憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
399 / 1,235
11章 花舞台

終幕

しおりを挟む
衆人環視の中で巫女が刺殺される。そのような愉快な催しがあったため、場は少々賑やかな事になったらしい。目が覚め、身動ぎをすれば、側に控えていた神職の物から、その後の事をかなり濁した言葉でオユキは伝えられた。
用意された場の外に出れば、傷が治るとはいえ、あくまで問題が無い範囲。

「どれほど気を失っていましたか。」
「一時間ほどでしょうか。」
「それは、随分とご迷惑を。」
「いえ、場を整える、その言い訳もありましたから。」

首から太刀が抜かれた、そこまではオユキも覚えているが、そこから先はこうして目を覚ますまでの記憶が無い。あの状況であれば、それこそ固まった血が喉に残り、まともに言葉も出ないだろうに。
それについては、それこそ意識の無い間に手が入ったのだろう。

「トモエさんは。」
「今は別室で支度をされていますよ。」
「流石に、勝者の表彰、それに普段のままは許されませんでしたか。」

公爵家から、狩猟者として慣れた装い、それについて出された苦言は退けた物の。だからこそ、式典の場ではと言う事だろう。
オユキにしても、こうして目を覚まして起き上がれば、何やらしっかりと飾り立てられているようでもある。寝て皴に、その懸念もあるが、それこそそうならぬように配慮があったのだろう。
ただ、疲労は完全に抜けてはいない。相応に血を流してもいるのだ。それこそ、完全に回復するにはそれなりの時間もいるだろう。
回復の奇跡、それはかけられるものにも負担があるらしいのだから。

「では、早速動きましょうか。」
「もうしばらく、そのままお休みください。やはり場が荒れていますから、今はまだ鎮静の祈りが先に。」
「相応に流血などもありましたしね。」

ただ、休めるのならば有難いと、上体だけを起こして、改めてオユキは体に不調がないかを確かめる。話す分には問題はないが、額や、頬には痛みが残っているし、喉にしても触れれば痛みがある。
そして、疲労以外の体の重さもある。太刀が抜かれた以上、口から以上にそこから流れたのだから、仕方はあるまい。それにしても、今身につけている衣装も、替えはないはずだが。そちらも、手間をかけたらしい。
そんな事を考えているうちに、ノックの音が部屋に響く。そして案内されてはいってきたのは、見知った顔だ。ただ、振る舞いに関しては、稀にしか見ない物ではあるのだが。

「失礼する。場の浄化、それも間もなく終わると報告を受けた故、巫女オユキの支度について伺いに参った。」
「畏まりました。既に目を覚まされてはいますが、やはり疲労は残っておられる様子。」
「この後については。」
「はい、補助は願う事となりますが。」
「流石に、致命傷を負ったのだ。それはこちらも理解している。であるなら、心苦しくはあるが準備を願いたい。」
「畏まりました。」

初めて見る礼装姿のアベルが、こうして雑事を任されたらしい。オユキはそれではと立ち上がり、歩こうとするが、やはりふらつく。この後の式は基本として、添え物であるため支えの補助があれば問題はない。精々言葉をかける時、その時に注意すれば済む。

「ふむ。」

そして、そのオユキの様子にアベルが眉を顰める。

「不安は分かりますが、血が足りない、そう言った物ですから。」
「已むを得まい。すまないが、補助を。」

そして、アベルの背を追い、神職の肩を借りて歩く。どうにも、それだけの動作で息が上がる始末。回復までは、それなりの時間が必要になりそうだ。

「明後日には、祝祷もあるが。」
「それこそ明日の調子を見て、そうとしか。」
「神の名の下に行われた、それは理解の及ぶものではあるが。」
「トモエさんと、それは随分と久しぶりでしたから。」

日程の理解はオユキにもあるが。やはり羽目を外しすぎた。それこそお互いに。それについては、今日この後にでも色々と話し合う事になるだろう。
そもそもオユキとトモエの日程、変える予定に併せて色々と予定が詰まっているのだ。明日の夜は王城、離宮に招かれて晩餐に。そのまま客室に泊り、翌日は。そういう流れだ。
そして、その後は帰還の準備を行いながら、一度まとめて要望のあったものに対してとなっている。
あと六日。それがこの王都にオユキ達が残る時間だ。

そして、案内された先。開会の宣言が行われたその場には、既に人が並んでいる。オユキはこちらだが、参加者の内目覚ましい成果を見せた者、政治的な配慮だが、そちらと共に、アイリスは石舞台の上だ。
動作が多いそれについては、アイリスが引き取っている。オユキは、それこそ添え物として王の傍らに控える事になる。
石舞台の上は、トモエを先頭に、若い騎士が多く並び、あまり記憶に残っていない年少者なども。
これを政治の場、そうすることに難色はあったのだろうが、それを否定もできないのだろう。やむを得ない事ではあるが。
王が今大会の総括、神々への場の感謝、それを修辞たっぷりに述べるのを聞き流しながら、オユキとしてはこの後、巫女としての宣言、それに向けて改めて体を把握しながら、周囲に目を向ける。
ただ、祭り、それとして観戦に来た者達は構わない。それ以外、送り込んだもの達、栄誉を言祝ぐ場に残れなかった参加者たち、そもそも枠を得られなかった者たちに。勿論距離はあり、はっきりと見る事が出来ない物ではある。ただ、参加しただけの者たち、それとは異なる熱量がそこにあるのは見て取れる。観客は限られている、それを考えれば全体としては分からないが、つまるところ成果は芳しくない。
武を磨く事、それを望んでほしいのは、間口を広げるためには、失敗している。それこそ繰り返すしかない、別の手を講じなければいけないとはわかっているのだが。少なくとも、武、その道を求める者達の熱量、それを高められたことを良しとするしかないだろう。表層の目的は、確かにそれで、こうして果たされたのだから。
眼下では、王がそれぞれを誉めるのに合わせて、持祭が持つ盆の上からアイリスが順に取り上げながら、そこに並ぶ者たちに渡している。上から順では無く、下からとなっているのは文化の違いなのだろう。

「そして、栄えあるこの祭りにて、その確かな技を示したマリーア公爵家の狩猟者、トモエ。戦と武技、彼の神より確かに位を認められた二人を、一切傷を負うことなく下したその栄誉を称える物である。今後も一層励み、その技を存分に後に続くものに示すがよい。」
「彼の神の名のもとに。アイリスからトモエに。その確かな功績を称えて。」
「有難く。今後もより一層の精励を。」

そうして、一通り、今回の記念品の授与が終わればオユキの出番となる。言いたいこと、こうして改めて思うところなどもありはするが。今ここで語る言葉はあくまで巫女として。司祭と諮った上で決まったものだ。
そちら、本来の感想については、この後語る機会もある。
未だに重さは残る体ではあるが、椅子から引きはがすように立ち上がり、それを語る。
結果としては、政治の上ではマリーア公爵の一人勝ち。そして、これまで国の剣と盾であった者たち、それを下した身には、当然刺さる視線もある。
幾つかは真っ当な。しかしそうでは無いものも。逆恨み、それが起きるのは当然理解はしていたが、思ったよりも多い。それが己の向上に向けばいいが、そうでなければ。それこそ神の名のもとに裁きが下るだろう。
今この場には、戦と武技、それに並んで法と裁き、これまで目にしたことのない神像が置かれているのだ。

「どうぞ、此度の戦と武技、彼の神の言葉によく耳を傾けていただけますよう。我々はただ神の奇跡を受けるだけではありません。確かな感謝を返す、そうある物です。ならば彼の神は、武の道、その探究こそを求めるのだと、どうか今一度、それを改めて。」

そこまで言い切って、聖印を切る。どうにも、こういった式典、その流れの中ではその行為に明確な意味があるらしく、またも体から何かが抜ける感覚がする。
体の維持に気を張っていたため、それでどうにかなりはしないが、その場をさがり、椅子に座れば、大きく息が漏れる。視界の端、そこは既に暗くなり始めている。血だけではない。マナが扱えるなら、その為の器官が。そんな話を以前カナリアともしたが、確かにそれもあるようだ。
ただでさえ足りていないからだから、更にと、そうなるのだから。

「巫女様。」
「座っていれば、大丈夫です。」
「後一時間もあれば、退席できますので、どうか。」

今は巫女の宣言を受けて国王が改めて総括と、今後の展望を語っている。どうにもこういった話は修辞を多く入れるため、長くなるのは変わらない物であるらしい。
そんな事を思いながら、恐らくこのトモエとオユキの花舞台を喜ぶだろう少年たちに。年長としての矜持で、ただ身を整える事に専念して過ごす。
次回以降は多少の簡略化もあるだろう。そもそもオユキとアイリスの参加については分からないこともある。少年たちが始まりの町、その祭りの日程を基準とするように、今後はトモエとオユキもそうなるのであろう。そのついでに、公爵が整えた場で知らぬ相手と話すこともあるだろうし、トモエは試合を求められるだろう。
オユキにしても、生まれた子への祈り、魔物と戦う、その将来を望まれた子たちへ、その前途に祈りを捧げる事になるだろう。
その辺りは、以前と変わらないらしい。繁忙期、それが分かっているからこそ、その時期は諦めも、用意も整えられるのだから。
しおりを挟む
ツギクルバナー

あなたにおすすめの小説

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...