憧れの世界でもう一度

五味

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13章 千早振る神に臨むと謳いあげ

並び立ち

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「オユキさん、大丈夫ですか。」

一先ず終わりと、相手も既に人の形になり、額に薄くついた赤い線をなぞっているためトモエも刀を収めている。そして、常よりもさらに軽く感じるオユキを抱えて話しかけるが返事はない。
ただ、問題ないとそうして笑ってトモエを見返してくるのだから、今はそれを信じるしかないのだろう。
トモエの本音としては、さっさとオユキを医者の下に連れて行ってしまいたいし、実際そう動こうとしたのだが、その動きを止めたのは抱えている相手だ。どうやら、残らなければいけない類のものだという事らしい。

「はいはい、時間も無いもの、直ぐに済ませるわよ。」

しっかりと不満が視線に乗ったのだろう。五穀豊穣を司るその相手が、呆れたようにそうトモエに言い放つ。

「見事、想像以上。こちらの思った以上の成果を見せたんだもの。貴女の太刀が、確かに私の力を切り取り、この地に落とした、それを私からも確かに認め、加護を与えましょう。」

祖霊の力が体毛に宿るとは、アイリスの言葉であったか。

「水も十分、私の力が満ちれば、ええ、ここで暮らす者達、それが困る事は無いでしょう。周りを助けたところで、十分に余るでしょう。私の地まで流したんだもの。この地は私の加護が続く限り、よほど私の機嫌を損ねるような真似をしない限り、飢えとは無縁、そうなるでしょう。」

さて、実に喜ばしい宣言ではあるがトモエとしては大いに不満がある。そんなものは為政者にでも語ればいいのだと。アベルもいる。司教も、代官であるメイも。怪我人、未だ血を流すオユキそれをこの場に留める必要が何処にあるのかと。
場が場であるため、表に出さぬようにとトモエは努めているがそれが届かぬ相手もいる。なだめるように未だ声を作れぬオユキが軽く体を叩くのを感じて、どうにか苛立ちを抑える。
トモエにはわからないが、オユキは必要を理解している。ならば必要なのだと。そこに理解をするために必要な下地、その差が歴然としてあるのだから。苛立ちを制御できぬトモエに、オユキが微笑まし気に向ける視線に気恥ずかしさも覚える。なんとなれば、先の戦闘よりも己の制御が利かない。それに気が付いているが、今も手を濡らす粘性のある液体、隠し事に気が付いていたこともあるし、撒かれた包帯の下にある箇所考えれば、それが正しいとあまりにもはっきりと示すからこそ、トモエの心は乱れるのだ。そんなトモエを宥めるようにオユキが苦く笑ったとして。
戦場で、尋常の立ち合いであればともかく。オユキはトモエにとっても戦場の外の存在だからこそ。

「分かってるわよ。もう終わりだから、直ぐにつれていきなさい。まぁ、あれよ。加護は与えるわ、土地に。だから私も祀りなさい。加護に相応しいと思う程に。切欠は誰でも作れる物では無いけれど、続けるのは誰でも出来るのだから。」

そう言い切って、金の狐が、今はくすんだ色味しか持たない相手の手を引いて立たせる。

「助けを恥じる必要は無いわ。たとえそれがあっても、私に傷を作ったのは貴女よ、アイリス。私の特徴をこの時代で特に色濃く引く貴女。」
「有難く。」

短い言葉も震える声で。

「本当は、もっといろいろと、それこそ私の後をと思うけれど。まぁ、好きに行きなさい。確かに私にもう治ったとはいえ髪程の一筋とはいえ傷をつけたんだもの。父様の道を選ぶなら、それもまぁ良しとしましょう。
 それと他の子達も、座を持つ神々が忙しいこともあるし、世界の流れの中で私たちが出来る事も増えているから、主たる方々に比べて、私たちは近くなっているわ。純粋な人種はむしろそちらだから無理だけど、それ以外の種族は問いたい事が有るなら、己を賭して、試しを受ける覚悟をもって呼びかけなさい。連なる巫女がいれば届きやすいけれど、あまり無体はしないようにね。」

何やら、これからも忙しいと断電されたことでアイリスの耳が、褒められ、確かなそれを認められ立ち上がっていたそれがへなりと垂れる。揺れていた尻尾もすっかりと。
トモエがオユキを見れば、そちらも何とも苦々しげな顔をしている。

「さぁ、祭りはまだ続くわ。存分に騒ぎ、声を上げ、声を届けなさいな。楽しむあなた方の声こそが、私たちの活力にもつながるのだから。土地の加護、それをどう祀るかは元々アイリスが知っているのだもの。」

部族の物を確かに継いでいる。祖霊から知識の継承を済ませているのだからそれも当然だろう。

「今後、この土地に今以上は過分でしょうけれど、他で私の加護を求めるのならその度に試すべき何度は上がるとそう心得ておきなさい。他の子達も。同じことを繰り返して、さらなる加護を与えるほど、私たちは気安くないわよ。」

そこまでを言い置いて、また金の獣に姿を変える。

「久しぶりに、私も楽しかったわ。何なら試しの予定以上、それをしたこともある者。そのご褒美は、それをさせた者達だけに。ではね。それと、トモエ。」
「は。」
「異邦の伝承、想念。それの影響をこちらに居る私は強く受けるのよ。」

そうして狐が随分と熱を持った視線をトモエに向ける。口の橋からこぼれる液体は見ない事にしておく。

「一応、アルノーさんの手によるものが。」
「あら、そうなの。」

狐と言えば、その別名を冠す料理だろうと。アルノーの支配する場の一角を借りて、トモエが用意した物もある。記憶をたどって作ったものでしかないため、材料の不足などを補うためにアルノーが細かく手を入れたそれが。
その答えを聞いた狐が、それが当たり前とばかりに供物台に置かれた一皿を自分の側に引き寄せる。

「折に触れて、用意しなさい。」
「レシピを伝えておきますね。」
「王都に、醤油はあるはずだから。」
「輸送の手間もありますが。」
「そのための門でしょう。」

それは間違いなく違う。トモエはそう断言しそうになるが、何やらアイリスから感じる視線もあるためどうにかそれを飲み込む。
他の神々にしてもそうだが、何とも人がましい事だ。
酒食を好み、祭りの喧騒に耳を傾けて喜ぶ。らしいと言えばらしい。与える加護、恵み。それをこちらで出来る事を乗せて返せてと。よく言えばそう言う事だ。それならば、納得できる。良い循環、そう言った物であるには違いないのだから。それを語るのが、皿を頭に乗せた巨大な狐出なければ、まぁ、トモエもすんなりと納得できたものだが。
こちらを見るアイリスに、トモエからも自分がどういった感情が乗っているかもわからないまま視線を投げれば、ただ明後日の方向を見る事で返答とされる。
そして、そういったやり取りが続きそうになるのだが、トモエの袖を引く手がある。

「畏まりました。人の手を頼むことにはなるでしょうが、そちらも確かに。」

流れる血、それはいよいよオユキを抱えるトモエの手にも。

「時間を使いすぎたわね。」

そして、視線の先、アイリスもどうにか体勢を維持していたのだろうが、とうとう大太刀を杖にする。

「さぁ、今からが祭りの本番。」

何とも締まらない格好のままで、獣が語る。ただ、そう言った感想を持つものは一部でしかないらしい。見えていないのか。何とも言い難い心持でいるのは、祭りの場に残る事が出来た三人と、離れたところから見守る司教だけだ。その司教にしても、本体は甘味に目が無いのを知っている。今はまだ堪えているのだろうが、それこそ供えられた菓子の類はこの後早々に姿を消すだろう。何しろその司教本人がわざわざ祭りに相応しい物であるか、等と称して味見をしたりしていたのだから。
その振る舞いに慣れのあるであろう者たちはともかく、持祭の少女たちは随分と味わい深い顔をしていたが。

「存分に吠えたけりなさいな。あなた達のそれにまで届くように。」

最期にその言葉だけを残して金色の狐が、何処かへと続く道をかけていく。その移動に合わせて空が常の色を取り戻す。相応の時間を使っていたようで、日は相応に傾き始めている。気の早い月が空に浮かび、狐が走っていった先には夜の闇が残っている。
そのような時間でも、焚かれた日の熱と明りは陰りを知らず、地に散ったはずの狐の遺し物は輝きを放ち、大地に溶けていく。さて、祭りの主賓は戻った。

「さぁ、大地の加護、祖霊様の恵みが地に満ちました。後は獣の流儀。ただ喜びを高らかに歌い上げ、確かに届けましょう。」

人のそれに比べてしまえば、実に簡素な物ではあるが、確かにこの場に似つかわしくはある。
アイリスの勝利宣言に、種族関係なく誰もが鬨の声を上げる。
そうなれば、トモエの方でも、急ぎの用事があるという物だ。
何やら息苦しそうにしていたオユキが、トモエの腕の中で咳をしたかと思えば、それに血が混じっている。無理に無理を重ねたせいで、これまでの時間でふさがった傷も開いたのだろう。疲れ、歩みも鈍いトモエよりも、早く確実に、それができる相手に視線を向けるが目を伏せられる。人目のある場ではできないという事であるらしく、ならばトモエ自身も無理を押して、教会の中まではオユキを速やかに運ばねばならない。
背中越しには祭りの喧騒。しかし向かう先にはどこか悲壮な空気。

「全く。舞台の上で飛び跳ねる人がいるのであれば、その下で支える人がいる。そのような当たり前をまざまざと実感させられるものです。」

トモエが零す言葉は、抱えたオユキも全くだと言わんばかりに頷きを返してくる。
そして、崩れ落ちたアイリスにしても目的地は同じだ。ようやく中に再度入れるようになったであろうアベルが駆け寄りそのまま担ぎ上げて教会に向けて運んでいる。
この後、祭りの場にいた者達とオユキには、祭りに相応しくない仕事が待っているのだ。
医者の説教を聞き流すという、非常に難儀な仕事が。
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