憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

稽古の時間

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「二百。そこまで。」

トモエがそういうと、ふらふらと、体もそうだが武器の振り方も、勢いはなく、横から一当てすれば、簡単に弾けるだろう、そんな有様でどうにか武器を振っていた少年たちは、手に持つ武器を取り落とし、肩で息をしながらその場に座り込む。
だが、そんな真似をトモエが許すはずもない。

「己の命を預ける武器を粗末に扱うとは何事ですか。
 一先ず休むのは構いませんが、何よりも先に、武器の確認を行いなさい。」

そう言われても、少年たちはさて、これまで訓練したとは言うものの、冗談に構えた武器を何度も振り下ろす、そんなことはしてこなかったのだろう。
慣れない動きに疲れ果てたのか、のろのろと、どうにかそれぞれの武器を抱え込んでいる。

「面白い教えだな。」

手持無沙汰だったのか、トモエの声に合わせて、隣に並ぶオユキにも届くほどの勢いで、両手持ちの剣を振り回していたルイスが呟く。
トモエも、慣れない武器を、それなりの時間構え続け、うっすらと掻いた汗を、軽く手で拭いながら、ルイスの言葉に疑問を覚え、それを口にする。

「そうでしょうか。」
「ああ。俺らにしてみれば、どうしたって消耗品だからな。
 長く使えるよう、気は使うが、まぁ、扱いはそれなりだ。」

オユキは、それにああ、とそう頷く。

「私達の世界でも変わりませんよ。特に私たちが主として使っていたものは、二、三度使えば鈍らになるようなものでしたから。素肌物を斬る、それに特化した、薄い刀身ですからね。」
「ほう。それはそれで興味があるな。」
「生憎、作り方までは。技という事でしたら、それこそ立ち合いでお見せできるのでしょうが。」
「ああ、似たものが無ければ、それも難しいか。
 木を削って作れないか?」

言われて、オユキは少し考え、口にする。

「竹光と呼ばれるものや、形だけをまねた模造刀等もありましたが、さて。」
「ま、余裕があればでいいさ。」

そう言って話していると、座り込みながらも、武器のあちこちを確認している少年たちの前、トモエが立ったまま彼らに話しかける。

「さて、今は連続で振りましたが、たった二百回。
 今日のあなたたちを見れば、丸兎おおよそ7匹分。
 この程度の数であれば、それこそ今の状況で動き回れば、直ぐに、それこそ一匹と戦っている間にも遭遇するでしょう。
 訓練をした、そういうあなた達ですが、これが現実です。」

トモエが、目の前で同じ数だけ武器を振るって、息一つ乱していない、そんな相手が淡々と告げる言葉に、少年たちは返す言葉もなく、ただ武器の様子を見ながら、頭を下げている。
そもそも彼らは、無駄に力を入れすぎているのだ。
一回一回を、体中に力を込めて武器を振るうから、直ぐに疲れる。
ほどほどに力を抜き、体の動き、武器の軌道、正しく想定したものに、致命の一撃となるように。それで十分だというのに、何を想定していたのか、なにも想定していなかったのか、ただ武器を全力で振り回すような、そんな素振りを数行えば、そのように疲れるだろう、そんな様子だ。

「では、少し休んだら次に移りましょうか。
 ただ、その前に。」

そういって、トモエが少年たちの前に膝を折って座り込む。
伸ばした背筋、つま先を地面に触れさせ、踵は上に。
膝を立てれば、いつでも抜き打ちができる、そんな座礼をとるトモエが、少年たちに話しかける。

「そもそもあなた方は、訓練、その意味を考えながら行っていましたか。」

トモエがそう問いかければ、シグルド少年が、息を荒げながら、どうにか答える。

「そんなもの決まってる。魔物を狩るためだ。」
「その魔物とは何ですか?」

トモエがそう問いかければ、答えは返ってこない。

「町の外、近くにいる物はどれも人よりはるかに低い位置にいます。
 だというのに、あなた達は常に上に武器を構えて振り下ろす。
 あなた方の想定した魔物は、一体どのような物でしたか?」

まぁ、素振りとして、体を鍛えるためであれば、そこまで間違ってはいませんが、そうトモエがつけたして続ける。

「敵の姿も想定せず、したとしても実際とかけ離れている。
 そうであれば、あなた方のした、そう語る訓練は初めから間違っています。
 目的、それとかけ離れた事を達成する、そういった物になりますから。」

そうトモエが言えば、少年はなおも噛みつく。

「これが一番力が入るだろ。
 当たれば、確実に倒せるだろ。」
「ほとんど地面をたたいて、有効打は全くありませんでしたが。」

トモエの指摘に、少年はまた言葉に詰まる。

「そういった扱いをするというのであれば、剣ではなく、こん棒を使いなさい。
 それ以前に、そこらに落ちている石を拾って、投げつける、その方がより効果的です。
 丸兎程度であれば、それで十分に仕留められるでしょう。
 武器の手入れを行う必要も、近づく必要もありません。より安全に、効率的に、十分すぎるほどに、狩りができるでしょう。」

暗に、お前たちの振るう技は投石に劣る、そうトモエが言えば、少年はただただ歯噛みする。

「勿論、生き物を殺す、そのために作られたこれらの道具を使えば、投石などに比べて遥かに容易く、魔物を仕留めることもできます。ただそれを為すには、相応の訓練が必要だという事です。
 物を斬るには、どう振ればいいのか。それを何一つ考えることもなく、ただ漫然と振るだけなら、そこらの木の棒、鉄塊、それらを振るほうが、効率が良い、そういう話です。
 刃があり、当たれば致命、ならば力がどうの、そんな事よりも先に、相手にあてる、それを考えて振らなければなりません。」

そういって、トモエが立ち上がり、告げる。

「では、息も整ったようですので、続きですね。
 壁に立てかけてある、模造刀をそれぞれ取りなさい。
 一人づつでも、全員同時でも構いません。それをもって、立ち合い稽古です。」

トモエがそう言うと、少年は勢いをつけて立ち上がると、直ぐに武器を持ってきて、トモエに切りかかる。

「若いですねぇ。」
「嬢ちゃんがそう言うと、違和感がひどいな。」

その様子を見ながら、しみじみとオユキが呟くと、隣に立つルイスがそんなことを言う。

「こちらでは、確かに見た目通り、見た目通りなのでしょうか。」
「狩猟者登録したなら、成人だろ、それを考えると、かなり小柄だな。」
「私としても、背丈に体重が、もう少し欲しいのですが。」
「ま、しっかり食って、しっかり体を動かすことだな。」

そう、二人で話している一方で、シグルド少年は、ポンポンとトモエに模造刀で頭を小突かれ続けている。

「話を聞いていましたか。考えて振りなさい。」
「くそ、馬鹿にすんな。馬韓にすんなよ。」
「馬鹿にしてはいません。そもそもこうするだけの力量差がある、それだけの話です。
 それと、この程度では見ても稽古になりません。同時に来ない、そうであれば素振りを続けなさい。」

トモエがシグルドが力任せに振ろうとする得物に、自分のそれを横からあてては逸らし続け、その都度頭を軽く小突く。
そんなことを繰り返しながら、残りの四人に声をかける。
武器を手に取ったはいいが、どうしたものか、そう考えていた少年たちも、少しは考えているのか、トモエを囲む様に動きながら、それぞれに武器を繰り出す。

「ああ、ありゃ駄目だな。」
「まぁ、そうなるでしょうね。」

一人がトモエの背後に回り込むが、そもそもまともに連携も取れていない。
トモエが死角になって、味方の位置、行動も把握できないだろう。
その予測は正しく、一人が振るう刀をそらし、そのまま体勢を崩して、トモエが少女を自身の背後であった場所へと転がすと、後ろに回り込んだ少年がそれに躓き転ぶ。
その結果、さらに他を巻き込む。

それでも、どうにか起き上がって、がむしゃらに武器を振る少年たちを見て、オユキはまた呟く。

「若いですねぇ。」
「ま、根性だけは一人前だな。」

ルイスも、そう呟いて肩をすくめる。
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