上 下
4 / 6

4

しおりを挟む
 一晩経って、パンと具沢山なスープの朝食をいただいています。

 時間の経過は外の世界と一緒にしてあるそうで、昨夜も普通に暗くなったし、寝る感覚も自分の世界と変わらなかった。僕がこちらに来たのは夕方前で、一晩体感した限りだけれど一日の時間の流れも違いはあまり感じない。

 ログハウスの中は2階構造で、1階はワンルームのような隅にキッチンがある広めの空間に

 そう、「なった」。

 料理もお風呂も洗濯も魔法で一瞬なら、模様替えも家具を増やすのも一瞬だったのだ。
 最初はがらんとした広い空間にテーブルとイスがあるだけだったのに、僕が来たからとハロルドさんがソファーやらラグやらぽんぽんと出して、あっという間にくつろげる空間が出来上がった。料理も魔法で出すからキッチンは使わない気もするけれど、それも僕への配慮と雰囲気作りだろう。

 僕が「魔法すごい」とぽかんとしていると、この空間が特別なんだよ、とハロルドさんに頭をぽんぽんされた。
 目元をぬぐわれた時も思ったけど、ハロルドさんさぁ……。いちいち僕に甘くない!? 何キャラなの!?

 とか思いながら騒ぎ立てるのもかえって恥ずかしい気がしてぐぬぬとしていると、それを見たハロルドさんが声を立てて笑う。……楽しそうで何よりです。

 ちなみに僕もぽんと何か出せたりしないかなぁ、と思って念じてみたりしたけど、無理でした。

「そのうち使えるようになるかもしれない。魔法の基礎などを勉強すればな」

 がっかりする僕の頭を撫でながらハロルドさんは言うけど……だからそういうとこだよ、ハロルドさん! この手慣れた感じ、年の離れた弟妹でもいるんだろうか。

 ……誰にでもこういうことをしてるんだったら嫌だな。

 そう考えてもやっとしたのは、ハロルドさんのイメージじゃないから、解釈違いだからと思おうとした。でも出会ったばかりの生身の人に解釈とか何を言っているんだろうと我に返ってちょっとへこむことになった。ハロルドさんは物語の登場人物じゃない、よね。

 ちなみに2階がまるっとベッドルームで、個室にするか? と言われたけど少し迷ってホテルのツインルームのような仕様にしてもらった。心の中の気まずさより、異世界で一人で過ごす夜の不安の方が大きかった。

 ゆるっとしたルームウェアみたいな服を出してもらって着替えたり、排水設備もないのに流れたお湯が消えていくお風呂に首をかしげながら入浴したり、あっという間に時間が経った。

 そしてベッドに入って話をしながらいつの間にか寝落ちして、ぐっすり眠っての朝が今です。

「ハロルドさんはここで何かすることがあるの?」

 同じメニューをきれいな所作で食べているハロルドさんに話しかける。昨夜は魔法の話が楽しくて、色々な話を聞いたり見せてもらったりしているうちに眠ってしまった。彼がここにいる理由自体を話してもらえていないことに気付いていたけれど、一晩経ってもまだ聞けていなかった。聞いていいことなのか判断がつかない。

 神か魔王かなんて我ながらオタクどころか中二病全開な質問をしてめちゃくちゃ笑われたけど、あまり本質的なことを質問して、そこに今の関係を壊す地雷が隠されていたら嫌だなぁと今更になって思う。

 昨日はもう、まさかこれは……! みたいな変なテンションになっちゃったんだよな。反省。

 今度は遠回しに聞けたりしないかと思ったけれど、ハロルドさんは質問を今日の予定の確認と受け取ったようだった。

「今日はひとまず、空間の中を把握してまた調整する事だな」
「調整?」
「そう。この空間は作ったばかりだと言っただろう? 私もまだ空間全部を把握していないから、一通り見て回ろうと思う。昨日散策に誘ったのは、その目的もあったからなんだ」

 昨日から何度もここがハロルドさんの作った空間だということは聞かされている。改めて考えても、不思議だなぁと思う。どうしてわざわざ空間を作ってハロルドさん一人でこの中にいるんだろう。

「ついて行っていいなら、一緒に行きたい」
「ふ、私が誘ったのだからそんなに遠慮しなくていいのに。まだ何もすることがなくて退屈だろう?」

 一人で留守番するなんて味気ないし、やっぱりどことなく不安が残る。誘ってもらえるなら断る理由は何もなかった。

 大体同じタイミングで朝食を食べ終え、魔法を使ってきれいにしてもらう。といっても空になった皿ごと全部消えるのだ。ここ自体がアイテムボックスの中のようなものなので、入れ子になっているのか聞いたら、魔法の素のような成分に分解されているのだそうだ。

 せめて何かしたくて、濡れた布を出してもらってテーブルだけは拭いておいた。その布巾もハロルドさんに返すと消えてしまうのだから、テーブルをきれいにしたのか汚した布を作っただけなのか微妙なところではある。

 物を消すということは、汚れだけを消して洗浄することもできるので一瞬できれいになるのだけれど、今までの習慣が何も残らないのは落ち着かない気分になるのだ。

 ハロルドさんからすれば面倒なお願いだろうけれど、否定することなく僕のしたいことをさせてくれて、穏やかに微笑んでいるのを見るとやっぱりこの人は神様なんじゃないかと思ったりする。

 そして魔力で出来ているものを食べるって物理的にはどういう理屈なんだろうと思うけど、ここにいる限りは僕たちの身体も魔力で構成されていて、つまり触れるけど実体はない。なるほど分からん。そういうものだと言われれば納得するしかないけどね。深くは考えない。魔法ってそういうものだと思うし。

 着替えてから家を出て、改めて周りの景色を見回してみる。ほとんど森に覆われていて、家の周りの開けた場所はごくわずかだ。太陽の光が差しているように明るいけれど、空のどこにも太陽は見えない。

 森のせいで陰っているわけではなく、そもそも太陽はないらしい。常に動くものはさすがに制御が大変なので、時間経過でなんとなく明るい時間と暗い時間を区切るだけにしている、とのこと。

 昨日は知らない森の中にいるっていう状況で混乱していたし、すぐにハロルドさんがやって来たから気付かなかったけど、良く見たら森の中は不自然なところだらけだった。

 整然とまではいかないけど何となく同じぐらいの間隔で、同じ種類の木ではないように感じる程度の違いはあるけれど、皆同じぐらいの太さや高さで樹が並んでいる。見上げるような樹ばかりで、若木も生えていない。

 おまけに地面は折れた枝が落ちているようなこともなく、整えられた芝生のように短い草が生えているだけで、野草の類は一切ない。虫もいないし、鳥の声もしない。穏やかな風に、さわさわと葉の擦れる音だけが聞こえてくる。

 昨日間違いなく現実だと思えたのが不思議なくらい、作り物めいた景色。

 ハロルドさんが魔法を使うところをたくさん見てきたけれど、それ以上にこの景色が一番、ここが作られた空間だということを納得させるものがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

処理中です...