憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

お祭り騒ぎ

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「ええと。」

朝食の席。オユキがすでに決めたとして話してしまえば、やはり否定の声は上がらない。社会構造の差だと分かっているが、多少の意見を求めてとする場合、覚えのある振る舞いと異なるものが求められる物だと、それはオユキにしても理解はあった。しかし、現実というのはやはり常に想像を超える。
新しく引かれた川、今はそこに祭りの場を移しての騒ぎが繰り広げられている。
今始まりの町には、領都から派遣された水と癒しの本教会に勤める修道士、リオールが居り、そもそもそれを冠する助祭とて教会で勤めを行っているのだ。トモエとオユキ、今回の立役者でもある二人が水から得られる恵みが欲しいと口にすれば、では、降臨祭、その一端としてとそう言う話になったらしい。これまではなかなか手にすることもなかったそれに感謝をするのであればと、そこから話が広まってしまえば、あれよあれよという間に大事になり、統治者であるメイも足を運ばざるを得なくなった。そして、そう言った大仰な移動があれば祭りの場から今度は何だとついてくる者達が現れ、十分な戦力があるからと、それでも多少は選ばれたが、川の一部は結界の中。そこに収まるだけの者達は同行を許され、すっかりと祭りの第二会場のような有様になっている。

「こう、もう少し落ち着いた物となると思っていましたが。」

トモエとオユキは勿論結界の外。人に囲まれることは無いが、それでも一段高い場所にメイと並んで座らされている。

「私としても、想定外ではありますが。その、メイ様にもご迷惑を。」
「いえ、私の方でもここまでになるとは。」

こう、もっと静かに事を運ぶ事も出来たはず。それはオユキとメイの共通認識ではある。

「こと此処に至れば已むを得ませんか。」

準備段階で何やらアベルが正式な装備を着込んだあたりでオユキは疑問を感じたし、トモエと共に近衛に手入れをされ始めた時にはそれも確信に変わった。祭りのガス抜きは民たちの物であるのだが、それ以外の者達もこの場には増えている。そちらで要は企みがあったのだと、それはこの場にいる顔ぶれを見れば何とも分かりやすい。

「趣旨が違うようにも思いますが。」
「使徒様の中には、好まれる方もいらっしゃいましたから。」
「うむ。」

そして、同席しているのはいつもの顔ぶれ。それに加えて狩猟者ギルドの長とロザリア司教。それから一度挨拶をして以来となる採取者ギルドの長。一段低い場所には、未だに顔と名前が一致しない者も多い、この町で暮らす貴族たち。そしてさらに群衆の方に視線を向ければその中にも見覚えのある顔が多いという物だ。

「ここまで速やかに場を整えたとなれば。」
「うむ。ミズキリからな。」
「ここまでやるとなれば、私たちの意趣返しにも気が付いているようですね。」

狩猟者ギルドの職員達が、相応の数。これから起こる事への備えとして既に待機している。そして、得られた物を調理する一角が併設されてと。何ともわかりやすい体制だ。

「オユキさんとアイリスさんは。」
「オユキはともかく、私はせっかく回復した分がまたという事になりそうね。」

そして、この場で万が一、良くない物として考えるのもどうかとは思うのだが、騒ぎが大きくなれば何某かの負担がかかる者達がここにいる。月と安息の巫女は町の中、教会の方を整えなければいけないからと、こちらには参加していないのだ。事が起これば、今この場を整えている者達にと当然なるという物だ。

「アイリスさんは、やはり直りが早いですね。」
「それは、まぁ、貴女に比べればそうね。全快という訳ではないけれど。」
「それはそうでしょうが。それにしても。」

そして、この場で特に乗り気な者達というのは分かりやすい。そもそも祖たる獣が狩りを常とする、そう言った生態を持つ獣の神格である者達。それからこういった事を行う文化があると、オユキでも知っている者達だ。長閑な始まりの町にもやはり相応の数の貴族というのは存在しており、そこで抱えている戦力というのも勿論存在している。では、それらを比べ、優劣を競うとなれば。こちらでは異邦よりも実にわかりやすい魔物の狩猟という指標がある。
こうして速やかに準備が整ったのも、そう言った相手の協力があればこそという物だ。ここしばらくは、忙しさにかまけてあまり顔を合わせられなかったファルコも、しっかりと狩猟の参加者としてこの場にいる。リヒャルトが祭りに残っているとすればいよいよメイの麾下といった形になるのだろう。

「それと、オユキ。」
「ケレスさん、ですか。」
「ええ。本人の希望を受けてとなりますが、正直手放せそうには。」
「ケレスさんが望まれた事ですから。メイ様の側でというのも、私たちに利が大きい事ですし。」
「オユキが休むと決めている間はと、本人が固辞しています。」
「出頭せよと言われていますし、休みとしている期間が終われば。それにしても、こうなると休み、とも言い難いのですが。」

気が付けば、商品というのも用意されている。

「こういった事は、アイリスさんの方は想像がつきますが。」
「どちらかと言えば、殿方達の催しなのですが。」
「あら、こちらではそうなのね。」
「ええ。私たちの方では別館でお茶会というのが一般的ですね。」

別の場所にはそれぞれが持ち寄った商品が集められ、机の上には特にと思う相手に与えるという事なのだろう。オユキとアイリスはゲラルドが選んだものを。メイにしてもブルーノにしても。採取者ギルドの長と、ロザリアですらそこそこ豪奢な装飾を持ってきている。ついでとばかりに、オユキとアイリスからは、追加で出がけに見つけた品も持ち込んでいる。

「そう言えば、テトラポダに神殿があるのでしたか。」
「ええ。まぁ。持祭の子がいたはずだけれど。」

そして、こういう祭りなら、勿論それは狩猟と木々の神に由来する。

「本人からは、参加者としたほうが良いと思うと。修道女ナナリーからも、そのように。」
「それなら、仕方ないわね。そのナナリーに頼もうかしら。」
「ええ。」

そうして、狩猟と木々の神、その聖印を使った装飾がきっちりとアイリスとオユキの手の中にある。トモエは参加したいと、そう言った気配を覗かせてはいるがカナリアから断固として許可しない、その構えを取られたため今は急遽設置された野外炊事場で、見知った顔とした準備を行っている。その側にミズキリも顔を出している。ミズキリこそ美食を殊更好んでいるのだ。こういった機会、特に料理という面で名を馳せたアルノーがいるのだから見逃せるはずもない。であれば、そちらに対する掣肘はトモエに任せようとオユキは意識を外す。

「開始の宣言は、領主様ですか。」
「ええ。ただ、開会に先立って巫女二人が既に得た物があるというのが。」

準備も、勿論急な事だ。間に合っていない所もある。しかし狩猟に臨む者達から圧が増し始めている。時刻は既に昼を少し回ったくらい。護衛役がなんだかんだと寄って来る魔物の処理をしては、そこで得られた物を結界の中に纏め、それを今度は手伝い役の者達が臨時の炊事場に運んでいる。
そこだけ見れば、既に始まりつつあると、そう見る事も出来るのだから。

「流石に、私は全く分かりませんね。」

オユキはいよいよこういった催しの知識は無いと、そう話してアイリスに視線を向ける。

「私は部族というか、国の物になるけれど。」
「差異が分かりませんから、難しいですね。では、宣言は私とアイリスさんから。」
「半分は、こっちの者達だものね。オユキ、借りるわよ。」
「ええ、どうぞ。」

オユキに向けてアイリスが手を伸ばすので、その掌にオユキが得た装飾を乗せる。

「私が渡す相手を選ばなければいけないのですよね。」
「その辺りは、祭りの中で説明するわよ。こっちの流儀で良いなら。」
「人向けにはメイ様を始め、色々ありますから、私はそちらに。」
「良いのかしら、有難いけれど。」

オユキの言葉にアイリスが視線でメイに確認を取れば、少し困ったような風情ではあるが、頷きが返ってくる。

「では、始めるとしましょうか。」

此処に集まった者達は、それに慣れがある物ばかりではない。やはり祭りの喧騒というのが周囲に満ちているが、アイリスが先の祭りともまた違う声で吠えれば、それもすべて止まり、静かになる。

「皆、聞きなさい。」

こうした場で、いざとなれば慣れたと分かる仕草でそれを行うアイリス。本人はしばらく戻るつもりが無いと言っているのだが、トモエとオユキの移動の流れには彼女も乗らざるを得ない。どこかのタイミングでそちらにも当然向かう事になる。アベルにしても、門の存在が分かった段からそれを予想して、頭を抱えていることもある。その折には、実際に彼女がその国でどういった位置づけかがトモエとオユキにもわかるだろう。アベルの方では、既に出発している遣いの者達から何某かの情報を先に得るだろう。

「我らが祖霊から確かに引き継いだ、この特徴。それを示す場が此処に与えられた。爪を持つもの、牙を持つもの、その鋭さを、力強さを存分に示しなさい。獲物を狩るのが我らの性。得られる糧を用意してくださった神に感謝を、それを我らが確かに身に着けたのだと、それを存分に示す時。」

狩猟祭、その宣言をアイリスが高らかに謳いあげる。内容が完全に同族向けになっているため、一先ず盛り上がっているのは、それこそ獣の特徴を持つ者達だけだが。
そして、そのまま流れとして今か今かとその時を待つ獣たちを解き放とうとするのを、メイが止める。

「開会の宣言はこちらで行います。皆さまも、今暫くお待ちなさい。」

そして、メイの方でも魔物を狩る者達への檄を飛ばす。

「魔物は、神々が我々に与えた、最も公正な試練。達成すれば日々の糧を得られる、単純だからこそ、欠かすことのできない、私たちの基盤となる物です。そして、公正であるからこそ、試練を果たすための務めがそこには存在します。」

そして、メイが端的に狩猟の意義、魔物と戦うという行為がどうして必要なのかを語る。そこにダンジョンであった利が含まれていないあたり、準備の不足というのが嫌でも分かる物だが。

「日々の事、それはどうした所で分担が必要で、魔物との戦い、そこから得られるもの。その理解も遠いでしょう。今日は祭り、その垣根が全てとは言いませんが、一部は取り払われています。騎士達よ、己の務め、民を守るというのはどういうことかを、この場で新たに。狩猟者たちよ、日々の糧を得るために、どれだけの事が有るのかを隣人たちに。採取者たちよ、魔物だけでは足りに我等の生活を支える其方らが、どれだけの物であるかを。」

そして、実際の宣言はバラバラに。しかし、声だけは揃えて。

「存分に示しなさい。」
「祭りの時間よ。」

そして祭りの時間が始まる。それも狂乱と呼んでも構わないような。
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