憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

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クララが目に力を込めて、オユキを見る。
あまりこちらの人がそうしたものに貪欲と、オユキにはそう見えてはいなかったのだが、考えてみれば死ぬのだ。弱ければ。
それが当たり前、常の態度なのだから、殊更それを感じることが無いというだけであったのだろう。
その熱意にこたえたいと、オユキとしてもそうは思うが、苦笑いをして、トモエに視線を向ける。
その様子に思い出したのか、クララは素直に頭を下げる。

「ああ、そうだったわね。ごめんなさいね、今一つどこに線があるのか、わからなくて。」
「申し訳ありません。それを説明するのも、技の説明に。」
「難儀な物ね。言っていることが分かるだけに。」

そんな二人の話に、アナが不思議そうに話しかけて来る。

「えっと、オユキちゃん。」
「はい、何でしょうか。」
「その、ジークがオユキちゃんは私よりも力がないって、そんな話をしてたけど。」
「魔物を倒して、得た物を含めても、腕力や体力で言えば、そうですね。」

アナはオユキの言葉に、不思議そうな顔をして首をかしげる。

「でも、私、押し返せなかったよ。」
「そうさせませんでしたから。」
「うん。いや、そうじゃなくてね。私のほうが力があるなら、なんで押し返せないの。」

その言葉に、オユキはああ、と頷く。
アナが疑問に思っていることが、ここに至ってようやくわかった。
だが、さて、どう話したものかと、そう考えて、ひとまず身体能力の差を確かめるべきと、そう決める。

「そうですね。では、皆で訓練所の中を一周してみましょうか。
 トモエさんなら、皆さんよりも速く走れますが、私はそうではありませんから。
 やって見せるのが早いでしょうね。」

そういって、疲れた少年たちを手振りで追立、クララの合図で、訓練所の中を全力で走る。
さて、こんな真似をするのは、果たして何年振りかと、オユキは考えてしまうが、スタート時の瞬発力でこそ並べたが、徐々に遅れ始める。
パウが最後尾なのは、見た目通り、力は出せるが体が重く、速く走ることはできない、見た通り。
均整の取れた肉付きをしているシグルドが二番手、素早く動き続けられるアナが先頭かと思えば、先頭はアドリアーナが立つ。
後ろに立つことが多く、弓を求めたこともあるため、少々過小評価をしていたかと、そんなことを考えながら、結局一周する頃には、オユキはパウの前、セシリアの後ろと、そんな位置に収まった。

「ほら、ごらんのとおりです。」

相応に広い訓練所の中、全力で走れば、流石にオユキも息が上がる。
そんな様子に、シグルドたちは、なおの事不思議そうな表情を浮かべる。

「オユキも、体力つけましょうね。いえ、それよりも先に背を伸ばさないと。」
「流石に、明日明後日で伸びる物でもないでしょう。」
「ちゃんと食べないからですよ。」

走っている間に、話にひと段落着いたのか、イマノルとトモエも話に加わってくる。

「おっちゃんは、いや、やっぱいいや。」
「私は、そうですね、皆さんが3分の一ほど走るときには、一周して追い抜きますよ。」
「まじかよ。」
「やって見せますか。」

そういったイマノルと、シグルドが二人並んで走りだすが、二歩目には差が生まれ、言葉通りの光景が繰り広げられる。
そして、追いついたイマノルが、後ろからシグルドを追い立てる。

「さぁ、追いつきましたよ。これからは、私の手の届く位置を走ると、後ろから剣で叩くので頑張りましょう。」
「いや、何を、頑張れって、うお。」
「ほら、もう少し速度が上がるじゃないですか、その調子その調子。」
「くそが。」

爽やかに笑うイマノルが、シグルドを追い回すと、戻ってくると同時に、シグルドは床に倒れ込む。

「御覧の通りです。」

そういって汗一つ書いていない彼に、少年たちは後ずさる。

「さて、話を戻しますね、足の速さは、今見てもらった通りです、次に単純な腕力ですね。どうしましょうか。」

さて、前の世界であれば数値化する量りがあったが、こちらでは望むべくもないだろう。
量りはあるかもしれないが、それをこういった事に利用しようと、そういった発想が出るほどではないように見える。加えて、見た目以上の力を誰も彼もが出せるのだ。
上限に合わせた物を作れば、オユキ達などすべて誤差となるだろうし、指標となる道具も数値も、まともに導出で気はしないだろう。

「そうね、ああ、ちょうどいいものがあるわ。」

そういってクララが、足早に移動して、暫くすると、その手に大きな金属の塊、そうとしか見えない物を持ってくる。

「はい、これ。騎士団の正式装備の大楯。」

クララが軽々と、それを片手で振り回せて見せて、持ってみるかと、視線で問いかける。
力自慢のパウが、それを片手で持ち、ついでシグルドに渡すと、彼もかなり厳しげな表情を浮かべながらも、どうにか片手で持つ。
次いで、アナとなったが、彼女は両手を使って持つことに成功し、その姿に辞退したセシリアとアドリアーナ、それに続いて、オユキが持つこととなり、あっさり盾の下敷きになる。

「まぁ、そうなるわよね。」
「そういえば、ソポルトの腕運ぶ時も、あんま役に立ってなかったよな。」
「ええと、面目次第もありません。」
「どこか痛めていませんか。」
「痛めるほど、粘りませんでしたから。まぁ、御覧の有様です。」

そう告げ、笑顔を作ってはいるが、内心で筋力をつけよう、そう決心する。

「じゃあ、なんでオユキちゃん、私よりも力があるの。」
「ああ、そのような流れでしたか。力の出し方、使い方、それに技。そういった物がありますから。
 その、申し訳ないのですが、聞いても構いませんが、お二人も外には漏らさぬよう。」
「何だったら、外すけれど。」
「いえ、前にも言いましたが、間違った教えが、当流派の教えとならない限りは、構いませんので。」
「何というか、貴族的な考え方ね。わかるわ、そういうの。」
「ご理解いただけたのなら、何よりです。そうですね、オユキさん、髪紐の予備はありますか。」
「ああ、あれですか。私が相手をしたほうが。」
「そうですね、私だと、彼らよりは力がありますから、分かり難いでしょうし。」

そうして、オユキとシグルドが、互いに紐の両側を握って対峙する。
やることは簡単、これを引っ張って、相手を崩せばいいのだ。

「では、はじめ。」

トモエの言葉に、直ぐに全力で引っ張ろうとするシグルドに、最初だけ合わせてすぐに緩める。
より強く引こうとした彼は、それで体制を後ろに崩しそうになり、片足を上げる。
そこに、その足の方向に向けてオユキがひもを引っ張ると、緩んだそれが張る勢いも手伝って、さらにシグルドの体勢を崩す。
それを無理にどうにかしようとするが、方向を都度変えながら紐を引き、相手の力には最初だけ合わせてすぐに緩めてバランスを取らせない、そんなことを少し続ければ、どうにかしきりなおそうと、両足を浮かせたところで、下向きに全力で引っ張る。
すると、シグルドは地面に転がる。

「と、まぁ、こんな感じですね。」

そういって、オユキがシグルドを興そうと手を伸ばすと、彼は不思議そうに紐を見ている。

「はい、はたから見ていれば、オユキさんは一歩も動かず、シグルド君を振り回したように見えたでしょう。
 オユキさんのほうが力があるように見えたでしょう。先ほどそうではないと分かっていても。」

トモエがそう言えば、少年たちは目の前で起こったことがよくわからない、そんな表情で頷く。
一方、イマノルとクララは、二人で今の動きを見ながら、思うところがあったのか、違う観点で話をしている。

「ちょっと、あれで技を伝えられないって、トモエはどんな化け物を基準にしてるの。」
「いえ、ちょっとわかりかねますね。ちなみにクララさんは対応できそうですか。」
「それこそ力技でねじ伏せるわよ。」
「そうですよね、恐らくそれが我々の最も大きな問題なのでしょうね。」
「イマノル。」

後ろから、少し剣呑な空気をイマノルが放つが、トモエとオユキはそれを無視して、少年たちに向き合う。

「これが、技です。皆さんに覚えてもらう予定の。」
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