憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

予定はあれど

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緊急の事態ではある。しかし、ではそれに対してトモエとオユキに出来る事が有るのかと言えば、当然違う。
そもそも個人としての武を磨いてきたこれまで、集団での戦いなど素人以外の何物でもない。戦力を如何にするか。そのような事を聞かれたところで、分からぬとしか答えようもない。勿論、それぞれの持つ優先順位、オユキに貸し与えられている武力を利用する、その観点から最終的な判断は当然オユキも行わなければならないのだが、それにしても大きい指針はすでに伝えてある。ならば事前の背相は任せて、やはり他の予定を消化する方向に動くという物だ。
結果として、馬車を進められはしたものの、我儘としてせっかく名前を付けた馬だからとトモエとオユキ、轡を並べて教会へと向かっている。馬術という面では、一日で合格など貰えるはずもなく、乗っているのではなく乗せられて。それぞれの手綱は転落防止のため以上の意味で持っていない。実際の操縦は、シェリアとタルヤに任せた物となっている。
アイリスについてはようやくカナリアから許可が出る程度に回復したこともあり、偵察などと嘯いて一部の戦力を引き連れて町の外に早々に向かっている。本人が嫌ってはいるが、アベルはアイリスの来歴を正しく知っていることもあり、今回の件、それについてはオユキと同じく参戦は認められないと判断されたこともある。

「町を行くと、常との視線の高さ、その差が改めて分かりますね。」
「二階建ての建物、それぐらいの高さですから。」

教会への先触れは、既に送っている。今後の事にしても、事前の話し合いが終わってからしか、オユキは行うべきことにはならない。他に返すべき書状の類にしても、ちょうどいい言い訳があり、無為に急げば猶の事人心を乱すからと、並足と呼ぶにも怪しい速度で一路教会へと向かっている。

「この子たちの装具も、用意しなければなりませんね。」
「確か、家紋を入れる必要もありますから、年始以降でしょうね。トモエさんはお似合いですし、今後を考えれば、確かに入り用でしょう。」

トモエの方は、まだ普通にセンヨウに跨っている。しかしオユキは足の長さ、体の大きさという問題もあり鞍の上に用意されている籠そこに正座した状態で手綱を握っている有様だ。どう頑張ったところで、トモエですらかなりギリギリとなっている鐙に、オユキでは足が届かない。

「この子たちが納得してくれれば、私がオユキさんを乗せてとも思いますが。」

トモエがため息交じりにそう呟けば、賢い乗馬たちの方が実にわかりやすい反応を見せる。

「カミトキ。」
「申し訳ありません。ただ、やはり一緒にというのも憧れる物ですから。」

センヨウがカミトキに向けて、軽く鼻息をならせば、それに対するものとして体をぶつけに行く。オユキが馬を選ぼうとした折に一蹴された意趣返し、そうともとれる物だが。そもそも一蹴されるだけの実力差があるのだ。近衛が手綱を絞り、抑えようと動いているにも拘らず、そう言ったそぶりが慣れぬオユキとトモエにもはっきりわかるだけの動きを見せる事が出来る馬なのだ。

「そうですね。遠乗りの時などは、以前メイ様も後ろに乗るならと衣装の用意も頂けましたから。」
「私は一度使っていますが、オユキさんはいよいよですからね。」
「その時は、そうですね。流石に交互にとしましょうか。カムトキを先にと頼むでしょうが。」
「私が乗ることに同意してくれればいいのですが。」

そればかりは、この馬たちの間でどうにか折り合いをつけてもらうしかないのだが。それはどうにも期待できそうにない様相ではある。

「どうした所で、オユキさんは一人では難しいですから。」
「この子であれば、問題なく乗せて運べると、その自負もあるのでしょう。」

そうして、のんびりと馬の背で揺られていれば、いつもより早く教会へとたどり着く。町の外に置かれた門、そちらの周囲には物資が、ダンジョンからの物を加工したのだろう石材や、以前、トモエが乱獲した木材をメイに納めていた物なのだろう。加工されたそれが山と積まれ、人々が忙しなくそれらを運び、仮に置きと試行錯誤を繰り返している。

「利用される相手を考えれば、間口を広く取るのでしょうね。」
「基本は馬車となるでしょうし。ただ、そちらについては魔国に向かうまでに決めていただかなければならないのですよね。」

具体的に、敷地が何処までとなるかは見ただけでは分からない教会。だというのに、二人の乗馬が足を止める。近衛の手によって早々刺されたのかは分からないが、止まったのならと二人それぞれ馬から降りる。トモエの方は、作法通りとなるが、オユキは籠から飛び降りてとなる。如何に体躯が小さくとも、常の加護がある程度戻っているため十分以上の身体能力はある。乗るときに近衛に持ち上げられるのか、オユキが飛び乗るのが良いのか、そこでまた少々の物議もありはしたが。人よりも高い体高のある馬だ。持ち上げたところで乗り込む為の動きは作る必要があり、練習でもないのであればと近衛ですら乗ることを拒まれたため、鐙というよりも足をかける台として用意された物を使って飛び乗り、そして自前で飛び降りてと、そのような野趣あふれる方法をとる事になっている。
もう少し小柄な、それこそポニーに近い種類だろう、それの話も出はしたのだが、今度はトモエと並ぶことを考えればと、実に周りにいる物が頭を悩ませてはいたが。

「こうして伺うのは、久しぶりですね。」

そして、出向いた教会、その門前では実に見知った顔も揃っている。教会でならとも聞いていた衣装、これまでの用事でアナとセシリアが着ていた物に加え、アドリアーナも。オユキが公務の際に着る服とそれぞれに手はいるが細かい所がやはり違う服をそれぞれに来ている。

「そうかも。私たちはなんだかんだで会ってるけど。」
「ええ。門の囲いも、色々と進んでいるようで。」
「えっと、とりあえず仮置きしながら、必要な資材の計算したいんだって。彫刻とか、装飾とかはまだまだこれからだから。」
「助祭様もだけど、司教様にも話を聞かなきゃいけないから、教会の隣で作業するんだって。」
「これまで祀られていなかった神ですから、そう言うこともあるのでしょうね。」

ただ、まぁ、そう言った難儀な物を持ち込んだ相手に対して、それに対応している者達の視線というのは随分と好意的でもある。少女たちと話しているため、用件が教会となっているため、平伏しているその相手に声をかけてそこまでしなくても良いのだと、そう伝える事がままならないため、オユキとしても何やら座りが悪いものだが。

「あ、それと、オユキちゃん。ダメだよ裾が廻れあがってたから、ああして降りなきゃいけないならちゃんと抑えないと。」
「下にも着ていますし、肌の露出もありませんから。いえ、流石に公衆の面前となれば見苦しいですか。」

オユキとしては、すっかりと慣れた場、身内の粗雑さが出ているためそういった言葉が口を突いて出れば。アナが続けて何かを口にする前に、相応に力の入った手が肩に置かれる。気配に気が付き、慣れとして対応しようとしたオユキの動きさえ捕らえる速さと力強さをもって。

「オユキ様。淑女が人前で衣服を乱すものではありません。」

振り払うためにと腕で払おうと、その動きにしても肩から腕に置かれた指で完全に抑え込まれる。これまで戦闘の場において、掴まれないようにと腐心することを常としていたオユキを捕まえた事も、オユキの背筋に十分以上に冷たい物を走らせる。位置取りがまずかった、それもあるのだが、それ以上に条件が用意されていなければまだまだどうにもならないと、まざまざと思い知らせるものだ。
戦うのであれば、少し距離を取って、そうでなければ開始と同時に。その予感が募る。
ただ、教え子たちもいる場ではあるため、オユキはそういった内心の一切を伏せる。それにかかる時間は、トモエが繋ぐものでもある。

「以前、パウ君が馬を預かると言っていましたので、散歩も兼ねてこの子たちに乗せてもらいましたが。」
「はい。他にも馬車で来られる方も多いですから。ご案内しますね。」
「リーア、案内するのは馬の管理をする人たちだけ。お客さまは中にお通ししないと。」

互いに不慣れが目立つ流れではあるが、アドリアーナの先導について、後ろからついて来てくれていた騎士が馬を連れて行くのを見送り、残った者達で教会の中へと進む。

「えっと、今日は戦と武技の神様にって。」
「はい。少々体調を整える事を優先したため、日が空いていましたがこの度の一連、それの終わりを改めて。」
「えっと、門を運ぶのがまだ。」
「この町での事は終わりましたから。後は運んだ先でまたある物でしょうが。」

しっかりと次に行うべきこと、その示唆は存在している。追加で得られた巨大な箱については、未だ門となったそれに並んでおかれているものだが。少ない違いと言えば、やはり地面にそのままというのは許されないのか、敷物が敷かれ、四隅を支えるだけではあるが台を用意され、その前には供物台が置かれている。
その前に既に十分な量の物が積まれているあたり、何事であろうかと、オユキから話を振ってみる。

「既に、相応の供え物があったようですが。」
「えっと、メイ様がまだ布告を出していないこともあって、皆この前の狩猟祭と混同してたりするから。」
「新しい神の呼び名、集まった方々の前で司教様が呼ばわったように思いますが。」
「やっぱり、聞こえない人も多くて。」
「呼び名でも、ですか。」

神の名そのもの、それが分からないというのならともかく、呼び名ですら元言うのは流石にオユキにも、トモエにも意外な事ではある。
あの大箱に現れた神々を示す意匠、それを考えれば問題自体は無いのだろうが。ただ、そちらについては、いよいよ門が何処かとつながらなければ解消の目途が立つこともなさそうではある。
今の所は頭に入れておくだけとして、案内されるままに、すっかりと見慣れた礼拝堂を進み、神像の前に。今度ばかりは多くのこちらに暮らす人々に向けた物では無い、トモエとオユキに対するものとして。なんだかんだとあり、これまでも傍から見れば多くを得てきたようにも見えるのだろうが。個人に対するものとして明確なのは、ようやく二つ目。加護が求めに応じてというのであれば、随分と大層な願いだと神にもそう判断されているらしい。
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