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二章 新しくも懐かしい日々
溢れ、それに対して
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「何かあったか。」
イマノルを始め、緊張感を湛えたまま町へと戻ったからだろう。アーサーは開口一番にそう尋ねてきた。
「猶予がなさそうです。遅くとも、明日には。」
何がとも告げずに、ただイマノルがそういえば、アーサーは台帳をすぐに確認し始める。
「まだ、町の外に3組いるな。イマノル、悪いが傭兵ギルドから何人か都合してくれ。
それと、狩猟者は、そうだな、少し待ってくれ。」
言われたイマノルは、それではと、簡単に挨拶だけして、直ぐに傭兵ギルドへと歩き出す。
残ったものたちは、ミズキリが声をかけて統率をとる。
特に少年たちは、帰る道はともかく、先のやり取りで、何が起ころうとしているのか察したのだろう。顔色が悪くなっている。
「さて、恐らくアーサーから、狩猟者ギルドへの言伝を預かってから戻ることになる。
そのあとは、ギルドの判断次第だな。オユキとトモエ、後はトラノスケもか。溢れの経験はこっちではないな。」
そう聞かれて、トラノスケとオユキも頷く。
経験自体はあるし、イベントとして何度も攻略したことはある。
ただ、こちらに来てから、それで言えば初めてだ。
「お前たちは、まぁ、町にいたんだから、経験はあるな。」
「ああ。その、何かしたわけじゃないけど。
炊き出しとか、洗濯とか、そういった事なら。」
「十分だ。それだって大事な仕事だからな。
ただ、仮登録とはいえ、ギルドの一員だ。意味は、分かるな。」
ミズキリが、シグルドと目線を合わせてそう聞けば、少年は意外にもしっかりと頷いた。
「まぁ、実際のところは、ギルドが決める。雑用か、戦闘に出るとしても、門の側だな。
オユキ達も、経験がない以上、纏められるだろう。少しは一緒に動いてたんだ、慣れもあるだろう。
イリア、カナリアの体調は。」
「難しいところさね。骨は繋がっちゃいるし、傷はふさがったとはいえ、血を流したからね。万全とは言えないだろうさ。」
「そうか。」
そんなことを話している間に、アーサーが丸めた紙を片手に、足早に戻ってくる。
「すまない、待たせたな。それと、これを。」
「ああ、ギルドで渡してくる。」
「頼んだぞ。それと終息までは、町の外には出られないからな。」
オユキ達に向けてそう告げると、アーサーはまた守衛の控える小屋へと戻っていく。
「よし、さっさとギルドに行くか。」
アーサーがそういって歩き出せば、シグルドが、疑問を投げかける。
「その、本当に氾濫があるのか。あの傭兵がそう言ってるだけじゃ。」
「あの傭兵が言ってるから、あるんだろうな。
今日の中じゃ、それこそあいつ一人で残りを切り伏せられるような奴だ。
あとは、まぁ、ギルドで話そう。二度手間になるしな。」
そう告げるミズキリに連れられ、一団で狩猟者ギルドへと向かう。
その道すがらも、少年たちは落ち着きなく周りを見回す。
その様子に、トラノスケは苦笑いをしながら、彼らに話しかける。
「町に住んでれば、これまでにも経験くらいはあるだろう。
なに、今回だってそれと変わるわけじゃない。この町には、過剰といっていいくらいの戦力があるしな。」
そういって、青い顔で、かすかに指先の震えるセシリアの頭に手を乗せながら、話しかける。
「でも、毎回、怪我をしてる人が。」
「そりゃ、まぁ、怪我人は出るさ。きつい言い方になるが、魔物と戦ってれば、怪我はする。
オユキだって、イリアだって。お前達より強くたってな。」
そういうと、シグルドが、トラノスケを振り返り、しかし言葉にならなかったのか、何も言わずにそのまま俯く。
「どれだけ強くなったって、変わりやしないさ。
このあたりの魔物が、まったく相手にならなくなった、だが場所を変えればそうじゃない。
今度は全く歯が立たないかもしれない。そんなもんなんだ。
だから、どんな魔物が空いてだろうが、警戒をするんだ。
こっちのほうが、強かろうと。常に命がけ、そのことだけは忘れないようにな。」
「良い言葉ですね。」
ルーリエラが、トラノスケをそう褒める。
「なに、昔に聞いた話を自分なりにかみ砕いただけだよ。」
そういって、トラノスケがオユキに視線を送る。
あれは、さて、トラノスケと出会って、暫くたったころだろうか。
トモエの父親が営む道場で、散々鍛えられて数年たったころ、トラノスケ、その時はゲームを始めたばかりで、ゲームだからと、やり直しがいくらでも聞くのだからと、それこそ少年達よりもはるかに無謀な振る舞いを繰り返すトラノスケに、年長らしく賢しらに語ったことがあった。
まだ20を少し超えたばかりだというのに。
思い返して恥ずかしさを覚えたオユキは、顔に熱があるのを感じてしまう。
「ま、これまでと変わらないさ。
それぞれが、できることをやる。勿論勝手をすれば迷惑をかけるし、むしろ足を引っ張る。
何をすれば助けになるかわからない、それなら聞けばいいのさ。
自分が何をすれば、助けられるのか。それで、言われたことをやればいい。それだけだ。」
「戦わなくても、ですか。」
「狩猟者ギルドの職員が、魔物と戦ってるところを見たことがあるか。
ギルドが無くても、狩猟者、魔物を狩って、その獲物を売れる状態にして、商人にと直接やり取りして、値段を決めて、そんなことができるか。
役割分担っていうのは、そういう事だ。
怖くて、戦いたくない。前線に立ちたくない、そう思うなら、そういえばいい。」
トラノスケの言葉に、セシリアは少し落ち着いたのか、長く息を吐く。
だが、その言葉にシグルドは何か思うところがあったのか、トラノスケに向けて言葉を返す。
「それで、臆病者だって、そう言われてもか。」
「狩猟者にとっちゃ、誉め言葉だな。恐れを知らなきゃ、とてもかなわない魔物に突っ込んで、勝手にのたれ死ぬだけだ。」
そういって、トラノスケは視線を外して、空を見上げる。
「それでも、逃げられない、引けないときはある。
歯が立たなくても、逃げるしかなくても。それでも、立ち向かわなきゃいけないときってのは、あるんだよな。
その時は、まぁ、覚悟を決めるしかないよなぁ。」
その言葉は、少年たちに向けてか、それとも自分に向けてか。
誰とも目線を合わせることはないが、それでも万感の思いを感じさせる言葉が、ただ宙に消えていく。
人生経験、その意味では見た目とは全く異なる異邦人たちは、その言葉に自信を振り返り、言葉をうまく返せない。
これまでの人生に、確かにそういう瞬間はそれぞれに訪れたのだから。
魔物との戦い、そういった形ではなかったにせよ。確かに今後を左右するような、重い決断であり、相談すれば周りからは様々な助言は得られるが、それもどうしたところで分かれ、判断を行わなければならない、そんな逃げることは許されない選択が。
「ま、覚悟だかは忘れるな、そういう事だろうさね。
私だって、今回一歩間違えれば、死んでたんだ。
武器を捨てて、依頼人を連れて、ただ走る、その決断が上手く転んで、こうして今も生きている。」
意外なことに、それとも、何処か気風の良さ、面倒見の良さが垣間見えるイリアらしい、そういうべきなのだろうか。イリアがトラノスケの言葉を引き継ぐ。
「上手くいったら喜んで、失敗したら酒を飲んで忘れる。
ま、忘れるときに、次はどうしよう、それくらいは話すがね。
で、その失敗が取り返しのつかない事なら、やっぱり同じさ。
みんなで酒を飲んで、吐くほど飲んで、泣いて、喚いて、で、日付が変われば、反省して。
そうやって、無理にでも足を動かすのさ。負けたまま、それじゃいられないからね。」
そんなことを言って、イリアは、背中に背負った大剣ではなく、腰に佩いたナイフを一撫でする。
ともすれば、それは彼女の経験から来る話で、それにまつわる話があるのかもしれない。
彼女の言葉は、そう感じさせる重さを、確かに持っていた。
イマノルを始め、緊張感を湛えたまま町へと戻ったからだろう。アーサーは開口一番にそう尋ねてきた。
「猶予がなさそうです。遅くとも、明日には。」
何がとも告げずに、ただイマノルがそういえば、アーサーは台帳をすぐに確認し始める。
「まだ、町の外に3組いるな。イマノル、悪いが傭兵ギルドから何人か都合してくれ。
それと、狩猟者は、そうだな、少し待ってくれ。」
言われたイマノルは、それではと、簡単に挨拶だけして、直ぐに傭兵ギルドへと歩き出す。
残ったものたちは、ミズキリが声をかけて統率をとる。
特に少年たちは、帰る道はともかく、先のやり取りで、何が起ころうとしているのか察したのだろう。顔色が悪くなっている。
「さて、恐らくアーサーから、狩猟者ギルドへの言伝を預かってから戻ることになる。
そのあとは、ギルドの判断次第だな。オユキとトモエ、後はトラノスケもか。溢れの経験はこっちではないな。」
そう聞かれて、トラノスケとオユキも頷く。
経験自体はあるし、イベントとして何度も攻略したことはある。
ただ、こちらに来てから、それで言えば初めてだ。
「お前たちは、まぁ、町にいたんだから、経験はあるな。」
「ああ。その、何かしたわけじゃないけど。
炊き出しとか、洗濯とか、そういった事なら。」
「十分だ。それだって大事な仕事だからな。
ただ、仮登録とはいえ、ギルドの一員だ。意味は、分かるな。」
ミズキリが、シグルドと目線を合わせてそう聞けば、少年は意外にもしっかりと頷いた。
「まぁ、実際のところは、ギルドが決める。雑用か、戦闘に出るとしても、門の側だな。
オユキ達も、経験がない以上、纏められるだろう。少しは一緒に動いてたんだ、慣れもあるだろう。
イリア、カナリアの体調は。」
「難しいところさね。骨は繋がっちゃいるし、傷はふさがったとはいえ、血を流したからね。万全とは言えないだろうさ。」
「そうか。」
そんなことを話している間に、アーサーが丸めた紙を片手に、足早に戻ってくる。
「すまない、待たせたな。それと、これを。」
「ああ、ギルドで渡してくる。」
「頼んだぞ。それと終息までは、町の外には出られないからな。」
オユキ達に向けてそう告げると、アーサーはまた守衛の控える小屋へと戻っていく。
「よし、さっさとギルドに行くか。」
アーサーがそういって歩き出せば、シグルドが、疑問を投げかける。
「その、本当に氾濫があるのか。あの傭兵がそう言ってるだけじゃ。」
「あの傭兵が言ってるから、あるんだろうな。
今日の中じゃ、それこそあいつ一人で残りを切り伏せられるような奴だ。
あとは、まぁ、ギルドで話そう。二度手間になるしな。」
そう告げるミズキリに連れられ、一団で狩猟者ギルドへと向かう。
その道すがらも、少年たちは落ち着きなく周りを見回す。
その様子に、トラノスケは苦笑いをしながら、彼らに話しかける。
「町に住んでれば、これまでにも経験くらいはあるだろう。
なに、今回だってそれと変わるわけじゃない。この町には、過剰といっていいくらいの戦力があるしな。」
そういって、青い顔で、かすかに指先の震えるセシリアの頭に手を乗せながら、話しかける。
「でも、毎回、怪我をしてる人が。」
「そりゃ、まぁ、怪我人は出るさ。きつい言い方になるが、魔物と戦ってれば、怪我はする。
オユキだって、イリアだって。お前達より強くたってな。」
そういうと、シグルドが、トラノスケを振り返り、しかし言葉にならなかったのか、何も言わずにそのまま俯く。
「どれだけ強くなったって、変わりやしないさ。
このあたりの魔物が、まったく相手にならなくなった、だが場所を変えればそうじゃない。
今度は全く歯が立たないかもしれない。そんなもんなんだ。
だから、どんな魔物が空いてだろうが、警戒をするんだ。
こっちのほうが、強かろうと。常に命がけ、そのことだけは忘れないようにな。」
「良い言葉ですね。」
ルーリエラが、トラノスケをそう褒める。
「なに、昔に聞いた話を自分なりにかみ砕いただけだよ。」
そういって、トラノスケがオユキに視線を送る。
あれは、さて、トラノスケと出会って、暫くたったころだろうか。
トモエの父親が営む道場で、散々鍛えられて数年たったころ、トラノスケ、その時はゲームを始めたばかりで、ゲームだからと、やり直しがいくらでも聞くのだからと、それこそ少年達よりもはるかに無謀な振る舞いを繰り返すトラノスケに、年長らしく賢しらに語ったことがあった。
まだ20を少し超えたばかりだというのに。
思い返して恥ずかしさを覚えたオユキは、顔に熱があるのを感じてしまう。
「ま、これまでと変わらないさ。
それぞれが、できることをやる。勿論勝手をすれば迷惑をかけるし、むしろ足を引っ張る。
何をすれば助けになるかわからない、それなら聞けばいいのさ。
自分が何をすれば、助けられるのか。それで、言われたことをやればいい。それだけだ。」
「戦わなくても、ですか。」
「狩猟者ギルドの職員が、魔物と戦ってるところを見たことがあるか。
ギルドが無くても、狩猟者、魔物を狩って、その獲物を売れる状態にして、商人にと直接やり取りして、値段を決めて、そんなことができるか。
役割分担っていうのは、そういう事だ。
怖くて、戦いたくない。前線に立ちたくない、そう思うなら、そういえばいい。」
トラノスケの言葉に、セシリアは少し落ち着いたのか、長く息を吐く。
だが、その言葉にシグルドは何か思うところがあったのか、トラノスケに向けて言葉を返す。
「それで、臆病者だって、そう言われてもか。」
「狩猟者にとっちゃ、誉め言葉だな。恐れを知らなきゃ、とてもかなわない魔物に突っ込んで、勝手にのたれ死ぬだけだ。」
そういって、トラノスケは視線を外して、空を見上げる。
「それでも、逃げられない、引けないときはある。
歯が立たなくても、逃げるしかなくても。それでも、立ち向かわなきゃいけないときってのは、あるんだよな。
その時は、まぁ、覚悟を決めるしかないよなぁ。」
その言葉は、少年たちに向けてか、それとも自分に向けてか。
誰とも目線を合わせることはないが、それでも万感の思いを感じさせる言葉が、ただ宙に消えていく。
人生経験、その意味では見た目とは全く異なる異邦人たちは、その言葉に自信を振り返り、言葉をうまく返せない。
これまでの人生に、確かにそういう瞬間はそれぞれに訪れたのだから。
魔物との戦い、そういった形ではなかったにせよ。確かに今後を左右するような、重い決断であり、相談すれば周りからは様々な助言は得られるが、それもどうしたところで分かれ、判断を行わなければならない、そんな逃げることは許されない選択が。
「ま、覚悟だかは忘れるな、そういう事だろうさね。
私だって、今回一歩間違えれば、死んでたんだ。
武器を捨てて、依頼人を連れて、ただ走る、その決断が上手く転んで、こうして今も生きている。」
意外なことに、それとも、何処か気風の良さ、面倒見の良さが垣間見えるイリアらしい、そういうべきなのだろうか。イリアがトラノスケの言葉を引き継ぐ。
「上手くいったら喜んで、失敗したら酒を飲んで忘れる。
ま、忘れるときに、次はどうしよう、それくらいは話すがね。
で、その失敗が取り返しのつかない事なら、やっぱり同じさ。
みんなで酒を飲んで、吐くほど飲んで、泣いて、喚いて、で、日付が変われば、反省して。
そうやって、無理にでも足を動かすのさ。負けたまま、それじゃいられないからね。」
そんなことを言って、イリアは、背中に背負った大剣ではなく、腰に佩いたナイフを一撫でする。
ともすれば、それは彼女の経験から来る話で、それにまつわる話があるのかもしれない。
彼女の言葉は、そう感じさせる重さを、確かに持っていた。
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