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長の帰還
48 退役者の助け
しおりを挟む今日退役軍人の身の私の所に、なんとも珍しい人が訪れて来た。あの戦争を最後にスカイライン空軍から身を退き、オーシアの、しかもこんな山奥に暮らす私に何の用があるのだろうか?やって来たのは薄いブロンズ色の髪をした女性で、病院の患者が着るような薄い服を着ていた。こんな寒いというのに。それにかなり汚れているし、怪我もしているではないか。
私は仕方なく玄関の戸を開けそこにいた女性に声をかけてみた。するとフラフラとよろめき倒れかかってきた。私は慌てて体を支えて、すっかり物置となった部屋を片付けそこのベットに寝かせてあげた。よほど消耗していたのだろう。ぐったりとしていた。
私は彼女の怪我をした部分の手当てをしてやった。かなり苦労したのだろうか、腕に足に露出した肌の部分はどこも傷だらけだった。丁寧に手当てしている最中、日光でキラキラと光るヘアピンが目に入った。私は興味本位で少し覗き込んだ。するとそのピンにはセグワの旧国章が刻まれていた。私にはいよいよこの人間が誰なのか分からなくなってきた。
目がさめるのを待つこと1時間、急に起き上がって私の方を見つめた。私はそんな彼女を問いただす。最初は何を言おうか迷っている様子だったが....
「私は....私はセグワの王女アレアです。」
最初は妄想の戯言かと思って聞いていたが、感情豊かな訴え方、国を想う気持ち、それらを聞いていたがどうやら本物っぽく聞こえてきた。そこで私はなぜこんな所に来たのか聞いてみた。
「終戦後、私や私の家族が乗った飛行機が海に墜落して、この市内の病院に搬送されました。ついさっきまでの数年間、ずっと昏睡状態だったらしくて、目を覚ましたら急にオーシアの兵隊さんが私を連れ出そうとしてきました。その時はお医者さんが安静のためにとかばってくれたのですが、このままだと危ないと思って深夜に抜け出したんです。」
彼女は私にその経緯を伝え、そして続けた。
「外は全く知らない所、とても怖かった。それに私が逃げ出した事を知ったオーシアの兵隊さんは、後ろから追ってきて、銃まで撃ってきたんです。私はどこに行けば良いのか分からず、追われるがままこの山に逃げ込み、途中坂から転げ落ちたりして傷を負い、もはやここまでだと覚悟を決めました。けれど、山道を歩いていると、あなたに出会えたんです。本当に感謝しています。」
なるほど、だが彼女は死ぬには若すぎる。そして最後に彼女はボソッとこう言った。
「セグワ島に帰りたい....」
その口調や話しぶりからすると、今のセグワ島情勢を知らない風に聞き取れた。私にはその事が不憫に感じられ、伝えないわけにはいかないと思い、今の島について教えてあけだ。彼女はそれを聞くと、泣きそうな顔をして肩を落として落胆していた。私は彼女が気の毒に思えて仕方なかった。
「でも、私はそれでも帰りたいんです。あの島は私たちの祖国なんです。」
祖国か、今となっては祖国もかなり遠くなってしまっている。オーシアの為政者は彼女をみてどう思うだろうか。憎悪しか生まなかった統治政策、アフターケアを怠ったが故に政治体制を巡って内戦寸前のセグワ島。あの島ほど哀れな場所を私は見た事が無い。
私は思案する。彼女をどうすべきだろうか。セグワ島に帰すのが一番だろうが、国交は無く、民間機ひと便すら出ていない状況だ。街に出させるとオーシア兵に命を狙われる危険性だってある。私が軍部に掛け合うか?いや陰謀好きの連中が何かに漬け込んで暗殺するやもしれん。そこで私はある事を思いついた。
「王女さん。どうしてもセグワ島に帰りたいのですか?」
「帰れるものなら帰りたいです。」
やるしかない。私はそう思った。
「分かりました。申し遅れましたが、私は元スカイライン空軍パイロットです。私があなたをお連れしましょう。」
「で、ですがそれでは貴方の身が。」
「心配いりませんよ。なにせ退役軍人の老いぼれに過ぎませんから。」
彼女は深々とお辞儀をして来た。その日は彼女の健康状態も考慮してそこに泊めてあげ、3日後に出発する事で決定した。しかし、ラッキーなものだ。あと数週間もすれば、私は祖国に戻る予定だったのだ。たまたまオーシアの戦友達が設立した飛行場のテストパイロット役として来てくれと招待され、数ヶ月私はここを借りて一時的だが暮らしていたのだ。もしも招待が無ければ彼女は本当に死んでいたのかもしれない。
そこから私は屋内の縁側に彼女を呼んで座らせた。春の暖かい日光が縁側を暖める。私の愛犬のシェパードが彼女の透き通るような足に寄り添い寝転がった。王女はそれに微笑み、私には和ましく感じられた。
私は戦時中について、色々と聞いた。聞いてみた結果、彼女は戦争が起きたのは自分のせいだと自虐していた。
「あのセグワ島の戦争は私のせいで 他国を巻き添えにしてしまって、尊い命を奪ってしまったのです。」
彼女はこの若さで出来上がっていた。
「私は何としてもあの島に帰らなければならない。帰って英霊墓地に出向いて慰霊しなければ戦争を始めた人間としての責任を全うできない。」
表情豊かであるが故に、彼女の苦しさは痛いほど伝わってきた。だが私は思った。あの戦争が終わってからセグワの王家について調べてみたが、戦争を始めたのは彼女の祖父だ。彼女の父母は当時日国に訪問していて、戦争によるストレスと過労で倒れた祖父の代わりを務められるのは彼女しかいなかったのだ。はっきり言ってしまえば、戦争にゴーサインを出したのは彼女でない。私はなぜそこまで責任を負うのか不思議に思い尋ねてみた。
「誰が戦争を始めたのか、そういう事は関係ないのです。戦争を容認し、人が死ぬのを容認し、人を殺せと命じてしまった事が問題なんです。あの日私はすぐに降伏するべきだった。戦時中に代替で即位した私は、無知を理由に現実から目をそらし続けてしまった。戦場でたくさんの....沢山の兵隊さんが国のために亡くなっていっているのに私は何も出来なかった.....」
彼女は時折声を震わせながらその心中を明かした。「現実から目をそらしてきた」か.....それは私たち軍人にも言える事だろう。私は彼女にこう言った。
「戦争に悪者なんかいません。反対に正義の味方もいない。何もあなたが全て悪いわけじゃないんだ。」
すると彼女は私の言葉にこう答えた。
「けれど、私があの時降伏していれば国民を無駄に死なせずに済んだはずです。それに今のセグワ島の混乱も回避できたはずなんです。」
なるほど、彼女は自虐史観に陥った左翼のようになっている。だったら言うしかない。そう思って私は言った。
「昔、ある敗戦濃厚な国の海軍大将がいましてね。こう言ったんです。『戦わざれば亡国、戦うもまた亡国、けれど戦わずしての亡国は身も心も、民族永遠の亡国である。戦って死中に活を見出し護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも、護国に徹した精神さえ残せば、我らの子孫は必ずや再起、三起するだろう』今となってはかなり昔の話です。この言葉は平時ならば戦争を美化する言葉として軽蔑を受けてきました。けれど、戦争を戦い抜いた私にはこの言葉は正にその通りだと感じられる。きっとあなたも同じでしょう。」
彼女はほんの少し涙ぐんでいた。戦争は永遠に罪なものだ。空を降りて地上に足をつけて考えれば更に鋭さを増す。私はその後も続けた。
「退役した身だからこそ言える事は沢山あります。考えて下さい。あの日、あなた方を一方的に侵攻したのは誰でしょうか?それは紛れもなく我々でした。中立を掲げていた王国を攻め、統治したのも我々でした。あなたはそんな横暴だったかつての我々に国を守らんと立ち上がっただけです。国民の生命と生活を守るのが王の定めならば、あなたは極々当たり前の事をしたまでです。それを悔やむのは違います。王女様、あなただけは自虐史観に陥ってはダメだ。でなければ戦い亡くなった兵士はどう思われるか、あの時突撃した親衛隊はどう思われるか。」
すると王女は声を震わせ、今にも泣き出しそうな息苦しい声でこう言った。
「私だって、私だってそう思いたかった.....けれど、そう言ってしまえば、世界は、私やセグワ国民が皆国粋主義者だと蔑まれて....」
「王女様、勘違いしてはダメです。国を思うと国粋主義は違います。右翼も左翼も出発点は同じ、国を思う気持ちから派生されているのです。」
私はそううつむく王女に向かって言った。すると王女は顔を上げて私に言った。
「私が、生きている事が世界に広まったらどうなるでしょうか。」
「どうなるかは分かりません。ですがあなたは国を思う誠実な人です。ですからきっと温かく迎え入れてくれると思います。」
私がそう言うと、王女は落ち着かせようとしたのか何度か大きく息を吸って吐いてを繰り返した。そして窓辺から望めた青い空を見上げた。しばらくは続けていたと思う。何を思っているのだろうか。私も彼女の視線の先を見つめた。
「分かりました。私、もう一度、もう一度だけ一生懸命国のために尽くしていきたいと思います。」
彼女の顔が輝きを取り戻しつつあるように見えた。それからしばらく経って私は改めて聞き直した。
「あの島に帰りたいですか?」
彼女は息を吸って言った。
「はい」
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