憧れの世界でもう一度

五味

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13章 千早振る神に臨むと謳いあげ

残る夏

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早速とばかりに行われた変更、それに対応する必要はないのではと少々難しい顔もされはしたのだが、オユキにしても明確な不安がある。人数外、伝え聞くよりも多い数がその場に存在しているのであれば、対応が必要になる。

「お噂はかねがね。こちらでは、何かと縁を得て今となってはこのような身です。」
「何、有難い事ですとも。料理をしようにも場もなければ道具もない、それでは流石にという物です。」

今はこうして先に一人の男性とオユキが言葉を交わしている。
人数は予定通りではあるが、他の二人は未だにそれぞれの思うところのある神に向けて、祈りを捧げている。

「アルノー様は、宜しかったのですか。」
「元々熱心な性質でもありませんし、それよりも作って捧げる、それこそが私の在り様という物です。」

そうして、実に軽やかに笑う伊達男。
オユキでも名前は耳にした事が有る、ミズキリが大いに絶賛した数々の皿をかつて作り上げた人物。
彼が培った技術、その全てを存分に発揮できる環境等勿論提供できるものでもないが、それでも実に気前よくオユキ達の屋敷で働くことを頷いてくれた。

「それにしても、あちらの方は私でも名前を知っていますね。娘が随分と熱を上げていましたし。後もう一方はなる程、今のオユキさんでは難儀しそうですね。」

互いに簡単な自己紹介も終え、そうして簡単に残りの二人についても話に上るという物だ。

「よもや、彼の歌姫と時を同じくしてとは。」
「ええと、私はあまり詳しくなく恐縮ではありますが。」
「オユキさんは、ええ、そう言うこともあるでしょう。」

異邦人たちが集まっている場で、侍女として振舞う者達は会話に入ってくることが無い。他の参拝者にしても、十分な人数が揃った騎士たちに全て止められている。

「華鈴さんでしたか、馴染みのある物と聞こえましたが。」

さて立ち上がり今となってはトモエを見つけて、猫のように目を細め口元が吊り上がるのは実にらしいと、そう言うしかない物だろう。

「カリンでもいいわよ、ファージョンだけど男性名に聞こえる人も多いらしいもの。それにしても、名前も知らない、覚える気もない、そう言う事かしら。」
「あの、オユキさん。女性相手に一体何を。」

未だに祈りをを捧げる物もいる、そして清澄な場で短慮にはやる相手では無いのだが、それでも向ける気配は武器を突き付けての物と大差などない。

「いえ、尋常の事ですよ。」
「その割に随分と恨まれているようですが。」
「何よ、他人ごとのように。」

オユキが今一部に取り入れている動き、その軽やかさでもって弾む様に距離を詰める。見た目はかつての物と全く変わっていない。こちらに来た時期、その隔絶は見て取れる。その程度のぎこちなさはあるものだが、トモエとオユキ程の物は無い。それに羨ましさを覚えたのは、僅か。

「お久しぶりと、そう申し上げてもいいのでしょうか、カリン様。」

そして、近寄ってきている間に違和感に気が付いたようで首をかしげる相手に。

「その、そう言うことは出来ないって。」
「かつてと今、その差はある物ですし。」
「ええと、なら、そうよねこっちは前の貴方よりも。つまり、でも、そう言った願望があるようには。」

まぁ、このように混乱するのが当然という物だ。

「積もる話もあるでしょう。しかし、私たちには私たちの言葉があります。そしてかつての非礼についても、理由を示せるものですから。」
「オユキさん、さっきは尋常の事と。」
「私がまだ目録を得る前でしたし、名乗れと言われても。」
「そう言う事ですか。」

そして、ならば名乗れる相手を連れて来いと、習い覚えた物を示すことも許されない相手にあしらわれる己は何なのだと、それはもう大いに絡まれた物だ。
それこそ目録を得てからはいよいよゲーム内に置いても出来る事が増えており、流派としての立ち合いなどというのもまず無かったこともある。

「まだ慣れも無いでしょう。それでもと、挨拶を望まれるのでしたらかつての門徒その不始末は私が払いましょうか。」
「トモエさん、良いのですか。」
「オユキさんは、掌がまだ。」
「一戦程度であれば、そうも思いますが。」

そうオユキが零した言葉に、それを許さぬ相手からすぐに鋭い気配が飛んでくる。そして、慣れているから、慣れていないから。両方の理由でカリンが間合いを作ろうとして、派手に体勢を崩す。

「ああ、本当にいいわね、こっちは。」
「まずは馴染ませるのが先かと、お互いに。改めて今はこの身がトモエです。」
「カリンよ。初めまして、というのも私からすればこう、何か違うのだけれど。」
「ええ。勿論ですとも。そちらは流石に名前までは分かりませんね。鞘の飾り紐、柄の作りにしても有名な二つかとそう考えてしまいますし。」
「独学よ。名乗りに許可がいる武門だったのね。」

そうして、カリンがトモエに手を引かれて立ち上がった後に、オユキの前に立ち、改めて深々と頭を下げる。

「そうとは知らず筋違いな怒りで追い回し、過日はさぞ小人の愚かさに辟易された物かと。」
「いえ、名乗りを上げられぬ程度の技しか収めておらぬのに、人に武器をもって向かった、愚行とそう呼べることを行ったのは私も変わりません。」
「そうですね。父は許可を出していたのですか。」
「ええと、良い経験だろうからと。魔物ばかりで、どうしても目的意識のぶれが生まれたこともあり、寧ろそれも疎かにするなと言われて少々。」
「ならば当時は父の教えの下、私から何を言うでもありませんか。」

そう、名乗りを上げられない状況それは少年たちと変わらない状況だったという事だ。つまり人に向ける、その前に許可を求めなければならぬ。

「どうにも、私には理解できぬ世界の話ですね。サムライでしたか。そう言った精神性はとんと。
 勿論、狩猟で珍しい食材をお持ちいただけるのは喜ばしいのですが。」

それについては、そう言うものだろうと、そう言うしかない。
今この場には、なんだかんだと慣れた顔も多い。少女たちにしてみれば、大いに不満があるとそういった視線をオユキに投げかけているものだ。
話しかけてこないのは恐らく、仰々しく連れ立ってきたから緊張もあるのだろうが。

「そういえば、アルノー様は南仏辺りの料理が特にお得意とか。」
「生まれがそこでしたから。やはり慣れたものが使いやすかったのがありますね。勿論研鑽は欠かさず行った物ですが。」

さて、どういったものが有ったかとオユキが記憶をたどる。直ぐに出てくるのは兎。それこそここら一体で際限なく得られるそれだ。

「オユキさん、北になりますけど、ガレットお好きでしたからね。」
「ほう。それはそれは。ええ、勿論ですとも。サラザンの物ですか。」
「半々くらいだったかと。」

基本的にオユキは手間のかかる食事を好まないこともあるし、頓着しない。それでも中にはトモエに求める事が有るものであったり、出先で必ず買い求める物であったりと、気に入っているものは存在していた。
本人は気が付いていないようだったが、毎度必ずと、そうする程度には好んでいたのだ。

「チーズとマッシュルーム、それからベーコンに卵、そう言った物を一度に入れた物を特に好んでいたかと。」
「このあたりはスペインでしたか。となれば豚のいいのもあるでしょう。香草の類が向こうとは違いもあったのでバランスの調整が要りますが。」
「その、私としてもワイン煮でしたか。」
「リクエストは喜んで。どうしても今暫くは、全てにお応えさせて頂くのは難しいですし、練習も要ります。しかしその環境をご用意いたっだけるのですから、私は私の皿でお応えしましょうとも。」
「そういえば、私も晩年は粥の類が多かったし、久しぶりにしっかり食べたいわね。」
「ええと、トモエさんから見て、私はそこまで好んでいましたか。」

そうして異邦人四人、なんだかんだとこちらの調理、知っている料理と同じかどうかわからないため遠慮もあったが、理解がある相手であるならとトモエも料理についてあれこれと口を出す。
本人に自覚のない好み、それを把握されていたことに何やら気恥ずかしさを覚えているらしいが、そういう物だとしか言えず、トモエも流している。作って、提供している側だからこそ、食べる速度や順序、そう言った事から気が付くことも多くあるというものだ。
そして、侍女としてそれらを提供する予定の人員に言葉が今一つ伝わっていないのだと、そう言った視線も寄せられているが、その頃には残った一人が、祈りを捧げるのを終えて固まった一団の下へと歩みを進めて来る。

「お待たせしてしまいましたか。」
「いいえ。ヴィルヘルミナ様。彼の歌姫にこうして直接語る事を許される、その感謝に比べれまお待ちさせて頂く事など何程も。アルノーと申します、レディ、お見知りおきを。」
「見た事が有ると思えば、あの。ええと、貴女にとっては取るに足らないだろうけど、カリンよ。」
「ありがとう。ご存知のようだけれど、ヴィルヘルミナ。ただ歌が好きなしがないヴィルヘルミナ。どうぞよろしく。許されるのであれば、神をたたえる歌をとそうも思うのだけれど、今知っているものはこちらの神々に捧げる物では無いのよね、困ったわ。」

そうして嫋やか、それを体現するかのような振る舞いで、悲し気に目を伏せる。
その辺りはどうであろうかと、すっかり顔なじみの助祭にオユキが尋ねれば、実に快く許可が得られる。須らく人が感謝の心をもって行う事を、神々が拒むことは無いのだと。

「そのようですから、望まれるのでしたら。伴奏などはありませんが。」
「ありがとう、かわいらしい子。でも、大丈夫よ。伴奏など無くても、楽器など無くても。声があれば、打ち鳴らす手と足があれば、それだけで音楽なんて作れるんだから。」

そうして、身をゆるりと翻し大きく手を広げたと思えば独唱が始まる。

知らぬ言語故か、それにしても紡がれる言葉は意味のある言葉に聞こえる物では無い。ただ、それでも何か美しい物を聞いている、その事実だけははっきりと分る。
神殿に比べれば狭いとはいえ、百人単位で人が入れるような教会だ。それだというのに当たり前のように教会中にヴィルヘルミナの声が響く。のびのびと、切々と。神に捧げる歌として。
何処からともなく、柔らかな光が一人謳う彼女を照らし、周囲を華が舞う。それに気が付いた風もなく、ただただ歌が続く。
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