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さらば戦争
群青のその先で
しおりを挟む独立から数年経ったある日、俺は英霊墓地に訪れる。
ハル・ユング
カール・ストレイダ
カロン・ヒューイ
ハーバード・ウレダ
一つ一つの墓地に跪き、手を当てる。俺は宗教家でも何でもないから、特に祈る内容なんてのは無い。けど心の底から思った事はいくつかある。
なぁ、今のこの島をどう思う?もし生きてたらなんて言う?生きてたら今何をしたい?生きてたら.......生きてたらな。
衝撃にも生き残って帰還してきた王女様のおかげで、たいそう立派な墓地で眠れる彼らに敬意を表す。
癒えぬ戦争の残した爪痕、彼ら兵士は眠れる場所があって思い残す事などなく安らかに眠れるだろう。だけど俺は未だに忘れ得ないトヨでの出来事。あの子たちはどこに眠るのだろうか。
「アンディー、そろそろ行こう。」
後ろから声が聞こえてくる。ケインが墓地訪問を切り出してくるなんて予想外だったが、花を持っていたあたりケインも何か想いがあったんだろう。だがケインは到着するや兵士の所には行かずに、最初にあっちの方へと行っていた。あそこは警察官や消防士とかの殉職者を祀っていたところのはずだが。まぁあまり詮索しないでおこう。ケインも1人の人間だからな。
俺は墓地園の出口に向かって歩く。左右に数多の白い墓地が並んでいる。すると正面から子連れの母親がやって来た。
「パパはどこー?ねぇパパは?」
まだ小さい男の子が無邪気に言っている。
「もうすぐよ、」
母親は優しく言い、男の子は母親の手を引いて前に前に引っ張って行く。この感情....罪なもんだ。俺はすっかり慣れてしまっている。親子が俺の横を通り抜けて行く。俺はすれ違うと振り返ってみてみた。親子は右に入り、ふたつ目の墓の前で止まった。何か言っている。報告か?ここから聞こえる限りでは、男の子は父親と会えなくなって以来の出来事を報告しているように思えた。それも目の前に父がいるかのように。偉いもんだ。父の死を受け入れているではないか。あの歳だと死というものを分からないはずがない。前を向かなきゃな。
「置いてくぞー」
するとゲート付近で先に待っていたケインが俺を見て言っている。死んだやつの分まで生きないとな。
「待って下さいー」
俺は前を向き直して歩き出そうとした。すると正面からリストがやって来た。隣には前髪が左目付近にまでかかった女を連れてる。その女の来ていた黒の上着の左腕部分が風に揺られていた。
「リスト。」
俺の声掛けにリストははにかんで手を上げて返事した。
「アンディー1人か?」
リストがそう尋ねて来た。
「いや、ケインも一緒だよ。隣の人は?」
「ああ、まぁちょっとね。」
リストがそこは勘弁してくれと表情で訴えて来た。少し不思議に思えたが、その隣の女も微笑んでいたから、あまり触れないように意識した。
「じゃあ、また今度な。」
俺はそれだけ言うと、ケインの方へ向かって歩き出した。
「ケイン隊長。リストの隣にいた女性って誰ですか?」
アンディーの質問を聞いて、ケインはリストの方を見つめた。リストの隣にいたのはレイだったが、ケインは素知らぬふりを決め込んだ。
「あー、まぁ、同僚とかじゃないの?」
「同僚....ですか。え、リストに女の同僚なんかいたんですか?」
「さぁね、俺も知らないよ。」
「あ、嘘つかないでくださいよ。隊長、嘘つくと右横見る癖、俺知ってるんですからね。」
「まぁ、2人の関係は同僚以上ってとこか?」
「ふーん。俺には女運なんか無いですからねぇ。だから同じ境遇にいる隊長と一緒にいるんですかね?」
アンディーはケインの自家用車のドアの取っ手に手を置いて言った。
「言ってくれるねぇ。こう見えても、俺がお前のような歳の頃はモテモテだったんだぞ?」
「そうですね。でなきゃ、2回も浮気なんかされないでしょう。」
「あー、やっぱお前は生意気な奴だわ。」
ケインは車に乗り込み、エンジンをかけた。アンディーは助手席に座り2人は談笑しながら墓地を離れていった。
「別に隠さなくても良かったのに。」
アンディーたちが離れた後、レイはリストに言った。リストは何も答えず、さっきアンディーが冥福を祈った墓地の前に来た。
「久しぶりだな。」
リストは屈んで墓石を見つめ、そして目を瞑って黙祷した。レイも一緒だった。
「リストの戦友?」
「ああ。今でも大切な奴らさ。」
そう言うと、リストは立ち上がってレイの方を見た。
「さあ、行くところがあるんだろ?」
レイは頷いた。
「こっちよ。」
レイがリストに向かって言うと、また歩きだして、今度はゲートに近い、とある名が刻まれた墓地の前で足を止めた。
レイは右肩に下げた紙袋を下ろして、一本の花束を取り出して、膝をついてそっと優しく置いた。レイはそのままの体勢で右手を墓石の上に置き、目を瞑った。何を想っているのかは分からない。けれど何となくは想像がついた。リストは屈んで動かずじっと手を当てるレイの後ろ姿を見下ろしていた。
淡い陽気な春風が吹いた。失われたレイの左腕の袖が、勢いよくなびいていた。彼女の父親はどう思っているのだろうか。数年ぶりに見た娘の姿を。
しばらくしてからレイが立ち上がり、リストの方を見て言った。
「あっちにも行こう。」
リストは快諾して、レイの持っていた紙袋を持ってあげた。そのまま英霊墓地群を抜けて、隣接する殉職した警官や消防士などの墓地群にやって来た。その通りを歩き、園の右奥。ひっそりと造られた亡くなったICICLE隊員の墓地の前にもやって来た。献花台に花を供えやはり目を瞑った。
小一時間そこで冥福を祈った後、出口に向けて歩き始めた。
空は快晴。墓地園の出入り口ゲートの上には数年間失われていた国旗がなびいていた。高地に造られた墓地群から出ると、すぐ目の前に広がるロレーヌが一望できた。墓地園に植えられた日国の桜の木から一斉に桜が舞い散った。高地の風は少し強く、そして優しかった。レイの左目を覆い隠していた前髪が風に吹かれた。レイは少し笑顔でこう言った。
「私、今気がついたんだ。」
「気がついた?何をだ?」
「片腕が無くなっても、片目が無くなっても、そんなのどうでもよく感じちゃうんだ。だっめ、こうして肌で感じられる。私が、私が守りたかったのはこういうことだったんだ。」
リストは笑った。
「君だけじゃないよ。皆んなそう思ってたに違いないよ。」
2人はそこからロレーヌを眺めていた
そこから一望できたロレーヌは、一見どこにでもある穏やかな首都だった。しかしその何気ない穏やかさにも、それを守ろうと命を賭した者がいた事を考えると、心に訴えかけてくる物があった。
ーーfinーー
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