憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

祭りの後

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氾濫の後、何か近隣で美味しい物、珍しい物、そんな話をした記憶は残っているのだが、オユキが気が付いた時には、慣れてきた宿の一室、そのベッドの上であった。
どうにも記憶に連続性がなく、気が付けば、そうとしか言いようがない。
そして既にあけられた窓からは、柔らかな光が差しこんでいる。
恐らく疲れから眠り、運ばれたのだろうと、そう当たりをつけて体を起こすと、トモエから声がかかる。

「お目覚めですか。お加減は。」
「快調です。もう少し疲れが残るかとも思ったのですが。その、昨夜何があったか聞いても。」

オユキがそう尋ねると、トモエがくすくすと笑いながら、話始める。
料理の話で盛り上がり、一人二人と料理人が混ざり、それは面白いと遠方の特産を聞いて、このあたりであれば、どうするのが良いかを話し始める。
そんな楽しい時間の最中、ジョッキを取り違えたオユキがお酒を口にして、5分もせぬうちに寝息を立て始めたと、そういう落ちが付いたらしい。

「それほど口にした割には、二日酔いもありませんね。」
「いえ、なめる程度でしたよ。これまでミズキリさん達との食事で、お酒を断ったのは正解でしたね。」
「その程度で。」

以前のオユキであれば、楽しみとして晩酌をしていたが、量を抑えていたとはいえ、そのようなことにはならなかった。
体が変わる、そうなればここまで影響があるのかと、改めて驚く。

「体が小さいのもありますし、運動後でしたからね。周りも早かったのでしょう。
 人前で飲ませないほうがいいと、クララさんがかなり心配していましたよ。」
「人さらいなどが、場所によってはあるのでしょうが、それにしても。」

初めて口にした、見知らぬ地の嗜好品、その味も記憶に残らないほどとは。
これまでの楽しみの一つが消えてしまったと、オユキはどうしても寂しさを感じてしまう。

「今後少しづつ試してみましょう。何も一度で無理と、そう決める事でもないでしょう。」
「それはそうですが。前ほどには楽しめそうにありませんね。トモエさんは如何ですか。」
「私は逆に強くなっているようですね。ビール。エールですか。親しんだものよりも強く感じますが、まったく問題はありませんでしたから。」
「スペインのエールは、物に寄りますが1%程は高いでしょうから。種類によっては、それこそ10を超える物もあったかと思いますよ。」
「そうなんですね。ただ、果物や花の香りがするので、飲みやすく感じます。」

二人で、朝からお酒の話をしながら、身支度を整えて、食事をとって宿を出る。
フラウも既に町の外へと手伝いに向かっているらしく、フローラが珍しく、給仕迄を行ってくれた。
そんな少し変わった朝の風景を過ごして、門のそばまで行くと、少し眠たげなアーサーから声をかけられる。

「ああ。昨日はお疲れだったな。借りてたトロフィーは明けがたギルドに運んでおいた。
 で、これが預かり証だな。確認して受け取ったら、こっちにサインをくれ。」
「おはようございます。お手間をかけて申し訳ありません。」

そうトモエが声をかけながら、手早く確認をしてからサインを行っている。

「お疲れの様子ですが、何かありましたか。」
「ああ、なに。残った魔石や肉を狙って魔物が来るからな、その対応だ。
 流石に夜通しとなると、なかなか手が足りなくてな。」
「それは。お疲れ様です。」
「ま、それが仕事だ。平時は楽な仕事だから、非常時くらいな。
 よし。これで大丈夫だな。ああ、これを狩猟者ギルドに届けてくれ。」

アーサーがそういって、側にいた守衛の一人にトモエのサインしたものと、いくつかの書類をまとめて丸めて渡す。

「私達もこれから、外に者拾いに出ようと思っていますが。」
「ああ、助かるな。なんにせよ人手が必要な作業だからな。
 周辺警戒に傭兵と熟練の狩猟者も出てるから、作業はそっちの指示に従ってくれ。」
「分かりました。アーサーさんも、時間を見て、休まれてくださいね。」

そんな話をして、いつもの手続きを終えると、町の外に出る。
そこには昨日と同じように、草原のいたるところで物を拾っては運ぶ人々がいた。
幼い子供もいるようで、何人かで元気よく拾っては駆け回りながらも、ちゃんと集めている場所へと運んでいる。
中には孤児院、シグルドたちの監督下にあるものもいるようで、アナとセシリアが、あちこちへと動き回る子供たちを追いかけまわしている光景もある。

「背景に目をつぶれば、良い光景ですね。」
「元気があって何よりです。」

ゆっくりと歩いて近寄るオユキとトモエ、見覚えのない姿に興味を持ったのか、何人かが駆け寄ってきては話しかけて来る。
そんな姿に微笑ましさを覚えて対応しながら、一緒に作業をする。
そして、セシリアが謝るのを、気になさらずと、そう揃って答えながら、作業を行っていると、日が傾き始めるころにはあたり一帯の魔物の痕跡は消えていた。
合間合間に、どこからともなく現れる魔物を、護衛担当の者たちが切り捨てるのに、子供たちが歓声を上げ、時には拍手をしたり、武器に興味を持つ子供がいて、それを叱ったりと、なかなか大変な時間ではあった。

「よーし。これで終わりだな。ほら、餓鬼ども。戻るぞ。
 最後までちゃんと荷物を運ぶんだからな。」
「全く。イリア。子供相手には殊更言葉に気をつけなさい。
 良くない言葉を覚えたら、どう責任を取るつもりですか。」

途中、元気に駆け回っていた子供が、電池が切れたように眠りだしたのを抱えたカナリアが窘める。
もはや顔なじみになった少年たちも、それぞれに背に抱え、特に力のあるパウは、片手に一人づつを抱えている有様だ。

「それじゃあ、皆さん。あともう少し頑張りましょうか。
 最後まで頑張った子には、ご褒美がありますよ。」

そのイリアの言葉に歓声を上げた子供が、わらわらと荷車に集まって、思い思いの掛け声を上げながら、荷車を押し始める。
その速度は、それこそゆっくりしたものではあるが、それに文句を言う人間は周りにはおらず、子供を背負ったオユキも、両手にそれぞれ抱えるトモエものんびりと後をついていく。

「元気があって、いい事ですね。」
「その、うちの子たちが、ごめんなさい。」

トモエが笑顔を浮かべてそういえば、子供たちをせっせと追いかけまわしていたアナが謝る。
シグルドとパウはもはや疲労を隠せず、セシリアに至っては、子供たちの数人と一緒に、荷台の上で眠りについている。アドリアーナはどうにか起きているが、足元がおぼついておらず、ふらふらと、目元をこすりながら、どうにかついて来ている。
どうやら、孤児院、そこでも子供の面倒を見て、日々駆け回っているのだろう。
思えば、シグルドに対しても、年長者であるように振舞っていたのも、こういったところから出てきているのだろう。

「お気になさらず。子供が元気なのはいい事です。」
「ええ、まったくです。勿論、良くないことをしたのなら、叱らなければいけませんが。
 今は皆、大事な仕事をして、その結果ですから。褒めるところはあっても、叱るところなどありませんよ。」

カナリアが、トモエの言葉にそう続けると、イリアは肩をすくめる。

「ま、賑やかなのはいい事さ。群れが元気。それ以上に大事なことなんてないからね。」

二人の言葉は、それぞれ種族の背景を感じさせるようなもので、成程、そういう価値観の差異はあるのだろうが、根を同じと出来てはいるのだな、そうオユキは改めて感心する。
ゲームの頃、NPCと呼ばれたプレイヤーではない、AIの産物であった人々。
自身がプレイヤーだと、そう公言しなければ、区別がつかないと言われた、そんな人々。
それと今改めて向き合っているのだ、AIではなく、作られたものではなく、いまここを生きる人として、そんなことを改めて考え、少し感慨に浸る。

「持ち帰った後は、加工ですか。名物の魚も、時期が近いようですし、楽しみが多いですね。」

オユキがしみじみとそう呟くと、イリアはそれにため息で返す。

「あんまり食べない割に、食事は好きなんだね。
 この餓鬼どもに追い抜かれない程度には、あんたもちゃんと食べなよ。」

オユキはそれに、ただ苦笑いを返すしかなかった。
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