憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

川沿いの町での一時

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「疲れたー。」

町にたどり着くなり、シグルドが、叫ぶようにそう言う。

「は、声が出るうちは、疲れたなんて言えないぞ、坊主。」

それに対して、アベルがそう笑いながら言えば、イマノルとクララがどこか遠くを見ながら沈痛な面持ちになる。
オユキにしても、思い当たることがあり、自分でもどんな表情を浮かべているのか想像はつかないが、ただ顔が引きつっているのだけはわかる。
そんな三者三様な表情を少年たちは見てしまったのだろう、ただただ、おびえるようにトモエを見る。

「安心してください。体ができて、最低限の構えができるまでは、追い込みませんから。」
「それの、どこで安心しろと。」

得体のしれない圧を感じたのだろう、シグルドが仲間を庇うように4人の前に立つが、腰が引けている。
ただ、その姿勢もこれまでと違い、何処か心が通ったような安定感がある。
それを見て取ったのだろう、アベルが口笛を吹いてから、トモエを誉める。

「ほう。数時間で、良く仕込んだな。どうだ、真面目な話だが、王都で指南役をやらんか。」
「この子たちにも話しましたが、今のところその予定はありませんので。
 それに、その場合そちらではなく、こちらの理合いに染めかねませんから。」
「基礎だけでも、こうなるなら十分だがな。」

そういって肩をすくめるアベルに、イマノルとクララが、ぼそぼそと話し合っているのが、オユキの耳にも入る。

「団長、ああいってるけれど、これまでの訓練に加えて、そうなるわよね。」
「ええ、減ることはないでしょう。」
「あと、トモエ、訓練教官とどっちがやさしいと思う。」
「ああ、クララさんの家は、武門ではありませんでしたか。訓練教官です。武門に身を投じた人間は、人ではなく武その者です。」
「なによ、それ。」

そんな二人に、オユキは思わず口をはさむ。

「その、仰りようも分かるのですが。あまり悪く言わないでください。」

そんなオユキの言葉に、弾かれたように二人が顔を向けると、ばつが悪そうな顔をして、頭を下げる。

「すみません。トモエさんを悪く言う意図ではありませんでした。」
「ごめんなさい。その、昔を思い出したにしても、気分のいいものではなかったわよね。」
「いえ、言いたいことはわかりますから。」

オユキがそう言うと、いつの間に近づいたのか、オユキにも気取らせず、アベルが二人の頭を掴む。

「なんだ、訓練に不満があったのか。それは良くないな。風通しのいい職場を目指している。
 どうだ、直接話してみちゃくれないか。」

その言葉には、まったく力が入った風ではないのだが、既に二人の足が地面から離れている。

「いえ、団長。自分は訓練に全く不満はありません。むしろ教官殿の手を煩わせてしまった己の不明を恥じいるばかりであります。」
「自分も同じです。教官殿には感謝しかありません。」

そう叫ぶように訴える二人から手を離すと、アベルは元だ、そうとだけ言う。
その様子に、少年たちがただ震えあがる。
訓練であったり、行動を共にする中で、この一段の力関係というものを、徐々に理解してきているのだろう。
全く歯が立たないトモエとオユキ、それよりも上位の二人を子ども扱いするアベル。
その力の一端を、今垣間見たのだろう。そんなシグルドの肩に、トモエが軽く手を置くと、何処か縋るような視線を向ける彼にトモエが告げる言葉は単純だった。

「大丈夫です。身体能力は難しいですが、技だけであれば、3年で今のクララさんくらいにはなれますよ。」

その言葉にオユキからはトモエを振り返ったシグルドの表情は見えなかった。

そのあとは狩猟者ギルドに寄り、魔石と食用以外の魔物の素材を渡し、宿へと戻る。
慣れた傭兵達が、そのあたりは手配していたらしく、食用可能な魔物と釣り上げた魚を渡せば、2時間ほどすれば、食事として出してくれると、そういう事らしい。
その間に、それぞれに身支度を整えて、食卓に着けば、そこでは賑やかで楽しい時間があった。

「いや、これは美味いな。」
「ええ、本当に。」

トラノスケとオユキは、僅かに酸味を感じる、魚介と非常に相性のいいスープを口に運びながら、そう話す。
一方で、トモエとミズキリが蟹の攻略に取り掛かり、ワサビがあれば、などと話す。

「確かに、これならラバノピカンテは合いそうですね。」
「ルーリエラさんは、これまでこちらを口にしたことは。」
「今回が初めてです。花精ですから、どうにも海の物は合わないと、そういった苦手意識が。
 その、取り扱っている店舗の匂いも、どうにも。」
「ま、あの匂いが大丈夫ってのは、人間でも限られてるだろうな。」

その会話に、イマノル達も混ざる。

「ラバノピカンテですか。瓶詰めを王都で見たことはありますね。」
「ああ、あの。確かに一度口にしたときは、ひどい味と思ったけれど、これに合わせるなら良さそうね。」
「王都にあるのか。」
「ええ、物好きが買うものとそう思っていたけれど、魚介に合わせるなら悪くなさそうね。」
「肉にもよく合うわ。じっくり焼き上げた肉に添えて、口を整えたいときに含むと、癖になるわ。」
「パンに塗るとか、そういうものじゃなかったのね。」
「正気?」

そして、少年たちも訓練の疲れか、実に旺盛な食欲を見せている。

「お口に合いますか。」
「ああ、慣れない味だけど、美味いぞ。」
「もうちょっと落ち着いて食べなさいよ。誰も取ったりしないんだから。パウも。スープは水じゃないのよ。」
「ああ。腹が減ってな。」
「だからってそんな、丸のみにしなくたっていいじゃない。
 のどに詰まるわよ、そんなことしてると。」
「ああ。」
「返事するなら、聞きなさいよ。」

そんな賑やかな様子に、オユキも黙々と魚介と格闘を続ける二人に声をかける。

「お二人は、口に合っていますか。」
「はい、美味しいです。なんかお魚って、もっと匂いがきついものだとばかり。」
「ああ、干し肉もそうですが、干物にすればどうしても。」
「そうなんですね。こっちのは柔らかくて、お肉よりも食べやすいです。」
「私は、こっちのスープが好き。野菜の酸味って、ちょっと嫌だったけど、これは美味しい。」
「これに慣れれば、そのままの酸味も、案外大丈夫になっていったりしますよ。」
「へー。」

そうして、それぞれの場所で思い思いに話しながら、オユキも食事を進める。
普段、というほどでもないが、こちらに来てから肉の脂がやけにつらく感じて量を食べられなかったが、あの元々は酸味がきついとそう感じていた飲み物同様、トマトよりも少しきつい、そんな酸味の利いたこのポトフは、やけに好みに合った。
普段から考えれば、それでも他の者たちより少ないが、多い量を口にしている。

「オユキさんも気に入ったようで何よりです。」
「私は、この野菜が気になりますね。なんでしょう。」
「イタリアントマトに近いとは思いますが、確かに酸味が強いわりに爽やかですね。
 お酢とは違って、口当たりも柔らかいですし。杏子というには、酸味が強すぎますし。」
「あら、ルバーブが気に入ったの。」
「はい、この酸味が程よく感じまして。ルバーブというのですか。」

オユキとトモエが話していると、横からクララが答えを告げる。

「ええ、薬草としても使ってるから、町でも手に入るわ。
 王都のほうでは、ジャムやパイ、それから肉のソースに使ったり、色々ね。」
「成程、どれも美味しそうですね。」
「んー。独特の酸味だから、好みは別れるわね。
 私も疲れたときや、夏場なんかに無性に食べたくなるわ。杏子というのは。」

トモエが特徴を簡単に説明すれば、クララがすぐに思い至り、ああといって、話を続ける。

「アルバリーコケね。シロップ漬けは子供に人気の水菓子ね。
 それこそ、商人に頼めば、持ってきてくれるんじゃないかしら。旬はまだ先だけれど。」
「こちらにもあるんですね。私たちのところでは、よくジャムにされていましたが。」
「あら、それもよくあるわよ。ジャムなら日持ちもするし、町で商人ギルドに聞けば、在庫くらいあるんじゃないかしら。私も子供の頃は、よく水で薄めた物を飲んだわ。」

食の話は尽きることなく、皆が箸を止めてからもあれこれと話。
その話は宿の店主も巻き込んで、今日取ってきたものをどう調理するのが最もおいしいのか、そんな話にも発展していった。
オユキと少年たちは、流石に最後まで付き合えず、途中で眠気を覚えて退場したが。
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