上 下
5 / 47
プロローグ

5...青春を取り戻す

しおりを挟む
 俺は北欧女神様の娼館を出ると、あてもなく通りを歩き、とある店先に置いてあるベンチに腰掛けて、心を落ち着かせることにした。

 ……はぁ、まだ心臓がバクバクいっているよ。

 しかし、いきなり大通りのど真ん中に裸族で放置って、どんな異世界転移だよ。

 もう少し、ひっそりとした場所から始めて、慣れた頃に、こういう大きそうな街に来たかったものだ。

 まだまだ色々な考えも全くまとまっていないし、今だに軽く混乱中だ。

 もし、あの北欧女神様が助けてくれなかったら、どうなっていたことやら。

 俺は、そのパターンを想像してみると、心がゾワゾワした。

 たぶん、まずは店の間の路地にでも逃げ込んで、あわあわするだけだろう。

 いくらチートな白魔法があっても、服はどうしようも無い。

 しかも、こんな通りでは白魔法の需要も無いだろうし、お金も稼げない。

 そもそも、見知らぬ裸族に「白魔法はいかがですか?」と聞かれた所で、逃げ出すか、逆に怒って殴りかかってくるかもしれない。

 と、なるとあれか、いやー、でも、いや……、やはり、あれしかないか。

 順に想像を巡らすことによって、俺はひとつの答えに辿り着いた。

 たぶん、覚悟を決めて、道端で土下座をしながら物乞いをするしかなかっただろうな……。

 ……なんと、酷いパターンだ。

 でも、それを北欧女神様が助けてくれる、という夢のような展開で解決できたということは、こんな目にあいつつも、俺の運は意外と尽きてはいないのかもしれないなー。

 俺は手のひらに握りしめていた銅色の硬貨を見つめる。

「……これは、大事な軍資金だな。これを上手く運用して増やしていかないと」

 あと、北欧女神様にもいずれ何かお礼をしないとな。

 でも、まずは異世界の様子やらを調査してみないと……。

 俺は辺りをゆっくりと見回す。

 通りを行き交う雑多な人の流れ。

 剣を腰に下げた者、格好良い西洋甲冑を着込んだ者、女性は先程の北欧女神様のように露出度の高い娼婦さんばかりで、しかもよくよく見たら、どの娼婦さんも美人ぞろい。

 心臓の音はそろそろ落ち着いてきたはずなのに、なぜか、ある一定の高さで鼓動が止まらなかった。

 ……ああ、なるほど。

 俺は、どうやらドキドキ、ワクワクしているらしい。

 しかし、こんな軽やかな感情を抱くとは、自分で自分の気持ちが不思議である。

 俺は少し苦笑いを浮かべながら、自分の胸を右手でトントンと叩いた。

 引きこもりの時は、特に部屋から出ようとは思わなかった。

 時間は有り余っていたし、お金もお小遣い程度だが持ってはいたのに、だ。

 本当なら外に食事に出かけてもいいし、風俗に行ってもいいし、どこかに遊びに行ってもいいし、なんなら一人旅に出てもいい。

 何をしたところで、誰かに怒られることは無い。

 だが、俺は小さな部屋から、ほとんど出ることはなかった。

 それが、なぜか、などと深く考えた事も無かったし、そもそも、悩みだと認識をしていなかったのだから、真剣に考えることなどできるわけもなかった。

 ただ、何となく面倒だったから。

 そんな程度だ。

 だが、何が面倒だったのだろう。

 それが、今、何となく分かったような気がする。

 異世界に強引に連れて来られ、見知らぬ土地でひとりぼっちにさせられて、やっと初めて分かったような気がする。

 俺は、引きこもりである不甲斐ない自分が、どうしようもなく恥ずかしかったのだ。

 親が怒らないとはいえ、俺は能天気に遊びに行く姿を、親に見せたくはなかったのだ。

 こんな引きこもりの不甲斐ない自分が、外で楽しそうに遊んで良いわけがない。

 俺は、俺自身を罰する為に、小さな部屋に自分を閉じ込めていたのかもしれない。

 今もまだ無邪気に楽しそうに軽快に鼓動を打つ俺の心臓。

 俺は自分の胸に手を当てると優しく撫でた。

 今ならば、胸に沸き起こるこの感情が理解できる。

 俺は、きっと、たぶん「解放」されたのだ。

 俺は、今日から、何をしても良いのだ。

 自由に、好きに、生きて良いのだ。

 もう、自分を律する姿を見せて、|懺悔(ざんげ)をしなければならない相手はいない。

 そう思った瞬間、体から重たいものが消え去り、浮き立つような軽々しさに満たされる。

 ……ああ、ありがたい。

 こんな幸せな感情を抱けるとは。

 もちろん、こんな見も知らぬ異世界で一人にされておきながら、ワクワクできるのはチートのおかげである。

 チートが無ければ絶望に沈んでいたかもしれない。

 でも、それは今の俺が心配して悩むことではない。

 今の俺にはチートがあるのだ。

 俺はいつのまにか、両手の拳を静かに握りしめていることに気がついた。

 ……取り戻そう。

 俺の心に浮かぶ素直な感情と言葉。

 今こそ、引きこもりを始めてから失った約18年近い「青春」を取り戻そう!

 いや、必ず取り戻してみせる!

 というか、ただ取り戻すだけでは足らない!

 失った青春の倍、5倍、いや、10倍にして取り戻そう!!

 元の世界のリア充達ですら、指を咥えて羨ましがるような青春を送ってみたい!!!

「よし、ならば、まずは手始めに、本当に失った時間を返してもらうとするか……」

 俺はボソリと呟くと、俯きながら顔に両手を当てる。

「……|大回復(ロイヤルヒール)」

 俺が白魔法を唱えても、ド派手に発光などはしない。

「発光効果|(パーティクル)」のON、OFFが可能なので、見せびらかしたい時、威厳を出したい時でもない場合には、こうやって静かに発動することも可能なのである。

 転移中にレクチャーを受けて練習もしているので、俺はスムーズに魔力を調整しながら、白魔法の効果を自分の体に注ぎ込んでいく。

 当然ながら、俺は何のケガもしていない。

 だから、回復魔法の最上位にあたるこの「大回復」を使う事に意味は無い。

 もちろん、ケガに関しては、だ。

 ただし、この「大回復」にはもう一つ、特殊な効果が付属しており、それは肉体年齢による老化の回復、つまるところ「若返り」が可能なのである。

 俺は38歳の体から、「引きこもり期間である約18年分」の老化を回復させて、自身の肉体を若返らせた。

 俺は顔を覆っていた両手を下ろして、顔を上げる。

 道行く人々は、俺に興味などあるわけがないので、俺の変化など気がつきようもない。

 まー、鏡が無いので確認は出来ないが、実のところ、それほど劇的には変わっていないだろうとは認識をしている。

 なにせ、頑固な引きこもりだったのだ。

 会社のストレスにさらされることもなく、家庭を持ち子供を守る重責を背負うこともなく、太陽の紫外線で肌を痛めることもなく生きてきた俺は、見た目と年齢が合っていないのだ。

 つまり、良い意味で言えば実年齢よりも「若い」のだが、悪く言えば「幼い」とも言える。

 だが、それでも「若返り」の効果は抜群だ。

 頬を撫でるだけでも、肌の張りである弾力は段違い。

 運動不足で衰えていた筋肉も元通り。

 たぶん性欲もお猿さん並に回復していることだろう。

 もちろん、もっと若返らせる事も可能なのだが、あまりに若過ぎると、何をするにも子供扱いされそうでめんどうになるかもしれない。

 今の俺には、引きこもり期間分の時間を取り戻せただけで十分。

 だが、肉体年齢が20歳近くになったとはいえ、俺の中身は38歳だ。

 世間的な苦労は知らないが、引きこもりゆえの苦悩と経験は蓄積されている。

 両方の良い面を上手に頂いて、異世界ライフを楽しませてもらうとしよう。

 俺は、微笑みながら頷くと、店先のベンチから鼻息荒く立ち上がるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです

卯ノ花
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。 え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

男女比1対999の異世界は、思った以上に過酷で天国

てりやき
ファンタジー
『魔法が存在して、男女比が1対999という世界に転生しませんか? 男性が少ないから、モテモテですよ。もし即決なら特典として、転生者に大人気の回復スキルと収納スキルも付けちゃいますけど』  女性経験が無いまま迎えた三十歳の誕生日に、不慮の事故で死んでしまった主人公が、突然目の前に現れた女神様の提案で転生した異世界で、頑張って生きてくお話。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...