憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

楽しい食事

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配膳がひと段落付き、オユキとアナもトモエたちのもとに集まると、少年たちはアナが戻るのを待っていたようで、彼らもようやく食事を始める。
今の話題は、ルーリエラと香辛料や薬味の確認に移っているようだ。
トラノスケやトモエが、思い当たる特徴をルーリエラに伝え、それを彼女が近いと、そう考えている植物から紹介するそんな時間だ。

「ミズキリの旦那、これまで、このあたりの話はしなかったのか。」
「もともと料理をする性質でもないからな。調味料だけあったところで、持ち腐れだろう。」
「それもそうでしょうが、故郷の味と言われれば、探す手伝いくらいはしましたよ。
 使い方は、それこそ本職の方に任せればいいでしょうに。
 それにしても、いろいろと違いがあって、話を聞くのも面白いわね。」
「おや、どのような物でしょうか。」

ルーリエラの言葉に、繰り返させるのは悪いかと思いながらも、尋ねれば、直ぐに返答がある。

「ミズキリがワサビと言っている、辛みがあって、鼻から抜ける香りがする、おろして使う薬味かしら。
 そちらでは渓流や湧き水で育てて、色も緑らしいけれど、こっちだと白くて畑で育てるもの。
 山に近い村なんかでは、良く作られてるわよ。お肉に合うから。」

その言葉に、オユキは思い当たることがあり、それを口にする。

「ああ、西洋わさびですね。私たちは山ワサビなどと呼んだりしましたが。」
「ああ、成程。そういえば、そうでしたね。」

トモエもオユキの言葉に頷く。
元の世界では、チューブであったり、粉であったり、よく使われていたものでもある。
オユキは未だピンと来ていない二人に話、みじん切りにしたものを醤油漬けにしたり、いろいろとあったはずですよと、そんな話をすると、二人もようやく思い至った。

「ああ、あれがそうか。となると色は。」
「あとから付けていたはずです。」
「なら、味はほとんど変わらないか。いや、味というか辛みと香りか。」
「さて、そればかりはこちらの物がどうかは、私も分かりませんから。」
「ルー、このあたりで手に入るのか。」

ミズキリが早速とばかりに話を振れば、ルーリエラはしかし首を横に振る。

「好みが別れるから、量は流通していないわね。商人に頼めば持ってきてくれるでしょうけど、一つ二つじゃ難しいから。量を使うものでもないし。
 自分たちの分くらいなら、根を分けてもらって、そこらに植えれば勝手に育つわ。
 今度、持ってきて、植えておきましょうか。」
「ああ、それはいいな。」

二人がそんな話を始めるのをしり目に、トモエは少年たちに話しかける。

「食事は如何ですか。」
「うまいよ。なんか慣れない味なのは確かだけど。」
「美味しいです。」

そう、少年たちが口々に答えるのをそうですかとだけ返して、トモエが手を止めて、改めて少年たちに向き合う。

「さて、これまで流れのままに教えてきましたが、今後はどうしましょうかと、そういう話です。」

そう言うと、少年たちも真面目な顔をして、シグルドがトモエにすぐに応える。

「ああ、こっちでも話してたけど、その、多くは無理だ。
 それでも教えてもらってるんだ、金は払う。払えるだけになるが。」
「いえ、そちらはいいのですが。」

トモエがそう答えると、シグルドは肩を落として、トモエを伺う。
いよいよ何の話をするのか、思い当たるところがないのだろう。

「教える内容が、外に漏れてもいい、流派の本質に触れない、その程度であればだれが聞いていても構わないのですが、そうでないときは、やはり違うのです。」
「イマノルさんが、トモエさんに何度か聞いていたでしょう。見てもいいのかと。」

そう言うと、アナは気が付いたのか、一度息を呑むと声をだす。

「それは、その。これからも教えてくれるって事ですか。」
「ええ、あなた方がそうと望むのであれば。
 私達も予定がありますし、あなた方もでしょう。それが合うときであればと、そういう事になりますが。」

トモエがそう言うと、シグルドが彼にしては珍しく、それこそ河原の石に頭を打ち付けるのではないか、そう思うほどに勢いよく頭を下げる。

「なら、頼む。短い期間でも、俺でもはっきりわかるんだ。
 みんな強くなった、もっと強くなれる。だから、お願いします。」
「ええ、頼まれましょうとも。
 さて、続けると、その意思の確認は終わりましたが、約束していただきたいことがあります。」

トモエがそう言うと、シグルドは頭を上げて、まっすぐにトモエを見ながら言う。

「ああ、神様に誓うさ。聞いたことは、教えない。」
「いえ、その、漏れる分には、構いませんよ。」

トモエの言葉に、今度は少年たちが意外そうな顔をする。

「見れば、ある程度は。その人物がどう考え、どう動いているのか、分かるものではありますから。
 戦えば、見る人が見ればわかりますよ。
 ただ、約束してほしいのは、私があなた達に許可するまで、人に教えない、それだけです。」
「ん。なんだ、よくわかんないな。見られてもいいけど、教えるのは駄目。でも見たら分かるんだろ。」

シグルドは腕を組んで難しい顔をしながら、首を捻る。
その様子がおかしく、オユキとトモエも吹き出してしまう。
その様子に、気を悪くしたのか、シグルドは少し拗ねた表情を浮かべる。

「気を悪くさせてしまったのなら、申し訳ありません。
 ですが、思い出してみてください。私が何か構えであったりを皆さんに教えたことがありますか。
 それこそ心構え程度は口に出したかと思いますが。」

そう言うと、思い当たるところがすぐに出たのか、アナが頷く。

「そういえば、オユキちゃんは構えとか、振り方とか、必ずトモエさんに聞くようにって。」
「はい。私も流派として、他人に伝える許可を頂けていませんから。」
「そんなに、強いのにか。」

パウが珍しく声に出す。表情も声色も茫然としているようで、何処か底知れぬものを感じて、畏れているようにも取れる、そんな声だった。

「はい。私程度では、その許可はいただけません。それほどに、教えるというのは難しいのです。」
「剣の振り方を間違えれば、己の足を斬るでしょう。
 戦いに際して、誤った理解で構えを使えば隙を生み、命を落とすでしょう。
 間違った歩法を、悪戯に繰り返せば、己の体を苦しめ、ただ、壊すでしょう。
 正しいことを、正しく伝える。それができないうちは、伝えた相手が怪我をするだけです。」

オユキの言葉を引き取ってトモエがそう続ける。
少年たちは、その言葉にただ納得がいったように頷く。
そして、セシリアがぽつりとこぼす。

「なんだか、ロザリア様みたい。」
「ああ、そういやなんか言ってたな。」

それにシグルドがそう呟けば、アナがすかさずシグルドの頭を叩く。

「なんかじゃないでしょ。神様の教えを私たちの都合で解釈しない、それができない人は人に教えちゃダメって、いつも簡単に説明してくれてるじゃない。」
「だったら、それでいいのに、なんであんな回りくどく言うんだ。」
「回りくどいって、あんたがそれじゃ理解できないから、わざわざ言い換えてくれてるんでしょうが。」
「はいはい、わかったわかった。
 決まり事なら決まりっ事て、そう言ってくれれば俺は守るさ。」
「それは、そうだけど。神様をもっと敬いなさいよ。」
「いや、敬ってるぞ。毎日お祈りもする。掃除だって丁寧にやってる。」
「そうじゃなくって。」

アナとシグルドそうして言い合うのをオユキとトモエ、視線を交わして微笑ましく見守る。
性根のいい子たちなのだ。
言葉遣い、対外的にそうと分かり易く示すための道具、そうではなくきちんと本質を見ればいい、少年の言葉は正しくて、分かり易く振舞って、相手の負担を、本質を量ろうと、その努力を減らすため、その少女の思いやりも正しい。
そこに在るのは、後は折り合いの付け方、それだけなのだから。

「二人とも、食事が冷めますよ。なんにせよ、今後教える事、それを誰かに私が認めるまで、教えない。
 たとえそれが、先々で合う今のあなた達のような相手でも、あなた達と一緒に暮らす相手でも。
 後者は、望まれれば、私の都合がつけば、練習を見るくらいはしますからね。」

難しい話はここまでと、後は食事についてあれこれと話しながらのんびりとした時間を過ごす。
変わらず魔物は襲い掛かってくるが、その場に届く前に、未だ空腹を堪える人たちの手によって、処断されていく。
八つ当たりも込めて。
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