憧れの世界でもう一度

五味

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13章 千早振る神に臨むと謳いあげ

秋の涼風

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さて、体調に問題が無い。そう医歯薬を頼んでいる相手から距離が下りたのであれば、トモエとオユキが望むことなど決まり切っている。

「その。」

そして朝食を取り、アイリスとアベルの二人を送り出せば二人して庭に出て向かい合う。
短い期間ではあったが、型を取ったというウーヴェに頼めば、わずか半日で木製の模造刀が出来たため、互いにそれを引っ提げて芝の覆う庭で向かい合う。
それに対して侍女としての人物がもの言いたげにする理屈というのは、まぁ、理解できるものではあるのだが。

「鍛錬であれば、楽な格好を選びたいものですから。」
「人目もありますし、鍛錬であればこそ、そうとも思いますが。」

こちらに来てからすっかりと馴染んだ、実に楽な装備を着込んでトモエとオユキが向かい合う。

「ああ。確かに、そう言った理屈も分かるのですが。」

鍛錬であれば、実践に準じる装備で。そもそもそれを使うと想定する場面で使わない装備で行う訓練、その有用性に対して、近衛、騎士の一つの極致である人物からの苦言も含んでいるらしい。

「何と言いますか、あまり詳細にお伝えすることは叶いませんが。」

オユキが言葉を選ぶ必要があるのだと枕を置けば、トモエもそれを踏まえた上でそれに続ける。

「訓練にも段階が有りますから。今回はオユキさんが病み上がり、療養空け、そう言った状態ですので。」

公爵、直接の雇用主から優先順位については言及されている。どれだけ身近で恩が有ろうと、買われている情報を、他に先に出すことは出来ない。
実際の所、流派としては制御、身体、精神、選択肢、そう言った物に重きを置いているため、装備は何でも構わない。寧ろ、それに依存するという選択肢が有りえないからだというのが大きいのだが。
戦場に立つにふさわしい装備無くして実力が発揮できない、それの何処が常在戦場の心構えか。義父だけでなく、そこからしばらく遡ってもそう言った言葉が残っているのだ。それを口に出せば、戦もなく魔物がいない世界で何故そこまでとまた首を傾げられる事にもなるのだろうが。そう言うものなのだと、それ以外の言葉がトモエの口からついて出るはずもない。

「成程。関連したことではありますが、降臨祭でトモエ様は。」

部屋の外、公の場であるため、呼び方もそれに準じている。

「大会の時公爵様に用立てて頂いたものが有りますので、そちらを考えていますが。」
「意匠が季節に合わないようにも思いますが。」
「手配が間に合いそうもありませんが。そうですね、後で確認して、仕立て直して対応できるのであれば。」
「こちらの職人には馴染みが無いのですが、商業ギルドで確認したうえで対応と、そうするしか無いでしょうね。」

侍女の役割として、それには満足が行くものでは無いのかもしれないが、納得してもらう他ない。そもそも不測の事態だ。ある程度は対応できるように幅は取るが、それを超えてしまえば、どうにもならない。

「お手数かけます。では、オユキさん。どうぞ。」

話はそこまでとトモエが終わらせる。
送り出すべき相手の用意を待っている間にも、急ぎの手紙などはオユキも書き上げたがその間にもメイやギルドから確認すべき手紙も来ている。かつてと同じ、訓練に仕える時間というのはどうした所で限られているのだから。
そして、明確な差が未だに横たわっていることもあり、誘われるのは変わらずオユキだ。

「では。」

オユキから、ゆったりとした、確認のための速度で動き出す。手に持つ道具は当然違うものだが、流れは先に話題に上がった大会、それと同じものとして。簡単に感想戦は行っているのだが、確認にまで手は及んでいない。だからこそ、それを、互いに話した流れを確認することも含めてオユキから仕掛ける。
二刀であるため、根本から違う理合いではあるが手前で誘う、そこから回り込む。そう言った部分については行えるものであるから。

「まずはここですね。」

そして、前回と違ってトモエが得物を併せたところで止められる。

「はい。柄で止められる、その判断もあっての振る舞いでしたが。」
「ええ。私ももう少し続けたい、その思いがあることを組み込んでの事でしょうが。」

そして、空いた手をトモエが峰に沿える。

「神授の太刀でしたし、折られることは無いかと。」
「流石に私も試したいとは言えませんが、体勢が良くありませんでした。下から上に向かっている所に、こうして上から抑える手立てはありますから、次に制限を掛けられます。あの時は、構えの向きとして、次に跳べる位置を絞りましたが。」
「分かっての事でしたが、そうですね。柄迄を一息に縮めて、肘まで衝撃が通れば動きは想定よりも引っかかりましたか。」
「加えて、角度も私に有利ですから。オユキさんが動く方向に太刀を弾けば。」

そして、トモエが次に動こうとするのに合わせてオユキが動けば言われたとおりの事が起こる。膂力の差が有り、オユキの武器はどうしてもトモエの太刀に絡めとられている。そこから伝えられた力の結果として、次にオユキが動いた先には、手に持つ武器が邪魔をする、そのような位置に迄押し込まれている。

「避けようと距離を取れば、間合いの振りがまた生まれそうですね。ただ。」

慎重さがあるため、上から下。トモエはそうするしかない。その結果として下がった太刀をオユキが逆に絡めた上で、次の動きを作る。あくまであの時の流れ、その続きとして。
片手で持ったままの得物、それを流し、回し、トモエの太刀を抑えるようにしながら、更に回る。ただ、その途中で失態に気が付く。手首を回しすぎている。柔らかさを維持できないほどに。

「はい、そうですね。私は両手が使えますから。」
「ならば、ここで手放すしかないのですよね。」

実際の場程集中が出来ていない。だからこそ判断は遅れ、結果は実際に得たからしかオユキには分からない。そこまで動いた結果に従い、片方の得物を手放したうえで次に動けば、当然のようにそれは拾う事も出来ない位置に弾かれる。

「ただ、やはりここまでは正解だったとも思います。」
「はい。よい選択であったかと。」

だが、そうなったところで初期の目的は正しく達成できているのだ。トモエはどうした所で次の動きの為に手間がかかる。それはオユキも変わらないが、トモエは太刀を振り上げ、小柄なオユキが飛び込みやすい空間が生まれている。そして、そう言った間合いで有利に働く小太刀、短刀が懐にあったのだから。

「誘いであったとしても、飛び込まざるを得ないんですよね。」

そして、細い勝ち筋というのは、オユキはここから先にしか見いだせていない。

「それこそ状況次第ですが、正解でもあるんですよね。私としても、距離はこちらから詰めるよりも寄って来るのを捌かなければいけない、そう言った差ですから。」

トモエにしても、現在の身体の差というのは不慣れが存在するのだ。ここまで極端では無かったが、元は逆であるし、指導を超える物となれば、相手は常にトモエよりも上背では勝っていたのだから。
慣れた流れとして、魔物相手、そこで掴んだ流れを選択せざるを得ない、そういった理由もトモエに存在しているものだ。

「弾かれましたが、流れの続きとして。」
「では、そのように。」

本来であれば無いはずの得物、もう片方の手に残ったそれを使って体制を作ろうとすれば、それに合わせてトモエも試合と同じ選択を行う。太刀を投げる、そのために切っ先だけを下げ、柄に手刀を当ててそこから打ち出す構え。

「点の攻撃ですから、ある程度は覚悟して躱すとして。」
「そうですね。仕留めるに足りないのは、私の未熟です。誘いとして使ったこともありますし。」

オユキは、それから逃げるためにさらに無理な動きがいる。実際に打ち出したりはせず、トモエがそのまま落とすのに合わせて位置をずらしながら踏み込む。

「ここで、変形の技も想像は出来ていたのですが。」
「見せた事が無かったはずですし、対応されたのには、私としても驚きましたとも。」

そこからは空いた手と足を使ってトモエがオユキの武器を奪い、己の物とするそう言った動きが生まれる。それに付き合わず、己の有利をぶつけるためにと、懐に仕込んだ小太刀は無いがそれを取るそぶりを見せた上で抜き手を作りトモエに突き込もうとするが、やはり対応できない速さをトモエが作る。
実際に使われた物とは違い、緩やかな動きにそぐわぬ普段の戦闘と変わらぬそれではあるのだが、決着を見るには十分な速度。その結果がオユキの喉元で止まる。

「理屈は分かりますし、何処かで聞いた覚えもある物ですが。」
「無駄を排して早く動く、それと同時に早く動くための術自体も、勿論研鑽を積むものですから。」

トモエにしても、それを行えば寸前で止めるのも難しい、そう言った物であるらしいのだが。

「これを前提とするなら、もう少し遠間からというのが正解かとも思いますが。」
「負担はありますが、併用して全てを打ち落として、そうする手もありますよ。」
「やはり合間で隙を作る、それしかなさそうですね。」

より細かい所まで互いに話し合いたい、そう言った思いはあるが耳目が多すぎるため、それが出来る訳もない。
落とした武器をそれぞれに広い再び向かい合う。

「手段を択ばない、そこまでさせる事が出来たのだと、今は喜びましょう。」
「そうですね。オユキさん以外では使うつもりもありませんでしたから。」

では次はと、手癖で対応できる動きをトモエが作る。確認すべき、特筆すべきことが終われば、そこからは普段通りの鍛錬を積む。少年達にはまだ早いが、型の応酬、それを順番に。

「オユキさんは、まだ本調子ではなさそうですね。」
「確かに、疲れを感じるのが早いですね。」

少年たちに教える傍ら、しばしば行っているものだが、半分程度の流れを終えたところでオユキは既に汗が浮かび始め、季節の移り変わりを感じさせる風の冷たさを覚える。

「ほどほどにしておきましょう。」
「ええ、そうですね。」

ただ、そこですぐにやめる様な物でもない。トモエとオユキ、二人にとってはこうしている時間も実に楽しく、得難い時間なのだから。
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