憧れの世界でもう一度

五味

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12章 大仕事の後には

食事会

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王都では当たり前だったが、道中は席が別れていたこともある。少々久しぶりに感じる物ではあるが、ここでも巫女が招かれた、それを知らしめる必要はやはりある。侍女という名の近衛の手によって支度が終われば、改めて公爵家へ。少年たちにしても、リース伯の家で着替えた上で改めて一堂に会することになる。
対外的な事として、出入りは物々しく、挨拶なども正式に行うものだが、食卓に着いてしまえば普段通りだ。

「やはり、常日頃魔物を狩っているその方らは、体力があるな。」
「公爵様は、お加減は如何でしょうか。」
「流石に、未だ疲労が残っておる。」

公爵夫人にしても、見た目にそうは見えない。要は隠すことに慣れている、そういう事なのだろう。現に慣れていない二人については、顔色は化粧で隠しているようだが、疲労が露骨に滲んでいる。
何処か座っているのもつらそうな、そんな風情に大丈夫だろうかとは思うのだが。

「巫女様、どうぞお気遣いなく。」
「分かりました。ですがその疲労は理解ができる物です。そして数日後にはまた移動があります。中座を非礼と思う事はありませんから。」
「ご配慮、誠にありがとうございます。申し訳ございませんが、ごあいさつの後には。」

しかし、挨拶にしても、そうオユキが考えて公爵に視線向ければ苦笑いと共に、公爵がファルコを呼ぶ。どうやら後から伝えよという事らしく、順番を入れ替える様だ。

「オユキ殿。改めて私がこの人物をと願った二人です。リュディヴィーヌ・リーズベル・ラスト子爵令嬢とサリエラ・アンブロシア・アルマ男爵令嬢。学び舎にいる頃から、どうにも粗忽な私に気をかけてくれた、得難き友人です。また、こうした苦難があると伝えた上で、それでも助けを願った私の手を取ってくれた、そんな人物でもあります。」
「戦と武技、その神より巫女の位を頂いているオユキ。今後ともどうぞお見知りおきを。」

この場に同席しているクララから、リュディヴィーヌについては、それだけではないと聞かされているが。やはりファルコに気が付いたそぶりはない。年頃もそう言った者であるし、今はまだ夢を追いかける、そちらに傾いているのだろう。

「二人とも、オユキ殿は知っているだろうが、隣におられるのがトモエ殿だ。彼の神の名の下に行われた大会、その勝者であり、今は私が剣を習っている相手でもある。学び舎においてもそうであったように、私が特にトモエ殿を上に置く、そういった振る舞いを取ることもあるだろう。了見してくれるよう、改めて頼む。」
「ご紹介に預かりました、リュディヴィーヌ・リーズベル・ラストと申します。教師に習うその理解は勿論持ち合わせておりますし、オユキ様には過日姉がお世話になったとも伺っております。未だ無位無官の身ではありますが、どうぞ良しなに。」
「その、サリエラ・アンブロシア・アルマです。男爵と言っても名ばかりで。元はただの行商ですから。あまりかしこまらずにいて下さると。」

それぞれの挨拶を受け、席についたまま軽く頭を下げる。

「クララ様には、以前ご縁があった。その流れの中の事です。どうぞお気になさらず。」
「いいえ、オユキ。その件については何度でも貴女に感謝を。既に剣は返納した身ではありますが、望まれればいつでも貴女に。」
「現状では、それが魅力的に聞こえてしまうのが困りものですね。」

クララの提案、オユキはそれを正直ありがたいと感じてしまう。近衛とは旅の間に少しはと、そう思っていたが基礎体力が違う。そしてオユキよりも、多少は体力のあるトモエは添え物だ。無論、政治的に重要な立ち位置ではあるが、国法で決められているのはオユキだけなのだ。そこにはやはり優先順位がある。オユキが眠れば、そこからトモエに付き合う訳にもいかない。彼女たちの仕事の時間が始まったという事なのだから。
始まりの町に着いてから、関係を深めていくつもりではあるが、こちらも入れ替えがあるとオユキは予測している。何度か食事を共にし、短いとはいえ気安い旅をしたクララ、それが統括として借りられるなら、願ってもいない事ではある。

「クララ。貴方はまず先にレジス候を迎えられる、そうなるよう努めなさい。」
「お姉さま、恩義に報いるのは良いとは思うのですが、それは与えられた機会を得てからかと思いますわ。」

少々鼻息の荒いクララの宣言は、二人に直ぐに止められる。
今用意された席で、数少ない疲労の色を見せない人物だが、そう言われれば僅かにたじろぐ。

「リュディ。貴女こそ、もう少し鍛えたほうが良いのではなくて。高々この程度の移動で、その様子です。今後も増えますよ。」
「ええ、そればかりは私も重々。公爵様。」
「うむ。」

リュディヴィーヌがそうして話を振れば公爵も頷きを返す。

「ファルコも含めてだが、生憎と組織立ってとなるのはまだ先になる。無論既に任せることもあるが、それにしても余裕のある物だ。」
「畏まりました。そうであれば、私たちの同行者として今しばらくは。」
「頼む。その方らにしても、今後は始まりの町と領都、その行き来が多くなる。我がそれをできぬ中、心苦しくはあるが。」

公爵にしても、叶うなら少しくらいは。そう思うところもあるのだろう。トモエとオユキにしても旅の疲れで何もできぬ。それについては思うところもある。より忙しい身の上としては、それに対して改善を考えるだろう。最も立場がそれを許さないのだが。
加えて、今後、その展望も含めている。どうしたところでダンジョン、それが領主の権限に帰属する産物である以上、領主に求められる義務には、その身内に求められるものが新たに増えている。拠点を増やす。その義務に配慮はあるのだろうが、裏を返せば、その分が別に増えたというだけだ。

「その、私は剣も持ったことが無いですけど。」
「問題ありません。既にそういった相手も見ていますから。」

アルマ子爵令嬢が、何処か怯えるように言うものだが、トモエの返答は簡潔だ。
その言葉に何か不穏を感じたのか、少女たちの緊張感が高まるが、公爵夫人が話題を変える。

「食事の前です。あまりそういった話題ばかりも良くないでしょう。」

そうして手に持つ扇子を数度振れば、使用人が装飾の美しい小箱を持ってきて、公爵夫人の前に置く。

「以前の約束もあります。シグルドから受けた礼品、時間はかかりましたがその加工も終わっていました。」

そうして夫人が蓋を開け、それを使用人に渡せば離れた位置にいる少年たちの下に運ばれる。
覗き込んだ少女達から華やいだ声が上がる物の、当の本人からは。

「おー。こんな風になるんだな。」

理解できるものではあるが、そのような言葉があるばかりか。

「拾ったのは、もっと大きかったようにも思うけど。」
「悩みましたが、割る事にしました。主人と揃いの物にしようと。そちらはまだ間に合っていませんが。」
「へー。」
「今完成しているのは、削りだしたものの中でも、小ぶりな物ですから。」

シグルドにしてみれば、どうしたところでそこまで興味がわくものでもないらしい。感心していた言葉は本物ではあろうが。少女たちが揃って華やいだ声を上げれば、他にも3名ほどそちらを気にするものもいる。少し時間がたてば、今度はそちらの前に。
それに大きく声を上げたりはしないが、やはりため息は漏れる。そして、この位置に来ればオユキも視界に入るが、まぁシグルドと感想は変わる物では無い。美術的な価値はわかる。それを称賛する言葉も口に出るが、欲しいかと言われれば首を振る。トモエにしても。
以前見たシグルドの拾ったグランディエライト、その中から色味も併せて慎重に加工をしたのだろう。一回り大きな深い青に輝く石を中心に、端に向けて青緑の実に鮮やかなグラデーションで並んでいる。どれも透明度も高く、食卓を照らす明かりの元、実に煌びやかな輝きを放っている。
ビブネックレスとして、領都の特産でもある銀を主体に使い、公爵家の家紋を意匠としていくつも連なっている。そして使われる石にしても、主役はシグルドの礼品だが、それを飾り立てるように上下にいくらか足されている。

「こちらは、この機会、貴重な出会いを得られて事に感謝し、当家のあやかる月と安息の神に納める予定の物ですが。」
「あー、公爵様が身につける用のは、あるんだよな。」
「ええ、勿論ですとも。特に大粒の物を私と主人で割り、それを活かす形で。」

そのアイディアに、女性陣から華やいだ声が上がる。オユキはそっと公爵に目配せをすれば、何処か疲れた顔をしているあたり、この公爵にしても得意分野ではないらしい。
思えば、常日頃あまり装飾を身に着けていない。

「色味だけで見れば、水と癒し、そちらに近いものに見えますが。」
「トモエさん。」

そして、うっかりと。そういった様子で零したトモエの声をオユキがすぐに止める。
そして、正しく意図が伝わったのだろう。直ぐに失言を悟ってくれたものだが、遅いかもしれない。オユキとしてもそれをすでに察する程度の経験はある。
そして異邦人二人が、そのような不穏を漂わせれば、そういった事に聡い相手は気が付くという物だ。夫妻からの視線が注がれ、それに気が付いたものたちが順に口を噤む。
そして静かになったその場で、アイリスの声が響く。

「オユキ、後で話があるとかの神が仰せよ。」
「今度ばかりは、私に非がないものと、そう言っても良いのでは。」

オユキには届かなかったが、アイリスには届いたらしい。恐ろしい姉を持つあの神から。

「神像を見るに、どちらの柱も殊更装飾を身につけてはおられませんでしたが。」
「えっと、オユキちゃん。虹月石、もう忘れたの。」

アナの呆れたような言葉に、思い当たる。少なくとも片方は確かに装飾を好む素地がある。

「水と癒しの神は、青緑閃石であったかと。」
「えっと、このあたりだと、水と癒しの女神様の色に近いから、よく使われてるだけだよ。月と安息の女神様も、他にも黒曜石とか、真珠とか。そういった飾りを好まれるもの。」

詳しい相手が側にいる、どうにもそれがよろしくない。なんとなくそんな八つ当たりじみた考えをしながら、公爵夫妻に視線を向ける。

「残りは、どれくらいであったか。」
「小粒の物は、今ある物の半分程。」
「華と恋かの柱もおられる。我等が揃いで身に着ける物には、何も言われぬであろうが。」

公爵がそして深くため息をつけば、一先ず面通しの終わった二人の少女がその場を退席し、無難に食事会。道中、どうしても作法から離れた者達への、再教育も含めた場となる。それも、何処か気もそぞろではあったのだが。
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