憧れの世界でもう一度

五味

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9章 忙しくも楽しい日々

それも一つの選択

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オユキ自身、正直ゆっくり休めるのであれば、その程度の消耗は存在している。こちらに戻ってきたときの傷、流血を相応に伴うものもあったわけではあるし、体力の消耗は相応なのだ。
助かる点としては、流れたちが衣服についてまま固まるとか、そういった問題が起きていない事ではある。とはいう物の、流した血と、それで失われた体力が戻って来るものでもない。
長椅子に腰かけたまま、王妃が立ち、諸々の手続きも兼ねて司教と話している横でと考えれば、少々どころではない不作法でもあるしと、今はトモエに少しもたれるようにして立ってはいるのだが。緊張を強いられる時間が長かったこともあり、視界の端が少々薄暗い。同じことをしたアイリスにしても、普段通りには見えるが、消耗はやはり見て取れる。
護衛として、限られた位置を任せているアベルが、全体に対応できる位置へと体を置いていることからも、アイリスの消耗は窺い知れるという物だ。
一方、眼前ではようやく供物が並べ終わり、司教を代表として神へ今回の事に対して感謝を捧げている。そして、一部の物はやはり早々に召し上げられる。

「あなた達に出会ってから、私もすっかり見慣れてしまったわ。」
「今後も、相応に起こると思いますよ。それと、助祭様は受け取られませんでしたが、こちらは魔術師ギルドでしょうか。」

受け取った品は実に多く、いくつかについては、手間をかけている助祭から受け取りを拒否された者もある。神への備えがあるからと、今は側にいないため、アイリスにそう尋ねてみるが、肩を竦めて返される。では、護衛のダビとマルタはと目線をやれば、そちらからも同じだ。その様子に、位置を入れ替える形でアベルが側に。

「まぁ、魔術師ギルドだな。」
「意味があると伺っていますが、それは、各々が解読を。」
「そういう場合もあるが、そうでない事もある。今回は御言葉も頂けているからな。面倒ならこっちで伝手を辿るぞ。」
「武具の耐久力、それにまつわる事柄ですから、それもいいかもしれませんが。」

そう、アベルの伝手、それは非常に助かるのだが。オユキがそう告げてしまえば、アベルも頭を抱える。
あまりに明確すぎる利益であるため、扱いというか調整というか、明確な困難があるのだ。

「まずは、シグルド君に触れていただきますが。」
「火と鍛冶の神の領分だったか。まぁダンジョンでのこともある。にしても、鍛冶をやるわけでもないだろうに。」
「憧れ、なのでしょうね。私たちは消耗品としか見ていませんが。」

そう言えば、アベルも納得したようである。
慣れているからこそ、消耗品。そうとしか見る事が出来ない。しかしあの少年は初めて魔物を討伐した、その武器に使われた物を次に繋げたい、使い続けたい、そう願ったのだ。そして、それは今も続いている。
厄介な注文には違いなく、難色を示されはするが、それを譲りはしない。そんな少年だからこそ得られる加護もあるのだろう。

「ああ。子供の特権だよな、あのあたりは。」
「慣れと言いますか、すれと言いますか。伝来、価値があるならと、やはりそう考えてしまいますから。」
「全ての維持は、現実的ではないからな。ま、それよりもオユキは。」
「流石に、相応に消耗していますから、今日明日は。」
「ま、ちょうどいい機会だ、少し休むといい。大事はひとまず今日で終わりだろう。で、アイリス、お前もか。」
「少し羽目を外したわね、私も。久しぶりだったし、お腹が空いて仕方がないわ。」

今は自発的に光らぬその毛並み、それを手癖で触れながらアイリスが語る。

「全く、神前にお招きいただいて、何をやってたんだお前らは。」

アベルの呆れは聞かなかったこととして、奉納が終わったようで、アナがぎこちなくではあるが用事を進めているのを見守る。
王都に来るまでに、散々に始まりの町の教会で、時折あった彼女が虚しく笑う姿を見た物だ、そうなるほどに仕込まれただけあって、動き自体は確かに淀みがない。
なんというか、継ぎ接ぎと、それがはっきり分かるものではあるが。

「帰りに、少し珍しい物を買えるといいですね。」
「ダビに行かせるか。」

王妃と対等に話せる、そんな位を持った相手に見た目通りの少女が対応を行う。それには私的なご褒美があってもいいだろうと、トモエが口にすれば、アベルから案が出る。王妃への同行、それがある以上ちょっと寄り道というわけにもいかない。それを改めてトモエは思い出す。

「この後に教会、それから戻ればお茶を頂く時間はあるでしょうし。」
「なら、焼き菓子か。」

そう応えたアベルが、少し離れた位置にいたダビに簡単な手振りをすれば、心得たとばかりに彼が神殿からそっと退出する。マルタでは無いのだなと思うが、王妃の護衛も兼ねる必要がある以上、女性で比較すれば強い物を残すものかと、トモエは納得を作る。

「後でお支払いしますね。」
「どうだろうな、これに関しては、雇い主から貰うのが筋な気もするが。」

そうしてアベルが頭を掻くと、改めてオユキに、オユキが手に持つ石板に目を向ける。

「お前の事だから、概要は分かってるんだろ。」
「はい。仕組みとしての形は分かりませんが、個人の功績、武具に使えるそれを視覚化できるもの。魔物が魔石に加えて、武具の強化に使えるものを新たに。」
「それを魔術文字経由でか。また、騒ぎになりそうだな。」
「私としては、早々にどなたかに預けてしまいたいものですね。」
「個人で抱えられる物でもないからな。にしても、それだと騎士団じゃなく、内務か。とはいっても、今は手が塞がっているしな。教会に預ける物でもない、魔術師ギルドは武具を扱わないし、どうしたものか。」

簡単にオユキが応えれば、想像がついたようでアベルが頭を抱えだす。

「それでは、今職を持たれている方が不都合を。」
「いえ、なんと言いましょうか。結局この文字、武具の耐久度のみでしょうが、それを回復し得るのは、今もそれを行っている方だけとなるでしょうから。」
「確定では無いのですね。」
「流石に、私もこればかりは。」

トモエの言葉には、機能、それが解放されたのかとそんな色もあるが、元々そんな物はなかったのだと、オユキは応える。実際の所、存在したのかもしれないが。

「私が受け取ってしまったものの、実際は、ハヤトさん、それからアイリスさんによるものなのですよね。」

そして、更に問題になりそうなことをオユキが呟けば、いよいよアベルの動きが止まる。
他国の人間、それも一つの部族、その長に連なる立場が得た非常に大きな利益を生むものだ。アベルだけでなく、この国いるもの、それに困っているものは誰もが求めるだろうが。神から与えられたのは、他国だ。

「そういえば、そうだったわね。でもオユキが持てているのだし。」
「だがな。」
「招かれた理由、それはありますので。まずはそちらを行いましょうか。」

さて、一部族という以上にアイリスは権限を持っている様子である。ゲームとして、以前の世界で、獣人、獣の特徴を持つものたちは、どう暮らしていたかなどと考えながら、オユキは口を開く。

「以前、神々から追認を受けたこともあります。あの子たちをこちらに連れて来る、その理由の一端でもありますから。」

一応はそういった肩書を持つ存在ではあるからと、オユキがその意思を語れば、アベルも諦めがついたようである。

「俺以外にも、もう一人誰かつけてもらうかな。」
「おや、手が空いている人がいるのですか。このご時世に。」

トモエの心底不思議そうな言葉に、アベルが彼にしては珍しく、何も言わず、ただ長椅子に座り込んで頭を抱える。どうにも、彼にしても思ったよりもそういった事に詳しい位置の人間であるらしい。オユキとしては、どうにも騎士という存在が今一つ飲み込めていないため、最下級の貴族、その程度の認識でしかないのだが。トモエはトモエで別の理解があるようだ。
そんな事をしているうちに、少年たちの用事も終わり、司教から目配せが行われたため、トモエがオユキを抱き上げてその場へと進んでいく。
司教の言葉で下がった、アナとセシリア、正面に残ったアドリアーナ。少年たちがなにが始まるのかと、実に不思議そうにしてはいるが。

「良き神への奉仕者アドリアーナ。そなたの決意、これを認めた水と癒しの女神より、仕えるものたる位階、それを与えるとの言葉がありました。」

流石に様式は知らないため、オユキとトモエ別れて司教の後ろに立てば、それが始まる。とはいっても、この場では簡素な物ではあるようだが。

「私が。」
「ええ。先ごろ、この神殿にて主として祀る御柱、先んじて奇跡も得ているあなたへ、それを示す品と共に。ですが。」

そこで、視線を送られたオユキは、持っていろと言われた少々簡素なと言えばいいのだろうか。聖印を象った物とはわかるのだが、欠けているそれをアドリアーナに見えるように

「さて、これからは持祭アドリアーナ。その証としての功績、それをこの場で得る事を望みますか。」

想像は正しかったようで、ローブや自称はともかくとして、実際に神から認められたことを示す功績は神殿で得られるものであるらしい。だとすれば、神殿を持たぬ神々はどうなるのかという疑問もあるが。
突然の事ではある、少し、それでもそう言えるだけの短い時間、アドリアーナは悩んだかと思えば、はっきりとした口調で答える。

「いえ、私は、これまでの私を、奉仕を認めて頂けるのであれば、それはロザリア様からお受けしたいです。」

口にする名前は、こちらの司教でも、神でも、ましてや今は面倒を見ているオユキ達でもない。
告げる言葉に逡巡は確かに見られたが、一度開けば、それが止まることも無く。少年たちの中では特に振る舞いが洗練されていることもあり、実に堂が入ったものに見える。

「そうなるでしょうとも。では、改めて私が証をお預かりしましょう。そして、貴女が彼のもっとも古き教会に戻る時に持ち帰れるようにしておきましょう。」

ともすれば、神から認められたというのにと、不興を買いそうなものではあるのだが。司教だけでなく、他の関係者もそれが当然と頷いて見せる。
つまりは、神殿に功績は取りに来るが、それはその場でどうこうせずに持ち帰り、改めて教えを受けた場所に納めてからという物なのだろう。
だとすれば、ロザリア司教。未だ功績を持たぬ少女二人、その不思議が顔をのぞかせる物だが。その辺りは、領都で聞いた噂話、それが関係してくるのだろう。
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