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9章 忙しくも楽しい日々
ジェラート
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数回も対応を終えれば護衛が後は引き取ってくれる運びとなったため、トモエとオユキも市場の冷やかしに加わる。独特の活気があふれるこの場については、さて、どう形容すればいいのだろうかとそんな事を考えながら。
「あ、オユキちゃん、これ。」
近寄ってきた二人に目ざとく気が付いたアナに手を引かれ、案内された店先で示された物を見れば、さて、随分と色とりどりの品が並んでいる一角がある。
出店、どれもこれも簡易のワゴンに屋根を付けたようなものではあるが、そこは明らかに大きさに対して品が少ない。何やら他の人々も遠巻きに見ており、何処か閑散としたというよりも明らかに毛色の違う印象を受ける店舗がある。
さて、どのような品だろうかとトモエとオユキも近づいてみれば、その正体はすぐに想像がつく。
「ああ、ジェラートもあるのですか。」
「あら、そちらの人はご存知かしら。つい最近、こちらにも店を出すためにやってきたの。」
ソルベであれば、こちらにもあるようなので少女たちが知らないという事も無いだろうと思えば、違う品であるらしい。以前はコースの口直しに出る等と聞きはしたが、こちらはいよいよデザートの区分ではあるだろう。
「そうですね、日中の温度も上がってきましたし、良い品でしょうね。」
トモエの言葉に少女たちが首をかしげているので、オユキも言葉を加える。
「材料は、そうですね、言及はしませんがドルチェの類です。冷たく滑らかな口当たりが美味しいものですよ。」
オユキは気軽にそう告げたが、やはりそこは年頃の子供たち、実に興味津々と軒先に近づいていく。
なんというか、実に懐かしさを覚える光景ではある。
「それぞれ説明を頂いても。」
そんな少年たちの中、慣れた手つきであまりに顔を近づけようとする子供たちを止めながら、トモエが説明を求めれば快く店員が順に味の違いを説明していく。
「アベルさんや、エリーザ助祭は。」
今日側にいる二人にオユキが話しを振ってみれば、二人とも良く知らぬと、そういった風である。そういえば、長く王都を離れていたのだと、つまりその期間で、新しく持ち込まれたものだろうと見当をつける。助祭にしてもそもそも嗜好品とは少し遠い立場の者でもあるのだ。
特に祀る神が甘味を好まない以上は、難しいものとなるだろう。
「そうですね、少々まとめて、御屋敷にも買って帰りましょうか。」
「ほう。レシピに当たりは付いているらしいが。」
「氷菓の類です。こちらのソルベとの違いは牛乳を使う事が大きいでしょうね。それもあって、氷のざらつきを下に感じる事が少なくなります。反面、重く、甘みも強く感じるのですが。」
「それはまた、淑女に人気が出そうなものだな。」
アベルの言葉には、そうであるならもっと賑わっていても、そういった色を含んでいる。
「それについては、いよいよこちらに来たばかりという事なのでしょうね。材料はこちらでも問題なく揃うでしょうが、氷菓である以上、相応の値段になるでしょうし。恐らく店舗にしても魔道具を仕込んでいるのでしょうが。」
「ああ、ま、見慣れない物をまずは口に運ぼうなんてのは少ないよな。値段が張ればなおさらか。」
ただ、オユキにしても相応の収入はある。それこそこういったメルカドで店舗を構える様な物であれば、問題なく相応の量を買い求めたところで何ほどの物でもない。
現にトモエがすでに味見も兼ねてだろう、一人分だろうそれを、少し口に入れてからアナに渡している。
「ま、あんだけ喜んでる様子を見れば、問題はないだろうな。」
「ええ、先ほど少し覗いてきましたが、見た目の問題も大きいでしょうね。」
それこそ盛り付けに気を付けなければ、何やら毒々しい色味ののっぺりとして、粘性のある何か。そういった物にしか見えないのだから。
往々にして食事というものは、冷静に、それが食べられるかどうかを改めて身目で判断しろと言われれば、実に多くの物を、これは食べ物とは思えないと、そう判断されるだろう。暖色系と寒色系、それを並べたときに人は前者を食用可能と判断する傾向にあるとは聞いているが、それにしても。
「ファルコ様も食べたことなかったんですか。」
「ああ、私も自分でこうして何かを買いに出る事は少ない身の上だからな。」
「でも、確かにこれ美味いよな。」
「食べ過ぎてはいけませんよ、お腹が冷えますから。腹痛に繋がりますし、あまり急いで口に入れると頭痛も置きますから。」
「え、これ、そんな物なんですか。」
「ああ、毒という事ではありません。そうですね、人間は体温を一定に保つ、その機能を持っているのですが。」
「あ、大丈夫です。一先ず、毒じゃないって分かれば。」
そんなトモエの声に、さてアイスクリーム頭痛の原因は判明していただろうかとオユキは思わず首をかしげる。
「で、お前さんはいいのか。」
「ええ、あの様子であれば、今夜にでも食卓に並ぶでしょうから。ただ、シチューに合わせるには重いかもしれませんね。」
どちらもたっぷりと脂肪分を含む品だ。単純で暴力的な旨味の要因であることは確かなのだが。
「そういえば、アイリスさんは。」
メルカドに向かう前に別れる事になったアイリスについて尋ねれば、直ぐにアベルから答えがある。
「傭兵ギルドと狩猟者ギルドでの手続きがな。」
「流石にそう直ぐには終わりませんか。」
「ま、それなりに経歴も長い。引継ぎの書類も相応だからな。領都もそこまで長く逗留しないだろうから、こっちで出来る事を進めて置かなきゃならん。」
「そういえば、アイリスさんは、何処かの家にといったことは無いのでしょうか。」
他国から来た、それは分かってはいるが、既にこちらに所属を移していることもある。そう望む向きにしても当然あるだろうと、本人と向き合っている時はどうしても剣を交えていることが多い為、アベルに話を向ける。
オユキとしても、アベルが声をかけていると、そう考えているのだが。
「一応、家が声をかけるな。」
「そうなりますか。」
「ま、少し話しちゃ見たが、ほぼ決まりだな。あいつはあいつである程度したら、一度故郷に戻ると言っちゃいるがな。」
「妥当なところでしょうね。」
エリーザも一緒にいはするが、そもそもそういった話は彼女とて知らなければならない。何せ仕える神の巫女、その去就だ。外で他の耳があるところでは、それはあるのだがそれについては止められない以上問題はない。そもそもアイリスにしてもオユキ達にしても、その名前を今知っているものがどれほどいるのかという話でもあるのだから。
元々騎士団の長、それを務めた人物がこうして暢気に歩ける程度には、このあたりはそこまで騒がしい場所ではないこともあるのだろうが。
「にしても、氷菓だろ。買うにしても後に回したほうが良いと思うがね。」
「ああなった子供を止めらるものではありませんよ。」
そんな話をしているうちに、味見用の物は食べ終わったのだろう、今となってはトモエがまとめて買うとそう口にしたこともあり、では屋敷に何を買って戻ろうかと、そうして楽しそうにしている。
子供たちなりに、ベースとなるものをトモエは試させただろうから、何が合うかを話し合っている事だろう。
それについてはオユキとしても気になる見た目の物もあったので、アベルに確認しておく。
「そういえば、こちら、コーヒーやチョコレートの類は。」
「どっちも聞きなれない言葉だな。」
「確か、こちらでは、カフェにチョコラテでしたか。」
「ああ、どっちも一部の物が好む品だな。」
前者はともかく後者は首をかしげてしまう。
「おや、こちらでは活用されていませんか。」
「どっちも挽いて粉に、その程度の物だな。どっちも正直口当たりのいい飲料じゃないな。異邦人の一部はカフェを布で越して飲んだりしているが、そこまでしようってものは少ないな。」
「成程。ドリップ用の布、サイフォン、チョコレートの製造、その辺りは労力が必要ですから実現しませんでしたか。」
それこそ、魔道具で強引に解決しそうな手合いの顔も思い当たるが。
恐らく、そういった物はこちらの国に入ってきていないのだろう。どうあがいたところで生産力が足りず、他国への輸出、特に移送の難もある。
ジェラートにしても、1000年をかけてようやくこの国に、そういった物であるらしいのだから。
「困りましたね。忙しくはありますが、他にもと欲が出てきました。」
「あー、流石に、今は色々と難しいだろうな。」
「カフェについては、挽く前の豆を手に入れて、焙煎から、ですかね。そちらは毛織物はあるようですからそこまで手もかからないでしょうし。」
さて、どちらもあるのであれば、そういったフレーバーもあのジェラートにはあるはずだと、オユキも店先へと歩みを進める。
どちらも粉にするには問題なく、ジェラートに混ぜるのであれば、よほど荒くない限り口触りにしても問題ないだろう。
「とりあえず、購入したら、戻りましょうか。保管ができるか分からないのが難点ですが。」
さて、以前の様に便利な冷凍庫が無ければ、悲しい事になってしまうが、その場合は献立の順序が変わることとなるだろう。それに夕食にはまだ早く、いつもより戻る時間も早い。
それこそ訓練の前に、少しお茶を楽しむ程度の余裕はあってもいいだろう。元々夏場の道場では、子供たちがアイスを食べて休憩ということもあったのだから。
「あ、オユキちゃん、これ。」
近寄ってきた二人に目ざとく気が付いたアナに手を引かれ、案内された店先で示された物を見れば、さて、随分と色とりどりの品が並んでいる一角がある。
出店、どれもこれも簡易のワゴンに屋根を付けたようなものではあるが、そこは明らかに大きさに対して品が少ない。何やら他の人々も遠巻きに見ており、何処か閑散としたというよりも明らかに毛色の違う印象を受ける店舗がある。
さて、どのような品だろうかとトモエとオユキも近づいてみれば、その正体はすぐに想像がつく。
「ああ、ジェラートもあるのですか。」
「あら、そちらの人はご存知かしら。つい最近、こちらにも店を出すためにやってきたの。」
ソルベであれば、こちらにもあるようなので少女たちが知らないという事も無いだろうと思えば、違う品であるらしい。以前はコースの口直しに出る等と聞きはしたが、こちらはいよいよデザートの区分ではあるだろう。
「そうですね、日中の温度も上がってきましたし、良い品でしょうね。」
トモエの言葉に少女たちが首をかしげているので、オユキも言葉を加える。
「材料は、そうですね、言及はしませんがドルチェの類です。冷たく滑らかな口当たりが美味しいものですよ。」
オユキは気軽にそう告げたが、やはりそこは年頃の子供たち、実に興味津々と軒先に近づいていく。
なんというか、実に懐かしさを覚える光景ではある。
「それぞれ説明を頂いても。」
そんな少年たちの中、慣れた手つきであまりに顔を近づけようとする子供たちを止めながら、トモエが説明を求めれば快く店員が順に味の違いを説明していく。
「アベルさんや、エリーザ助祭は。」
今日側にいる二人にオユキが話しを振ってみれば、二人とも良く知らぬと、そういった風である。そういえば、長く王都を離れていたのだと、つまりその期間で、新しく持ち込まれたものだろうと見当をつける。助祭にしてもそもそも嗜好品とは少し遠い立場の者でもあるのだ。
特に祀る神が甘味を好まない以上は、難しいものとなるだろう。
「そうですね、少々まとめて、御屋敷にも買って帰りましょうか。」
「ほう。レシピに当たりは付いているらしいが。」
「氷菓の類です。こちらのソルベとの違いは牛乳を使う事が大きいでしょうね。それもあって、氷のざらつきを下に感じる事が少なくなります。反面、重く、甘みも強く感じるのですが。」
「それはまた、淑女に人気が出そうなものだな。」
アベルの言葉には、そうであるならもっと賑わっていても、そういった色を含んでいる。
「それについては、いよいよこちらに来たばかりという事なのでしょうね。材料はこちらでも問題なく揃うでしょうが、氷菓である以上、相応の値段になるでしょうし。恐らく店舗にしても魔道具を仕込んでいるのでしょうが。」
「ああ、ま、見慣れない物をまずは口に運ぼうなんてのは少ないよな。値段が張ればなおさらか。」
ただ、オユキにしても相応の収入はある。それこそこういったメルカドで店舗を構える様な物であれば、問題なく相応の量を買い求めたところで何ほどの物でもない。
現にトモエがすでに味見も兼ねてだろう、一人分だろうそれを、少し口に入れてからアナに渡している。
「ま、あんだけ喜んでる様子を見れば、問題はないだろうな。」
「ええ、先ほど少し覗いてきましたが、見た目の問題も大きいでしょうね。」
それこそ盛り付けに気を付けなければ、何やら毒々しい色味ののっぺりとして、粘性のある何か。そういった物にしか見えないのだから。
往々にして食事というものは、冷静に、それが食べられるかどうかを改めて身目で判断しろと言われれば、実に多くの物を、これは食べ物とは思えないと、そう判断されるだろう。暖色系と寒色系、それを並べたときに人は前者を食用可能と判断する傾向にあるとは聞いているが、それにしても。
「ファルコ様も食べたことなかったんですか。」
「ああ、私も自分でこうして何かを買いに出る事は少ない身の上だからな。」
「でも、確かにこれ美味いよな。」
「食べ過ぎてはいけませんよ、お腹が冷えますから。腹痛に繋がりますし、あまり急いで口に入れると頭痛も置きますから。」
「え、これ、そんな物なんですか。」
「ああ、毒という事ではありません。そうですね、人間は体温を一定に保つ、その機能を持っているのですが。」
「あ、大丈夫です。一先ず、毒じゃないって分かれば。」
そんなトモエの声に、さてアイスクリーム頭痛の原因は判明していただろうかとオユキは思わず首をかしげる。
「で、お前さんはいいのか。」
「ええ、あの様子であれば、今夜にでも食卓に並ぶでしょうから。ただ、シチューに合わせるには重いかもしれませんね。」
どちらもたっぷりと脂肪分を含む品だ。単純で暴力的な旨味の要因であることは確かなのだが。
「そういえば、アイリスさんは。」
メルカドに向かう前に別れる事になったアイリスについて尋ねれば、直ぐにアベルから答えがある。
「傭兵ギルドと狩猟者ギルドでの手続きがな。」
「流石にそう直ぐには終わりませんか。」
「ま、それなりに経歴も長い。引継ぎの書類も相応だからな。領都もそこまで長く逗留しないだろうから、こっちで出来る事を進めて置かなきゃならん。」
「そういえば、アイリスさんは、何処かの家にといったことは無いのでしょうか。」
他国から来た、それは分かってはいるが、既にこちらに所属を移していることもある。そう望む向きにしても当然あるだろうと、本人と向き合っている時はどうしても剣を交えていることが多い為、アベルに話を向ける。
オユキとしても、アベルが声をかけていると、そう考えているのだが。
「一応、家が声をかけるな。」
「そうなりますか。」
「ま、少し話しちゃ見たが、ほぼ決まりだな。あいつはあいつである程度したら、一度故郷に戻ると言っちゃいるがな。」
「妥当なところでしょうね。」
エリーザも一緒にいはするが、そもそもそういった話は彼女とて知らなければならない。何せ仕える神の巫女、その去就だ。外で他の耳があるところでは、それはあるのだがそれについては止められない以上問題はない。そもそもアイリスにしてもオユキ達にしても、その名前を今知っているものがどれほどいるのかという話でもあるのだから。
元々騎士団の長、それを務めた人物がこうして暢気に歩ける程度には、このあたりはそこまで騒がしい場所ではないこともあるのだろうが。
「にしても、氷菓だろ。買うにしても後に回したほうが良いと思うがね。」
「ああなった子供を止めらるものではありませんよ。」
そんな話をしているうちに、味見用の物は食べ終わったのだろう、今となってはトモエがまとめて買うとそう口にしたこともあり、では屋敷に何を買って戻ろうかと、そうして楽しそうにしている。
子供たちなりに、ベースとなるものをトモエは試させただろうから、何が合うかを話し合っている事だろう。
それについてはオユキとしても気になる見た目の物もあったので、アベルに確認しておく。
「そういえば、こちら、コーヒーやチョコレートの類は。」
「どっちも聞きなれない言葉だな。」
「確か、こちらでは、カフェにチョコラテでしたか。」
「ああ、どっちも一部の物が好む品だな。」
前者はともかく後者は首をかしげてしまう。
「おや、こちらでは活用されていませんか。」
「どっちも挽いて粉に、その程度の物だな。どっちも正直口当たりのいい飲料じゃないな。異邦人の一部はカフェを布で越して飲んだりしているが、そこまでしようってものは少ないな。」
「成程。ドリップ用の布、サイフォン、チョコレートの製造、その辺りは労力が必要ですから実現しませんでしたか。」
それこそ、魔道具で強引に解決しそうな手合いの顔も思い当たるが。
恐らく、そういった物はこちらの国に入ってきていないのだろう。どうあがいたところで生産力が足りず、他国への輸出、特に移送の難もある。
ジェラートにしても、1000年をかけてようやくこの国に、そういった物であるらしいのだから。
「困りましたね。忙しくはありますが、他にもと欲が出てきました。」
「あー、流石に、今は色々と難しいだろうな。」
「カフェについては、挽く前の豆を手に入れて、焙煎から、ですかね。そちらは毛織物はあるようですからそこまで手もかからないでしょうし。」
さて、どちらもあるのであれば、そういったフレーバーもあのジェラートにはあるはずだと、オユキも店先へと歩みを進める。
どちらも粉にするには問題なく、ジェラートに混ぜるのであれば、よほど荒くない限り口触りにしても問題ないだろう。
「とりあえず、購入したら、戻りましょうか。保管ができるか分からないのが難点ですが。」
さて、以前の様に便利な冷凍庫が無ければ、悲しい事になってしまうが、その場合は献立の順序が変わることとなるだろう。それに夕食にはまだ早く、いつもより戻る時間も早い。
それこそ訓練の前に、少しお茶を楽しむ程度の余裕はあってもいいだろう。元々夏場の道場では、子供たちがアイスを食べて休憩ということもあったのだから。
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