憧れの世界でもう一度

五味

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6章 始まりの町へ

道楽の手前

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暫く雑談をした後に、あまり時間もないだろうからと、店を出るときにチーズの取り扱いを聞けば、少し先にあるとそう言われたために、トモエとオユキはまっすぐにその店に向かうことにした。
なんだかんだと、日ごろ二人で話す時間は取っているものの、ところ変われば品が変わるとばかりに毛色の違う話題が弾み、気が付いたころにはおかれたポットの中身はすべてなくなっていた。
外に出れば、日は既に低い位置、そう呼べる場所にと差し掛かっている。

「これは、場所を聞いて正解でしたね。」
「もう一日くらいゆっくりしてもと思いますが。」
「あまり間を空けるのも、あの子たちに悪いですからね。」
「まぁ、伸び盛りで今が楽しい時期でしょうし、私も覚えはありますが。」

そうオユキが話せば、トモエもそれに笑って返す。

「オユキさんも、そうですね、今となっては分かりますが、こちらで実感を得たから熱が入ったのでしょう。」
「ええ。少々義父に窘められたことも有りましたが。」
「魔物相手を想定していたわけですから、そうなるでしょうね。」

店を出てからも、二人で話を弾ませながら暫く、遠目に見えた門がほどほどに近づいてきたところで、目当ての店を見つける。

「そういえば、当たり前のように出ていたので気にしませんでしたが、このあたり、食文化はスペインがベースですよね。」
「神国カディス、変わっていなければこの国の名称ですが、はい、こちらはスペインの文化が色濃いですね。」
「成程。初めて国名を聞きましたが、スペインでチーズですか。」
「生産量で言えば、アメリカやドイツ、有名どころで言えばフランスやスイスでしょうか。
 スペインにも珍しい物が多くありますよ。」
「そうなのですね、こちらで口にしたものは覚えのあるものが多かったように思いますが。」
「私もその様に思います。確か本場では、羊を使った物が多かったかと。」

どうにか思い出しながら、オユキが口にする。
出張で出た折に、同僚から熱心に勧められたものだが、その文句をどうにか思い出す。

「ドン・キホーテが称賛した物や、ほとんど輸出しないものなど、あったように思いますが、さて、名前は何でしたか。」
「羊、ですか。こちらではあまり毛織物を見なかったのですが。」
「そのあたり、どうなのでしょうか。一度牧場も見学してみたいですね。
 正直、こちらの世界で草食動物がどのようになっているかは興味がありますし。」
「馬も、大きいですからね。魔物にしても、元の生き物より大きいですし。」
「馬は、どうでしょう。向こうでも体高が2mを超える種は多かったように思いますが。」
「そう、なのですか。」
「日本では軽種が主だったかと思いますが、重種は大きいですよ、いえ、それにしてもこちらの馬が大きいことに変わりはありませんが。」

いくら大型の種類がいたとはいえ、こちらの馬のように優に2mを超える大きさが大量にいたというわけではなかったはずだ。
そんなことを話しながら、店内に入ると、独特の香りに包まれる。

「いらっしゃいませ。」
「手土産に、いくらか選びたいと思っているのですが。」
「かしこまりました。」

そう用件を告げると、また奥へと連れて行かれ、席に着く。
暫く待てば、いくつかの品が運ばれてくる。ただ、丸ごとというわけではなく、カットされた物がさらに乗っている。

「お待たせしました。」

そうして店員によって目の前に置かれた皿は、6枚。それぞれ、形や色見が違うものが並んでいる。
特にオユキの目を引いたのは、チーズではなく、クリームにも見える物が塗られたパンであった。

「あの、こちらは。」
「持ち運びは出来るのですが、食べるのはこのような形でして。」
「ああ、トモエさん、これが先ほど話したものの一つです。」
「クリーム、というわけではないのですね。」
「お連れの方は、ご存知でしたか、トルタ・デル・カサルです。外側は固まって、固めの皮があるのですが、内側はこのようにクリーム状です。
 食べ方は、上部を切って、内側を混ぜてクリーム状になったら、このように。」

そうして店員にどうぞと差し出された物を、オユキとトモエが口にする。
オユキとしては以前食べた物よりも苦みが強く感じられるが、爽やかな酸味はより好ましい。
トモエの方も非常に満足した様子で、数度頷いている。

「これは、美味しいですね。」
「この国で特に有名な物です。国外からわざわざ求めに来られる方もおられる程ですよ。」
「同種の物で、ラ・セレナでしたか、そちらは。」
「残念ですが、領都にはメリノ種がいませんので。」
「ああ、そういう区分なのですね。分かりました、こちらは頂くとして、後はマンチェゴといった名称の物は。」
「勿論、ご用意しています。」

先ほどトモエとの話題に出した、チーズのもう一つがそれだ。
開発者のこだわりを思えば、こちらも間違いなく羊乳から作られたものになるだろう。
皿の一つがそれだと進められて口にすれば、こちらは苦みを感じない、柔らかな口当たりにほのかな甘さと酸味を感じる、実に食べやすいものだ。
しっかりとした弾力もあり、食感も実に馴染みやすい。

「宿泊先で何度か口にしましたが、マンチェゴという名称でしたか。ワインに合う、実に良い味ですね。」

舌はトモエの方が鋭敏であるようで、オユキは気にしなかったが、しっかりと既に食べた事が有るものだと、気が付いて見せる。

「はい。定番のお供です。後は燻製肉などとも合わせると、塩気もたされますので、より旨味を感じられるかと。」
「魅力的な提案ですね。やはりこちらが定番ですか。」
「そうですね、やはり癖の強い物も多い商品ですから、言葉は悪いのですが、最も当たり障りのないこちらは、まさに万人受けするしなと、そう言えるでしょうね。」
「癖を楽しむ物ともいえるわけですね、こちらは、外側の色が濃いですが、燻製にしたものですか。」
「はい。こちらは牛乳を使用したものとなっていますが、サン・シモン。こちらも我が国の伝統的なチーズです。」

勧められて口にすれば、コーヒー豆を焙煎した時のような芳ばしい香りがほのかにする、こちらは口に入れると香織そのものとで言うのか、コーヒー牛乳のような、柔らかい口当たりと牛乳の甘さをしっかりと感じることのできるチーズになっている。
これ単体でデザートとして出されても喜ばれるだろう、そんな味わいだ。

「これも、美味しいですね。甘味がより強く感じられるのは、酸味が少ないからでしょうか。こちらは牛乳なのですね。」
「ええ。ですから酸味が薄く、より癖が無いため、初めて口にされる方も、まず外さない物です。」
「困りましたね。あれこれと欲しくなってしまいそうです。ちなみに、こちらのお店では何種類ほど。」
「定番は今お持ちした6種ですが、全てとなると14種です。」

そう告げられたトモエが、腕を組んで考えこみ始めてしまう。
以前の河沿いでもそうだったが、どうにも食に関しては興味が向いてしまう様だ。
思えば出張のたびに、何かをと言えば、その土地の食べ物や菓子をと言われていたなと、改めてオユキは思い返す。持ち運びや、家族にいきわたり易いからかと考えていたのだが、多分に趣味もあったのだろう。
道楽というほどではないだろうが、大きな趣味、剣術以外の、であることに間違いはないのだろう。

「流石に種類が多くなると、大変でしょうから、一先ずお勧めの物を頂いてお土産としましょうか。」
「そう、ですね。塊でとなると重量もあるでしょうから。それにフレッシュチーズの類は、流石に持ち運びが。」
「ええ、お勧めではあるのですが、他の町には持っていきにくいかと。」
「残念ではありますが、それも移動の楽しみでしょう。」

特に移動に困難を伴うこういった環境であれば、地産地消の意識も強いのだろう。
国で有名な物を、わざわざ新しく作った町でも作っているほどなのだから。
ただ、町を作るにあたって、それに必要な家畜を運ぼうと、そんな熱意を燃やしたあたりは、流石に公爵領都とそう言うべきなのだろうか。
そちらこそ、いよいよ道楽と、そう言ってもいいのかもしれないがと、オユキはそんなことを考えながら、残りのチーズを少しづつ試しながら、トモエと相談し、それなりの量を纏めて購入することを告げると、店を後にして宿へと戻ることにした。
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