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 ぱちゃん、と水の跳ねる音がする。

 ひんやりした感触が心地よくて、子どものようにパチャパチャと足をバタつかせた。

 小さな池――もしかしたら大きい水たまりのほうが適切な表現かもしれない――の水際に置かれたベンチに座って、僕は水に足をつけていた。

 ゆるい風が木の葉を揺らす音。自分が立てる水音。木漏れ日の優しい光が降り注ぐ、実に目に優しい景色である。
 先日、森を縦断か横断する形で道を作った後、さらに脇道を通して森の中に作った安らぎスポットのひとつだ。

」なのは察して欲しい。歩いて30分で一周できる空間で、空だけとんでもなく高いってことないよね。そこに見せかけだけでも太陽があるとか良く考えたら怖い。あれだけのやりとりでハロルドさんが太陽制作に乗り気になるとは思わなかったんだよ。

 まぁ、いつものように慌てる僕を楽しんでいた気配が無きにしも非ず、だったけど。

 そんなこんなで景色を整えたりしつつ、ここに来てから5日。

 元の世界に帰る手段がないことに動揺したり、ハロルドさんの優しさに感動したり、改めて気付いたこの空間の実情に切なくなったり。最初の3日くらいは、今までにないくらいの環境変化に遭ったことで気持ちが忙しかったんだけど、それにも落ち着いてしまえば、ここでの生活の単調さに今度は考え込むことが多くなった。

 森の中に散歩コースが出来たことで、ハロルドさんから少し離れて、一人で考えを巡らせる時間を作れるようになって。

 ここにはいつまでいるのか。
 ハロルドさんはここから出たらどうするのか。
 僕はここから出たらどうなるのか。

 気軽に聞いてもいいことばかりだとは思う。それを思いとどまらせていたのは、この空間を作った事情をハロルドさんが教えてくれていないということに尽きた。

 今分かっているのは、この空間はいつか消えるのだということ。特殊な魔法で、特殊な条件の元で作られたから、魔力が尽きたら消えると言っていた。

 ハロルドさんから、外の世界の話はまだほとんど聞けていない。外の時間の流れは地球と変わりないらしいから、おそらく環境もほとんど一緒なのだと思う。季節の存在自体はハロルドさんも知っていたし。

 ここで使う魔法も、ここが特別だから万能なだけで、外では何もかもを魔法でまかなうようなことはしていないのだと予想はできる。

 そして、僕はここでは魔法を使えない。外に出れば使える可能性はある、と。

「あー、ほんと、僕は何したらいいんだろう」

 何もかもハロルドさんに依存する生活がいつまでも続くのは不安がある。
 外に出て僕がやっていけるのかということと、ハロルドさんは僕をそのうち疎ましく思ったりしないだろうか、ということ。

 最初はなんのキャラのコスプレなんだろうって思ったけど、キャラじゃなくそのままだったわけで。けど僕の推し系統のキャラっぽいイケメンなんだよなぁ。大抵はヒロインでもヒーローでもなく脇役推しだったので。こう、お兄さんキャラというか、先生キャラと言うか、さらっといいトコを持っていくお助けキャラのような、クライマックスで主要キャラをかばって消えていくようなキャラと言うか。後々重要な役どころだと判明するキャラ、みたいな。

 だから今思えば、正直第一印象からして良かったんだと思う。だって例えば、あの時現れたのが強面の大男だったり、逆にめちゃくちゃ美人なお姉さんでも、後先考えずに逃げたと思う。森の中にいるのが怪しすぎて。

 だからあの時ハロルドさんに普通に話しかけられたのは、そもそもがハロルドさんのおかげだったと思うんだよね。

 で、そんな人と、ほぼ密室のような空間で二人きり。生活の全てはハロルドさんのおかげで成り立っている。……どういう感情でこの先付き合っていくべきなんだろう。

 頼りにできる大人がいたら、じゃれあえる友達がいたらこうだったんだって、思ってしまう。それ以上に、僕の事を必要だと思っていてほしい。

 ハロルドさんを一人にしたくないと思うのは、自分が「ぼっち」だったから、だろうか。それとも、僕が久しぶりの気安い関係に溺れかけているからだろうか。

 友達付き合いも上手くできなかった。両親はあまり家にいなかった。今までそれが寂しいとも思わなかったし、自分の世界を大事に出来て、それを咎められないのが良いとさえ思ってたんだよ。

 なのに、初対面のハロルドさんに甘やかされて、変なことを言っても冗談を言っても、笑って受け止めてくれる。

 寂しいって気持ちは、形を変えて納得させても消えてはいなかったんだって、気付いてしまう。

 あの時森を見ていて思ったこと。景色がどうとかじゃなくて、それを見てる自分の気持ちがそこに映っていたのだということが、すとんと胸に落ちてきた。

 空っぽなのは、僕だった。

 それを埋めてくれるハロルドさんに、自分もそうだと思ってほしい、僕が来て喜んでいてくれたら、自分も嬉しいなんて思ったら、おこがましい?
 いくらハロルドさんが優しくても、そこまで踏み込むのは違うような気もして、なのに、ここにはお互いしかいない――。



「冬真?」

 振り向くと、ハロルドさんが立っていた。手には何かの布。

「そろそろ暗くなる。遅いから迎えに来たんだ」

「えっ、そんなに時間経った?」

 慌てて立ち上がる。ハロルドさんが手に持った布を広げて肩に掛けてくれた。どうやら厚手のカーディガンだったらしい。

 向きを変えるとまたベンチに座らせられる。
 足元がふわっと暖かくなった。魔法で乾燥させてきれいにしてくれたみたい。

「気温は一定でも、あまり水に浸かると冷える」

 かいがいしく靴まで履かせてくれるのを、黙って見ていた。

「冬真? 顔色が悪いような気がするが、大丈夫か?」
「――うん。大丈夫、ちょっとぼーっとしすぎちゃった」

 なるべくいつも通りにそう言ったつもりだったのに、僕はどういう顔をしていたんだろう。

「熱はないな、冷えてる。帰ってお茶を入れよう」

 頬を触って、おでこに手を当てて、自然に僕の手を取ったハロルドさんに促され、されるがままに手を繋いで歩き出す。

「ねぇ、ハロルドさん。年の離れた弟か妹、いる?」

「いや、いないが。突然どうした? 兄弟は上にいるだけだ」

 ハロルドさん弟妹の世話を焼きなれてる説を否定されて、僕の方がどうしたことかと聞きたかった。
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