憧れの世界でもう一度

五味

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12章 大仕事の後には

過酷な道行の中

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馬車の違い、それは大きい。だが、それだけではどうにもならない物はある。
以前は、あれでも抑えていたのだと、いやでも思い知らされる速度で周囲の空気がただ流れる。以前同行していた傭兵ですら、ついていけない。そんな速度での移動が行われれば、振動に加えて、音も防ぐには限界がある。それでも過去の異邦人によるものだろう。衝撃吸収機構等も加えられているため、オユキもどうにか意識を保って移動をこなせている。
それにしても、単純に通常三日の距離を一日で移動しているため、宿場町で休憩できるからなのだが。

「にしても、騎士様ってホントスゲーな。」
「ええ、本当に。」

傭兵、近衛については交代でそれぞれの馬車で休憩しながらとなるが、第二騎士団。騎兵で構成されるその10人程の集団は、当然馬車に随行し、魔物を蹴散らしている。そして、当たり前のように団体であるため、町で野宿といった形になる。おかげで、皆短い時間ではあるが、体を動かす事も出来ている。

「第二は、基本遠隔地への遠征、伝達が主要任務だからな。お荷物が無けりゃもっと早いぞ。」

そうアベルに言われ、今はそれぞれ騎士達が世話をする馬を見る。パレードの時は距離と、重装の騎士が乗っていたためあまり気にならなかったが、こうしてその姿を見ると、肩まで2メートルを優に超える馬は、もはやトモエには別の生き物にも見える。足の一本、それが下手をすればオユキの半分以上の太さがあるのだから。
大人しく世話をされ、乗り手に甘える様子を見せるその馬たちは、かわいらしいと、そう思えはするが恐らくトモエは甘えられるだけで倒れる。
そして、そんな様子を見ながらも、オユキが時間を見ては鍛冶職人と話、更に手を加えた調理台を使い、少年たちと料理をする。野菜は宿場町で魔物の肉を収めた上で買い求めているため、今回は保存食は今の所移動の都合で野営をしなければならなかった、その時以外に出番がない。
また、串を手づかみ。そうできない同行者もいる事から、折り畳みの机に椅子。そう言った物も用意されている。食器については緩衝材などが無い為、金属製の物をおがくずに放り込んでとなっているが。

「でも、これあるといいよな。なんか、干し肉と干し野菜ばっかだと。」
「やはり、それだけでは必要分が賄えない物ですし。食事をとる。その状況にしても、こうして安心ができる場とそうでは無い場、その差もありますからね。」
「そんな物か。」

そしてオユキは少女たちに捕獲され、トモエと少年たちが串に通すための具材をせっせと切り出している。そちらは少女たちの方が少し背は高いが誤差の範囲。公爵家と、伯爵家の使用人、それからトモエが使う物に比べて、随分足を深くまで埋めている。その為、遠目に見る分には実に微笑ましいものだ。

「そろそろ、先に置いた物は焼けそうですね。皆さん、配ってきてくださいね。」

そうして既に火にかけていたものをトモエが皿にとって、火はまだ危ないとされている少年たちに渡せば、それをせっせと配り歩く。

「おっちゃんとしては、どうよ。」
「正直な話、真似はしたいんだがな。」
「おー、ってことは、経験あってもやっぱこっちのほうが良いのか。」
「ああ。それは間違いない。普段なら、そろそろあそこの新人共がへばるはずだが、その様子もない。」

そう、この流れには、前提がある。当然新人、今後を考え育てたいもの。そう言った人員が当たり前のように混ぜられている。それにしても、盛大に荒れた会議があったと公爵から聞きはしたが。

「だが、場所を取る。それで結局は無理だな。」
「へー。」
「疲労がたまり、体調が悪くなれば、当然戦力も落ちる。だが、それでも作戦の遂行に問題が無い。そうであるなら他に持っていくものも多いし、作戦で得る成果、それを多く持ち帰らなきゃならん。」
「おー、大変なんだな。」
「大変なんだよ。だから、初めから主要な道については、計画を立て拠点を置いてるわけだ。」

そうして話している間にも、トモエはトモエで買い求めた者に加えて、公爵家の料理人から分けて貰った香辛料や香草を鍋に加える。生憎調理台の大きさには限界があるし、鍋にしても、それなりの大きさのものだ。流石に一度で全員にはいきわたらない。特に騎士たちは、その見た目通りよく食べるのだ。

「アベルさんが食料の確保、それに難儀したのもよくわかりますね。」
「必要だとはわかっちゃいるんだがな。」
「あー、俺らの倍以上食べるもんな。」
「それが必要になる、それぐらい体を確かに動かしちゃいるからな。騎士団の食堂なんざ、まさに戦場だぞ。」

一人当たり、それを数千倍。それは確かに愉快な量の食事が必要になる。

「こちらは、それなりに問題が無いので、向こうの使用人の方に。熱く、重たいですから、気を付けて。」

貴族両家、その使用人にしても料理人は流石に同行していない。慣れない作業を慣れない道具でどうにかと、そうしている相手にトモエからも差し入れを運ばせる。貴族が集まる席には、初めての苛酷な旅で、かなりへばっている少女二人がいる。イマノルとクララは、むしろ楽な道行だと、そう言わんばかりではあるのだが。

「わざわざ肉を別に焼いてから、入れるんだな。」
「はい。焼かずに煮ると旨味に近いものは、早い段階でスープに逃げますからね。それはそれで良い物ですが、具材それぞれを楽しむのであれば、こういった作り方もあります。」
「よく知ってんな。オユキはあんななのに。」

以前、トモエが見る前に一人でやっていた癖だろう。台の上で纏めて一口大に切ったものを、全て一息に鍋に放り込もうとして少女たちに止められている。

「俺でも分かるぞ。」
「向こうでは、食べれればなんでも。そう言った様子でしたから。」
「結構詳しいし、拘ってんのかと思ったけど。」
「味の違いが分からないことは無いのですが、それにしても私が食べるのが好きだから、それが理由ですよ。」
「仲いいよなー。」

そうして話しながらも、少しづつとりわけ食事の用意をする少年達に、それらを食べながらとするように言う。行儀は良くないが、人数の多い食事を用意する、料理人でも無い者たち等、裏側はそんなものだ。一緒に食べる時間が無いから、作りながら食べ、片づけるころにはお互いに時間ができるという者だ。食前の祈りについては、準備を始めるときに揃ってすることとして決着を見ていることもある。

「こちらも、そろそろ良さそうですね。」

そうして早くから仕込んでおいた鹿肉のローストの様子を見る。鉄串を指し、そこから流れる肉汁の色を見れば、失敗というほどではないことが分かる。
それを台に乗せ、切りだしていけば、流石に公爵家の料理人との差は、まざまざと見える物だが。半分ほどは、配膳を任せるためにまた子供たちに頼んで運んでもらい、残りはこちらで手に入れた野菜などと一緒に、合わせて買い求めた薄焼きのパン生地でくるんでしまう。

「はい、皆さんもどうぞ。」
「手際良いな、本当に。」
「これも慣れですよ。アベルさん、他の方は、こういった物は。」
「串に直にかじりつくような連中だ、むしろ上品な部類だぞ。」

さて、荷台の調理台を使って、もう一つ鹿肉の塊も仕込んである。少なくとも、一人に一つ。その程度はいきわたるだろう。

「にしても、わざわざここまでとも思うがね。」
「オユキさんも言っていたでしょう。食事、楽しい場にしたい、と。」

トモエとしては、以前の食生活、それを知っている相手がそんな事を言うのはおかしいとも思うが。それは、誰かと共に、そうだからこそなのだろうとの理解もある。
トモエにしても、自分一人だけであれば、最低限はあるが、そこまで気にもしないのだから。同じ席に、誰かがいる。そしてそれなりに親しい間柄。ならば互いに楽しいものであるように。そう心を砕くものだ。

「ま、あいつらもなんだかんだと楽しそうだしな。」

視線の先では、一つまみでは無く、一掴みの香草を煮立った鍋に放り込もうとしたオユキ。その無体から鍋を守るようにアドリアーナが両手を広げて立ちはだかっている。

「オユキは、見た目と違って雑だからな。」
「あー、そうだよな。確かに、雑って言い方がしっくりくるな。」

そんな少年たちの率直な評価を聞きながら、トモエは次の鍋を薪が燃える場所に移し替え、火を入れる。こうして話しながら数回転がした串にしても、そろそろ良い頃合いだ。
少し離れた場所、少女たちにあれこれと声をかけるファルコと、それを微笑ましく見守る者たち。大仕事が今はひとまず終わり、この移動が終われば、またそれに向き合うのだ。
そう考えれば、今は体力はしっかり削られるが、それでも休憩と呼んでも差し支えない時間だ。そこにどうにかより良い環境を、その心配りと言うのは、確かに伝わっている物だろう。この後の片付けについては、確かにこれほど大規模なバーベキュー、相応に手がかかるはずだが、そこは魔術ですぐに片が付くのだ。そういった意味で役割分担も出来ている。

「そういえば、シグルド君とパウ君は。」
「オユキよりはまし、その程度だ。」
「ああ。下ごしらえくらいは手伝うが、水汲みや他の力仕事の方が多いからな。」
「成程。それこそ集団生活ならでは、ですね。」
「にしても、思ったより早く戻れそうだけど、どうすっかな。」

そうシグルドが零すが、確かに、それは一つ大きな問題ではある。

「今更、丸兎もな。大事な事だと分かってはいるが。」

そう、今後を考えれば、必要だとはわかる。肉、小さいとはいえたまにでる毛皮。何よりも魔石。

「こうして馬車もいただけましたし、少し離れて、日帰りできる場所に定期的に。それもよさそうですね。」
「おー。」
「ま、その辺りはお前ら、特にオユキとアイリスは近衛とまず話してからにしてくれよ。」
「そういや、おっちゃんはどうすんだ。」
「俺は、メイの嬢ちゃんの手伝いが主体だな。ギルドはルイスに任せるしかないだろ。」
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