憧れの世界でもう一度

五味

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5章 祭りと鉱山

公爵の遣い

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「本日公爵様からの遣いが来られます。」

朝、すっかり習慣となりつつある教会への訪問を行うと、リザからすぐにそう告げられる。

「私たちが当日持つ武器、そちらをお持ちくださるのでしたか。」
「はい。司祭様からお二方の背丈などはお伝えさせて頂いておりますが、実際に身に着け、不都合がないか確かめてほしいと。」
「そうですね、膝をついたりもありますから、試してみない事には分かりませんね。
 では、衣装に着替えてと、そういう事でしょうか。」
「お願いいたします、剣帯の手配もありますので。」
「ああ、そちらも私たちの普段使いの物とはいきませんよね。」

祭事の中では、今回戦と武の神から、水と癒しの教会へ御言葉の小箱が送られた、その事実があるため、この部分の再現は外せないとされて、それを実際に持ち込んだ二人が、祭事を執り行う司祭と巫女の下へそれを運ぶ手はずとなっている。
その際に、少々なれぬ口上などもあるが、神から贈られたものである以上、祭事の最中、ぞんざいに扱うわけにもいかず、捧げ持ち歩いたうえで、他にもいくつかの事を行わなければならない。
そこに慣れない剣と剣帯が加わるとなると、これはなかなか難儀しそうだ。そんなことをオユキとトモエは視線で話し合う。
そして、衣装、まだ刺繍の途中であるため仮縫いの物を体に合わせ、今着ている服の上から着込み、本番に合わせて、髪を整えられているところに、公爵の遣いが訪れた。

「申し訳ありませんが、貴賓室にお通ししてお待ちいただいてください。
 お二人がまだ準備中ですから。」
「はい、助祭様。」
「早いですね。」
「公爵様も、急いておられますから。あ、頭を動かさないでくださいね。」

出入り口の扉の方にトモエが顔を向けようとすれば、トモエの頭に櫛を入れている修道女に注意をされる。

「失礼しました。しかし、鏡もないとなると、どうなっているのか不安になりますね。」
「後程お持ちしますね。よくお似合いですよ。」
「鏡、あるのですね。」
「異邦の方でしたね。金属を磨いた物です。ガラスを張ったものは、王都に行けばありますが。」
「成程。分かりました。」

そうして、髪を整えられ、オユキとトモエが互いにその姿を誉めながら、リザに案内されるままに貴賓室に向かう。

「お二人の事は事前にお伝えさせて頂いております。」
「ご配慮いただきありがとうございます。こちらの作法にはどうしても疎く。」
「学ぶとそうお望みでしたら、当教会でお引き受けいたしますよ。とくにオユキさん。」
「気を付けてはいますが、やはり、足りていませんか。」

オユキにしてもトモエにしても、今の性別に合わせて、らしい動き方をしようと心掛けてはいるが、それでも折に触れて互いに注意することがある。

「ええ。やはり見覚えのある恰好をされますと、どうしても気になる事が増えてしまいますから。
 さて、着きましたよ。お待たせいたしました。助祭リザ。此度の祭事の協力者をご案内いたしました。」

戸を叩いて、リザがそう声を上げると、中から招き入れる声が聞こえ、リザに続いてトモエとオユキも部屋に入る。

「リザ殿手間をかける。そちらが。」
「はい、この度当教会に御言葉の小箱をお持ちくださった、トモエ様とオユキ様です。」

そういって、リザが横によけるのに合わせて、トモエとオユキが頭を下げる。

「そうか。私がこの度、この地を治めるマリーア公爵様より祭事に使う剣を、こちら、水と癒しの神を祀る教会へと運ぶ、その任を頂いた、モラリス伯爵だ。この度は戦と武技の神より預かりし水と癒しの神の御言葉の小箱を運ぶ大任よくぞやり遂げてくれた。改めて名乗る事を許す。」

言われて、ここはオユキのほうが良いかと、オユキが先に口を開く。

「お褒めに預かり恐悦至極。モラリス伯爵。私がオユキ、隣におりますのがトモエ。ともに異邦の地より参った物ゆえ、どうか不作法には御目溢しの程を。」
「相分かった。彼方の地より、創造神様に招かれるその方らに、我らの決まりをすべて守れとは我も言わぬ。」
「そのお心遣いに感謝を。」
「うむ。本来であれば、その方らの功績を公爵様より称するのが正当ではあるのだが、今はとにかく時間がない故、我が剣と共に、書簡を預かっておる。後程その方らに渡す故、確かめられよ。
 さて、神の膝元で急かすのは気が引けるのだが、まずはこれを身に付けられよ。リザ殿。」

そうモラリス伯爵が言うと、机に置いていた剣を帯に納められたまま、リザに渡し、リザがそれを恭しく受け取ると室内にいた修道女と協力して、トモエとオユキ、二人の腰に剣帯を取り付ける。

「む。」

その姿を見て、モラリス伯爵が、顎に手を当てて考え込むそぶりを見せる。
トモエの方は、腰帯は合っているのだが、少々剣の長さが短く、どこか武器として間抜けな、そんな違和感を与える具合になっており、オユキの方は剣は長さも装飾の色合いもよくあっているのだが、剣帯が余り過ぎて余った部分が垂れて、こちらも間抜けなこととなっている。

「採寸の数字も確認しておくべきだったか。」
「その、あまり本人に確認せず、他者に告げる数字ではありませんから。」
「そうだな。二振りとも長さは同じである故、トモエ殿の物は、もう少し、片手剣より少し長いくらいが良いか、装飾も髪色が精油と合わせて良い色合いをしておる、剣の装飾が霞むな。これは変えるとして、オユキ殿は、どうしたものか。」

そう悩むモラリス伯爵の前で、修道女が二重にできないか、巻き込んでみてはどうか、余る部分を先に折りたたんでみてはどうかと、あれこれと試している。

「仕方あるまい、マリーア公爵に切っても良いか確認しよう。
 では、我はこれで失礼する。剣は今一度こちらで持ち帰り、明日改めてこちらに参る。」
「お待ちしております。」
「では、トモエ殿。こちらマリーア公爵よりの書状である。確かめられよ。」

そうして封蝋で閉じられた便箋をトモエが恭しく受け取る。
蝋に記された家紋は当然分からないものだが、そこを確認したうえで、モラリス伯爵に頭を下げて、応える。

「確かに、有難くもマリーア公爵様よりの書状、拝受しました。」
「うむ。では、また明日に。」

そうして、モラリス伯爵自身が剣を二本まとめて持ち、部屋を出る。
本来なら使用人や付き人に持たせるであろうに。そのあたりに少々不思議を覚えながら見送り、部屋の扉が閉じれば、オユキとトモエも頭を上げる。

「異邦の方は、作法は異なりますが、貴人の方への心得をお持ちなのですね。」
「やはりこちらも人によるとは思いますが。それにしても、無駄に手間をかけてしまいましたか。」
「日がないので、仕方ありませんから。」

トモエが申し訳なさそうにそういえば、リザが苦笑いを浮かべる。
この突然の祭りに加え、公爵自身、他にも色々と仕事が飛び込んだことでもある。
その対応にかかる労力を思えば、今は本当に鉄火場と呼ぶにふさわしい状況になっているだろう。
加えて、こうして一目で伝えられていると分かる絢爛な装飾の施された剣を預けられるモラリス伯爵は、公爵が動けない中、大切な品を預けられる、そういった人物なのだと推し量れる。

「では、お二人もせっかく来ていただいていますし、その衣装で一度動きを試されますか。」
「刺繍の途中でお困りでは。」
「まもなく完成しますから、そちらは大丈夫ですよ。」
「では、お願いします。」

そうして少年たちの手伝いが終わる時間まで、改めて動きの確認をし、どうしても髪が危なっかしいオユキはやはり髪をくくらなければ無理と、可能なら括らずにと言われていたことに対しては諦めてほしいと伝える。
ただでさえ、長いローブの裾を踏まないように、それだけでもかなり大変なのだから。
祭事の最中にこける、その要因はオユキとしては減らしておきたい。
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