憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

神代の話

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突発的な事態は巻き起こりはしたが、午前中は改めて今後身の回りの予定を任せるカレンと時間を取り、細かく一先ずとして領都までの予定を確認し、シェリアも含めて公爵を迎える用意、それにふさわしい場を整える事を頼んで終わりとなった。
基本は勿論、この町を任せているメイの屋敷にはなるし、他に挨拶もしなければならない立場ではあるが、巫女がいるとなれば、そこにも愛を運ばなくてはならない。月と安息にしても、これまでのように他の町で暮らすのではなく、アナが必要な知識を身に着けるまではこの町で、それこそやむなくアナが移動をし長期間町を離れる時以外には、この場で暮らすとしたらしいので、そちらにも。

そして、トモエにしても鍛錬を行うには足元に不安があるからと、二人でしばらくの間半分ほどを寝ながら午後を過ごせば、仕事の時間となる。
オユキの方でも、すっかりと仕事着として周囲に認識され始めている衣服を着こみ、アイリスと揃って馬車に。トモエの方は、足を痛めていることもあり、馬上の人になっている。本人が大変喜んでいるが、そもそも乗り慣れていないため従者役に大変迷惑をかける羽目になっている。祭礼用の馬具など持ち込んでいない事から始まり、馬にしても慣れない者が背に乗っているため、実に不機嫌そうに歩を進める事になっている。
馬がしぶしぶと、そう人にもはっきりと分るほどにトモエが乗ることを承諾する様というのは、実に味わい深い物であった。賢いと、生前聞いていた二人にしても、どうやらこちらではそれ以上であるらしいと。
そして、屋敷から出れば当たり前のように徐々に引き連れる相手を増やしながら、目的地である教会へと。オユキの方ではそれが出来上がるころには視界が不確かであったため、決められた場に置かれた椅子に座るまでの間、改めて教会の隣に置かれた門を目にすることになった。

大本はそれこそオユキの運んだ、今も門の両脇に残っているが、トモエの背丈を超えるほどの箱、それが今は教会の最も高い部分、6メートルほどは優にあるだろう高さの門がそこに鎮座している。閉ざされた扉、その背後には何もないただの枠という事も出来る佇まい。それでも丈夫には創造神の、そしてそこに連なるいくつかの意匠が刻まれ、全体としては司教から改めて話を聞いた今は祀られぬ神の装飾が。
オユキにとっては懐かしい顔が既にここをくぐってきているはずではあるのだ、その様子を見てみたいと、見て見たかったとは思いはするものの、敵わなかった以上は仕方ないとそう考えるしかない。それこそ未だに存在感を放つ残り二つ、それを届けた折には自分自身でという事にもなるのだから。
そしてオユキがお行儀よくと言えばいいのだろうか、用意された席、王都での大会にしてもそうだったが、オユキに位を与えた神に配慮し、朱色の敷物がされた一段高い場所。そこに用意された椅子に座っていると、雛壇という言葉が実にしっくりくる。
そして、視線の先では、アイリスが改めてそれに感謝を捧げる口上を間もなく終えようとしている。本人から、祭りの場にはと、現状の己の毛並みもあって難色を示されはしたが、そもそも期間があり、治るとも知れぬことに加え、イリアを始めとして、こちらで改めて縁を得た相手からむしろそれこそ誇るべきと説得されたため、どうにかといった様子で己の役割を果たしている。
纏う空気にしても、周囲へ向けるそれにしても、普段とは比べるべくもないほどに弱弱しくはあるのだが。アルノーが改めてトモエに言われて用意した料理を並べて頭を下げれば、早々にそれらが消えていく。
アルノー、あの人物にしてもトモエの知識からレシピを提供すれば、足りない物は他で代用したうえで、勿論本来の、記憶にある物とは確かに違うが、それでもらしいと分かる品を用意しきるあたり、本当に頭が下がる。
五目などという言葉は、確か精進料理に由来するはずだったものだが、それを当たり前のように知っているアルノーというのは、本当に料理に対して余念がなかったのだと、実に感心するものだ。

「さて、改めて私たちは神々から仰せつかったことを果たしました。」

そして、アイリスが正しく継いだもの、祖霊からの試練を果たして部族としての祭祀を継いだ正式な存在としての事を終えれば、今度はアイリスがオユキの隣に座って休憩する時間をオユキが口上を挙げて繋ぐ。

「後の事は、切欠を作る、私が行うのはそれだけです。後の事は、ここで暮らす人々が行うしかありません。」

そもそも門をこれから各地に作るのだ。どれか一つの管理など、オユキもトモエも出来る物では無い。王都には神殿がある。しかし始まりの町には無い。それを理由に今後この町を起点とする、そうし向けられていると分かるのだが。それにしても、このように巨大な門の管理や手入れなど、オユキとしてはしたいものではない。
有難く使うだろう、それは間違いないのだが、日々是の掃除をして、一日を終えるというのはやはりオユキの望むところではない。そして、往来がどうした所で多くなる場で、巫女としてうろついていれば、いらぬ手間も増えるという物だ。既に色々とそう言った手間は抱え込んでいる、これ以上は無理と、そう言わざるを得ない。
学び、覚えた口上をつらつらと述べながらも、やはりオユキは他ごとを考えてしまうものだと、己を戒めながらも、結局はそのまま言葉を結ぶ。この後、司教から手紙を受け取ることもある。随分と、本当にいつ以来か分からないほどに気が急くのを感じながらも、ただ慣れとして、取り繕うのに慣れた姿としての振る舞いで。

「話は最初に戻ります。場を用意するものがいたとして、始まりがあったとして。継続するにはこの場にいる誰もの力が必要となるのです。どうか、それをお忘れなきように。」

そして、オユキがそうして己の役割を果たせば、次は他の物たちが。
この地の教会に務める者達が、これまでの祭祀、色々あって先延ばしになっていたそれを。

語られるのは、神の時代。
オユキとしても、疑問に思っていた時系列、それについて。
ロザリアの語る神話、この世界にとっては歴史。そして、変革の日。その混乱。
世界は、確かに存在していた。しかし、それは何処までも神の意思に従う世界でしかなく、また幻のような物でしかなかった。確かな意思を持ち暮らす人々ではあるのだが、過去と未来、それすら定かではないしかし定まった道筋があるそのような世界。それが突然、あまりに明確になった日。神が改めて生きる人々の自由な意思を認め、それ故に世界がよりはっきりと色を持った日が訪れ、そして、だからこそ世界に混乱のあらしが吹き荒れた日。
用は、この世界が、世界として独立する用意を始めた日の話を。
オユキ自身、そういったものに興味を示していなかったため、疑問にすら感じなかったが、この世界の歴史は千年どころでは無い。神国、それにしてもオユキの知るゲームの暦で既に千年。そこからそれに倍する時間を既に積み重ねている。そして、混乱の日は、歴史としては1200年頃。ゲームとしてサービスが終了してしばらくした後の事であるらしい。その混乱を収めるため、当時の人々には神から多くの言葉が、そして、少ない言葉しか与えられるに神々に代わり、世界の先を明確に思い描いていた存在が使徒としてこの世界に降り立つことになった。
他にも、魔物、これまでは漠然とした意識で当然としていたそれに対して、はっきりとした意識で立ち向かえるものばかりではない、プレイヤーを前提とした魔物、その強さに対応できるか分からないからこそ、実に多くの異邦人がこちらの世界に。

「全く、本来はここまでを聞いてから、町の外にという事ですか。」
「あなた、この話も知らなかったの。」

思わずこぼした呟きに、アイリスから何やら呆れたような言葉が返ってくるがオユキはそちらを黙殺する。
これまでの道行きの中で得られた情報が、推測として積み上げた物が当然として話されるのは、オユキとしても実に徒労を感じるのだから。そして、その中でもこの場に集まった人たちの様子を確認する。
司教の語る話、そこに含まれる残酷に気が付いているものがどの程度かと。
魔物、それが元々この世界の前提といて存在しており、無くすことは出来ぬ。そしてここで暮らす者達では対応しきれない。生まれたばかりの世界は、世界として独立した存在として確立するための存在、その根源たる要素が足りない。つまり、発生からしてあまりに多くの歪があり、これまでのこの世界で暮らす者たちの歩みはそれを正すためにあったのだと司教の語る歴史が示している。

「ただ、やっぱり聞こえ方は違うのでしょうから、ややこしいんですよね。」

魂の不足、それすら語っているのに、そもそもそれを知っているものは一部の物だけだと、これまでで理解している。

「アイリスさんは、司教様の語る言葉は。」
「そもそも神事に於ける言葉は、神々に直接与えられた言葉よ。私も部族として習った物以外は、聞こえる物しか分からないわよ。」
「まぁ、そうなりますよね。」

つまり、この場にいる一同が揃って聞いている神話、それにしても人によって受け取り方が違うのだ。最低限の閾値、それは確かに存在し、共有されるべき認識に齟齬も無いのだろうが。
事そこに関してはオユキでは無く、トモエが早々に気が付いたこともあるのだ。口の動きと言葉があっていない。それが異邦人だけの事であるなら、少し話せば気が付くはずだと。そしてこちらの世界において、そうでは無い。つまり初めからこの世界に暮らす人々の中にも、あまりに明確な制限が存在する。法と裁きを司る神がいるからだろう。あまりに厳格に、情報を得るために達成しなければならない事柄が。
異邦の者ばかりが目立つのだが、こちらで暮らす人々も、容赦なくクエストが存在する。一切の区別なく。

そして、それこそが研鑽の成果とでもいうかのように、数時間にわたり屋外であるにもかかわらず朗々と神話を謳いあげた教会勤めの者達が、それを締めくくる。不確かな、神の定めに従うだけの、自由が無かったこれまで。それを認められたうえでの今。そしてさらに先があるのだと。
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