶の事感じた物がそうさせてはいたが、より一層。トモエがどのような選択をするのか、それを置いても行った選択。それがどうして今となっては話し合う事もなく、常に中心に置くようにするのか。その一端でもある。

「アイリス、私の席を整えなさい。」
「もう、あなた達は。」

用意された席には、実に想定外の顔ぶれが並んでいる。思い通りであるのは、まさに讃える一柱。月と安息。その両隣に、先日ぶりとなる三狐神と水と癒しを頂く神。前者はともかく、確かに後者はこの国の物たちに対してならと、そう思えるものではあるのだが。

「日精も月華もどちらも身に供えるのが、私の由縁よ。」

オユキにしてみれば、よくわからない理屈となる。こちらでは、それこそ分霊とされているこちらよりも上位として、それぞれを持つ神居るだろうにと。呼ばれた末裔が、言われたように予想のあった相手に対する物では無く、実際の好みに合わせて場を整えるのを、どうした所で何とも言えぬ面持ちで見てしまうものだが。

「一柱だけで、ここまで強いわけないじゃない。粗暴な弟との関係も言っていたでしょう。」
「座を持たぬからこそ、融通がという事ですか。」

獣の特徴を持つ者達、その中でも特別とされる。その理由が確かにあるものではあるらしい。その末裔である相手は、今やかいがいしくあれこれと取り分けては備え、戦と武技に向けてと用意した大杯を何やら具合が悪そうに水と癒しの前から移しているが。

「良いわよ、この場でなら。自由に話して。許されなければ、こちらで口を閉ざすわよ。」
「私たちの母でもある、この世界の母。そちらは今忙しくしているので、この場には来れませんけど。」

だからこそ、こうして整えられた場では、自由の幅も増えますよと水と癒しがそう笑う。

「安息の加護を、その名を持つ私が、多くの事をこなした相手にそれを与えないのでは、やっぱり良くない物ね。」

そうするだけの建前が、確かにあるのだと。そう言われ事もあり。何より、トモエが目線でオユキにこの場を伝えたということもあり。

「今回の事ですが、正直今回だけではありません。この場にいる相手では、アベルさんだけですね。以前も話しましたが。私の両親が、この世界で使徒と呼ばれる存在であり、そもそもこの世界の構築に大いに関わっています。」

アベルに、かつてあった予想が正しかったのだと、その保証が得られたときに。公爵もいる場で、僅かにそれだけを離した事。以降、気にするそぶりは見せていたが、話せるかもわからぬため、トモエとの間でだけ話した事。

「要は、この世界の歪、その原因ですね。」

そして、オユキの思考というのは、どうしようもなくそちらに向くのだ。
要はこの世界を、初めから無理のない物として作る事が出来ていたなら。それをただ楽しむだけでなく、運営されている間に製作者たちが未練を持つような真似をさせる事が無ければ。
サービスであれば良かった、しかし現実としたときにはやはり何処まで行ってもこの世界には不足が存在する。それを解消するために、最初に恐らく選択の自由など無くよばれた者達がいる。オユキの両親も当然含まれた物として。

「一端は、間違いなく私の両親によるものです。」

両親の手記、残された資料の一部。かつてはよく似ていただけだと、偶然があったのだと飲み込んでいたのだが、現実であったと示された。では、かつて何があったのかと言えば。かつての世界で、人間に現実を誤認させることを可能とした大掛かりな装置。世に出る時には安全性が保障され、それにしても色々と物議はあったが、問題ない物ではあった。では、開発段階はどうかと言えば、結果が両親の失踪だ。渡された手紙には、想像を肯定するように、記憶が失われた事。それを含めた初期に起きた事故で、見た目も変えざるを得なかった事。そう言った事がつづられていた。そして、まだ子供であった、オユキの事をこちらに来てようやく思い出したのだという事。
神は嘘を言わない。ならば、預かったという言葉、オユキの想像が正しいとしたことにも嘘はない。

「そして、望まぬものがこちらに来てしまった。そこで起きる悲劇というのは、どうした所でこの世界の在り様を定めた者達に。神々ですら抜け出せぬ役割、それを作ったのが、ただ事実。」

だからこそ、トモエは頑なに、アベルがそれを感じるほどにオユキの前にあの少女を連れ出す前に片を付けようとした。

「あの娘にしても、これまでアベルさんを始めとした方が、処断した相手にしても。」

失われる必要のない命が、こちらで世界の備えるそれの軽さを示した。異邦で一度、そして二度目は気が付かぬうちにではあるだろうが。望んできた者だけならまだしも、そうでない者達も、これまで実に多くいた事だろう。

「そうか。それも気が付いているか。」
「ええ。私達程度に、わざわざアベルさん本人がついてきたわけですし。」

そして、そうでない時でも、アベルの良く知る相手が必ず。その誰もが、トモエとオユキを殺すには十分すぎるほどの能力を持っていた。そうして話して、驚いているのは、この場ではメイとカナリアだけだ。他の者達は、当然知っていたようである。

「ブルーノ様も、ミズキリが後押ししたことにしても、主体としてはギルドになるように話を纏めておられましたから。」
「うむ。判別がつかぬ故、やむを得んのだ。しかし、今となっては。」
「はい。それもあってこの町の狩猟者ギルドには信頼を。」

少年たちに、子供たち。アイリスにしても。元々この世界にある者達と異邦からの二人。それが町から町への際に渡される書類の量とそれ以外。比べてしまえば、そこには何かそれだけの理由があるのだと想像が簡単につく。一応、それぞれに対しての建前を作ってはいた。気にしない物の方が多いだろうが。

「初めて訪れた顔が、少々仲が良さげに会話をした相手。その相手が背後に立ち、私のような見た目の相手を持ち上げる。それに対して、注意もない。そうしたときに、トモエさんが武器に手をかけてから、警戒をこちらに向ける相手が数名。」

疑うには、あまりに十分だ。トモエが気が付いたのは、流石にだいぶ先。オユキの警戒がトラノスケだけではないと、それが伝わってからになるが。

「どういえばいいのでしょうか。そう言った物を感じるにつけても、罪深い事だと。」
「だから、無理をする訳か。こちらのためにと。」
「無理にはならない、その範囲でとはしていますが。やはり、それでもこちらに目的をもって来ましたから。」

誰とも視線を合わせずに、ここに来てようやくアルノーの手を借りて完成したコーヒーに口を付けながら、オユキはただぼんやりとそのように話す。確かに、これまでであれば許されなかったことにしても、問題なく伝わっているようだと、そう言った観察だけは行いながら。

「オユキ、それはあまりにも。」
「はい。ただ、まぁ。どうした所で感じる物はあります。そして、それ故の選択も生まれます。」

親の罪というにしても、過剰だろうなと。そのような事はオユキにしても考えるが。だからと言って、今ここに存在する歪。此処で暮らす者達が抱えるあまりに多くの不都合。その解消のためには否はない。
すでに失われてしまったものが、どれだけあったのだろうかと。
アベルがそれを当然とするだけの価値観を根付かせるまでの間に、どれだけの悲しみがあったのだろうかと。
楽しめるものであった時にも、あるにはあった。だが何処までも娯楽であったそれが、こちらでは現実だ。ここまでの事で散々に思い知らされ、突き付けられたオユキとしては、どうした所で疲れる。そして、オユキの口から、楽しんでいるからとそう言った前提の上で話を聞いただけのトモエとの差が、あまりにはっきりとそこに生まれる。

「そうか。凡そ、こちらの事情も分かっているという事か。」
「トラノスケさんが自分で手をかけていない。ですが、使える死体はあった。汚染を受けた物は、魔物に襲われないとそれも分かりました。ならば、まぁ、予想は付きます。」

そう、トラノスケの使った死体は、溢れを人為的に起こすためにと使ったそれは、何処で誰が用意したのか。クララが口にしたあったという異邦人の数と、実際にオユキ達が見かけた数の差。それがあるのに死者はオユキ達が来てから出ていないという。とにかく数が合わない。

「隠すつもりがあるなら、隠してくれと言いたいですし。気が付かせるのも試しか、善意か。」
「善意のつもりでは、あったのだ。珍しく話ができる相手、振る舞いにもなれを感じる。今後纏め役を頼めるのかもしれないと、そう言った案は確かにあったが。」
「そちらは、ミズキリが。」
「あの者は、それもあって己の領土か。」

ミズキリにしても、他に選択肢が無いと判断すれば躊躇いはないが、他があるなら何もそうするだけでもない。

「それにしても、このあたりも話せますか。」

これまでであれば、トモエ相手にでも止められたはずであるのにと。

「さっきも言ったでしょう。それがここまでに対して、私からよ。」
「ええ。喜ばしく、好ましい相手です。私たちにも多くの益を返してくれた。癒しを与えるのに、躊躇いは無いわ。それと、母様の言葉を悪いように考えているけれど、それは本当に違うのよ。」

水と癒しにかけられた言葉に、オユキは驚く。
大いにそれを前提としていたのだが。

「期限は、選択までのそれはあるけれど、別にその後が決まっているわけでは無い物。」
「そう、なのですか。」
「オユキさん、そこまで悪辣ではないとご自分でも言っていたではないですか。」
「言葉の受け取り様と言いましょうか。あれは、てっきりそのような言葉だとばかり。」

分かるのは、それを直接聞いた者と、それを容赦なく思考から読み取れる相手だけだ。他の異邦人たちにしても、何のことだか分からぬとばかりの表情。では、それが個々の際ではなかったのかと。そう、オユキとしては驚く。

「世界を切り離す用意がある、その程度には十分だもの。」
「ですが、現状で不足があるのは分かりますし。」
「オユキ、其の方、まさかとは思うが。」

アベルが、彼にしてはあまりに珍しい表情を浮かべる。これで見るのは二度目。

「不足があるから、鍛えて返せと言われましたから。」

そして、その選択が行える時に、結局のところ同じ結末を得る物だとばかり。そう、オユキは考えていた。
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