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第1章
据え膳は食わずに見て楽しむ派です
しおりを挟むぼんやりと漂う光はゆっくりと……しかしこちらが距離を詰める毎に、確実に森の奥へと潜って行く。
「……やっぱ妖精の花じゃねーな、アレ」
「え、なんでよ」
「いや、そもそも花が足生やして歩くか?」
「歩く訳ないでしょ、なにそれ気持ち悪い。……っていうかあの光、どう見たって浮かんでるじゃないの」
「……うん、だからさ」
「――やっぱりすごいね、妖精の花って。おばあちゃんから聞かされてた通りだ」
なるほど。どうやらナトゥーラが耳にしていた昔話か何かだと、妖精の花は浮遊もできるトンデモ植物だったらしい。この時ばかりは、ナトゥーラの婆さんが盛りに盛った乙女心を恨まざるを得なかった。
「ねぇ、もっと早く行かないと。見失っちゃう」
「無茶言うなって。これでも野獣に警戒しながらなんだよ。開けた山道ならいざ知らず、もう森のど真ん中に入っちまってるんだし」
「えっ……それってもしかして、私の安全を気遣って……?」
「……よし、周囲に獣の気配なしっ! ギアを一つ上げていくぞッ!」
「あぁっ! ちょっとカムイ!? 早っ!」
光はゆらゆらと進み、まるでこちらを森の奥へと誘っているようだった。
この先は森が開けており、ちょっとした湖が広がっている。このカムイにも、採集や狩りの途中で休憩に利用していた記憶があった。実感はなかったけど。
「ん、追い付くぞ……!」
俺達が湖に出るのと、光の動きが止まったのはほぼ同時の事だった。
中空を漂っていた光は徐々に高度を下げ、湖の畔に着地している。
「ねぇ、なんか弱くなってない……?」
ナトゥーラの言うとおりだった。さっきまでは夜闇を照らしていた、松明と見間違うほどの光。それが今では寿命が来た豆電球くらいになってしまっている。
「みたいだな」
俺は臆することなく、その弱々しい光へと近づく。
危険は、感じなかった。なんとなく、俺には分かる。こんなイベントに見覚えがあったからだ。その正体は、俺の思い出にあるRPG。アンケートの時に思い浮かべていた作品の導入部分が、確かこんな感じだったような気がする。
その記憶のままであれば、この光の正体は――――――。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
光の中心でもぞもぞと動いている、ヒトのカタチ。
頭があり、手足がある。けれどもその大きさはこちらと違い、掌に乗るくらいの小さなものだった。どう考えても、ヒトとは異質の存在だろう。
加えてレオタードのような露出の多い着衣に、品の良い金色に染まった長髪。その頭頂部や手足の各所には大きな薄桃のリボンが巻かれており、全身に羽衣を纏っているようにも見えた。
しかし何よりも目を惹くのは、発せられている光の源でもある……蝶のように広がった四枚の『翅』。
――――――――やはり、妖精だ。あのゲームと、同じく。
苦しそうにもがく小さな小さなその姿に、俺は確信をする。
「え……なにこれ……女の、子? で、でも翅が……」
同じように姿を確認したナトゥーラが、震え混じりの声を漏らした。
「ちょ、ちょっとカムイ……なに、なんなの……?」
明らかに動揺している。無理もない。俺だって空想世界の産物でしかなかった存在を目の当たりにして、かなり心拍数が上がっているのだ。予備知識も何もないナトゥーラでは、ただただ混乱するだけだろう。
しかし、俺もどう答えていいか分からない。
「実はこれが『妖精』なんだよ」とストレートに言ってしまってもいいのだけれども、何故だかそれを口に出したくないのだ。
『まぁそういう世界観クラッシャーに関しては、結構制限がかかってますからね』
頭の中に、俺のものでもナトゥーラのものでもない声。
直感的に、俺は足元の妖精さんを見遣る。
同時に、妖精さんの口元が僅かながらに上ずった。
『はい、その通り。私の声です。――憶えていらっしゃいますか? 私、貴方と一緒にアンケートを進めた者なのですが』
アンケート。その言葉に、俺はあの雑居ビルの一室で受けた奇妙な問答を思い返す。
なるほど。確かにそう言われてみれば、言葉の端々にあのスーツの女性の雰囲気があるような気がした。
『そうです。あの時の、スーツの。……お久しぶりですね』
頭で思い浮かべた瞬間、脳に直接返答が来る。どうやらテレパシー的な何かで会話が出来てしまうらしい。
『……まぁ積もる話は後回しにして、先ずはパパっとイベントを進めちゃいましょうか』
あっけらかんと言い放つと、妖精さんはようやくといった具合に身体を起こす。
「ぐっ、こ、これ以上は、もう私だけの力では…………」
「しゃ、しゃべった!?」
びくん、とサイドテールを跳ねさせるナトゥーラ。
なるほど。と、俺は合点が行く。この妖精さんは、きっとナビゲーターみたいなものなのだろう。転生した先で俺が迷わないよう、色々アドバイスしてくれる存在なのだ。
となれば、これは演技。俺を『主人公』にするための、儀式みたいなもんか。
「驚かせてごめんなさい……。でも、もうなりふり構ってられないか」
妖精さんは顔を上げると、吸いこまれそうな程に蒼く輝いた瞳で俺を見つめる。
「私はピリカ……貴方達の言葉で言えば『妖精』になるのかな……」
「よ、ようせいっ!?」
「うわわー、ようせいってまじかよー」
ナトゥーラは心底驚いてみせる。まぁ俺にとっては想定内なのでそこまでではないが、一応驚いたフリをしてみた。我ながら悪魔男の役でもできそうなくらいな、俳優顔負けの演技だった。
「こうやって姿を現したのには理由があって……でもそれを詳しく説明している時間がもうないの。ともかく、この世界を救うため……どうか私と『契約』をして……貴方の力を貸してちょうだい……!」
ピリカ。そう名乗った妖精さんは俺の方へ、小さく可愛らしい手を差し伸べる。
「さぁ、その手をこちらに……!」
しかし、待って数秒。俺はその手を取らない。
いや、話の流れ的に。というかイベント的に取らなくちゃいけないのは分かる。分かっているのにそれをしないのは、ここに来てどうにも引っかかるものがあのだ。
また、頭の中に声が響く。
『どうしたのですか、早く私の手を取って契約を!』
『……ピリカさんとやら、ちょっと訊きたいんだけど』
『なんですか? 質問なら後でもゆっくり……』
『大切なことだ!』
『はっ、はい……ぃ』
俺の語気に圧されたのか、ピリカは口籠る。
『アンタさっき世界の危機、とか言ってたよな?』
『はい。言いましたけど……』
『そう、そこだ。俺、魔王とかそんな興味ないって言った憶えがあるんだけど』
『確かにそう仰ってはいましたが……しかしヒーローになりたいというご希望も』
『だからって、なにも世界の危機を救わなくても良いでしょうよ』
『へ?』
俺の言い様に、きょとんと素の声を返すピリカ。
『いやさぁ……世界の危機とか出ちゃうとさ、絶対苦労するじゃんか。戦って痛かったり、仲間死んじゃったり、多かれ少なかれ辛い思いとかしなきゃじゃんさ』
『まぁ、そりゃあるでしょうけど……でもその為に色々と補正が用意されて……』
『いや、分かるよ? なるべく楽ちんにって。でもさ、万が一ってあるじゃん』
『万が一、ですか?』
おう。と俺はふてぶてしく相槌を打つ。
『だってさ、あるだろ? すんげえ良い中学入って、結構な高校出て、そこそこの大学入って、そんで卒業してみたら何故か職ナシのアルバイト生活ってパターンがさ』
『う、ん……? それは単に環境に胡坐をかいて努力しなかっただけのケースでは……あ、ひょっとしてご自身のおはな――――』
『――――――てぁンなゴラァッ!?』
『ひぃっ!? ……あ、あのぅ…………それで、つまりは、何なのでしょう?』
『だーかーらーぁ! 補正あっても、土台がダメなんだよ。働いて超金貰うか、何かで有名にでもならない限り負けっていう社会の土台がさぁ!』
『はぁ……』
『なのに世界救ったらヒーローとかいう、ホコリ被った競争視点を根底に据えちゃうのが問題だって言ってんっすよぉ。わかりますぅ? 話が違うって言ってんだよ! 話がさあ!?』
『あぅ……言わんとされている事は分かりますが、でもそれをここで私に言われましても……』
『自分で何とか出来ないならさ、掛け合ってよ。居るんでしょ、上が―――』
「――――ああもうっ! カムイったら何やってんのよ、じれったいッ!」
がしっ。
「……え?」
気付いた時には。
「あ」
もう遅かった。
伸ばされたピリカの手を、ナトゥーラがこれでもかと握っていたのだった。
そして次の瞬間。
「――な、なにこれええええええええっ!?」
ナトゥーラの身体が、眩い光に包まれる。
『あぁそんなっ! 折角用意していた主人公補正が、全て彼女にっ!?』
「え!? ちょ、ちょ待っ……待てやぁッ!?」
俺の叫びと共に、ナトゥーラを包む光は湖一杯に広がるのだった。
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